一夜の過ちからはじまる〜妹の推しとつき合うようになったオレの日々〜

白千ロク(玄川ロク)

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 おそらくは牙の痕や軽い歯型、そしてなんといっても鬱血痕が残されたであろう内腿。噛む必要は無さそうなのだが、甘噛を繰り返されてしまった。その度に変な声が出たり躯が跳ねるのだから、経験値の低さには笑うしかない。いやだって、くすくす笑われた気配が濃厚だったんで。経験の無さが露見してしまった恥ずかしさといたたまれなさに顔が熱くてたまらなかったとは言っておく。

 彼女? 小六以外にいませんでしたが? 夏休みに入る頃から危うかったが、夏休みが終わる頃には自然消滅でしたわ。そもそも、一緒に帰る時に手を繋ぐ以外はしていなかったので、経験値が増えるわけもなかったのだが。オレたちは進んだ小学生ではなかったらしい。いやまあ、進んでいたらいたで、問題だったかもなあ。やっぱり、小学生での肉体関係はダメだろう。

 十九歳のいまとなっても、薔薇色のキャンパスライフなど夢のまた夢だ。なぜか同い年な人気アイドルとの接点が出来てしまったが、不可抗力も不可抗力だろう。なにも望んでいたわけではない。

 そんなことを思いつつも横抱き状態でソファーへと運ばれて優しーく降ろされたわけだが、これ以上なにをするつもりだというのかね。経験の無いオレに対して。まだ下は素肌を晒したままなので実に怪しいと眉を顰めて明崎なつめを眺めていると、「止まらなかったんです」とぽつりと漏らした。顔を覗き込んでくるその姿は実に痛々しい。こう、なんというのか、消えて無くなりそうな儚さがすごい。いやいや、痛い思いをしたのはオレであってですね、あなたではないんですが。

 と言えたらどんなにいいか。オレは空気を壊す気はないので、『どういうことだよ。謎に謎が増えたんですがー』と、新たに湧いた問題によって眉間に皺を刻むだけだ。わけが解らないと言いたげに。しかし、明崎なつめは認識を間違えたようで、「き、嫌いにならないでほしいんです」という小さな声が届く。どうやら不機嫌だと勘違いをさせてしまったようだ。まあ、機嫌がよいかと聞かれても、答えは違うの一点張りですがね。ちょっとくらくらするからさ。

 なぜか小さくなってふるふる震えている明崎なつめを不思議に思うが、それを口に出すことはなく思ったままを唇に乗せる。脇役で出ているドラマの撮影が明後日にあるらしく、キスシーンの練習をしたいのだという台本読みにつき合わされる最中にキスを――それもかなり深いキスをされたわけだが、嫌悪感は湧かなかったなあと思うついでに。

「変態だとは思うけど、嫌いだと思ったことはないなあ」
「本当ですか!?」
「あ、ああ」

 のしかかるかのように勢いよく肩を鷲掴みにされ、驚くままに短く答える。ここで違う答えを出すと生きて帰れないのではないのかという空気があるが、嫌悪感が湧かなかったことが答えであろう。考えられるのはひとつしかない。これまでの吸血行為によって、その辺の耐性が出来上がっていたんだろうなあ。計算した上でなのか、偶然の産物かは解らないが。

「よかったです」

 泣き出しそうな顔がほにゃっとした笑みに変わった後、明崎なつめはそのままの強い力で抱きしめてきた。えぇ……、なんでこんなにも感極まるわけ……? また謎が増えたんですが。

 感情の乱れ方が解らない奴だなあと混乱するオレを置き去りにして、明崎なつめははぁとひとつ息を吐く。張り詰めた糸が切れたような、どこか安堵したような吐息。身長差と体格差があるからか、抱きしめられる度にすっぽりと収まってしまうことは気に入らなかったが、覆ることはありえないのでもはや諦めている。期待はしていないさ。頭頂部に頬を擦り寄せてくる明崎なつめの姿はといえば、いまはただの変態に他ならない。輝きまくるアイドルでも、たとえ脇役であっても存在感のありまくる俳優でもなく、際どいところから吸血し始めた吸血鬼。それが明崎なつめの正体である。

「アカザキ、苦しいから、ちょっとは力を緩めろ」
「なつめですよ、セトさん」

 バンバンと背中を叩いてやると、頭上から不満げな声が聞こえてくる。そう言われても、呼び捨てがバレたらファンが怖いだろうがとこちらも不満タラタラで返すと、「ファンを見るのではなく、私を見てください。私だけを」と囁かれた。囁く意味がなにも見い出せなかったが、「でないと離しませんが」と言われてしまえば、従うしかないであろう。

「解った解った」

 緊張を隠すように小さく咳を払い、なつめと呼ぶ。小声で。それでも尻すぼみになったのは、気恥ずかしさからだ。急に変えるのは難しい。

 一度頬を擦り寄せてきた明崎なつめ、いや、なつめからは「はい」と短い返事を聞いた。たったひとことだが、なんとも幸せそうな声音をしている。

 この日、三度目の謎がオレを包んだのは言うまでもないだろう。

 いやもう本当に、なんなんだろうな。オレのような凡人を好いても、いいことはないというのに――。
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