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第九章 錬金術師とパラサイト

公爵と伯爵

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 公爵のガッド・ブラックウッドから依頼、魔物の製造にオルニアルが関わった証拠の入手を受ける事にした健太郎達。
 その返答の後になされた説明によると、ガッドが放った間諜が突き止めた研究施設は錬金国家オルニアルの東、領海内にある島に建てられているらしい。

「恐らく中央へ輸送中にサンプルが逃げ出したのではないかと我々は睨んでいる」
「お粗末な話だなぁ、おい」

 ガッドの言葉にアドルフは皮肉げな笑みを浮かべる。

「確かにな……輸送体制に問題があったのか、それともスライム状の魔物が彼らの予想を超えていたのか……」
「人間を操る以外の魔物の特徴は分かっていないんですか?」
「幸いというべきか、まだサンプルが少なくてね。寄生された者達は狂暴過ぎた為、止む無く現地の兵が殺害してしまったんだ。母体が死ぬと魔物も養分を得られず、壊死してしまうらしく詳しい生態も分からなくてね」
「……寄生されると狂暴化する……寄生生物が母体を操るのは多くが繁殖の為だ。襲われた人々や接触のあった者達の隔離もした方がいいかもしれん」

 グリゼルダがそう言うとガッドは「そうだな、早速手配しよう」と頷きを返した。

「グリゼルダの推測があってんならオルニアルもかなり焦ってんじゃねぇか?」
「だろうな。間諜部隊が研究施設を怪しいと踏んだのも、オルニアル側が兵を島に送ったからだ……ただ、潜入した間諜隊は帰還していないので、その兵達がどうなったのかは不明だが……」
「結局、行ってみねぇとよく分かんねぇって事だな?」

 顔を顰めるギャガンにガッドは視線を向ける。

「すまんがそういう事だ。道中、東の国境の街ラドームへ寄ってくれ。寄生された者の遺体は街で保管、調査が行われている。これを見せれば話を聞ける筈だ」

 ガッドはそう言うと公爵家の紋章が描かれた紙をテーブルに置いた。

「君達に全面的に協力するよう書いてある。オルニアル国内に潜伏中の部隊にも連絡しておくから、見せれば協力を得られる筈だ」
「了解です」
「よろしく頼む。証拠を持ち帰ってくれれば報酬とは別に半獣人、獣人、それに他種族に対する差別の件も王に進言しよう」
「えっ、なんで公爵様が……?」
「へへッ、コイツとはダチだって言ったろう」

 どうやらアドルフがミラルダの事をガッドに伝えていた様だ。

「以前も言ったが半獣人だろうが何だろうが、この国で暮らしてる奴らはラーグ国民だ。その国民同士でいがみ合うのは頂けねぇ……それにロガエストからは国王直々の親書が届いたそうだからなぁ」
「あん? ロガエストから?」
「アドルフ、それはまだ上しか知らない極秘事項だぞ」
「いいじゃねぇか。こいつ等、ロガエストの問題解決に一役買ってんだからよ。何でも砂漠に水が湧いて大規模な農場が作られてるって話だぜ。ギルドからの報告じゃその水もお前らの仕業らしいじゃねぇか」

 少し慌てた様子のガッドにアドルフはそう言ってニヤリと笑う。

「えっ、ミシマ達はそんな事までしてたのッ!?」

 驚いた様子のパムにミラルダ達は微妙な顔を見せた。

「まぁ、成り行きでねぇ」
「ありゃ全部ミシマの所為だぜ」
「コホー……」

 まさかあんな事になるとは思わなかったんだよ……。

 健太郎達の様子を見たパムはほえーと口を開けている。

「砂漠に水を……ミシマは水も出せるんだねぇ」
「パム、砂漠に水が湧いたのは、ミシマが地下のブルーメタルの鉱脈を打ち抜いた為で偶然の産物だ……しかし農場か……確かに隊長たちがいれば土壌の改良も容易な筈だ……あの広大な砂漠が農地になればロガエストは一気に一大農業国になるな」

 アドルフはグリゼルダの言葉を聞いてアドルフは楽しそうにククっと笑う。

「ああ、大分景気がいいみたいだぜ。なんせ謝罪とこれまで攫った人間の送還の他に、慰謝料を支払う用意があるって言って来たそうだからな」
「ランザが……あいつ、ラーグと国交を結ぶつもりか……」

 ギャガンは故郷を思い出したのか少し複雑な様子だった。
 その話を聞いたガッドは改めて健太郎達に視線を送った。

「君達はロガエストの件にも関わっていたのか……まるで英雄トラスの再来のようだ……アドルフ、やはり彼らは国に」
「おっと……ガッド、こいつ等は自由だからこそ活きる奴らだ。トラス達がそうだった様にな」
「しかし……うっ……」



 アドルフの目が細められたのを見て、ガッドは目を逸らし押し黙った。
 地位的にいえば伯爵のアドルフよりも公爵のガッドの方が上の筈だが、彼らの関係は逆の様だ。

「コホー?」

 なんだろ、角刈りおじさんはオールバックおじさんの弱みでも握ってんのかねぇ?

 健太郎は二人の様子を見て首を捻る。それを見たアドルフはへへッと笑いを洩らした。

「コイツとはガキの頃からの付き合いでよ。よく泣き付かれて手助けをしてやったもんさ」
「クッ……アドルフ、昔の話は止めてくれ」
「何でだよ? いい思い出じゃねぇか。割った花瓶を直してやったり、養豚場の豚を乗り回したり、惚れた女との間を掛け持ってやったり……懐かしいぜ」
「花瓶が割れたのはアドちゃんが部屋の中で剣の稽古をしようと言い出したからだし、そもそも私は豚には乗りたく無かった。彼女との事は感謝しているが……」

 話を聞いているとどうやらガッドはガキ大将アドルフの子分的な存在だったようだ。
 子供の頃の関係性は大人になっても変わらないという事だろうか。

 そんな自分の様子をミラルダ達が目を丸くして見ている事に気付いたガッドは居住まいを正し、表情を引き締めた。

「ゴホンッ……ともかく、連絡はしておく。万事、上手くやってくれたまえ」
「は、はぁ……」
「へへッ、今更カッコつけても遅いぜ。まぁ、こいつも手が打てなくて困っている様だし、よろしく頼まぁ」

 そう言ってアドルフはガッドの肩をバシッと叩いた。

「うぐッ……はぁ……公爵を継いだ時には関係性が変わると思っていたんだが……」
「あん? だからこうしてお前の頼みを聞いて、ミシマ達に渡りを着けてやってるじゃねぇか」

 そう言って再度、ガッドの肩を叩いたアドルフを見て、健太郎は地位では無く人が生まれ持つ資質や強さって奴はやっぱ存在するんだなぁと改めて思った。
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