TEAM【完結】

Lucas

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第122話

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「待て!」
 聞き覚えのある声。緑が目の前を通過しようとした時。
「モズ!」
 何とか声を出す事ができて呼び止めた。扉のなくなった入り口からモズが顔を出す。
「あ? カラスくんにドク。何やってんだ?」
 そう言って入って来たモズを見て、おれ達はその場にへたり込む。
「何って、モズこそ何で?」
「いや、今そこにコマとは別のガキンチョがいて攻撃して来てさー」
 ガキンチョ……やっぱり子どもなんだ。おれとドクターは顔を見合わせる。そして、机の上のファイルを指差した。モズはパラパラとそのファイルに目を通した後、いまだに腰を抜かしたままのおれ達の前にドスンと座る。
「間違いない。今いた奴はコイツだ」
 ファイルの中にある写真を指差す。長い黒髪の小さな女の子だ。
「地下にいた魔法使いはほぼ全滅でさ」
「そんな……」
「あ、全滅っつってもギリ息はあった。出血量はひでーけど、誰かが傷を塞いでた」
「それって、コマちゃんが?」
「だろうな。さっさと治療はした方がいいとは思うけど、まあもうすぐ騒ぎを聞きつけた魔法使いが来るだろ」
 おれは胸を撫で下ろす。やっぱり、コマちゃんの仕業じゃなかった。それどころか、コマちゃんは助けようとしていた。
「にしても、『三百』なんて名前変わってるな」
 モズが再びファイルを開く。
「ああ……それはアレだよ。おれ達は番号で管理されてるから」
「え? じゃあコマは?」
 ドクターがモズからファイルをひったくると床に広げた。
「コマには名前があるし、ていうかカラスにも」
「おれのは……」
 そう言いかけた時、目を疑うような情報が飛び込んで来た。コマちゃんの名前の下には、小さく『二百十七』と書かれている。そこまではいい。やっぱり番号はつけられてたんだなって。その後の情報だ。
 コマちゃんがD地区に入れられた理由。コマちゃんは元々一般人だった。兄ちゃんと同じだ。だから名前がある。だけど。
「放火……?」
 入れられた理由。コマちゃん自身が犯した犯罪。それが、コマちゃんがD地区にいる理由だった。
『カラスくんは、何でD地区に? 何やらかした?』
 モズの言葉。
『だって、おれD地区なのに』
 そう言ったたおれの言葉に。
『何やった?』
 すかさずそう返して来た校長。
『コマ、悪い子』
 そう繰り返していたコマちゃん。ようやく繋がった。
「放火だな」
「コマちゃんが?」
「だな」
「まだ子どもだよ?」
「でもそう書いてる」
 冷静にそう返して、ファイルを指で叩くモズ。確かにそう記載されているけど、動機や詳細は不明だ。だけど、コマちゃん自身がそう言ってD地区行きが決まったと書いてある。
「まだ子どもなのにD地区に?」
「いや、犯罪に年齢は関係ないだろ? まあ理由はコマに聞かなきゃ分かんねーけど」
「あ、ていうかのんびりしていていいわけ? 誰か来たらウチ達やばいよ?」
「だな。お二人さんが立てるなら行くか」
 モズがニーッと笑っておれ達に手を伸ばす。腰が抜けていたのはバレバレだった。おれ達は何食わぬ顔でその手を取って立つ。
「休憩してただけだし」
「蜂が来る事はないと思うけど、緑でまだ動ける奴がいたら面倒だしな」
 おれの強がりはスルーされた。
「蜂が来ないって言うのは何で? 管理区が違っても、D地区で何か起こればやばいんじゃないの?」
「カラスくん、根本的な事忘れてないか? 蜂とバッタは敵同士だぞ? 蜂からしたら、緑ざまぁな展開だろ」
「自分達も被害受けると思うけど」
「そこに気づかないのが蜂なんだよ。つーか、多分こんな実験してたのも向こうは知らないはず」
 モズはファイルを投げるように机に置いて、そっと部屋の外を窺う。
「よしよし、いませんな」
「あんたの魔法で動き止められないの?」
「黒の管理区はないの?」
 おれとドクターが同時に質問する。
「まだ試してないや。さっきは咄嗟に攻撃防いだだけだし」
「黒は最近になって数を増やした成り上がりだからね。元々は蜂と緑の二大勢力しかなかったの」
 モズはドクターの質問に、ドクターはおれの質問に答えた。なるほど。黒が慎重になっているのは、やっぱり単に様子を見ているだけなのかな。
「早くコマ見つけて帰ろうぜ」
「三百はどうするわけ?」
「カラスくん、君の出番だ。たらしこみなさい」
「だったらまずは靴でもプレゼントしようかな」
 そんな軽口を叩きながら、おれ達は慎重に廊下を歩き出す。そこへ思わぬ声がかかる。
「カラス!」
 何で、と若干呆れながら振り向く。兄ちゃん、まだ帰ってなかったのと言おうとして言葉が止まる。
「おー、コマじゃん。やっぱここにいたんだな!」
 モズが両手を広げる。おれとドクターは何も言えなかった。何故なら、コマちゃんは兄ちゃんに抱っこされていたから。
「…………」
 コマちゃんも兄ちゃんも無言で、モズは両手を広げたまま首を傾げる。
「おたくどちらさん?」
「俺は……」
 兄ちゃんの視線はおれへと動くが、コマちゃんは下を向いたまま。
「んー?」
 モズもおれの方を見る。おれは小さな声で「兄ちゃん」とだけ言った。
「兄ちゃん? カラスくんの?」
 おれは顎を引く。そして、それよりコマちゃんをと言うように目配せしてみた。
「いやー、どーもどーも! カラスくんとすんげー仲良くさせてもらってます! モズと申します!」
 しかしモズはおれの視線なんか気にする事なくガンガン進んで行く。兄ちゃんが大きく見下ろす。モズが子どものように見える身長差だ。そして、モズはコマちゃんに両手を伸ばす。
「うちの子がお世話になってますー。さ、コマおいで。体は小さいが心は大きいモズお兄さんだよ」
 モズも身長差が気になったのか、そんな言い方をするものだからコマちゃんが小さく吹き出す。その後気まずそうにおれを見た。
「……コマちゃん」
 おれはその場でコマちゃんに声をかけた。コマちゃんは目を逸らさない。兄ちゃんも、モズも、隣にいるドクターも、静かにおれの言葉の続きを待っていた。おれは、マスクを外してコマちゃんに向かって笑いかけた。
「ごめんね」
「…………」
「あと、ありがとね」
 何がごめんねで、何がありがとうなのか。おれは言わない。言うべき事だけを言って、もう自分の気持ちを押しつけたりしない。あとは。
「コマちゃん。おれ、コマちゃんの事が知りたい」
 コマちゃんの話を、気持ちをちゃんと聞くんだ。
「教えて……くれる?」
 コマちゃんの行動の理由。勝手に推測して、勝手に怒って、勝手に同情して、そういうのはもうやめにするんだ。おれは、この子と向き合う。
「…………」
 コマちゃんの目が潤んでいく。
「……カーくん」
 消えそうなくらい小さな声だけど、小さな子どもの声じゃなく、それは、ただの女の子の声だった。
 コマちゃんの手がおれの方へ伸びる。おれは近づいて、その手を取った。すると、コマちゃんの目からあっという間に涙が溢れおれの腕の中に飛び込んで来た。おれは情けなくもその重みに耐えられず、尻餅をつきながらコマちゃんを抱き止めた。
「カーくん……」
「コマちゃん」
 良かった。戻って来てくれた。
「お帰り」
 おれがそう言うと、コマちゃんはフルフルと首を振った。
「コマちゃん?」
「コマ、カーくん……好き」
「…………」
「好き」
 まただ。ヘタレなおれは戸惑ってしまう。でも、決めたんだ。コマちゃんの気持ちを受け止めるって。
「コマちゃん、おれも、コマちゃんの事が」
 そこまで言った時、おれの口はふさがれた。コマちゃんの口で。モズが「コマ、だいたーん」と茶化すような声を出して。ドクターが「何やってるのよ」と慌てたような呆れたような声で言って。兄ちゃんの視線を痛いほど感じながら、おれはただ呆けていた。
 甘い味に、とろけるように。飴玉の味が、コマちゃん自身に染みついていたんじゃないかって思えるような、甘すぎる口づけで。
 コマちゃんがおれから離れた後も、動く事すらできなかった。コマちゃんはまた兄ちゃんに飛びつき、兄ちゃんが抱き上げる。
「カラス」
 兄ちゃんの声が上から降ってきた。
「もう一度だけ言う。兄ちゃんの所へ帰ってこい」
「だからー! しつこいなあ!」
 ドクターがおれの腕を引っ張って立たせる。
「コマ! あんたも帰って来なさい!」
「カラス」
 兄ちゃんはドクターを無視しておれに手を伸ばした。
「カラスくんモテモテで羨ましいよ。俺も混ざりましょう。カラスくんは渡さないわ!」
 間に割り込んだモズは、残念ながら兄ちゃんの視界に入っていないようで。兄ちゃんは気にせずおれに近づく。
「いい加減にしてってば! コマも早く来なさい!」
 そう言っておれの前に立つドクターを、兄ちゃんが手で払いのける。よろめいたドクターをモズが受け止めた。
「おっと。おにーさーん、女の子に乱暴はいかんよー」
「帰って来い、カラス」
「……兄ちゃん」
 何で分かってくれないんだ。兄ちゃんは帰ろうとしない。コマちゃんの突然のキスの意味も分からない。混乱しそうな頭を落ち着かせる。
 コマちゃん、待ってて。まずは兄ちゃんを何とかするから。おれを諦めて貰う。『魔法使い』になりきって。
「カラス」
「何度言えば分かるの? 兄ちゃん、自分の立場分かってる?」
「え?」
「困るんだって、本当に。悪いけど、おれは戻る気ないよ。その子も降ろしてくれる?」
 コマちゃんは顔を背け、兄ちゃんの首にしがみつく。
「カラス、兄ちゃんの為にそう言ってくれてるんだろ? でも、本当に兄ちゃんは大丈夫だ。絶対に守ってやるから」
「『人間』に何ができるの?」
 場が静まり返る。ズキズキと、胸が痛む。でも、これでいいんだ。兄ちゃんは、巻き込んじゃいけない。嫌われてもいい。
「……カラス、それがお前の答えなのか?」
「そうだよ」
「そうか……分かった」
 怒っているような、傷ついたような、落ち込むような、そんな表情をするのかと思ったのに、兄ちゃんは笑った。
 兄ちゃんの様子が変わったのを見て、モズが前に出る。ドクターを軽く押しておれの隣に立たせた。ドクターがそっとおれの服の端を持つ。
「おにーさん、カラスくんも色々大変なんだから分かってくれよー。さ、コマー帰ろうぜー」
「やっぱりお前は『魔法使い』なんだな」
 兄ちゃんにはモズの言葉が届いていないようで、おれから目を離さない。
「なあ、カラス。もっと、ちゃんと、よく考えろ」
「考えたってば。おれは戻らない」
「そうじゃねーよ」
 兄ちゃんが、笑う。今までおれに見せた事のないような笑い方。馬鹿にするような。
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