TEAM【完結】

Lucas

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第77話

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「お腹いっぱい……気持ち悪い」
 サギに散々食べさせられたおれは、ようやく寮にまで戻ってきた。
「あ、ジェイ」
「おー、お前どこ行ってたん? ロビンがうるさかったで」
「サギと食堂にいたんだよ。ねえ、ティトの具合はどう?」
「ほんじゃ入れ違いやな。今みんなで食堂に行ったから」
「あ、じゃあ熱は下がったんだね。良かった。ジェイは行かないの?」
「行く。カード忘れたから取りに来てん」
 そう言って、ジェイはヒラヒラとカードを揺らした。その時。
「何か今お前の部屋から音せんかった?」
 二人しておれの部屋に視線を送る。たしかに、物音がした。
「じゃあ俺飯食いに行くから」
「ま、待って! え? み、見てくれないの? 今ジェイも聞いたでしょ?」
「え? 何のこと?」
「ジェイが先にいったんじゃん! ちょっと待ってよ。怖いから一緒に見てよ」
 ジェイの服をガッチリ掴むおれ。それでもジェイはしぶとく前進しようとする。
「怖いからって……子どもか。何か物落ちただけやろ」
「落ちるような物置いてないし、何かガサガサって聞こえたじゃん」
「じゃあガサ入れやろ、ただの」
「ただのガサ入れって何だよ! 頼むよ、おれこういうの苦手で……」
 恥を承知で頼み込む。マジで怖いんです。夏休みのせいで寮はいつも以上に人気ないし。
「……しゃーないなぁ」
 ジェイがそういったので、ほっとして手を離す。が、同時にジェイが走り出した。すぐに飛びついて確保する。
「何で逃げるんだよ!」
「怖いから」
「お前もかよ!」
 渋るジェイを無理やり部屋の前まで引きずってくる。
「いい? せーので開けよ? それなら怖くないでしょ?」
「待てコラ。何で俺の方がビビってるみたいな言い方やねん」
「どっちでもいいじゃんか」
「いや、お前の方が俺よりビビれや。自分よりビビってる奴がおった方が落ち着くし」
「うん、怖い怖い。よし、行くよー。せーの!」
 おれ達は同時に扉を開く。
「カーくん!」
 そして、静かに扉を閉めた。
「今の何? 何か幼女がおったんやけど」
「…………」
「何か緑色の幼女がおったんですが。カラスくん、聞いてる?」
「…………」
「おいお前ふざけんなよ! お前が緑の話してフラグ立てるからさっそく現れたやんけ!」
「おれじゃなくてジェイでしょ? てか、静かに! 見つかる!」
 間違いない。今のは『コマちゃん』だ。おれは恐る恐る扉を開ける。その細い隙間からじーっとおれを見上げているコマちゃんと目が合った。アヒル口をさらにニコーっとさせて、遊んで欲しそうに目をキラキラさせている。
「コマちゃん? だよね?」
「カーくん!」
 おれが名前を呼ぶと、出られるはずのない隙間に向かって飛びついてくるコマちゃん。その勢いに押され、扉が開きおれは後ろに倒れる。
「いたた……」
「カーくん、カーくん!」
 抱きついてくるコマちゃんは、もし尻尾があったなら全力で振っているであろう興奮具合だ。
「コマちゃん、し、静かに……」
 しーっと指を口に当てる。コマちゃんはきょとんとしてその仕草を見つめていた。
「……他にはおらんみたいやな。そいつだけやわ」
 部屋の中を覗き込んでいたジェイが、ゆっくりこっちを向いた。冷たい目でコマちゃんを見下ろす。
「『囮』か……。このガキに撹乱させて、残りの連中はおそらくすでに潜入済み……」
 コマちゃんはぼんやりとした目でジェイを見つめる。
「それか、先に潜入したこのガキの合図を待ってるか……」
「合図?」
 どちらもコマちゃんに結びつかない。だけど、この『制服』は必ずどちらかを示しているはず。
「……海で会ったのはこいつで間違いないな?」
「う、うん。でもあの時は本当にただの迷子だったんじゃないかな? それに、おれになついちゃって追いかけてきちゃったのかも」
「『こんなところ』まで? 何にせよ、この学校の警備はザルすぎるやろ……いくら夏休みとはいえなあ」
 まずい状況だ。この子は敵とはいえまだ子どもだし、それに……同じD地区出身。だからというわけではないけど、でも、できれば助けてあげたい。
「ジェイ、コマちゃんをどうするの?」
「そんなん決まってるやん、勿論……って、ちょい待て。コマちゃん? お前そこまで仲良くなってたんか?」
「コマ!」
 自分の名前が繰り返され、コマちゃんは存在を主張するように元気よく手を上げた。
「えっと、コマちゃん。ここには一人できたの? また迷子?」
 そうであって欲しい。仲間となんかきていないって、そういって欲しい。しかし、コマちゃんは首を横に振った。
「じゃあコマは誰ときたん? 一緒にきた人はどこにおるんかな?」
 すると、コマちゃんが、おれの部屋を指差した。 
 今更ながら、その色が表すもう一つの『言葉』が頭を過る。ジェイは緑の話をしたからフラグが立ったといった。それとは別の『緑』の話も、おれ達はしていたじゃないか。とある『脱走者』の話を。
 どちらもタイミングがよすぎる。木を隠すなら森、緑を隠すなら、緑。
「……まさかな」
 ジェイも同じ事を考えたのか、そういっておれ達の前へ出た。そして、再び部屋の中を覗き込んだ。
「うわっ!」
「わあああっ!」
「きゃー」
 何かが部屋から飛び出してきて、おれ達は順に悲鳴を上げた。コマちゃんは棒読みだったけど。
「な、何でこいつがここに……」
 おれ達の目の前に現れたのは。
「にゃー」
「にゃー?」
 コマちゃんが繰り返す。
「ね、猫?」
「猫やな」
 そこには、以前おれ達が校庭で見た野良猫がいた。喉をゴロゴロ鳴らしながら、コマちゃんにすり寄る。
「コマ、にゃー、仲間」
 猫を抱えあげ、おれの方へ渡そうとするコマちゃん。
「仲間って、この猫のことだったの? そっかあ……」
 緊張が解け、体の力が抜ける。
「この猫、どっから入ってきたんやろ?」
「分かんないけど、きっと猫だけの秘密の抜け道があるんだよ。コマちゃんは猫の案内でここまできたんじゃない?」
「ほーん、お前らしくないメルヘンな考えやなー」
 ジェイはまだコマちゃんを疑っているようだった。でも、おれも分かってる。猫を追いかけてここまできましたなんて、そんな都合のいい展開はない。
「とりあえず部屋入れるぞ。誰かに見られたらまずい。コマー、おいで」
 ジェイが真剣な表情で辺りを見回し、素早くおれの部屋へと入った。最後が猫なで声だったのは気のせいだろうか。
 おれも部屋へと入り静かに扉を閉める。コマちゃんは猫を抱えたままベッドに座った。
「どうする?」
「どうするも何もすぐに戦闘準備に入った方がいいやろ」
 ジェイの表情は険しいままだ。しかし、手は何故かコマちゃんの頭を撫でている。
「戦闘準備? じゃあ、コマちゃんを学校につき出すの?」
 コマちゃんはおれ達の会話の内容がよく分かっていないのか、気持ちよさそうにニコニコしながら撫でられている。
「まだガキやしな。しゃあないから見逃したるわ。どーせわけも分からず囮役やらされてるだけやろ」
「でも、本当にコマちゃんが囮? 敵は校内にいるの?」
「まだ分からんけど、その可能性は高いやろ」
「けどさ、ジェイだっていってたじゃん。緑が狙うのは任務に出てる高等部だって」
「ランダムともいったやろ? 基本が奇襲なんやから、夏休み中で緩んでるとこを狙ってるかもしらんし」
「だけど」
「カラス、もうこの話は終わりにすんで」
「何で?」
「こんな難しい話、コマが退屈やろ」
「…………」
 真面目な顔で何いってるんですかね、この人。
「ま、戦闘準備っつっても『侵入者』がおるかもしらんっていって見回りをさせればいいねん」
 ジェイはそういってコマちゃんの隣に座った。猫がピョンとジェイの膝に移るが、ジェイはやっぱりコマちゃんの方を撫でる。
「もし戦闘になってもお前は隙を見てこいつ逃がせ。それまではここで匿っておけばいいから。なー?」
「なー」
 最後の言葉を真似するコマちゃん。
「コマ、腹減ってるか?」
「うん?」
「お腹すいた?」
「うん」
 それを聞いてジェイが立ち上がる。猫が慌てて飛び降りた。
「しゃーないな。ほんじゃ何か買ってきたるからここで大人しくしてろよ。ほんまめんどい奴きたなー」
「ジェイ、やっぱ子ども好きでしょ?」
「別に」
 部屋を出ようとしたジェイが振り返る。
「コマ、飯食う? お菓子がいい? ジュースはいるか? 何回も行くのダルいからいっぺんにいえよ。別に何でも買ったるし」
 初孫ができたおじいちゃんか。
「にゃー」
 コマちゃんは猫を抱き上げてジェイにアピール。
「おう、分かった。じゃあ猫にもなんか買ってきたるわ」
 ああ、猫の分をねだったのか。ていうか、よく分かったな。
「カラス」
「え?」
 部屋を出る直前ジェイがおれに耳打ちをする。
「サギにも報告しとく。ティトもこっちに寄越すから、念の為心読ませろ」
 そして、おれが返事をする前に部屋から出ていった。一応真剣には考えていたのか。でも、ティトは熱を出したばかりなのに魔法使わせていいのかな。それに、ヒバリやロビンには報告しないのかな。あ、そういえばコマちゃんのピアスのことも聞きそびれちゃった。まあ、ティトがきてからでいいか。
「ん!」
「え?」
 扉の前で考え込んでいたおれはその声に振り向く。コマちゃんは机に登って窓を開けようとしていた。
「コマちゃん危ないよ。外見たいの?」
 窓をひっかくコマちゃん。猫はベッドの上で丸まっていて我関せずといった様子だ。
「ん」
「ちょっと待ってね」
「カーくん」
「ん?」
 おれは窓の鍵を開ける。そんなおれをコマちゃんが指差す。
「カーくん、みーっけ!」
 そういって、楽しそうに声を立てて笑うコマちゃん。もしかして、囮とかじゃなくて、本当におれに会いにきただけとか?
「うん、よく見つけたね。コマちゃん、すごいね」
「コマ、すごい」
「うん、すごいすごい」
 おれはゆっくりと窓を開ける。生温い風が部屋に流れ込む。夕陽が落ちそうな空が見えた。
 そして、そんな窓の外から腕が伸びてきて、おれの手を掴んだ。
 馬鹿だ、おれは。
 すぐに察する。
 窓を開けるのが、『合図』だ。
「ニセモノ、みーーーーーーっけ」
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