TEAM【完結】

Lucas

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第18話

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 ぐんぐんスピードを上げる船。その後ろを、トラが追います。しかし、中々追いつけません。たくさんの力を使い、少し疲れているのか、船との距離は次第に開いていきます。それでも、船を見失わぬよう必死に追いかけていました。
 その時、どこかからトラを呼ぶ声が聞こえて来ました。
「おーい! トラ様ー!」
「ん? あ!」
 トラが下を見ると、そこには大きなクジラが。そして、その背中には三つ子のペンギンが乗っていました。
「トラ様! こちらへ! 一緒に追いかけましょう!」
 ソウゾウがそう言って手を振ります。トラは迷いましたが、クジラはピッタリと自分の速さについて来ています。なので、トラは言われた通りにする事にしました。飛び降りるようにして、クジラの背に降ります。
「何でソウゾウ達が?」
「私達もコネコ様救出に向かいます!」
 ソウゾウはピシッと姿勢を正して言いました。
「途中でー、エリリンに会ったからー乗せてもらいましたとさ」
 クウソウはその場に寝転び、ゴロゴロと転がります。
「エリリン?」
「エリリンじゃないわ。エリーよ。おかしな呼び方しないで」
「え?」
 足元から聞こえて来た声。トラは前の方に移動して、クジラの顔を覗き込みました。
「お前、エリーっていうのか? 乗せてくれてありがとう! 僕はトラ」
「トラ。トラね。了解よ。覚えたわ」
 ツンとした態度のエリー。何故か機嫌が悪そうです。
「何か、怒ってる?」
「お前って呼び方はないんじゃない? それに、呼び捨てもやめて」
 そう怒られてしまい、トラは少々たじろぎます。
「えーっと、じゃあ何て呼べばいい?」
「エリーさん」
「エリー……さん。何か変なの。エリリンじゃダメ?」
「嫌よ」
 波しぶきを上げ、エリーはさらに加速します。
「可愛いのに」
「あなた、星の子ね。この騒ぎはあなた達、星の子が原因。だから、あなたがあの船を追っている。そう解釈していいのかしら?」
「へ?」
 突然早口になったエリーに、トラは聞き取れなかったのか、気の抜けた声で返事をします。すると、パチンコを手に持ったコウソウがトラの隣に並びました。ですが、隣に並んだだけで特に何も言いません。トラにピタッとくっついています。
「んーと、よく分かんないけど、僕はコネコを助けたいから追ってるんだ」
「そうなの? また星の子達の争いを始めるのかと思ったわ。お願いだから、わたし達の海を荒らすのだけはやめてちょうだい」
 やはり早口で、ツンケンとした物言いのエリー。でも、トラは微笑むと、しゃがんでエリーを撫でました。 
「分かった。ごめんな、騒がせちゃって」
 優しい手つきのトラ。エリーからはトラは見えませんが、撫でられているのは分かるのか目を細めます。
「分かっていればいいの」
「うん」
 トラは、今度は隣にいるコウソウを撫でました。
「コウソウ達も怖いの我慢して手伝いに来てくれてありがとな」
「……ふん、これはただの武者震いさ」
 そう強がりながら、コウソウはさらにトラにくっつきます。陽は傾き、今にも夜がやって来そうな空。トラはそんな空を見上げ落ち着かない様子です。
「トラ様、大丈夫です。必ず追いつきます」
「でも」
 ソウゾウがそう言っても、トラの焦りは消えません。
「大丈夫大丈夫ー。それより、力は温存しておいた方がよろしーかと」
 だらしなく寝転び、ゆるい口調のクウソウは、ゴソゴソとマントの中を漁り始めました。そして、取り出したのはトラの大好きなブドウ。
「はい、回復回復ー。あーんなに力を使ったから、お腹すいたでしょ?」 
 ぐうっと鳴るトラのお腹。
「……うん」
 素直にブドウを受け取り、あっという間に平らげます。
「おいしー?」
「うまい」
 最後の一粒を飲み込むと、トラの目に力が戻りました。
「うん、回復!」
 すっくと立ち上がり、そして前を向き船を見つめます。
「大丈夫。海では争わない。船が止まってコネコ達が降りてきたら、そこで助ける」
 エリーは、ふんとため息をつくように返事をします。
「ならいいけど。だったらわたしは船を見失わないように全力で追いかけてあげるわ」
「ありがと! エリーさん!」
「エリリンでいいわよ」
「え?」
「可愛いんでしょ? だったらそう呼びなさい」
「うん! りょーかい!」
 さっきのエリーの返事を真似るトラ。エリーはふふと声を出して笑います。
「変な子ね。人間のくせに」
 そして、ボソリと呟いたその言葉は、さらに加速した風の音に消されてトラには届きませんでした。
「けど、嫌いじゃないわ」
「何?」
「何でもないわよ、トラ」 
 そして、船を追い続けるトラ達。空も海も、黒色に変わり始めますが、何故か星はほとんど見えません。トラ達は不思議そうに夜空を見上げます。
「何だか、星が少ないですね」
 うーん、と首を捻りながらソウゾウが言います。
「風がぬるーい。おもーい。くさーい」
 トラの膝の上にちょこんと座って文句を言うクウソウ。
「さてと、どうやら俺様の出る幕じゃなさそうだし帰るか」
 おもむろに立ち上がり、帰ろうとするコウソウ。ソウゾウに後ろから引っ張られて止められます。
「外の世界に来たって事よ」
 すると、エリーがそう教えてくれました。
「外の世界に? でも、空はここまでずっと繋がってたのに、何でこんなに変わっちゃうんだ?」
 トラの疑問に、三つ子達もうんうんと頷きます。
「空だけじゃないわ。海も、どんどん淀んでいく。青く澄んだ水なんてないの」
「何で?」
「人間の世界だからよ」
 波の音より、風の音が大きくなります。風が、なんだかおかしな匂いを運んで来ているのに気づき、トラは前方に目を凝らします。そこには、トラ達が暮らしている世界とは違った、壮大な景色が広がっていました。星を映さない黒い海の先、そこには夜なのに明るく光る街がありました。
「すっげー! 星がくっついてる!」
 トラはその光景に目を輝かせます。見た事もない高い建物は、トラの言う通り上から下まで星をちりばめられたようでした。
「なるほど。空に星が少ないのはそういう理由だったのか」
「違うと思いますけど……」
 コウソウとソウゾウも、どこかワクワクしたような表情です。クウソウは手のひらを返したかのようなはしゃぎっぷり。そんな四人に対して、エリーはやれやれと呆れます。
「さあて、着岸するわよ。わたしはここまでしか送れない。いいわね? トラ」
「うん! ありがとう、エリリン!」
 船が陸にめいいっぱい近づくのを待って、トラが飛ぼうとした時。
「ま、待ってください! トラ様、あれを!」
 同じく海に飛び込もうと準備していたソウゾウが、船の方を指差しました。星が潰れるように、黒い何かが目の前の景色を埋め尽くしていきます。
「あれは……ヒト?」
 トラの目に映ったのは、たくさんの『星の子の力』を持った人間達。空を飛び、船へ一直線に向かって来ます。
「仲間のお出迎えでしょうか? しかし、すごい数ですね」
「うん……コネコ達だけ連れ出すの大変そう」
 そう言って、ふうっとトラが息をつき、飛んで来たヒト達が港に降り立ちます。すると、ドオンっと、耳をつんざくような音が鳴り渡りました。波が大きく揺れ、音から一瞬遅れて火柱が上がります。それは、鉄の船すべてから。
「コネコ!」
 三つ子の制止の声よりも早く、トラが飛び立ちました。炎に向かって真っ直ぐに。
「トラ様!」
「三つ子! しっかりつかまってなさい!」
 エリーはそう叫ぶと、スピードを上げて船へと向かって行きました。そして、船の直前まで来ると、まるで急ブレーキをかけるようにしながら方向転換。その為、大きな波が船を飲み込むようにして、燃え盛る炎を消し去ったのです。
「わたしにかかればこんなものね。あら? 三つ子は?」
「こ、ここですよ!」
「あんなのつかまってられるか! 死ぬかと思ったぞ!」
 三つ子達は海に振り落とされていました。
「よかったわ、無事ね」
 エリーは軽やかに笑うと、喧騒を背にしてゆっくり泳ぎ始めました。
「後はあなた達で何とかしなさい。こんなの……見てられないもの」
 エリーは争いから耳を塞ぐようにして、海の中へ潜ります。暗い海は、もうエリーの姿を映しません。三つ子達は顔を見合わせ頷きました。
「行きましょう! コネコ様をお助けするのです!」
 一斉に泳ぎ出す三つ子達。目指すは一番大きな船。コネコがその船に連れ込まれるのを、三つ子達は見ていたのです。しかし、三つ子達はまだそれをトラに伝えていませんでした。トラは空を飛び回り、海の水を巻き上げ、残った炎を消しながら、コネコの姿を探し続けます。
 船の中から出てきたヒト達は、陸にいるヒト達へ攻撃を続けます。二つの星の子の力がぶつかり、衝撃が辺りに広がります。破壊される船、そして、倒れていくヒト達。そんなヒト達を、トラは悲しげに見つめて呟きました。
「何で傷つけあうんだよ……こいつらは」
 トラは、その二つの力がぶつかり合っている場所、つまり戦っているヒト達の間に割り込みました。
「もう戦うのはやめろ!」
 そう叫んだトラから放たれた星の子の力。それは、二つの力に真正面からぶつかりました。
 しかし、少しの衝撃も逃さずに打ち消したのです。消滅した自分達の力。人間達は呆気にとられた後ハッと我に返り、そしてその強大な力に恐怖の色を見せました。ですが直後、全員が強い怒りをトラに向けたのです。怯えの混じったような、攻撃的な表情。
 トラを『未知なる敵』と認めたようでした。不動のトラ。そんなものよりもコネコの方が気になるようで、静かになり探しやすくなったと言わんばかりに目だけをキョロキョロと動かします。それなのに、コネコの姿は見つかりません。トラの顔が、まるで迷子になった子どものような顔になります。
「コネコ、どこだよ……」
 それは、トラが見せた隙でした。でも、その表情が逆に人間達の攻撃をわずかに躊躇させます。『未知なる敵』が『ただの人間の子ども』に見えてしまったからです。
「コネコーー!」
 トラは叫びました。暗い海に、その声は吸い込まれていきます。返事はありません。代わりに、それを合図にするかのように、人間達が再び一斉攻撃を仕掛けます。今度はまるで、打ち上げ花火のような音が夜空に響き渡りました。


「ん……コネコ?」
「スズメ? 気がついた? 大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「怪我はない?」
「うん。コネコは?」
「私も平気よ。あなたがかばってくれたから」
 ここまで会話した所で、スズメはようやく自分の置かれている状況に気づきました。
 辺りは壁も天井も崩れかけ、部屋は傾き、下になっている方には海水が入り込んでいます。そして、崩れ落ちてきた天井から守るようにして、スズメはコネコに覆い被さっていました。
「ご、ごめん。重いよね? 今退くから……」
 スズメは腕に力を入れて、起き上がろうとしますが、瓦礫が邪魔になっていて動けません。わずかに出来ていた隙間のおかげで、二人は潰されずに済んだようです。
「どう? 起き上がれそう?」
「んっと……結構難しいかも」
「星の子の力は?」
「……ごめん、今は使えないんだ」
 申し訳なさそうに呟くスズメ。コネコは腕の間からキョロキョロと回りを見渡します。
「ポロは?」
「あ、そういえば」
「ポロ! ポロ、いないの?」
 返事は返って来ません。それどころか、この辺りには二人しかいないようです。それでも、二人が何とか脱出しようとしている頃。
 朝陽が顔を出し、静かな優しい光が海岸を照らし始めていました。船はほとんど壊れてしまい、海に沈みかけていて、港は閑散としています。
 あんなにいた人間達は誰もいなくて、しんとした空気の中、ペタペタという足音が。
 灰色の地面を歩いていくのは、ウミガメのポロ。ポロが向かう先には、三つ子のペンギンに守られるようにして囲まれているトラの姿。四人は寄り添うようにして眠っています。
「おい、起きろ」
 ポロは、まず初めに外側にいたコウソウを起こします。体を揺すろうと手を伸ばしたら、コウソウは驚いたように飛び起きました。
「て、敵襲か!」
 寝ぼけ眼でパチンコを構え威嚇するコウソウ。
「朝からテンション高いな、お前」
 ポロはそんなコウソウに構うことなく、押し退けてトラに近づきます。すると、その気配で今度はソウゾウが起き上がりました。
「はっ! あ、あなたはウミガメのポロさん! あ、ト、トラ様は……ああ、良かった。ご無事ですね」
「よお、長男さん。トラはどうだい? これは眠ってるだけか?」
 ポロはトラから目を離さないまま言いました。コウソウは辺りを警戒し、パチンコを構えたまま周囲を睨みつけています。
「ええ、昨晩はひどい戦いでした。トラ様は星の子の力を使いすぎて、そのまま眠ってしまわれたのです」
 すやすやと眠っているトラ。その足元ではクウソウがまだぐうぐうと眠っています。
「へえ、やっぱりトラが戦っていたんだな。ひどい音や揺れだったんだけど、船の中からは様子が分からなくてさ」
「あなたも捕らえられていたんですね。あの、コネコ様は?」
 ポロは、やって来た方を振り返りました。
「コネコも少年も無事さ。ただ、抜け出すのが難しい。あの沈みかけた船の中にいるんだよ」
「えぇっ! た、大変じゃないですか! トラ様! トラ様起きて下さい!」
 ソウゾウが慌てて体を揺すると、トラは頭を押さえながら起き上がりました。ですが、クウソウやはりイビキをかいて眠っています。
「トラ様、お体は大丈夫ですか?」
「ソウゾウ? うん、大丈夫だけど……あ! コネコは?」
 すぐに立ち上がるトラ。足を枕にして眠っていたクウソウはコロコロと転がります。
「コネコ様はあの船の中にいるそうです。ポロさんが教えてくださいました」
「ポロ? あ、ポロ! 無事だったんだな!」
 トラはしゃがむと、ポロの甲羅をガシガシと撫でます。
「ああ、俺は余裕だ。それより、早く助けてやってくれ。トラの力ならすぐに助け出せるはずだ」
「分かった!」
 トラはすぐに船に向かって飛んで行きました。
「よし、俺様達も行くか。もうこの辺りには敵はいないようだ」
 パチンコを懐にしまうコウソウ。
「いや、それは見りゃ分かるから」
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