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第九章 錬金術師とパラサイト

オルニアルの下と上

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 オルニアルの孤島の研究施設。寄生生物によって混乱が発生したその施設の地下へ続く合金製の扉。
 本来であれば開錠には所長の持つ鍵とダイアルロックの解除が必要なそれを、薄い青色の刃が切り裂く。

「へッ、こいつも中々の切れ味だぜ」

 ギャガンは新たに手に入れた虫の王の甲殻から削り出された剣を満足そうに眺めていた。

「コホーッ」

 よいしょッと。

 そのギャガンの横で蝶番を両断された通路全体を塞ぐ扉を健太郎けんたろうが持ち上げ脇に退かせる。

「すっ、凄いですね、お二人とも……」

 健太郎達の行動を見たコック見習いのフィルは驚きの余り瞳を真ん丸にしていた。

「ギャガンは悪魔王デーモンロードの首を落とした凄腕の剣士だし、ミシマは大悪魔グレートデーモンの群れを殲滅出来る規格外のゴーレムだからね。このくらいへっちゃらだよ」

 鼻を擦ったパムが自慢げに腰に左手を当て胸を張る。

「悪魔王……大悪魔……異国にはそういう怪物もいると聞いた事がありますけど……」



 フィルはそう言うと手にしたフライパンを不安げに両手で握り締めた。

「……フィル、お前が混乱すると思ってあえて黙っていたが、我々はラーグの冒険者だ。ここへは公爵の依頼で来ている」
「公爵の依頼!?」
「ちょいとグリゼルダ……」
「黙っていてもいずれ分かる」

 オルニアルはラーグ同様、人族が主体の国家だ。
 亜人とモンスターで構成されたパーティーは珍しく、いずれ他国人であるとバレる。
 そう考えたグリゼルダは早々にフィルに自分達の出自を明かす事にしたようだ。

「ラーグの公爵……どうして隣国の冒険者が……?」
「この施設で徘徊している寄生された人間、あれがラーグの西、国境近くで何体か現れ暴れる事件が起きた」
「ラーグでもですかッ!? じゃあオルニアルは……」
「オルニアルは関与を否定しているようだが……我々の目的はこの研究施設でクスリに必要な寄生体のオリジナル、それと寄生体に関する資料を手に入れる事だ」

 目的を告げたグリゼルダを見て、フィルは困惑した様子を見せた。
 彼女は極秘研究を行う研究施設で働いてはいても、ただの料理人だ。
 国の思惑など考えた事も無かったのだろう。

「別にオルニアルの人達をどうこうしようってつもりは無いよ、ただ、このままだとあたし等の家族も危ないと思ってね」
「家族……オルニアルの北には私の家族も住んでいます。北はどうなっているんでしょうか?」
「それは……分からない。あたし等は薬の為に一直線にここに来たから……」
「……あの、その薬はラーグの人達だけじゃ無く、私達にも分けて貰えるのでしょうか?」
「それなら心配はいらん。元凶を絶たねばラーグに被害が及ぶからな……ただ、オルニアルの上層部が自らの非を認め、ラーグの協力を受け入れるかは分からん」

 グリゼルダの説明を聞いて、政治に疎いフィルでも何となく現状が理解出来た。

 オルニアルの上層部、上級錬金術師という肩書を持つ国政議員達。彼らは仕出しでかした失態を認めたくないのだろう。
 認めれば国民や周囲の国に対して多額の補償を求められる事は必至だから……。

 そう考えたフィルはミラルダ達に改めて視線を向けた。

「えっと、コック見習いの私に何が出来るか分かりませんが、協力させて下さい」
「協力ねぇ……美味い飯でも作ってくれんのか?」
「確かに私は料理ぐらいしか出来ませんけど……」
「ギャガン、真剣な人を茶化すんじゃ無いよッ!」
「へいへい、悪かったよぉ」

 肩を竦めたギャガンの横で何やら考えていたパムが、フィルに問い掛ける。

「……ねぇ、フィルはここで起きた事の一部始終を見てたんだよね?」
「一部始終と言われると……研究員の人が暴れて、料理長がそれに応戦して、私は食料庫に……」

 パムはうんうんとフィルの答えに頷いている。

「じゃあさじゃあさ、資料も探すけど、彼女にも証言してもらおうよッ!」
「証言……ですか?」
「コホーッ」

 なるほど、被害者の証言、それもオルニアル人の言葉ならこの国の上層部の言い逃れは難しいって訳だ。

「被害者の証言、効果あるかもしれないね……フィル、やってくれるかい?」
「あの、それは構わないのですが……下っ端のコック見習いの証言なんて国が認めるのでしょうか?」
「そのへんは公爵が上手くやるだろう」
「だねだね。あのおじさん、伯爵様の子分みたいな感じだったけど、仕事は出来そうだったもんね」
「ふぅ……方針は決まったか?」

 腰に手を当て尋ねたギャガンにミラルダは頷きを返す。

「ああ、まずは予定通りオリジナルと資料を手に入れる、その後はラーグに戻ってフィルを公爵様と引き合わせよう」
「んじゃ、早速潜るとしようぜ」
「コホーッ!!」

 オルニアルの人の為にも急ごうッ!!

 グッと握った拳を突き出した健太郎にミラルダ達は頷きを返した。


■◇■◇■◇■


「今度は北、ベルドルグから住民が突然暴れ出した事について質問状が届いております」

 オルニアルの首都、国の中心にあるカラッサの街。
 その街の中心に建てられた国政議会堂の一室で、細身で三十前後の男が革張りの椅子に腰かけた太った禿頭の男に書類を差し出している。
 それを受け取った太った壮年の男、上級錬金術師の一人であり国政議員の長でもあるローザム・ガベットは顔を顰めていた。

「他国同様、自然発生した変異種で我が国は関わっていないと返答しておけッ」
「……他国についてはそれでよろしいでしょうが、現在、各地で広がっている被害についてはどうされますか?」
「追放したニム・バランガの資料を探らせている……クソッ、こんな事になるなら研究の認可など出すのではなかったッ!」

 側近だろう黒髪を油で固めた男は眉を寄せ眼鏡の奥の目を細めた。

「いっその事、全て非を認めラーグの協力を取り付けては?」
「それをすれば錬金国家オルニアルの評判は地に落ちるッ! 誰も我が国が作る薬剤や素材を買わなくなるぞッ!」
「ですがこのままではオルニアルは……」



「議員長官は私だッ!! 補佐官に過ぎないお前に指図される謂れは無いッ!! とにかく他国には関与を否定ッ!! 被害地域は封鎖だッ!! 寄生体と接触した者は隔離、発症の兆候が見られたら即座に焼却処分する事を徹底させろッ!!」
「了解しました……」

 頭を下げて部屋を辞する長官補佐官の背中を忌々し気にローザムは睨む。
 彼の脳裏にはかつて仲間と共謀し追放したニムの皮肉げな笑みが浮かんでいた。


■◇■◇■◇■


 ローザムの部屋を後にした長官補佐官、バレット・サーバスはチラリと背後を振り返り小さく呟く。

「所詮は賄賂で成り上がった男か……」

 ローザムは保身に走り、結果、混乱を治められず失墜するだろう。
 その前に自分はどう動くべきか……。
 バレットは終わりの見え始めたローザムに見切りを付け、見込みのありそうな議員の顔を思い浮かべる。
 しかし、誰も彼もがローザムと同様、金で地位を得た人間ばかりだ。

「……ラーグに渡りをつけるか」

 バレットは期待の持てない上級議員から、謝罪の要求とその後の協力を申し出たラーグ王国、その責任者であるガッドへと思考を切り替えた。
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