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 それでも宥めるように頭や背中を撫でてやっていると、もぞもぞ動き始める。少々距離を空けてくれたようだが、なつめの下にいることは変わらない。「セトさん」と艷やかな声とともに獲物を前にした猛獣のような瞳がオレを射抜いてくる。あれだけ熱を吐き出したというのに、青色に白を混ぜた瞳には熱が籠もったままのようだ。

「もう少し触れたいです。キスだけでいいので、触れてもいいですか?」
「触れたいなら触れろよ」

 やけに素直なんですねとどこか皮肉じみた言葉が返るが、いま逃げ出したらオレは最悪殺されるしかないだろう。そんな雰囲気が漂う中で行動がとれるはずもない。したいようにさせてやる選択しかなかろう。

 赤に染まる部屋の中、影が重なる。端から見れば幻想的な光景なのだろうが、当事者にしてみればいつまで続くのかという疑問しか湧かない。舐めて重ねてまた舐めて。動物か。いや、つっこまないけどな。

 離れていくと同時に起こされ、ふたたび腕の中へと収まるが、「怖いんですよ」と震えた声が届いた。ほんの小さな声だからか、抱きしめられていなかったなら解らなかったであろう。なにに怯えているのやらと覗うと、「私はこの恋しか知らない。こんなにも不安になるのが恋愛だと言うのなら、私はいつか耐えられなくなりそうです」と泣き笑いの美貌が目に痛かった。なつめは破壊力というものを知ったほうがいいな。

「恋愛のあれこれが解らないオレに話されても困る内容だけどな、好き勝手してそれなら殴りたくなる」
「初恋は叶わないと言われてますよね?」
「あー、まあ、確かによく聞くけどさあ、統計があるわけでもあるまいし、そんなの解らないだろ?」

 だからまあ、怖がる必要はないだろうと背中を撫でてやる。なんで恋愛経験がないに等しいオレが、モテる奴の恋愛相談をされなければならないのか。解せないが、されてしまったものはなにを思おうがもう遅いわな。

 なつめは『この恋しか知らない』と言っていた。ということは、長い期間誰かを思っているんだろう。いまこの時も。いやいや、だったらなんでオレに構っているんだ? オレといる時間をそちらに回せばよくないか? 解らない奴だな本当に。

 でも、な。この顔はダメだよなあ。――キラキラした瞳で蕩けそうな顔をするのは。

 そんな顔を見せられてしまえば、どうにも離れがたいという思いが浮かんでしまうではないか。いまはオレにしか解らなくとも、いずれはその『想い人』とやらに見せるのだろう。嬉しそうに笑う顔も幸せそうに笑む優しい顔も。

 オレとの繋がりなんて、なつめが満足さえすれば終わりを迎えるんだから。なんだろうなあ、悔しいのか悲しいのか解らないや。

 気づいてしまったのが余計だったなあ、これは。

 顔見知りでしかないなんてな――。

 誰がなにを言おうとこの関係は友人とは呼べないし、ましてや恋人なんて絶対に呼ばない。よく言って知り合いか? そんな薄い関係でしかないんだよな、オレたちは。

 ああ、いや、違うか。ストレス発散係だったか。お忙しいアイドル様が、次の仕事を気持ちよく出来るようにする為の道具。

 ……どうしよう。いまそれでもいいかと思ってしまったぞ。どうやらオレの意志は大分手遅れだったようだ。それもこれも、破壊力が凄まじい顔を見せるなつめが悪いな。
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