TEAM【完結】

Lucas

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第110話

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「カーくん!」
 厨房からコマちゃんが飛び出してきて、おれに抱きつく。
「コマちゃん……」
 おれを見上げるコマちゃんは、ひどく心配そうな顔だ。そんなコマちゃんの顔も次第にぼやけ始める。
 でも、まだだ。まだ倒れている場合じゃない。早くこの場から逃げないと。今の音を聞きつけて、新手が現れるかも知れない。
「行こう……コマちゃん」
 コマちゃんと手を繋いで歩き出そうとした時。パチ、パチ、パチと、大きな拍手が聞こえた。
「合格だ、新入生」
 そこに現れたのは、『校長』だった。そばにはやっぱり教頭の姿も。そして、ぞろぞろと緑の生徒が食堂に集まって来て、おれ達を取り囲む。
「どういう事……?」
 おれはさっき倒したばかりの敵を見た。どちらも見知らぬ顔ではあったが、『蜂』の制服を着ている。困惑するおれを見て、校長は低い声で笑った。
「そいつらはフェイク。蜂の制服を着てるが味方だ。『敵』の役をやって貰ったんだよ」
「……おれを、試したの?」
 それを聞いて、コマちゃんがおれの前へ出ようとした。
「コマちゃん! 攻撃しちゃダメだ!」
 溢れんばかりの殺気を放つコマちゃんに、思わず叫ぶ。コマちゃんはすぐにおれの隣に戻って来て腰にしがみついた。周りから安堵の溜め息が聞こえる。
「はははっ! しっかり『兵器』も手懐けてるし、まあ問題ねーな。これで『正式』にお前は仲間だ」
 校長の言葉が終わると、拍手と歓声が沸き起こる。
「正式にって……」
 息が上がって、上手く声が出ない。魔法を使ったせいで、一気に体力を消耗した。
「『蜂』に仕立てた理由は、モズの馬鹿を引き離す為だ。あいつがいたら試験にならねーからな」
 聞いてもないのに、校長はベラベラと話し続ける。そこへ誰かが人波を掻き分けてやって来た。
「カラスくん! コマ!」
「え? 何これ何これ? どういう状況? ほんっとウチ聞いてないんですけど!」
 モズとドクターだ。
「大丈夫か?」
「モズ……」
 途端に気が抜けて、おれは膝をつく。両側から、コマちゃんとモズがそんなおれを支える。
「ねーねー! これ何なの?」
 ドクターが声を張り上げた。
「ドクター、お前話聞いてなかったのか? 試験だよ試験。こいつが使えるか試したんだ」
「聞いてないんですけどー! 試験はもう終わったんじゃなかったわけ? てゆーか、この新入生は今ねー!」
「こいつが本当に使えるかどうか試したんだよ。でも合格だ」
 憤慨するドクターの言葉を遮り、ふてぶてしい態度のまま校長が再び笑う。すると、モズがユラリと立ち上がった。
「モズ……?」
「ふざけんなよてめーら!」
 そして、喉が張り裂けそうなくらいの大声でそう怒鳴った。食堂が静まり返る。誰も動かない。……いや、違う。動けないんだ。モズが、あの『魔法』を発動していた。
「くだらねー真似しやがってよ!」
 校長に向き合うモズ。おれとコマちゃんはただその様子を見守るしかなかった。校長は動かないまま、不敵に笑う。
「どういうつもりだ校長!」
 怒りの矛先は当然というか校長へ向き、辺りに緊張が漂う。
「どういうも何も言ったろ? ただの試験だ」
「こんなやり方が試験だ? 何かあったらどうするつもりだ!」
「安全性はちゃんと確保してたって。万が一兵器を使ったらまずいからな。視界には入るなと忠告しておいた。それに」
 校長の視線だけが微妙に上を向く。天井には監視カメラがあった。それにしても、相手が警戒して姿を見せなかったのはそういう理由だったのか。
「ちゃーんとチェック済みだ。何かあればすぐに止めに」
「そういう事を言ってんじゃねえ! そっちの安全なんかどうでもいいんだよ! 俺はだな」
「モズ!」
 このままじゃまずいと思ったおれは、モズの服を引っ張った。
「カラスくん……」
「おれなら大丈夫だから。魔法を解除してあげて……」
「分かった」
 意外にも、モズはあっさりと言うことを聞いてくれた。急に動けるようになり、みんながざわつく。
「へー……」
 校長は依然としてニヤニヤと笑ったままだったが、今度はその笑みをおれに向けていた。
「合格、合格。十分だ」
 満足気にそう言って、その後はみんなに解散するように指示を出し、自分も食堂から出ていった。おれ達三人とドクターが取り残される。
「もー、本当に無茶するんだからアイツはー。ちょっと新入生ー、大丈夫ー?」
 ドクターが近づいて来て、おれの肩に手を置く。くっついていたコマちゃんがピクリと動いた。
「あーあ、やっぱり熱めちゃめちゃ上がってるじゃんか」
 ドクターの冷たい指が、おれの首の後ろに触れる。
「熱? カラスくん、熱なんか出してたのか?」
「え? えっと……」
 すると、コマちゃんがドクターの手をバチンと叩き落とした。
「いったあ! なになに? ウチ何かした?」
「ブス」
「はあ? ちょ、今のは聞き捨てならないんですけど!」
 コマちゃんはおれとドクターの間に割り込み、また「ブス」と言い放った。
「コマー、ブスなんて言っちゃダメだぞ。この姉ちゃんは今ちょっと眉毛をどっかに落としてきて、睫毛がハゲてるだけなんだからな」
「落としてないしハゲてないから! あー、もう! ふざけてないでさっさと部屋に連れてってあげなよ!」
 ドクターがそう言うと、モズが肩を貸してくれた。もう機嫌が治ってる……?
「ウチは薬取りに行くから! 熱下げるくらいなら出来るし」
「あ、ありがとうございます」
 そう答えた時にはもうドクターは駆け出していた。おれ達三人はゆっくりと歩きながら地上を目指す。
「わりーな」
「え?」
 廊下にはもう誰もいないけど、モズが囁くように話す。
「まんまと釣られた。カラスくんを狙ってきた蜂だと思ったんだ」
「ああ……ううん。おれも、そうかもって思ったし……」
 でも、だとしたらあの高度で空を飛んでたのは誰だったんだ? もしかして、モズ?
「あのさ、モズ……」
「カラスくん。いいニュースと悪いニュースがあるんだが、どちらから聞きたいかね?」
「え? えっと……じゃあ、いいニュース」
「オッケー。さっきな、試したい事が試せたんだ」
「試したい事?」
「『校長』に俺の魔法が効くかどうか」
「あ……それでわざとキレたの?」
「あのシチュなら校長に向けて魔法使っちゃってもそんなに怪しまれねーだろ?」
「なるほど……」
 おれは校長の様子を思い出す。動いてなかったけど……あれは、動かなかったのか動けなかったのかどっちだ?
「でさ、あれだけぶちギレたのにカラスくんの一言で俺は言うことを聞いた」
「うん……もしかして、おれ余計な事した?」
「いや、あれも俺の計算の内だ。カラスくんは『俺』も『コマ』も手懐けてるんだぜのアピールだ」
 それで校長はあんなに満足そうだったんだ。
「そっか……それで、校長には魔法は効いてたの?」
「さて、ここで悪いニュースに切り替わります」
「……効かなかったんだね」


 地上に辿り着いたおれは、まず空を見上げた。そこには誰もいない。
「モズって、どれくらい高く飛べる?」
「どれくらいって?」
 おれは空を指差した。
「鳥くらい?」
「例えが難しいなー、カラスくん。でもま、それなりに高く飛べるぜ? 連れてってやろうか?」
「いい」
 モズではなさそうだ。おれは首を振ったのに、モズはそのまま高く舞い上がった。一瞬で校舎の屋上へ。
「どうよ?」
「……飛ぶ前に一言声かけてよ」
 おれはフラフラとへたり込む。落ちるのも上がるのも、速ければどちらも怖いということは分かった。
「コマー、何か部屋めちゃくちゃなんだわ。直して来てー」
 モズがそう言うと、コマちゃんはフワリと屋上から飛んだ。
「そっか……部屋壊されちゃってたんだね。パソコン無事かな?」
「俺が見た限りじゃ壁に穴開けられてただけだったから大丈夫じゃね?」
 ティト、心配してるだろうな。
「寒い?」
「ちょっと」
 おれは腕をさする。まだまだ残暑は続いていたが、熱のせいか寒気がした。
「とりあえず建物の中入ろうぜ。カラスくん風邪かー? お利口さんだから風邪なんか引くんだぜー?」
 モズに支えられるようにして、おれは校舎内へ。五階へ降りると、もう何事もなかったかのように元通りになっていた。コマちゃんが腰に手を当てて、得意気に笑っている。
「すげー、コマはやっぱすげー!」
 モズはそんなコマちゃんに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。教室内も元通りで、変わらず置かれた鞄にも安心した。念のため中を確認しようとしたが、モズにすぐ横になるように言われて諦める。どちらにしても、メールを送るのは無理そうだ。言われた通りマットに横になると、ドクターがやって来た。
「は、入るよー」
 恐る恐る教室に入って来るドクター。さっきもそうだったけど、コマちゃんに怯えていたのか。すぐそばに座っていたコマちゃんが、通せんぼするようにおれの目の前に寝転んだ。
「コマー、それじゃあカラスくんが看てもらえないだろー」
「や」
「あー、いいよいいよ。症状は大体分かってるから。それより、遅くなってごめんねー」
 ドクターはくるりと回り込むように教室の端を移動してモズの隣に座った。手には、薬らしきものとペットボトルの水。あとは、薄いファイルのようなもの。
「新入生用のカルテ作って来たんだよね。あ、薬飲む前に熱測って」
 胸ポケットから出した体温計を、モズに渡すドクター。そして、モズからおれへと渡る。
「眉毛も描いてたから遅かったんじゃね?」
「眉毛だけで止めといたんだから逆に褒めて。ほら、コマー、ウチもうブスじゃないっしょー?」
 コマちゃんは見ようともせずに「ブス」と言った。
「クソガキ……!」
「あ、あの熱測りました」
 おれが体温計を見せると、やっぱりモズが受け取ってドクターに渡した。何だこの体温計リレー。
「あー、三十九度超えてるねー。あとちょっとで四十度だったのに惜しいねー」
 ドクターは笑いながらそう言ってカルテに書き込む。
「カラスくん、インフル?」
 モズがそのカルテを覗きながら言った。
「飴玉食べたの何時ー?」
 ドクターはモズには答えずに、そう質問して来た。
「えっと……十時頃だった気が」
「飴玉関係あるのかよー」
 モズが割り込む。おれは、ドクターがどう説明するのか内心ヒヤヒヤした。先におれだけで話を聞くのは無理かな。
「うん。とりあえず薬飲んで。飲める? ちょっと頭も冷やそうか。毛布も追加するね。モズ、手伝って」
 ドクターは薬と水を置いて、モズと一緒に教室を出ていく。仕方がないので、おれは起き上がって薬に手を伸ばす。薬だけを飲むつもりが、水が喉を通ると止まらなくなり、そのまま半分くらい飲み干した。ようやく一息つくと、コマちゃんもおれを真似して「ぷはー」と言った。
「あ、ごめんね。コマちゃんも喉渇いてた?」
「うん?」
 コマちゃんに水を渡すと、少し迷ったあと口をつけてすぐに飲むのを止めた。
「ジュース」
「ジュースの方がいいの? じゃあ後でモズにお願いしよっか」
「はーい」
 コマちゃんはペットボトルを置くと、またゴロンと横になった。一緒に寝るのは少し抵抗があったけど、今は気にしてる余裕はなく、おれも横になる。
「カーくん」
「ん?」
「カーくん、ごめんなさい」
「え?」
 突然謝るコマちゃん。どうしたんだろう?
「カーくん」
 コマちゃんの手がおれの髪を撫でる。
「いい子」
 よしよし、と。手が何度も動く。
「カーくん、いい子」
「コマちゃん……」
 おれもコマちゃんの頭を撫でた。
「ありがとね。いい子」
「コマ……悪い子」
「違うよ」
 コマちゃんが手を離す。だけど、おれは手を離さず、撫で続けた。
「コマちゃんは、おれを助けてくれたし、こうやって心配もしてくれたし、部屋も直してくれたし、だからすごくいい子だよ」
「……」
 誰がこの子をここまで追いつめたんだろう。おれ達が、何をしたっていうんだろう。
「それにね、コマちゃんはすっごく可愛い」
 涙に濡れたつぶらな瞳のせいか、それ以上言葉が思いつかなかったせいか、おれの口から出たのはそんな言葉。何言ってんだおれ、と引っ込めた手をコマちゃんがそっと掴んだ。
「カーくん」
「え?」
「ありがとー、ね!」
 はにかむコマちゃんの頬が赤い。多分、熱があるおれよりも。でも、それが本当にすごくすごく可愛くて。おれはコマちゃんの頬に手を添えた。
「うん」
「あちち」
 コマちゃんがまた笑う。こんな風に、笑える子なんだ。こんなにも、普通の子なんだ。
「コマちゃん、もう一回約束」
「ん!」
 コマちゃんが自分から指を絡ませてくる。
「コマちゃんは、必ずおれが助ける。約束するよ」
「……コマ、も!」
「……ありがとね」
 おれ達は固く指を繋いで、何度も何度も約束した。おれ達はこれからも『一緒』だ。
 その後、モズ達が帰ってくるのを待てずにおれは眠ってしまった。人の温もりのおかげか、熱の苦しさも忘れて、安心した気持ちで眠れた。目が覚めた時、熱はすっかり下がり、頭痛も消えていた。
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