TEAM【完結】

Lucas

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第56話

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 それから一週間、恐いくらいに穏やかな日々が続いた。あの三人組はあれから姿を見せない。
 校内を移動する時は、必ずロビンかサギがおれの側にいてくれた。たったそれだけで、タライもバケツも飛んで来ないし、物もなくならないし、部屋の扉は綺麗なままだ。守られているだけの自分を情けなくも思ったけど、それでもやっぱり嬉しかった。
 だから、おれは今まで以上に訓練に打ち込んだ。強くなりたい。みんなはサギ達を恐れておれをいじめなくなっただけ。おれ自身がちゃんと強くなって、認めて貰えばいいんだ。
 変える前に、変わらなきゃ。
 そして、次の休み。つまり、サギの誕生日会の日がやって来た。
「プレゼントかー。あいつ、何やったら喜ぶんやろ? 食いもん以外に思いつかんけど」
 人混みの中なのに、おれ達はサクサクと歩いて行く。
「さすがに食べ物はな。それに、ティトとヒバリが何か色々作るって言ってただろ?」
 一般人は、蜂を避けて歩くから。
「じゃあ、何がいいんー?」
 ここは、C地区のセンター街。以前に来た場所からは離れていてさらに多くの建物が密集していた。
「そうだな。カラスは何がいいと思う?」
「え?」
「まーたぼーっとしてるー。お前いつもやな」
「あ、ごめん。えーっと」
 おれ、ロビン、ジェイの三人はプレゼント担当として外出許可を貰って外に出ていた。
「サギのプレゼント何にしようかって話だよ」
「あ、そっか。そうだなー、サギの好きなものとか」
「やから、それが何かって聞いてんねん」
「いたっ、蹴らないでよ。えっとー、あ! ラムネ!」
「食いもん以外! お前ほんま話聞いてへんなー」
 ふざけ合いながら歩くおれ達を、避けながらもチラチラと視線を送ってくる人達。何だか落ち着かない。
「だって分かんないって。それより、何でC地区なの?」
「そっから聞いてへんのかい」
 さらにジェイに小突かれる。
「やめろって。ていうか、カラスにはちゃんと説明してないだろ」
「適当には説明したやん。B地区は一応高級住宅街やからー、店も感じ悪いから行かんって」
「お店の物も高いってこと?」
「まあ、そういう事。中等部のカードは校内でしか使えないし、僕達の小遣いじゃ買える物も限られるしな」
「そ、そっか。えーっと、じゃあ」
 無一文なのが申し訳ない。せめて何かアイデア出さなきゃ。サギの好きなもといえば。
「あ! 『トラ』!」
 言った後にヤバって思ったけど、ジェイもロビンも笑いだした。
「お前失恋した奴に追い討ちかける気なん?」
「い、いや、そういうわけじゃ」
「分かりやすかったよな、サギのやつ。でもさ、あの後二人が何を話したのか知らないだろ? 振られたとは限らないんじゃないか?」
「おお。まさかの遠恋説。それやったらトラ本人を連れてきたったら一番喜ぶんやろうけどなー」
 結局中々決まらずに歩き続ける。おれは手をかざして日差しを遮る。今日も腹立つくらいにいい天気だ。
「とりあえず、どこか入らないか? 暑いし」
「ん? まあ、そうやなー。あ! あの店は?」
 ジェイが指差した所は、何かのキャラクターグッズのお店だった。どう見ても小さな子ども向けだ。
「あー……まあ、いっか。行こう」
 ロビンはそう言っておれの肩を軽く押す。何か気をつかわせたっぽいな。何でロビンやジェイは平気なんだろう。おれが体力なさすぎなのかな。
「涼しー」
 自動ドアをくぐって店内へ入る。ひんやりとした空気に生き返った気分だ。休日なせいもあってか、わりと混んでいる。みんなはおれ達を見たけど、目が合うとサッと逸らした。
「お、ちょうど良くない? この店。サギっぽいもんがいっぱいあるやん」
 店内には、色々な動物をモチーフにしたキャラクターのグッズがところ狭しと並べられていた。文房具からアクセサリー。洋服に、靴やバッグ。それに、ぬいぐるみ。
「確かにサギっぽいかも」
 おれはそばにあったぬいぐるみを一つ手に取る。ちょっと生意気そうな表情で、ハロウィンの魔女みたいな格好のハムスターのぬいぐるみ。
「本当だ。サギに似てるし」
「ね。あ、でも……お兄さんも好きだったんだよね? ぬいぐるみ……」
 あっと気づいた時にはもう遅くて、ロビンは訝しむようにおれを見てくる。
「スズメさんが?」
「え、えっと、何か、その」
 ああ、もう何で言っちゃうかな。しかも、ロビンの前でお兄さんの話するとか。
「サギから聞いたのか? でも、スズメさんがぬいぐるみ好きなんて初耳だけどな」
「え? ああ、うん。か、勘違いかな。勘違い」
 ぬいぐるみを棚に戻して、おれは店内をウロウロと歩く。そういえば、お兄さんは何かを操る魔法が使えた。そんなにすごい魔法が使える人がどうして。
「あ、ジェイ」
 ジェイを見つけたおれは、小声で話しかける。ジェイはお店の奥で何故か子どもと遊んでいた。側にあった商品のミニカーがフワフワと浮いている。子どもはそれを見て目を輝かせていた。
「何?」
「えっと、ちょっと聞きたい事があるんだけどね」
 ミニカーはフラフラと高度を下げて子どもの頭に乗る。かなり小さな子で、飛ばなくなったのが不思議なのか、ミニカーをじーっと観察している。
「電池切れやわー、何か変なんが来たからー」
 ジェイはしゃがんで子どもの頭を撫でた。
「変なんっておれ? てか、その子迷子?」
「こんな狭い店で迷子なんかなるわけないやん。んじゃ、ばいばーい」
「へんにゃん、ばいばーい」
「ほら、変なん。手振ったり」
「ば、ばいばーい」
 その子はニコニコ笑いながら手を振ると、そのまま親の所へ走って行った。お母さんらしき人はおれ達を見つけると、慌ててその子の手を引いて店を出ていく。
「まあ、関わったらめんどいもんな」
「『魔法使い』に?」
「聞きたい事って何ー?」
 突然ジェイに腕を引っ張られて、通路の端に寄せられる。すると、そこを子ども達がトコトコと通って行った。
「ジェイって子ども好きなの?」
「別に。で? 何なん?」
「うん……あのさ、お兄さんって物を操る魔法使えた?」
「うん、俺らも使えるで」
 フワリと商品が浮かんだ。
「そうじゃなくて、ぬいぐるみを本物みたいに操る、とか」
「こーゆーのん?」
 そばにあったぬいぐるみの手足がパタパタ動く。
「わー、すごーい……って違うよ。もっと、こう、生きてるみたいに、ひとりでに動き回るみたいに」
「えー……何なんそれ。怪奇現象?」
「だから魔法だってば」
 ジェイはぬいぐるみを棚に戻して、のんびり歩き始める。
「そんなんできんかったはずやで。それこそトラレベル」
「トラ……そっか、動きを封じる事ができたんだっけ?」
「しかも、操ったりも。あ、お前あん時寝てたな」
 そうやって話しながらも、ジェイの視線はゆっくり動き続ける。ただそれは、品定めをしているわけではなさそうだ。
「トラすごかったでー。まさに喧嘩両成敗って感じでー」
「そうなんだ。起きてたかったなぁ」
「詳しくはティトに聞いてみ」
「あ、うん」
 ジェイからティトと話すのを勧めるの珍しいかも。
「でもな、何か気になんねん。トラはあいつらがずっと動かれへんくなってんの見て、自分はもう何もしてへんって言っててん」
「え? どういう事? もしかして、サギ?」
「いや、それはない。あいつにはできひんし。お前の言った通り、スズメさんにそんな力があったとか?」
 絶対に信じてないような顔で笑うジェイ。それに、あの時お兄さんは公園にいなかったんだから違う気がする。
「じゃあさ、野生のペンギンとかカメってこの辺にいる?」
「暑さで頭やられたん?」
「もーいい」
 そう言ってクルリと背中を向けた。その時、カシャリと小さな音が鳴った。すぐに周りを見るけど、誰もいない。
「ジェイ、今シャッター音しなかった?」
「ん? 誰か写真撮っただけちゃう? 最近は店ん中でもところ構わずパシャパシャやるらしいでー」
「じゃなくて、おれ達が撮られたんじゃない?」
「自意識過剰ー。そんな事より、はよプレゼント選ぼうや」
 確かに、直接カメラを向けられたのを見たわけじゃない。でも、何かそんな気がするのに。
「んー、ぬいぐるみがやっぱ無難な気がするなー。普通に部屋に置いとけるし。お前どう思う?」 
「え、うーん。そうだな……あ! あれはどう?」
 そこは大きなぬいぐるみが並ぶコーナー。一番大きな物で、サギと変わらないくらいの物もある。その中に一つだけ、黄色と黒のカラーが目立つ動物のぬいぐるみ。
「でかっ。でもいいかもな。『トラ』のぬいぐるみ」
「でしょ? ロビンにも聞いてみる?」
 何故かパンクファッションに包まれたトラのぬいぐるみ。やんちゃな雰囲気も何だかサギっぽい。そのぬいぐるみはジェイの魔法によって店内を空中移動。別の棚を見ていたロビンにぶつかった。
「いてっ。何だよ?」
「これいーんちゃうーってこいつが」
「え? あー、うん。まあ、いいんじゃないか」
「やって。じゃあ、これに決まりー」
 ぬいぐるみはグルリと旋回してレジへ飛んで行く。
「本当にあれで良かったと思う?」
 ロビンとその後について行きながら聞いてみる。
「うん。いいとは思うけど……ちょっと持って帰るの恥ずかしいな」
 そっか、飛んで帰るんだった。めちゃくちゃ目立ちそうだ。
 精算を済ませ、リボンをかけられたぬいぐるみをおれが持つ。そして、店を出た途端ロビンとジェイの真剣勝負が始まった。
「カラスとぬいぐるみ。どっちを持つかジャンケンで決めよう」
「望むところや。負けた奴がカラスやからな」
 おれも荷物扱いなんですね。ていうか、何で負けた方がおれなんだよ。 
「ロビンざまあ」
 勝者ジェイ。リボン付きの大きなぬいぐるみを抱えたジェイさんです。
「お前今のその格好でよくそんなに勝ち誇れるな」
 どちらにしても、ジェイが誰かを連れて飛ぶのが苦手なので自動的にロビンになっていたのだと思うのだけど。この悪ふざけも、ずっと元気がなかったロビンへのジェイなりの気遣いなのかも知れない。
 おれたちは空を飛んで学校へと戻る。
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