TEAM【完結】

Lucas

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第131話

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 建物と建物の間を縫うように。身を隠しながら、少しずつ工場へと近づいていく。
 辺りを見渡す。先行していた班の姿が見える。『緑の制服の少数班』。
 そのさらに前に、それぞれ『顔や腕や足にペイントを施した私服班』。
 人の気配のしないD地区を息を潜めて突き進む。
 さらに後方には『蜂の制服を着た緑』が控えている。こちらも全員、どこかしらに『ペイント』を施していた。
 目立たなくてもいい。ただ、おれ達が識別する為にと、コマちゃんに対するサインだ。
 そして、メインストリートを堂々と歩いて行く校長。その真後ろにピッタリとくっついて続くモズ。思った通り、完全にモズを隠してくれている。
 おれと教頭とドクターの班は、校長達からつかず離れずの位置で進んでいく。
「ていうか、校長あんなに堂々と歩いてていいの?」
 ドクターがソワソワしながら言う。
「一応隠れて下さいとは言ったんですけど……モズまで見つかっちゃわないか心配ですね」
「あのチビは見つからないでしょ? 正面から見たらまったく見えないって」
 ひどい。
「でも……いくら校長でも三百の魔法を無効化するのは厳しいんじゃないかな?」
 教頭の方を振り向くと、パッと何かを隠した。
「……何隠したの?」
「グ、グロス」
 正直すぎる。隠した意味ないし。
「塗らないからね」
「ケチー」
「…………」
 何だろう、このゆるさ。でもまあ、おれ達は『戦争』をしに来たわけじゃないんだ。このくらいがいいのかもしれない。
「とりあえず、モズには三百の動きだけをマークしてもらうんだよね?」
 打って変わって真面目なドクター。というか、モズが心配なんだろうな。
「そうですね。モズには最後に三百を捕獲する役割だけをやって欲しかったんですが」
「まあ、万が一手に負えなくなった時にはモズじゃなきゃ三百の動きは封じることができないからね」
 その為に、モズにも前線に出てもらう事になった。モズ曰く、対象者がいる場所さえ把握できればずっと視界に入れていなくても動きは封じられるらしい。確かに、初めてモズに出会った時そうだった事を思い出す。
『わたし達にかけられた魔法はまだ解かれてない。あの人は、まだ近くにいる!』
 動けなかったチームD。その時モズはすでに校舎の外にいた。でも、屋上から落ちてきた先輩達の魔法が解けたことや、この間の三百と対峙した時のことを考えると。モズの状態や集中力が重要になる。
「校長が一緒。だから、大丈夫」
「そうだね」
 そう、校長にはその為にモズと組んで貰った。校長ならいざという時に三百の攻撃にも対応できそうだったから。それでも、危険なことには変わりないからあんまり目立つようなことはしないでと頼んだのに。
「校長はモズに三百の場所を確実に教える為に、ああしてる」
 ようやく諦めたのか、教頭はグロスをポケットに仕舞って言った。
「確かに、まず最初の標的にはなりそうだよね。囮になるってこと?」
「そ」
 おれは前方に目をやる。もし、三百の最初の標的に選ばれてたとしても、みんなで撹乱すれば大丈夫だ。
 その為の、班分け。
 三百はまだ魔法使いの区別がついていないはず。『緑』に対しての敵意はあるだろうけど、『蜂』に対しての認識はない。さらに、兄ちゃんは『緑』に対して迂闊に攻撃命令を出せない。『おれ』がいるかも知れないから。
 蜂にも変装して貰ったのには、もう一つ重要な理由がある。それは。
「陽が」
「え?」
「陽が昇り始めたわよ」
 ドクターが目を細める。東の空がうっすらと明るくなり始めていた。
「綺麗」
「教頭は呑気だなー。そうじゃなくて、明るくなれば見つかる可能性も高くなるんだから注意ってこと」
「なるほど。でも、綺麗」
 教頭の柔らかい雰囲気は、その綺麗な空よりも癒される気がする。
「地下にいたら、朝陽見ることあんまりないから、新鮮」
 そう言って深呼吸する教頭。
「空気も、清々しい」
「遠足に来てるんじゃないんだから。ほら、気を引き締めて」
 そう注意するドクターは、教頭よりもお姉さんみたいだ。そんなやり取りをかわしながらも、おれ達はすでに工場地帯付近にたどり着いていた。他の班も、それぞれ配置についている。
 みんなからも緊張が伝わってきた。おれ達三人は、建物の陰から顔を出す。
 現れるとしたら、工場の『屋上』だ。視野が広ければ広いほど有利。三百とコマちゃんの両方の視界を使って、どこから来ても魔法使いに対応できるようにするとすれば、屋上しかない。
 兄ちゃんにはそこまで話してはいないけど、『空』から来る可能性の高い魔法使い相手にはそう出る。その情報しか知らないからこそ、建物内に立て籠ったままの方が有利ということに気づかないから。
 ここで、工場にズカズカと近づいて行ってた校長の足も止まる。おそらく校長も気づいたんだ。これ以上近づけば、『屋上』からモズが見えてしまう。
 そのまましばらく全員が様子を伺っていた。D地区に人の気配はなかった。ほとんどは工場地帯に隠れているんだろう。見張りも兼ねて。
 だから、おれ達は次の段階に移る。見張りに気づいてもらう為の行動。
「助けて! お願い!」
 一番前にいた私服班が一斉に飛び出す。
「な、何だ?」
 思った通り見張りがいた。屋上から顔を出して、工場の周りに集まり出した私服班に目を丸くする。
「お、お前らまだ外にいたのか? ほら、早く中に入れよ!」
 見張りはそう言って、下へ声をかける。多分、門番役の人がいるんだろう。疑われている気配はなく、おれはほっとした。そして、自分の耳に触れる。
 黒のピアス。D地区の証明。もっとも、私服班に施したのはピアスに見せかけたペイントだけど。遠目には分からない。
「違うんです! そうじゃなくて」
「わ、私達ずっと隠れてて、だって、魔法使いに逆らうなんて、そんなの」
 私服班が見張り達に必死に訴えかける。演技もバッチリだ。
 D地区には二種類の人間がいる。C地区での生活を知っているものと、生まれてからD地区しか知らないもの。刷り込みのように、魔法使いに逆らわないことを教えられた人達が、すぐに反乱に乗るとは思えなかった。
 何より、管理区が違う人間まで兄ちゃんは把握できていない。たかだか数人が隠れていたと言ってもそう不思議ではない。それに。
「分かった分かった、落ち着け。もう大丈夫だから中へ入れ」
「だ、駄目なんです!」
「俺達、魔法使いに見つかってしまって……」
 私服班を、『仲間』だと思わせることが重要。確実に『攻撃を受けない対象』が、これで完成。それから。
「な、何だと? おい、早く中へ知らせろ!」
 『おれ達』が来たことを、知らせることも達成。
「あ、あそこだ! 『緑』の制服の魔法使いがいるぞ!」
 屋上の見張りがさっそく校長を見つけた。校長は挑発的な笑みを浮かべて両手を大きく広げる。その腕の隙間から、モズが目を光らせた。あっという間に騒がしくなる工場。モズはニヤリと笑って、クルリと後ろを向くと校長に背中を合わせた。
 『見つけた』んだ。モズが『三百』の位置を捉えた。
 それを確認したおれ達も、動く。
 始まる。
「行くよ」
 ドクターと教頭が頷く。一斉に『緑』が飛ぶ。
 緑の制服班とおれが上空に現れ、私服班が悲鳴を上げて散り散りに逃げる。
 屋上に三百の姿が。
 今まさに、校長に向けて魔法を放とうとしていた目が、バッタを追う。上空に現れた『敵』に向かって、その目が笑う。
「あはははははっ!」
 甲高い笑いが、おれ達に向けて放たれた。けど、それを別の魔法が弾く。
「んぅ?」
 コマちゃんのように首を傾げる三百。そのすぐそばには、兄ちゃんとコマちゃんが立っているのが見えた。
 『緑の制服班』が、『おれ』が、屋上目掛けて『魔法』を放つ。空を飛んだまま。
 おれ達全員の魔法は、コマちゃんによってすべてかき消された。緑にダブルはいない。それが分かっているコマちゃんの顔に困惑の色が浮かぶ。
 兄ちゃんの視線が鋭く動く。探している。『おれ』を。
 同じ攻防が続く。『おれ』は上空からそれを見下ろす。
 コマちゃんに、視線を送る。
 おれだよ。カラスだよ。そんな想いを込めて。
 『おれ』の体を、空へ送り出したのは『ドクター』の魔法。ドクターが、おれに空を飛ばせる。建物の陰に隠れたまま、おれを視界から外さないように。そして、『教頭』も。
 おれは、手のひらを三百に向けた。すると、三百がこちらに向けて放った魔法が空中で打ち消される。
 ぶつかった。三百の魔法と、おれが放ったように見せかけた『教頭』の魔法が。そして、魔法使いに怯えながらも、建物の陰から戦場を見守る『私服班』の魔法が。
 空を飛ぶおれ達を、三百が狙う。それをおれ達があたかも魔法を使ったように見せかけながら、地上にいる仲間が一斉に三百の魔法目掛けて攻撃する。
 みんなの力で、兵器の力を打ち砕いた。
 ダブルを知らない兄ちゃんは、この状況に違和感を覚えることはない。トリックに気づかず、ただ慎重に三百に攻撃命令を出し続ける。空を飛んでいる『だけ』の魔法使いに向かって。
 三百もコマちゃんも飛ばない。兄ちゃんが飛ばせない。指示が届かなくなるのを恐れている。どうやってそこまで手懐けたのかは分からないが、三百が一人で自由に動き出す気配はない。
 兄ちゃんが指をさして、三百に何かを伝えた。その先には、『マスク』をした制服班の男子生徒が一人。『捕まえろ』と言ったのか、『打ち落とせ』と言ったのか。どちらかは分からないが、三百の魔法がそちらに向けて放たれた。
 おれは、そこへ向かって盾を作り出す。盾は男子生徒の目の前に出現し、そしてすぐに打ち砕かれた。
 男子生徒は後ろに軽く飛ぶが、盾のおかげで直接的なダメージはない。その盾を見て、おれだと確信したのか、兄ちゃんは追撃指示を出した。
 同じように放たれた魔法。だけど、その前に立ちはだかったのは別の『マスクをした男子生徒』。そいつの前に、おれは同じように盾を作り出して見せる。兄ちゃんに焦りの表情が見えた。
 見破れるはずの変装が見破れない。遠すぎるだけじゃない『数が多すぎる』からだ。
 複数のマスクの男子生徒が突然現れ、工場の周りを飛び始める。兄ちゃんは次々と指示を出し、三百がどんどん魔法を放つ。それに対して、おれはどんどん盾を作る。一度に二つまで。一つが壊れたらすかさず次の盾を作り出す。それを繰り返し、たくさんの『おれ』を作り出す。
 兄ちゃんは必死に全員を目で追う。完全にあの中に『おれがいる』と思っているはずだ。それを確認したおれは、後方にいるドクターに合図する。
 高度が下がっていく。おれが高度を下げることが、みんなへの合図にもなる。先程と同じ攻防を続けるようにと。
 おれはゆっくり降りていき、できるだけコマちゃんの視界に入るように移動する。ここで兄ちゃんに気づかれてしまっては意味がない。
 そこで『蜂』が出現する。さらに惑わす。
 『蜂』の制服班が一斉に現れた。
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