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中学生とヤバいクスリ

黒髪ポニテで猫目の色白

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 微笑みを浮かべた梨珠りじゅはソファーの横に置いていたバッグからスマホを取り出し電話を掛け始めた。

「……あっ、沙苗さなえ、今ちょっといいかな?……うん…………えっ!? ちょっと沙苗!? 待ってよ!? 沙苗!? ……」
「……何があった?」

 茫然とスマホの画面を見る梨珠に真咲まさきは問いかける。

「新城町にいるって……あの子、売人を探してるみたい……」
「……着替えて来る。待ってろ」

 そう言うと真咲は事務所を出て寝室に向かった。
 フリースを脱ぎ捨て、黒のジーンズと白いセーターに着替えた後、サングラスを外してサイドテーブルに置いていたカラコンを目に入れる。

 アウターは……。

 再びサングラスを掛けクローゼットを開けた。
 この前の一件でお気に入りだったダウンジャケットはクリーニングに出している。
 はぁ……とため息を吐くと、クローゼットから黒のウールコートを取り出し羽織るとポケットにテーブルの上のスマホを突っ込み、いつものスニーカーに履き替えた。

 寝室を出て事務所へ向かうと、梨珠はバッグ片手に入り口近くでスマホを弄っていた。

「お待たせ」
「うん……沙苗、電話に出てくれないしラインに既読もつかない……」

「沙苗って子は梨珠と同級生なんだろ?」
「うん」

「だったら、そう簡単に売人なんて探せねぇよ……その子の特徴を教えてくれ」
「えっと……髪型はポニーテルで黒髪、身長はたしか百五十五センチだったかな? 色の白い猫目の女の子だよ」

 特徴を聞いた真咲はスマホを取り出しアプリを立ち上げる。

「中学生女子……黒髪ポニテで猫目の色白……身長は百五十五センチっと……良し、新城町にいるなら連絡が入るはずだ」
「見つけられる?」
「伊達に便利屋は名乗ってねぇよ」
「流石だね……所で昼間に外に出ても平気なの?」
「へへッ、最近は日焼け止めって便利なグッズがあるからな。後はこのハットをかぶりゃあ……少しの間なら平気だぜ」

 そう言うと真咲は入り口の横に掛けてあった中折れ帽をヒョイと頭に乗せた。
 そうこうしている間にも、真咲のスマホにそれらしい少女を見たとリプが返ってくる。

「表通り……北に向かってるみたいだな……んじゃ行くか?」
「うん!」

 二人は事務所を出ると裏路地を抜けて表通りへと向かった。

「うぅ……昼間に外に出たのは久しぶりだぜ」
「ねぇ、真咲も直接、日の光を浴びると映画みたく灰になっちゃうの?」
「あれはフィクションだ。大体、太陽の光を浴びたぐらいで灰になるなんて、生物として駄目過ぎんだろ」

「じゃあどうなるの?」
「多分、体を守る為なんだろうが……真っ黒に日焼けする」
「えっ? それだけ? だったら……」

 表通りへ早足で向かいながら、梨珠は真咲を見上げ首を傾げた。

「お前が想像しているのより、ずっと黒くなるんだよ。それこそ、松崎○げるなんて目じゃないぐらいな……そうだな、梨珠に分かりやすく説明するなら、コ○ンの犯人ぐらいの黒さだ」

「……それってもう人の肌の色じゃないよね?」
「だろう? それに昼間は眩しくて目が開けられねぇ」
「だから冬なのにサングラスなんだ?」
「まあな」

 話をしながら表通りに出ると真咲に気付いたサンドイッチマンが声を掛けて来た。

「あっ、真咲さん。投稿見たッスよ」
「よぉ、ケンジ。お疲れさん」
「お疲れっス。俺も投稿の子らしき女の子、見ましたよ。様子がおかしかったんで声を掛けたんスけど……」

「けど?」
「なんか思いつめた感じでブツブツ言いながらその角を曲がって行ったっス……無理矢理止めた方が良かったスかねぇ?」
「いや、下手な事すりゃお前がヤバいだろ? 情報サンキューな」
「へへッ、真咲さんにはお世話になってるんで、これぐらいお安い御用っス」

 ケンジに笑みを返し、真咲は沙苗が入ったという路地へ足を向けた。

「結構慕われてるんだね」
「言ったろ。頼りにされてるって」

 梨珠にニヤリと笑いながら路地に入ると、ガラの悪そうな革ジャンの男達に黒髪の少女が声を荒げていた。

「ねぇお願い!! あのクスリが無いと耐えられないの!! どこで売ってるか教えてよ!!」
「んなこと知らねぇよ」
「なぁ、この子って真咲が探してる奴だろ?」
「何!? 真咲って人がクスリを売ってるの!?」

「俺はクスリなんて売った事はねぇよ」
「沙苗!?」

 梨珠が沙苗に駆け寄り、少女の肩を抱く。

「梨珠……放して! 私、クスリを手に入れないともう……」

「真咲。お前が探してるのってこの子だろ?」

 声を掛けた真咲に革ジャンの男の一人が手を上げる。

「ああ、引き止めててくれたのか。あんがとな」
「そりゃあいいんだが……大丈夫なのか、この子?」
「なんとかするさ。今度、ライブ見に行かせてもらうよ」

「おう、次のライブは新曲もやる予定だ。楽しみにしててくれ」
「そりゃいいな。激熱なのを期待してるぜ」
「ハッ、俺達のライブはいつも最高に激熱だぜ。んじゃな、ライブは明後日だ。忘れんなよ」
「了解だ」

 革ジャンの男は後ろ手に手を振りながら仲間と共に路地へと消えた。

「沙苗、落ち着いて!」
「もう、もう駄目なの!! あれが無いと!!」

 梨珠は身を捩り逃げようとする沙苗の肩を必死で押さえ付けた。

「何とかしてよ真咲!!」
「はいはい」

 真咲は二人に歩み寄ると、サングラスをずらして沙苗の顎に手をやった。
 クイッと上を向かせると不安定に揺れる瞳を覗き込む。
 すると沙苗の体は糸が切れた操り人形の様にガクリと沈み込んだ。

「おっと」

 突然、力を失った体を真咲はそっと支えてやる。

「何をしたの!?」
「ちいと眠らせただけだ」

「そう……そんな事も出来るんだ」
「あんま使いたくねぇけどな」

「何で? そういえばその力があれば女の人とわざわざホテルに行かなくてもいいんじゃ……?」
「あん? 眠らせて血を吸えってか? んな事したら変な噂が広まるだろうが……とにかく、お嬢ちゃんを事務所に運ぼうぜ」
「そっ、そうだった! 早く行こう!」

 ブンブンと頷いた梨珠から視線を外し、真咲は抱き上げた沙苗に視線を落とす。
 梨珠が言っていた様にポニーテールで色白な少女だった。
 桃色のダウンにショートパンツ、そこからは黒いタイツを履いた足が伸びている。

 その少女の閉じられた目の周りは、泣いた為か赤く腫れていた。

「チッ……ガキにクスリなんて捌いてんじゃねぇよ」
「……真咲……怖いよ」

 噛みしめられた口元から鋭い犬歯が覗いたのを見て、梨珠は少し怯えて顔を青ざめさせた。
 彼女にはその瞬間、目の前にいる気の良い青年が見知らぬ怪物に感じられたのだ。

「……すまねぇ。少しムカついちまった」
「うん……やっぱり真咲は吸血鬼なんだね」
「……まあな」

 こうなる前に何とかしたかったのだが……。

 そんな事を考えながら、沙苗を抱き上げた真咲はため息を吐いてアスファルトの道を歩いた。
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