お飾りは花だけにしとけ

イケのタコ

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一章

6話 図書室

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書記に見送られながら俺は図書室中へと入った。2階まで設備してある、広い室内は迷路のように沢山の本棚が置かれていた。
 教室とは違う異様な静かな空間に、思わず忍足で歩く桃谷。静に連絡して、自前にその友達がどんな人物か大まかな情報は手に入れているので、情報を確認しながら図書室を探る。
 それは直ぐに見つかった、丁度脚立の上に座って本棚に本を返却するところだった。
 その名は楠野 紫音くすの しおん 、まさに図書委員の人と現したような男子学生。言われた通りまん丸で柔らかな雰囲気が印象的で、綺麗整えた黒髪、メガネをかけ、そして真面目に仕事を取り組む姿はより優しさに拍車がかかっていた。
 才川も言っていたが今の浅木倫太郎とは真逆の存在である。

「あの、すみません」

 驚かさないように小さな声で話しかければ、彼は気づき下を向く。
 特に驚いた様子もないので、会長とはバレていないようだ。

「はい、なんですか。何か本をおさがしですか」
「いえ、そうではなくて。浅木倫太郎の事で少しお伺いしたいことが」
「りんっ」
 
 俺が浅木の名前を口にした瞬間、楠野は明らかな動揺を見せぐらりと体が揺れる。危ないと思った俺は急いで脚立を支えた。
 
「あぶない!」

 叫ばれ、上を見上げると一個の本が落ちてきていた。避けるにはもう遅く、桃谷は頭上に落ちてくる事を覚悟して目を瞑る。

あれ?

 衝撃を覚悟していたのだが、一向にそれはやってこない。不思議に思った桃谷はゆっくりと目を開けると、その本は当たる寸前で止まっていた。

「あぶな、大丈夫か」
「ナイスキャッチ。止めてくれてありがとう」

 安堵息を漏らし桃谷が振り返ると本を頭上で止めたのは、水崎 であった。

「風紀……」
「嗚呼そうだが、どうした」
「別になんでもないです。ありがとうございます」

 なんでここにいると叫びそうになった桃谷は、口を引き攣らせて水崎から離れた。

こんな所で会うなんて最悪だ。会計の件もあって何を言われるかと身構えたが、いつもの容赦ない言葉はなく、水沢は不思議そうにこちらを伺う。どうやら今の俺を会長と思っていないらしい。

「……そうか、怪我がなくて良かった。楠野、気をつけろよ、本も立派な凶器だ」
「本当にすみません!」

 青ざめた楠野は脚立から降りてきた。水崎は持っていた本を渡す。

「手を滑らしてしまいまして、お怪我は無いですか」
「全然ないよ」

 深く頭を下げ謝る楠野は眉、を八の字に曲げ今にも泣きそうであった。桃谷は慌てて平気だと手を仰いだ。

「あの、話ってなんですか」
「えっと、あー、いや別にいいんだ。また、話しかけるよ」

 次の機会はない。けれど、今は風紀委員の前で話す内容ではない。相手は会計の事でさらに不信感が高まっているのに、会長が変装までして話をしているとバレたら、謎でもあるし、生徒会への不信感はさらに増すだろう。
そうなると会計の首だけの話ではなくなって来る可能性が大だ。
 ここは諦めた方が良さそうだ、新しい作戦を思いつくしかないと桃谷はそう判断し、帰ろうとしたが

「あの、待ってください。もし、時間が空いてるなら、風紀委員会と話が終わった後ですが話しませんか」

 楠野の方から桃谷と話したいと言ったのだった。桃谷は勿論頷き喜ぶ。

「いいんですか」
「はい!勿論です。私も話したいですし」

 諦めかけていた桃谷に天光の兆しが見え、密かにガッツポーズを決める。とりあえず楠野と話す予定が立てられた。



  楠野を待つ間は暇なので図書室を回る桃谷は、料理本を手に取った。作れそうなものはないか、ページを流すように捲りながら時間を潰す。
 本に集中して気づかなかった、相手が近くに来ていたことも。

「料理が好きなのか」

 後方から突然の声に驚き、体が飛び上がる。本を閉じ恐る恐るゆっくりと振り返れば、再び風紀委員長が立っていた。

「ふ、風紀委員長……さんっか。びっくりした」
「すまない、また驚かしたようだ」
「いえ、特に気にしないです」

 驚かされたよりも、姿がバレないか内心ヒヤヒヤの桃谷。敵意のない水崎に優しく話しかけられるのは逆に恐くて、笑顔が引き攣る。

「料理してるのか」
「えっ、ええまぁ。それなりにしてますけど」
「そうか」

 興味を持って訊いてきては頷くだけ。何故、話しかけてくるのか。助けた時におかしな事をしたのだろうか、それとも俺だと分かっていて試されているのか、桃谷の頭を悩ました。

「あの、なにか、おかしなこと言いましたか」
「いや、別に。すまない、初対面だというのに話しかけ過ぎだな……俺も何やってるだ」

 小さな声、悩ましそうに水崎は指で口を摘む。明らかな動揺。出会ってから見たことがない、自信の無さそうな風紀委員長の姿があった。

「あの、大丈夫ですか」
「大丈夫だ。知り合いに似ていたから、思わず話しかけただけだ。だから、取り締まるとかないから、そんなに怯えなくていい」

 瀬戸際に立たされた警戒心が、水崎には怯えていたように見えていたようだ。肩の力を抜きたいのは山々だが、今は敵である以上油断は出来ない。

「べつ、別に怯えてなんかないです。そっそれより、風紀委員長さんは巡回とかしなくて大丈夫ですか」
「そうだな、ここで休んでる場合じゃないな。時間を取らせて悪かった」

 風紀委員長は大人しく引き下がる。やっと帰ってくれるだろうか、と安堵の息が漏れ出す桃谷。
 しかし、それを欺くかのように一歩前と距離を詰めて、水崎は顔を近づけた。

やばい!流石にバレた。
観察をするような目付き、距離を詰められた桃谷は本を盾に顔を隠す。心臓は早さを増して跳ね、油染みた生ぬるい汗が流れる。

「委員長っ!」

  叫びながら走ってきたのは、風紀委員の腕章をつけた男は、手を膝について荒い息のまま報告する。

「お忙しいところ、すいません。またあいつらが喧嘩を始めまして、僕達では手がつけられなくて」
「またか。分かったすぐに行く」

 ため息を深くつくと、

「急用が出来だようだ。もし、お……君も不安な事や悩みがあれば、俺たちを頼ってくれ」
「ありがとうございます?」

 そう言ってどこでも誠実な風紀委長は去っていく。なんだっただろうか、と不安に思いながら肩の力を下ろす。
 あの風紀の慌てた様子。前に会議で課題にもなったが、不良の統制に中々苦難しているらしい。
 理由としては、風紀の人数不足と去年の後始末が大いに関係している。去年の負債がなければ委員長が出向く事もなく、もっと荷も軽かった筈だ。流石の水崎さんも、気を詰めているはずだ。
手伝ってあげたいのは山々だが、自分の所が砂塔では意味がない、それまでは知らないふりだ。

「すみません、遅くなりました。今終わりまして」

 風紀委員が去った後に、丁度入れ替わるように楠木が駆け寄って来た。

「どうかしましたか」

 まだ、動揺が残っているか、いつの間にか胸に手を置いて服を握りしめていた。上手く返事が出来ない、楠木は不思議そうに首を傾げ。

「いや、大丈夫だ」

 さっきのは気にしない、心中で唱え、俺は図書室の机を借りて話すことを提案した。


 
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