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少女の願いの行く先は

お父さんはお医者さん

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「それで、計画は?」

 自分達に都合の悪い者を排除する。
 形は武力から金に変わったが為政者自身が昔からやっている事だ。
 まぁ、昔に比べれば命のやり取りが無い分、平和的と言えるのかもしれない。

 真咲まさきはそんな事を考えながら、緋沙女ひさめに政治家の排除を考えている者達への対処を聞いた。

「計画なんて特に無いわ。あなたと私が仲間と一緒に実行直前に乗り込んで、皆殺しにするだけよ」
「……昔と一緒じゃねぇか!? ……緋沙女、今は二十一世紀だぜ。もう少し平和的に行こうぜ」
「何言ってるのよ? 相手は実力行使で邪魔者の排除を考えているのよ。話し合いで解決する訳無いでしょう?」

「けど相手は一応、同胞の吸血鬼だろうが?」
「……派閥の名前はナイン・ジャッジ、率いているのは九郎くろう武蔵むさしよ」
「九郎? 武蔵? 誰だよ九郎って? 武蔵って宮本か?」

 尋ねる真咲に緋沙女は苦笑を浮かべ肩を竦めた。

「あなたも会った事あるじゃない? 九郎判官くろうほうがん源義経みやもとのよしつねよ」
「えっ、あいつ生きてたのか? んじゃ武蔵ってのは……」

弁慶べんけいよ。あなたは派閥を嫌って逃げ回っていたから知らないでしょうけど、あの二人は未だに武力で国を何とかしようとしてる……まぁ、若い男の子はそういうのがいつの時代も好きみたいだけど」

「義経と弁慶……前に会った時は人間だったよなぁ?」
「あの時はね、今は義経は吸血鬼、弁慶は鬼になってるわ……あなたが協力してくれるなら、厄介事を引き起こすあの二人も今回で粛清出来る、そうなればうちとしても凄く助かるんだけど?」

 緋沙女の言葉に真咲は顔をしかめた。彼女が期待しているのは真咲の力で全員、灰にする事だろう。
 確かに灰にして緋沙女の力を使い封じれば簡単には復活出来ない。
 実際、大昔はそうやって暴走した龍二りゅうじの様な吸血鬼を何人も封印してきた。

 だが、本当にそれで良かったのだろうか……邪魔者、厄介者を排除すれば彼らの言葉は永遠に消されてしまう。
 勿論、本当に迷惑な者も多くいたが、中には派閥の方針に邪魔だから消された者もいた筈、いや絶対にいただろう。
 それは九郎達が計画している政治家の排除とやり方としては同じに思える。

「先に奴らと話をさせてもらっていいか?」
「はぁ……咲太郎さくたろう、いい加減大人になりなさいな。人は生きていればぶつかるのは当然の事よ、皆仲良くなんて出来る訳がないわ」

「ハッ、そりゃ出来ねぇだろうさ。最初から諦めてるんじゃよぉ……とにかく義経達と話をさせろ」

「分かったわ。でも無理だったら私のやり方でやってもらうわ」
「……了解だ……それで、最後に確認だが、どちらになるにせよ襲撃を止めればはなの願いは叶えて貰えるんだな?」

 真咲は緋沙女が弄んでいる赤い石に目をやりながら尋ねる。

「フフッ、相変わらずあの子には甘いわね」
「うるせぇ、どうなんだ!?」
「そうねぇ…………ねぇ、ここから出してあげるって言ったら、私のお願いただで聞いてくれる?」

 緋沙女は赤い石の中、歯軋りしている猿頭の悪魔メルクルに問い掛けた。
 メルクルは牙を剥き怒りをあらわにしながらも彼女に答える。

『……いいだろう……解放と引き換えに貴様の願いを聞いてやる……』
「ですって。こいつの力を使えばことわりを捻じ曲げて花を成長させる事も出来る筈よ」
「解放した後が面倒だぜ」
「フフフッ、任せなさいな……そっちもちゃんと考えてあるから」

 切れ長の瞳と赤い唇が弧を描くのを見て、真咲は改めてこの女は嫌いだと強く思った。
 全ての事柄をてのひらの上で転がし、なんでも自分の思い通りになると思っていやがる。

 反発する感情を押し込め真咲は緋沙女に問う。

「それで、義経達は何処にいるんだ?」
「都心のタワーマンションの一室であの二人は実行のタイミングを窺ってる」
「そりゃ贅沢なこって」
「住所は……」

 緋沙女は右手に何処からともなく出現させたスマホを操作した。
 すぐに真咲のコートのポケットのスマホがメールの着信を告げる。

「フフッ、便利になったわねぇ」
「……まったくだ」
「……話すのは勝手だけど殺されたりしないでよ。私、仕事がスムーズに運ばないのは一番嫌いなの」

「知ってるよぉ……それで、連絡はどうする?」
「不要よ。九郎たちは仲間が見張ってる。あなたが失敗すればすぐに分かるわ……その時は私に従ってもらうわよ」
「チッ、相変わらず手回しのいい女だ」
「私、出来る女だから……じゃあね、咲太郎」

 緋沙女は赤い石をゆらゆらと振り、ビルの屋上から飛び降り消えた。

「義経に弁慶……武士もののふはとうの昔に終わったろうがよ……」

 そう呟き、真咲は屋上の床を蹴り月の浮かぶ夜空を跳んだ。


 ■◇■◇■◇■


「咲ちゃん、どうなっただ!?」

 事務所に戻った真咲を花の他、ラルフと桜井さくらいが出迎えた。

「政治家を襲撃しようとしている奴らのボスと話す事にした」
「テロリストと対話するのですか?」
「無茶だ。そいつらの事は知らないが、私が知るテロリストは自分達の要求を通す事しか考えてはいない」

 桜井の言葉に伊達にモグリの医者じゃないなと苦笑を浮かべながら、真咲は事務所のソファーに腰を下ろした。

「だろうな……でも話し合いで解決するならそれが一番だろ?」
「そんな事本当に出来るだか? もしあぶねぇんならオラの事は気にしねぇで……」

 真咲に歩み寄った花は胸元で両手を握りながら心配そうに訴える。
 そんな花の頭を撫で、真咲は笑みを浮かべる。

「目はあるさ、首謀者の二人は俺の力を少なからず知ってる……あいつ等もやり合いたいとは思わない筈だ」
「……真咲さん、私も同行しましょうか?」
「いや、ラルフはここに花と一緒に残ってくれ。緋沙女が考えを変えて花を人質に取るかもしれねぇ」
「……分かりました」
「……では私が一緒に行こう」

 そう言った桜井を真咲は目を丸くしてマジマジと見つめた。

「桜井さん、今から会いに行くのは俺やラルフと同じ、人間からしちゃ化け物だぜ?」
「分かっている。だが血が出るなら殺せる」
「えっ? あの、俺、話し合いに行くんだけど……?」

「それも分かっている。だが交渉が決裂すれば戦闘になるのだろう?」
「可能性は否定しねぇけど……人間のあんたに何が?」
「確かに私は人間だが、これでも幾多の戦場を渡り歩いた元軍医だ。戦闘の経験ならある」

 そう言うと桜井はコートの胸元から大型のハンドガンを取り出した。
 真咲も映画等でよく見るマグナム弾を発射出来るオートマチックの拳銃だ。

「車にはこれ以外にも多少の用意はしている。心配には及ばない」
「…………ねぇ、花さん、君のお父さんはお医者さんだよね?」
「んだ。けんどもお客さんが物騒な人が多いもんだで、お父はいつも銃を手放す事はしねぇだ」

 真咲は桜井にジトっとした視線を送った。
 桜井は真咲に花の教育について環境云々かんきょううんぬん言っていたが、彼の近くにいる方が明らかに教育に悪そうだ。

「……何かねその目は? 銃について佳乃には指一本触れさせた事はないぞ」
「触らなきゃいいって問題じゃねぇだろ……はぁ……ホントについて来んのか?」
「当然だ、娘の願いが掛かっている。親として行かないという選択肢はない」

「ふぅ……俺はもっと平穏に生きたいんだが……」
「フフッ、それは同感ですねぇ」

 肩を竦め苦笑したラルフに真咲は同様の笑みを返した。
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