透明な声

いお

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Episode 01

嘘つき青年

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「言いたいことあるなら言いなさいよ」

春の暖かさで小鳥も鳴いているような午後。
優しく心地いい日差しが差し込むカフェの
テラス席。
そんなとてもいい陽気なのに僕の向かいに
座る彼女の視線は反比例するように冷たい。

「そんな事急に言われても困るよ……」

僕は困ったように笑顔を浮かべる。
その僕の顔を見て彼女は一層眉間にシワを寄せる。

「それ、その笑顔、何が楽しいの?」

「え、ごめん、そんなつもりはないんだけど……」

「いつも、何を言われても笑ってるし」

「そんなに笑ってるかな……」

「笑ってるよ、何考えてるかわからないし
正直言って気持ち悪い」

「……っ!そ、そっか……ごめんね」

時間が経って冷めたコーヒーの水面に
僕の顔が映っている。

まだ僕は笑顔でいる。
まだちゃんと笑えている。

「大丈夫、もういいから」

「これからは僕ももっと……」

「別れよ」

「え……」

「え……って当たり前でしょ?
この先コウとやって行ける気がしないもん」

そう言い放つと彼女は席を立った。
言われた言葉になにも言い返せず僕は動けないままでいる。
そんな僕に彼女は更に言葉を続ける。

「さようなら、二度と連絡してこないでね」

彼女はそのまま振り向くことなく帰りの道を歩いていった。

「なるほど、だからなにも注文しなかったのか……」

冷めたコーヒーを眺めながら僕は呟いた。
彼女は別れを言う為だけにわざわざ来てくれたのだろう。
でも最後ならコーヒーぐらい奢らせて欲しかったな……。

そんな事を思いながら僕はコーヒーを一気に
飲み干して席を立った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ただいま」

扉を開きながら僕以外誰もいない部屋に言う。
一人暮らしを始めてもう5年も経つのに
未だに僕は「ただいま」と言っていた。
その行為が余計に虚無感を煽るというのに。

部屋の中心まで行き、電気をつける。
最低限の物しかないワンルーム。
その部屋はまるで自分の中身を見てるような気分になってしまう。

空虚。

そんな言葉が僕にはぴったりだ……。

「こんな事考えるだけ余計に虚しいね……」

誰にも届く事ない独り言を呟きながらベッドに倒れ込む。

『この先コウとやって行ける気がしないもん』

数時間前に恋人だった人に言われた言葉が
今もグルグル頭の中を回っている。

彼女の言う通りだと思った。
何も言い返せなかった。
なぜなら、言われた僕自身がその言葉を
彼女よりも肯定してしまっていたから……。

「あーダメだ、考えるだけで頭が割れそうになる」

僕は気を紛らわす為に某SNSを開いた。
友達も少ない僕のフォロワーは20人にも満たないから正直全然更新されてないけど……。

下へ下へフリックしていると気になる広告が出てきた。

お絵描きチャット。

内容はよくある知らない人と話せるアプリ。
でも、少し違うのは手書きで相手と会話するというところだ。
少し手間だけど気を紛らわすには丁度いい。

「1回取って、気に入らなければ消せばいいか……」

僕は早速アプリをインストールした。
自分の少しの情報をプロフィールにいれてチャットを開始する。

「名前は……。コウでいいか」

本名だけど相手には分からないからいいか。
そんな事を考えていると早速誰かに繋がったみたいだ。
とりあえず挨拶してみればいいのかな?

<こんばんは>

とりあえず無難に挨拶をしてみると画面が一旦クリアにされて相手が返事を描き始めた。

<こちらこそこんばんわ>

書かれた文字はとても綺麗で少し丸みを帯びた文字だった。
普段は気にならないけど相手の情報が文字だけってなると結構細かい所まで見てしまう。
これはこれで少し楽しいかも。

僕は再び画面を消して文字を書いていく。

<こんな時間だけど僕のお話に付き合って貰えませんか?>

時計は午後11時を指していた。
学生や社会人ならそろそろ寝る時間だし一応確認を取った方がいい。
返事はすぐに返ってきた。

<明日休みですし眠れないので私で良ければ付き合わせてください>

返ってくる文字からこの人の性格の良さが
伝わってくるようだ。
僕は相手が全く知らない人という事もあって自然と色んな話をした。

色んな話をして分かったことがある。
チャットの相手は女性で名前はミツキ。
事務関係の仕事をしている歳の近い人らしい。

彼女は丁寧に僕の話を聞いてくれた。
あまりにもちゃんと聞いてくれるのと
これっきりの関係という気持も合わさって
今日あった事も話してしまった。

さすがに重いかな?

そんな事を考えたが
彼女の返答はとても優しいものだった。

<それはとても辛かったですね
  でもそんなこと言う人にコウさんは
  もったいないですよ!>

その言葉を見て少しだけ心が軽くなった。
僕って単純だよな……。
人の言葉1つでこんなに楽になるなんて。

自分の単純さに多少呆れつつも
彼女とのやり取りは続いた。
会社の話
最近あった面白い話
そして、恋愛の話。
他にも色んなことを話した。
気を紛らわすだけのつもりが気づけば時刻は午前3時。
すっかり夢中になっていたみたいだ。

とても楽しい時間だったけど
眠気も出てきたのでここでお開きという事にした。
彼女も眠気が来たので丁度いいとの事。

このチャットを終わってしまえば彼女とは
二度と喋れない。
このアプリには特定の誰かとチャットできる機能はついてないのだ。
だが、それも仕方ない。
連絡先を聞く勇気なんて僕は持ち合わせてないからね。

僕は最後になると思っていながらも
少しの期待も込めてこう書いた。

<ありがとう、またね>

また、なんてないのにね……。
もしかしたら相手から連絡先を聞いてくれるかもなんて淡い期待。

<はい、またお話しましょう>

……まぁ、当然だよね。
自分に言い訳するように思いながら
僕はアプリを閉じた。

「こんないい子と恋がしたかったなぁ」

さっきまでの楽しい会話の余韻に浸りながら僕は目を閉じた。




遠くない未来に彼女に出会えることを
この時の僕はまだ知らない
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