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第八章 迷宮行進曲

メルディスの願い

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 成仏させて欲しい。そう言ったメルディスだったが、結論としてディランパーティーの僧侶、グラースの祈りでは彼を神の下へ送る事は出来なかった。

「リッチになった影響か、精神体が強化され抵抗力が増している様です。神の御許へと旅立つには心残りを解消するしか……」

 そう言ったグラースの言葉を聞いて健太郎けんたろうは思う。
 彼が幽霊となってこの世に残ってしまったのは、もう一度故郷を見たいという思いが強くあったからだろう。

 最近、健太郎は自分が夢を見ているのではなく、本当に転生しているのではと思い始めていた。
 ただ、その確証は得られずにいた。
 その一番の理由は自分の体の事が大きい。自分の願いや思いを反映して変形するロボットな体は余りに都合がよく、夢の産物の様に思えたからだ。

 ただ、本当に転生しているのなら、目の前の骸骨の願いは他人事には思えなかった。
 この世界にはミラルダ、ギャガン、グリゼルダ等、仲間と呼べる人々、そしてミラルダの家の子供達がいて健太郎自身は特に戻りたい訳では無いが、あちらに未練が無いかといえばそうではなく、ホームレスになっていたとはいえ、様々なコンテンツに溢れたあちらの事も健太郎は結構愛していたからだ。

「コホーッ?」

 故郷を見れば成仏できるんじゃないかな?

 思わず問い掛けた健太郎の言葉をミラルダがメルディスに伝える。

「ミシマが故郷を見れば成仏できるんじゃないか? だってさ」
"故郷か……ずっと帰りたいとは願っていた。でもあれから随分時間が過ぎてしまったしね……"
「故郷か……儂も帰れるものなら帰りたいのう」
「俺はごめんだぜ」

 侍の新田にったはしみじみと呟き、それを聞いた忍者の風丸かぜまるは鼻を鳴らしていた。

「コホーッ」

 これは推測だけど、知り合いのエルフの人、真田さなだ先生は三百年以上前にこちらに転生してきてたけど、日本で生きてた時代は俺とそんな変わらなかった。
 もしかしたらあちらとこちらじゃ時間の流れ方が違うのかも知れないよ。

 ミラルダは健太郎の言葉をそのままメルディスに伝えた後、眉を寄せてうーんと首を捻った。

「時間の流れ方が違う……どういう事かよく分からないし、頭が痛くなる話だねぇ」



「ふむ……異界とこちらでは時の流れる速さが違うという事……つまり向こうでは数年でもこちらでは数十年、数百年の隔たりがあるという事ではないだろうか?」
"俺が転生したのは百年以上前だけど、あっちの時間はそれ程進んでないってこと?"
「ああ、例が少なすぎて断言はできないが……」

 グリゼルダの言葉を聞いたメルディスはそうなんだと黒い眼窩を虚空に向けた。

"諦めたつもりだったけど、そんなに時間が経っていないなら、やっぱり一目でもいいから会いたいなぁ……きっと彼女に俺は見えないだろうけど……"



 メルディスの呟きを聞いたグリゼルダがおもむろに口を開く。

「……ふむ……この迷宮はお前があちら側に戻る為に作られたのだったな?」
"そうだけど……結果は失敗だよ。あと少しって感じはあったけどその前にトラスに倒されちゃったからね"
「では、私がその仕事を完成させよう」
「ちょっと待てよグリゼルダ、さっき聞いた話じゃ異界への転送は上の街を巻き込んでの物になるって話だぜ?」

 ディランが慌てた様子で割り込んだが、グリゼルダは任せろとニヤリと笑った。

「この部屋の魔力の流れからおおよその見当はついた。問題点の修正も含め仕事を完成させる為には、迷宮全体を把握する必要があるがな」
「話に聞いちゃいたが、魔人ってのは魔法に関しちゃ本当にエキスパートなんだな」
「へへッ、こいつはその魔人の中でも秀才だったみてぇだからよぉ」

 ディランパーティーの魔法使い、バダックの言葉にギャガンがグリゼルダの肩に手を置き得意そうに返した。

「ギャ、ギャガン……」

 ギャガンに手を置かれたグリゼルダは何とも言えない表情で固まっている。
 それを見た新田はピクリと眉を動かし、ディランパーティーの面々は一様に生暖かい笑みを浮かべ二人を眺めた。

「なんだよ?」
「ウフフ、何でもないわ」

 ディランパーティーの戦士ルシアが笑みを浮かべた横で、ディランが同じく笑みを浮かべながら口を開く。

「それより迷宮全体の把握が必要ってんなら一旦帰らないか? その男も領主に引き渡さねぇといけねぇし」

 ディランはギャガンの後ろでグルグル巻きにされているアキラに視線を向けた。
 彼は長い時間を掛け集めた魔物の全てを送り返され、力の全てを失った事が流石に堪えたのか、唸る事も止めじっとしていた。

「そうだねぇ。色々あって流石に疲れたし、一旦帰るとしようかねぇ」
「帰ろう帰ろうッ!!」

 ミラルダの言葉を聞いたパムが嬉しそうに飛び跳ねる。

「コホーッ」

 これでベック爺さんの依頼は完了だな。あとはメルディスの願いを叶えるだけか。

 健太郎がメルディスに視線を向けると、亡霊は戸惑い気味に口を開いた。

"君らは俺の願いを叶えてくれるのか?"
「ああ、冒険者は常にベストな形を模索するものだからな」

 グリゼルダはそう言うと、白い輝きを帯びたメルディスの亡霊に歯を見せて笑った。


■◇■◇■◇■


 一行がメルディスの居室にあった転移陣を使い迷宮を出ると、入り口近くにいた兵士が声を掛けてきた。

「あんたら……そうか、救助とか言ってたが成功したんだな?」
「ああ、おかげ様でね」
「所で、獣人が連れている奴は何なんだ?」

 兵士はロープに繋がれ猿轡を噛まされたアキラに目をやり、ミラルダに問い掛ける。

「この人は今回、迷宮に魔物が溢れた原因だよ」
「何ッ!? じゃあそいつがあいつ等が言ってたアキラって奴か!? ……たしかに証言通りの顔つきだが……」

 兵士は手にした書類を捲り、似顔絵の描かれた紙とアキラを見比べながら呟く。

「あいつ等って?」
「拘束されて首に罪状が書かれた札を掛けられた人間と魔物が突然現れてな。尋問したらそいつらのボス、アキラって奴が今回の一件の元凶だって言い出してな、領主様はアキラ討伐の触れを出して街で冒険者を募ってる」

 どうやら四天王のギリウスとアズダハが健太郎達の予想通り捕縛され罪を白状したようだ。
 領主は討伐の触れを出した様だが、健太郎達がアキラを捕えた事で触れは取り消されるだろう。

「色々、報告したい事があるんだけどどうすりゃいいかねぇ?」
「とっ、とにかく詰め所に来てくれ! そこで話を聞きたい!」
「了解だよ……ただ色々あって皆、疲れているだろうから話は明日でいいかい?」

 そう言って小首を傾げたミラルダの言葉で、兵士は一行に目を向ける。
 健太郎達は大きな傷等は負っていなかったが、それでも装備は戦塵せんじんまみれていた。
 更にディラン一行の傷付きボロボロになった装備、それにマントを羽織っただけのルシアの姿に兵士は苦笑を浮かべる。

「……いいだろう。今夜はゆっくり休んで話は明日にでも聞かせてくれ」
「ありがとね……報告はこの詰め所に来ればいいのかい?」
「いや、街にある衛兵事務所に行ってくれ。話は通しておく」
「了解だよ」

「では今回の一件の首謀者、アキラはこちらで引き取ろう」
「はいよ。そうそう、その人、魔法使いで特殊なスキルもあるから気を付けておくれな」
「分かっている。アーデンは魔法を使える奴がゴロゴロいる街だ。その辺は抜かりないさ」

 そう言うと兵士はギャガンからアキラの身柄を引き取った。
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