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第九章 錬金術師とパラサイト

この世界で何を

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「なぁ、ドラ○もん。ミラ姉と抱き合ってたってのは本当なのかよ?」

 レベッカの家の腕白坊主、ケントがニヤニヤしながら健太郎けんたろうに問い掛ける。
 トーマスが話したのだろうか? 食事を終え風呂に入ったパジャマ姿のケントの他、同じくパジャマを着たおしゃまなシェラも興味津々といった表情でリビングにいた健太郎に期待に満ちた目を向けている。

「コッ、コホーッ!!」

 もっ、もう、その事は言わないでくれないかッ!! はっ、恥ずかしいからッ!!



「へへッ、そんだけ慌ててるって事はホントなんだな?」
「ドラ○もんはミラ姉と結婚するの?」
「コッ、コホーッ!?」

 けっ、結婚ッ!? いっ、いや、このロボットの体じゃ結婚は……。

 ワチャワチャと慌てた様子でジャスチャーを行う健太郎を他所に、シェラは赤く染まった頬に両手を当てた。

「半獣人とゴーレムの禁断の恋、まるで吟遊詩人の歌う恋の詩みたい」
「馬鹿な事言ってないで早く寝な」
「あっ、ミラ姉。ミラ姉の方はどうなんだよ? ドラ○もんと結婚するつもりなのか?」

 風呂上りのミラルダに臆面も無くケントが尋ねる。

「はぁ……そういうのはミシマが人間になってからの話だよ」
「人間って……そういえば精霊王ってのになんか貰ったんだっけ?」
「ああ、命の種とかなんとか……今はあたしが預かってるけど」
「えー、ドラ○もん、人間になっちゃうのーッ!? わたし、このままゴーレムままでミラ姉とプラトニックな恋愛をしてもらって、それをコッソリ覗きたいんだけどぉ……」
「コホー……」

 シェラ、なんでそんな特殊な要望を……。

 健太郎のジェスチャーを読み取ったシェラは両手を組んで目をキラキラと輝かせる。

「だって精神的な結びつきだけなんて、凄く純粋で素敵じゃないッ!」
「あっ、みんなで何の話してるの?」

 リビングに集まっている健太郎達に気付いたこれまたパジャマ姿のミミが、目を擦りながらトテトテと四人に近づき首をかしげる。

「ミミにはまだ早いかな?」
「ミミだけじゃなくて、あんた達にも早いよッ。ふぅ……二人は明日も教会だろ? 寝ておくれな」
「ちぇッ、もうちょっとドラ○もんを揶揄からかいたかったのに」
「わたしは二人の事、応援してるよっ」

 ケントは両手を頭の後ろに回して口を尖らせ、シェラは両手をグッと握ってウインクを健太郎達に送った。

「はいはい、分かったから早く部屋に行きな」
「はーい」
「じゃあおやすみ、ドラ○もん、ミラ姉」
「はい、おやすみ。ミミも早く寝ないと悪い魔女に連れてかれるよ」
「悪い魔女……うぅ、分かったよう」

 ミミは悪い魔女と聞いてブルっと体を震わせると、慌てて二階の子供部屋へとシェラの後を追っていった。

「まったく……あの二人はませてて困ったもんだよ」
「コホーッ?」

 ねぇ、ミラルダ、悪い魔女って?

「そういうおとぎ話があるんだよ。夜更かしする悪い子は森の奥に住む鷲鼻の魔女に捕まって、鍋で魔法の薬の材料にされるって奴が」
「コホーッ」

 へぇ、こっちにもそういうのがあるんだね。

「異界にもそんな話があるのかい?」
「コホーッ」

 鬼のお面を被って包丁を持った大人が「泣く子はいねがぁ」とか言いながら子供達を怖がらせるお祭りとかあったよ。

「鬼の面に包丁って……異界の文化は謎だねぇ……まぁいいや。それじゃあたしも寝るとするよ、ミシマも早く寝なよ」
「コホーッ」

 うん、おやすみ。

「ふわぁああ……おやすみー」

 あくびをしながら、んーと体を伸ばしたミラルダは自室へと去って行った。
 彼女の後ろ姿を見送った健太郎は昼間あった事を思い浮かべる。

 あの時はミラルダに口付けされた事に気を取られていたが、この世界が夢ではないというなら以前見た夢、ブルーシートの家にいた自分の体が運び出されていたアレは本当に起きた事なのだろう。

 そうか……俺、一回死んじゃったのか……咳の発作が酷くてそのまま気を失っちゃったみたいだから、全然実感無かったよ……。

 そんな事を考えつつ、右手を開き装甲に包まれたそれを見る。

 俺は本当にロボットになっちゃったって事か……。

 開いた右手を眺めながら健太郎は考える。
 以前、領主のアドルフ (金髪角刈りおじさん)に聞かれたこの世界で何がしたいかという事。
 それは変わらずミラルダの、いや、今はミラルダと仲間達の居場所を作りたいという物だ。

 居場所……それは単に生活出来る場所という意味だけでは無く、何者にも脅かされず、蔑まれる事無くミラルダ達が暮らせる立場を得るという事に他ならない。
 この身体は凄い力を持っているが、それだけではミスラの様な者を完全に追い払う事は出来ない筈だ。

 この国で生きていく上での権威的な何かが必要かもしれない。貴族であっても簡単に手出しできない様な何かが……。

 明日は角刈りおじさんに呼ばれている事だし、ついでに相談してみるか。

 そう結論付けて健太郎が開いた手をギュッと握り締めると同時に、耳元で突然老婆の声が響いた。

"なんかまた変な事考えてるのかい?"
「コッ、コホーッ!!」

 しっ、心臓に悪いって言ってるでしょッ!!

"いい加減慣れろって言ってるだろ?"
「コホーッ!!」

 婆ちゃんこそ、いきなり耳元で囁くのいい加減止めておくれよッ!!

"まぁ、いいや。アドルフに呼び出されたんだろ?"
「コホーッ」

 うん。

 頷いた健太郎にミラルダの師匠レベッカ (幽霊)は頷きを返す。

"迷宮都市での依頼の話を聞いてて思ったんだけど、あんた等のやった事はアーデンの経済に大きな影響を与えた筈だ。それは他の領を運営する貴族達にも伝わってる。あの連中は横の繋がりが強いからねぇ"
「コホーッ?」

 おじさんの呼び出しも依頼に関係するって事?

 健太郎はレベッカと正確に話す為、リビングにあった子供達が字の練習に使う黒板と蝋石を手に取ると、最近覚え始めたこの国の文字を使って思いを伝えた。



 伯爵、呼出し、依頼、関係?

 単語のみの本当に簡素な物だったが、それでもジェスチャーよりは意味は伝わる。
 黒板を見たレベッカは健太郎に「ああ」と頷いた。

"あたしがトラス達と一緒に色んな問題を解決してそこそこ名前が売れ始めた頃、貴族から声を掛けられた事があったんだ。専属にならないかってね。アドルフはそういうタイプじゃないけど……ミラルダの話じゃ会わせたい人がいるんだろ?"
「コホーッ」

 そんな事、言ってたね。

"優秀な冒険者を手駒にしたい奴ってのは貴族には多いからねぇ……専属っていやぁ聞こえはいいけど、要は貴族が抱えるトラブルの解決だ。それには民衆が苦しむ事も当然入ってる……もしアドルフの会わせたいって奴がそんな事を持ち掛けてきたら、よく考えて返事をするんだ。ミラルダ達にも気を付ける様に伝えておくれ"
「…………コホーッ」

 …………分かった。

 健太郎がおもむろに頷くと、レベッカは満足した様でいつもの様に笑い声を上げる。

"ヒッヒッヒッ、それじゃあ頼んだよッ……そうだ、あんたも早く寝ないと悪い魔女が捕まえに来るよぉ……"

 そう言うとレベッカは健太郎にニタァと笑みを向けた。
 どうやら彼女なりのユーモアらしいが、ザ・魔女といった容姿で、しかも幽霊のレベッカが行うと不気味以外の何者でも無い。

「コッ……コホー……」

 ウッ……あの悪い魔女ってビジュアル的には、まんま婆ちゃんなんだけど……ハマり過ぎるから止めてもらえる……夢に出て来そうだ。

"……あんた、いまなんか失礼な事考えたろ? 女にはねぇそういうの全部分かるんだからねぇ"
「コホー……コホー……」

 ウッ、めんごめんご……うーん、年取って幽霊になっても女の勘は鈍らないという事か。

 ムッとするレベッカを宥めながら、健太郎は夢に彼女が出ませんようにと心の中で祈ったのだった。
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