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第49話
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「わたしの魔法はね、人の心を読むことなの」
「…………」
「あんまり、驚かないんだね」
「昨日……」
「あ、そっか。使ってる所見てたし、気づいていてもおかしくないよね」
確かまったく考えないわけではなかった。遠くの音が聞こえるってだけじゃ、あの信頼度の説明はつかない。それでも、まさかという感じで、今もどこか信じられないという気持ちがあった。
「でも、安心してね」
「え?」
「この魔法の事を知っているのは、チームDのみんなとスズメさんだけだった」
「うん」
安心って、何をだろう。
「この魔法の事を話した相手の心は勝手に読んだりしないから」
急に胸の中がモヤモヤとした。
「でもね、さっきみたいに混乱したり、弱ったりしている時は、コントロールできない事があって」
話した相手の心は読まない。おれは、今まで話して貰ってなかった。
「そういう時は、何だか靄がかかったような、感情だけが伝わって来るの」
それは、今まではおれの心を読んでたって事? 勝手に?
「だから、サギの状態は分かっても、何を考えてるかまでは分からなかったから……」
やっぱり、ティトはおれの事も最初から全部知っていたんだ。いつもおれが欲しい言葉をくれるのも、心を読んでたからなんだ。
「それでも、勝手に気持ちを読まれたらいい気はしないよね。本当に、今まで黙っててごめんなさい」
「今までずっと読んでたの?」
ティトはすぐに首を振った。
「ずっとじゃないよ。必要な時だけ。わたしも、あまり魔力がないから、すぐに疲れちゃって……」
「でも、おれの心読んだんでしょ? じゃあ」
おれが考えてる事が、全部筒抜け? 今まで、ティトと話しながら考えていた事も全部? そう考えると、どうしようもなく恥ずかしくなって、おれは黙って下を向いた。こんな時に、そんな事考えてる場合じゃないのに。ティトは全部知ってた。なのに、おれはティトのやる事為す事すべてに舞い上がって。馬鹿みたいじゃん。
「……カラス。全部説明するから、ちゃんと聞いていてね」
「…………」
「転入初日、みんなはまだ会った事のないキミが分かったよね?」
「うん」
「それは、わたしが先生の心を読んでみんなに教えたの。まさか、迎えに行っちゃうとは思わなかったけど」
「本当、よく顔まで分かったね」
「それにも、理由があって……。順番に説明するとね、わたしの役目はチームDに危険を知らせることなの」
「危険?」
「うん。わたし達は学校同士で争ってるでしょ? だから、他校の生徒が転入してくる。しかも、わたし達のチームにとなると」
「ああ……敵かもだから?」
「というか、『元』敵って事になるから……。いくら傘下に入った学校とはいえ、個人の企みまでは把握しきれないでしょ?」
おれは警戒されてたのか。だけど、ティトの情報によって敵じゃない事が分かった。
「ふーん。じゃあ、みんな最初からおれの出身とか知ってた訳?」
「ううん。それはみんなには言わなかった。みんなが知ったのは、あの食堂での出来事があった時だよ」
おれは顔を上げた。ティトは目線を下に向けたまま、ひどく疲れた表情をしていた。
「勝手に言っていい事だとは思わなかったし。キミから話してくれるの待ってた。初めての時にね、キミの心を読んで何も知らない事に気づいたの。その、もしかしたら記憶がないのかもって」
それを聞いて、おれの中でもようやく繋がった。サギに『裏情報』とやらを流していたのはティトか。
「うん。何か、暗示かけられてるっぽいんだって。でも、サギのおかげで少し思い出せたよ」
そう言うと、ティトはおれの方を見てほんの少し表情を和らげた。
「良かった。でも、まだ誰の仕業か分かってないの」
「もういいよ」
おれは、思い出すのが少し怖くなってきていたからそう言った。ティトは「そっか」と言って、その事はもう追及せず話を続ける。
「その後は……その、キミが不安そうにしている時だけ、何度か読んだ。でもね、あの戦争の夜以降はね、一度も読んでないよ。これからも勝手に読まない。約束する」
ティトがベッドから立ち上がる。そして、椅子に座ってるおれの前に膝をついた。
「ティト」
「本当に、ごめんなさい」
頭を下げるティト。おれは、少し迷ったあげくそっと手を伸ばした。髪を撫でるのはためらわれたので、肩をポンポンと叩いた。
「いいよ、もう。そうだよね、おれが不安な時、ティトはいつもちゃんとおれに説明してくれたよね」
「カラス……」
「ありがとね」
ティトの目がどんどん潤んでいく。そんなティトを見てると、嘘をついていない事が分かった。それに、今までタイミングが悪かっただけで、ティトはちゃんと話そうとしてくれてた。
『本当の事聞いても、嫌いにならないで欲しいんだけどね』
そう言っていた事を思い出す。ティトだって、不安だったんだ。
「ほら、立って。おれ、怒ってないし。それに、嫌いにもならないよ」
「カラス……ありがとう。あっ」
ティトはベッドに手をついて立とうとしたが、バランスを崩してこっちに倒れて来た。咄嗟に受け止める。
「大丈夫?」
「うん、ご、ごめんね」
ほとんど抱きしめる形で受け止めてしまったので、みるみるうちに顔が熱くなる。なのに、ティトは離れようとせずそのままおれにもたれ掛かっていた。
「ティト?」
「ご、ごめんなさい。立ちくらみが……」
「少し横になった方がいいよ」
「ううん。座ってるだけで大丈夫だと思うから」
肩を支えながらティトをベッドへ座らせて、おれも元の位置に座る。
「本当に平気?」
「うん。多分、さっき別の魔法を使ったからだと思う」
「別の魔法?」
「わたしね、触れたものの記憶が読めるの。映像も伝わってくるし、それを他の人に見せることもできる」
「そんな事までできるの?」
「うん。でも、それぞれ一日一度が限界かな……。キミの顔をみんなが知ってたのも、その魔法を使ったんだよ」
「なるほど……そういう事だったんだね」
これまでのティトの行動を思い出す。ティトに触れられる事は何度もあった。あの時も読んでたのだろうか。さっき怒ってないと言ったばかりなので聞きづらい。何か細かい事気にしてるみたいだし。
「えーっと……あ! じゃあ、昨日トラに抱きついたのも?」
「うん。妹探すのに、顔が分かった方がいいかなと思って……」
「そうだったんだ」
「その時、もう少しちゃんと見れば良かったな。そうしたら、お兄さんの顔も記憶の中にあったかも知れないのに」
「それは……」
言葉に詰まった。おれは、仕方ないよなんて慰められる立場じゃない。
「それでね、さっきこの魔法を使う為に、お兄さんに触れたの」
震える指先を、じっと見つめるティト。
「何を、見たの?」
「最期の記憶」
鼓動が早くなる。膝の上に置いた手に力がこもった。
「……見る?」
「え?」
「さっき、言ったでしょ? それを人に見せることもできるって」
「…………」
「手、重ねて」
ティトは手のひらを上に向けてこっちに伸ばした。最期の記憶。お兄さんが、亡くなった時に見たもの。
すごく怖かった。だけど、おれは意を決して手を重ねた。
「目、瞑って」
「……うん」
そして、見る為に目を閉じる。
「…………」
「カラス」
「…………」
「カラス、大丈夫?」
「…………」
「ごめん。やっぱり、見せなきゃ良かったね」
「…………」
「驚いたよね。ごめんね」
「…………」
「カラス」
「……ううん」
おれは、やっとティトの言葉に反応する事ができた。どう説明したらいいんだろう。もっと、客観的に見えるものだと思ったから。
それは、お兄さん視点で、お兄さんの記憶をそのまま引き継いだような、まるで自分自身がお兄さんになったような見え方だった。
「結構、はっきり見えるんだね……何か、こう、もっと断片的なものかと思ってた」
「そうだね。ただ、記憶は映像しか見えないし、伝えるのも映像だけしか伝えられないから……」
いつの間に落ちたのか、おれは床に座っていて椅子は倒れていた。お尻がじんじんと痛む。そのおかげで、やっと現実を感じられた。遅れて、ドクドクと心臓が焦り出す。やばいものを見てしまったというように。
「お兄さんがその時考えてた事までは、伝わって来なかった。ただ、わたしは触れる事によって感情を読み取りやすくなるから」
「ティトには、お兄さんの感情も伝わったって事?」
ティトは床にペタンと座っていた。そして、また涙を流している。小さく頷いた後、ティトは震える声で話し出した。
「すごく、恐怖を感じてた。でも、それでいて、どこかで強く覚悟してた。最後に、本当に最後の最後に誰かに謝ってた。お兄さんからは、後悔の感情は全く伝わって来なかった。お兄さんは」
ティトの声がつまる。気がついたら、おれも涙をボロボロ零して泣いていた。
「同じチームの人達に……殺された。なのに、誰も恨んでなかった」
おれが見たお兄さんの記憶。
オレンジ色に染まる港が映っていた。
お兄さんの腕の隙間から見えるその光景。
港に倒れていて、頭を庇うような体勢でいて。
そんな視界にめまぐるしく映る黒い脚。
何度も何度も、目の前が真っ暗になる。
衝撃が来る度に、お兄さんが目を瞑るからだ。
映像のみ。音声はなし。
さらに衝撃は増す。
一度だけ、視界がぐるりと回って、周りにいた人間を映し出した。
ほんの一瞬だけ映る、黄色と黒色。
その後は、真っ暗な景色が続いた。
何かが見える事は、もうなかった。
周りにいた人間の顔は見えなかったけど、それは確実に『蜂』だった。
お兄さんは、味方から暴行を受けていた。
ティトの言った通り、多分同じチームの人間から。
ティトに、確かめたい事、聞きたい事、たくさんあった。でも、今はそれもできずにおれは泣き続けた。
今まで知った事実の中で、一番悲しかった。
どうして、後悔しなかったんだろう。どうして、誰も恨まないでいられたんだろう。いや、そんな事より、どうしてあの人が死ななきゃならなかったんだろう。
「…………」
「あんまり、驚かないんだね」
「昨日……」
「あ、そっか。使ってる所見てたし、気づいていてもおかしくないよね」
確かまったく考えないわけではなかった。遠くの音が聞こえるってだけじゃ、あの信頼度の説明はつかない。それでも、まさかという感じで、今もどこか信じられないという気持ちがあった。
「でも、安心してね」
「え?」
「この魔法の事を知っているのは、チームDのみんなとスズメさんだけだった」
「うん」
安心って、何をだろう。
「この魔法の事を話した相手の心は勝手に読んだりしないから」
急に胸の中がモヤモヤとした。
「でもね、さっきみたいに混乱したり、弱ったりしている時は、コントロールできない事があって」
話した相手の心は読まない。おれは、今まで話して貰ってなかった。
「そういう時は、何だか靄がかかったような、感情だけが伝わって来るの」
それは、今まではおれの心を読んでたって事? 勝手に?
「だから、サギの状態は分かっても、何を考えてるかまでは分からなかったから……」
やっぱり、ティトはおれの事も最初から全部知っていたんだ。いつもおれが欲しい言葉をくれるのも、心を読んでたからなんだ。
「それでも、勝手に気持ちを読まれたらいい気はしないよね。本当に、今まで黙っててごめんなさい」
「今までずっと読んでたの?」
ティトはすぐに首を振った。
「ずっとじゃないよ。必要な時だけ。わたしも、あまり魔力がないから、すぐに疲れちゃって……」
「でも、おれの心読んだんでしょ? じゃあ」
おれが考えてる事が、全部筒抜け? 今まで、ティトと話しながら考えていた事も全部? そう考えると、どうしようもなく恥ずかしくなって、おれは黙って下を向いた。こんな時に、そんな事考えてる場合じゃないのに。ティトは全部知ってた。なのに、おれはティトのやる事為す事すべてに舞い上がって。馬鹿みたいじゃん。
「……カラス。全部説明するから、ちゃんと聞いていてね」
「…………」
「転入初日、みんなはまだ会った事のないキミが分かったよね?」
「うん」
「それは、わたしが先生の心を読んでみんなに教えたの。まさか、迎えに行っちゃうとは思わなかったけど」
「本当、よく顔まで分かったね」
「それにも、理由があって……。順番に説明するとね、わたしの役目はチームDに危険を知らせることなの」
「危険?」
「うん。わたし達は学校同士で争ってるでしょ? だから、他校の生徒が転入してくる。しかも、わたし達のチームにとなると」
「ああ……敵かもだから?」
「というか、『元』敵って事になるから……。いくら傘下に入った学校とはいえ、個人の企みまでは把握しきれないでしょ?」
おれは警戒されてたのか。だけど、ティトの情報によって敵じゃない事が分かった。
「ふーん。じゃあ、みんな最初からおれの出身とか知ってた訳?」
「ううん。それはみんなには言わなかった。みんなが知ったのは、あの食堂での出来事があった時だよ」
おれは顔を上げた。ティトは目線を下に向けたまま、ひどく疲れた表情をしていた。
「勝手に言っていい事だとは思わなかったし。キミから話してくれるの待ってた。初めての時にね、キミの心を読んで何も知らない事に気づいたの。その、もしかしたら記憶がないのかもって」
それを聞いて、おれの中でもようやく繋がった。サギに『裏情報』とやらを流していたのはティトか。
「うん。何か、暗示かけられてるっぽいんだって。でも、サギのおかげで少し思い出せたよ」
そう言うと、ティトはおれの方を見てほんの少し表情を和らげた。
「良かった。でも、まだ誰の仕業か分かってないの」
「もういいよ」
おれは、思い出すのが少し怖くなってきていたからそう言った。ティトは「そっか」と言って、その事はもう追及せず話を続ける。
「その後は……その、キミが不安そうにしている時だけ、何度か読んだ。でもね、あの戦争の夜以降はね、一度も読んでないよ。これからも勝手に読まない。約束する」
ティトがベッドから立ち上がる。そして、椅子に座ってるおれの前に膝をついた。
「ティト」
「本当に、ごめんなさい」
頭を下げるティト。おれは、少し迷ったあげくそっと手を伸ばした。髪を撫でるのはためらわれたので、肩をポンポンと叩いた。
「いいよ、もう。そうだよね、おれが不安な時、ティトはいつもちゃんとおれに説明してくれたよね」
「カラス……」
「ありがとね」
ティトの目がどんどん潤んでいく。そんなティトを見てると、嘘をついていない事が分かった。それに、今までタイミングが悪かっただけで、ティトはちゃんと話そうとしてくれてた。
『本当の事聞いても、嫌いにならないで欲しいんだけどね』
そう言っていた事を思い出す。ティトだって、不安だったんだ。
「ほら、立って。おれ、怒ってないし。それに、嫌いにもならないよ」
「カラス……ありがとう。あっ」
ティトはベッドに手をついて立とうとしたが、バランスを崩してこっちに倒れて来た。咄嗟に受け止める。
「大丈夫?」
「うん、ご、ごめんね」
ほとんど抱きしめる形で受け止めてしまったので、みるみるうちに顔が熱くなる。なのに、ティトは離れようとせずそのままおれにもたれ掛かっていた。
「ティト?」
「ご、ごめんなさい。立ちくらみが……」
「少し横になった方がいいよ」
「ううん。座ってるだけで大丈夫だと思うから」
肩を支えながらティトをベッドへ座らせて、おれも元の位置に座る。
「本当に平気?」
「うん。多分、さっき別の魔法を使ったからだと思う」
「別の魔法?」
「わたしね、触れたものの記憶が読めるの。映像も伝わってくるし、それを他の人に見せることもできる」
「そんな事までできるの?」
「うん。でも、それぞれ一日一度が限界かな……。キミの顔をみんなが知ってたのも、その魔法を使ったんだよ」
「なるほど……そういう事だったんだね」
これまでのティトの行動を思い出す。ティトに触れられる事は何度もあった。あの時も読んでたのだろうか。さっき怒ってないと言ったばかりなので聞きづらい。何か細かい事気にしてるみたいだし。
「えーっと……あ! じゃあ、昨日トラに抱きついたのも?」
「うん。妹探すのに、顔が分かった方がいいかなと思って……」
「そうだったんだ」
「その時、もう少しちゃんと見れば良かったな。そうしたら、お兄さんの顔も記憶の中にあったかも知れないのに」
「それは……」
言葉に詰まった。おれは、仕方ないよなんて慰められる立場じゃない。
「それでね、さっきこの魔法を使う為に、お兄さんに触れたの」
震える指先を、じっと見つめるティト。
「何を、見たの?」
「最期の記憶」
鼓動が早くなる。膝の上に置いた手に力がこもった。
「……見る?」
「え?」
「さっき、言ったでしょ? それを人に見せることもできるって」
「…………」
「手、重ねて」
ティトは手のひらを上に向けてこっちに伸ばした。最期の記憶。お兄さんが、亡くなった時に見たもの。
すごく怖かった。だけど、おれは意を決して手を重ねた。
「目、瞑って」
「……うん」
そして、見る為に目を閉じる。
「…………」
「カラス」
「…………」
「カラス、大丈夫?」
「…………」
「ごめん。やっぱり、見せなきゃ良かったね」
「…………」
「驚いたよね。ごめんね」
「…………」
「カラス」
「……ううん」
おれは、やっとティトの言葉に反応する事ができた。どう説明したらいいんだろう。もっと、客観的に見えるものだと思ったから。
それは、お兄さん視点で、お兄さんの記憶をそのまま引き継いだような、まるで自分自身がお兄さんになったような見え方だった。
「結構、はっきり見えるんだね……何か、こう、もっと断片的なものかと思ってた」
「そうだね。ただ、記憶は映像しか見えないし、伝えるのも映像だけしか伝えられないから……」
いつの間に落ちたのか、おれは床に座っていて椅子は倒れていた。お尻がじんじんと痛む。そのおかげで、やっと現実を感じられた。遅れて、ドクドクと心臓が焦り出す。やばいものを見てしまったというように。
「お兄さんがその時考えてた事までは、伝わって来なかった。ただ、わたしは触れる事によって感情を読み取りやすくなるから」
「ティトには、お兄さんの感情も伝わったって事?」
ティトは床にペタンと座っていた。そして、また涙を流している。小さく頷いた後、ティトは震える声で話し出した。
「すごく、恐怖を感じてた。でも、それでいて、どこかで強く覚悟してた。最後に、本当に最後の最後に誰かに謝ってた。お兄さんからは、後悔の感情は全く伝わって来なかった。お兄さんは」
ティトの声がつまる。気がついたら、おれも涙をボロボロ零して泣いていた。
「同じチームの人達に……殺された。なのに、誰も恨んでなかった」
おれが見たお兄さんの記憶。
オレンジ色に染まる港が映っていた。
お兄さんの腕の隙間から見えるその光景。
港に倒れていて、頭を庇うような体勢でいて。
そんな視界にめまぐるしく映る黒い脚。
何度も何度も、目の前が真っ暗になる。
衝撃が来る度に、お兄さんが目を瞑るからだ。
映像のみ。音声はなし。
さらに衝撃は増す。
一度だけ、視界がぐるりと回って、周りにいた人間を映し出した。
ほんの一瞬だけ映る、黄色と黒色。
その後は、真っ暗な景色が続いた。
何かが見える事は、もうなかった。
周りにいた人間の顔は見えなかったけど、それは確実に『蜂』だった。
お兄さんは、味方から暴行を受けていた。
ティトの言った通り、多分同じチームの人間から。
ティトに、確かめたい事、聞きたい事、たくさんあった。でも、今はそれもできずにおれは泣き続けた。
今まで知った事実の中で、一番悲しかった。
どうして、後悔しなかったんだろう。どうして、誰も恨まないでいられたんだろう。いや、そんな事より、どうしてあの人が死ななきゃならなかったんだろう。
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