TEAM【完結】

Lucas

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第139話

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 シャワーを止めて、恐る恐る鏡を見る。
「うっわあ……キラキラ」
 鏡の中のおれの髪は、元々暗めだった茶髪の明るさが倍増。オレンジに近いような派手な色に染まっていた。先程帰ってきたロビンヒバリコンビがこっそり調達してきてくれたもの。ヘアカラー剤。それに、伊達眼鏡。それは偶然にも前にモズが買ってきてくれたものと同じ黒縁眼鏡だった。
「眼鏡はともかく、髪は余計に目立つ気がする……」
「カラス、どう?」
「うん、できたよ」
 ぶかぶかのジャージはそのままで、おれはバスルームから出る。
「お待たせ」
 部屋にはティトとヒバリとロビンが。
「えっと……どうかな? ちゃんと変装できてる?」
 三人の視線が集中して落ち着かない。最初に口を開いたのはヒバリだ。
「問題ないです。ただのやんちゃな少年にしか見えません。やんちゃと言っても、後々黒歴史になる方のやんちゃですが」
「なにそれ、大丈夫か大丈夫じゃないのかよく分かんないんだけど」
 服装に関しては保留になって、しばらくこのままでいることになった。今は緑の生徒も、私服や蜂の制服を着ているので、どの格好をしても怪しまれないとは思うけど。でも、おれが緑にいるという目撃情報が学校に入っていることを考えると『緑の生徒がしている格好』でいない方がいいとのこと。
 その為、蜂の生徒しか持っていない学校指定のジャージが比較的安全らしい。それでも、見慣れない生徒がいたら怪しまれる。変装したとはいえ、極力教師や蜂の生徒との接触は避けないと。
「髪の色、ちょっと明るい色選びすぎたかな?」
 ロビンがおれの頭を見下ろしながら言う。
「うーん、でもカラスは黒より明るい色が似合うと思うよ」
 ティトがおれよりさらに明るい髪を揺らしながら笑う。
「似合う似合わないの問題じゃなくて」
「細かいことで文句言わないで下さい。ロビンの癖に」
 まだ言われてたのか、それ。ヒバリはそう言ったあと、おれの方を向いて自分の耳を触った。
「ピアス、外してくださいね」
「あ、うん」
 おれはピアスを外してポケットにしまった。
「ボクを忘れないでネ」
 ティトがそう言ってプチカラスをおれに渡す。
「うん、ありがとね。あ、でもつけるとこないや……」
「じゃーん」
 びろーんとベルトを掲げるヒバリ。ありがたく受け取ってジャージの上から緩めにつけた。
「よし、完璧!」
「変わらないですね、あなたは」
「そう?」
「ええ、ほほえましいです。今、姉を通り越して母のような気分になりました」
 クスクス笑うヒバリの隣で、ティトは後ろを向いている。これ絶対笑ってますね。
「幼稚園に行く準備はできましたか?」
「できてません。あ、そういえばこれは没収されなかったんだね」
 まだまだからかわれそうだったので、画材道具へ視線を移して話を逸らす。
「ああ、一旦僕の部屋に隠しておいたんだ。そのままだと没収は間違いないし」
 さすがのロビンさんはこの流れをガン無視で普通に答えてくれた。
「ありがとね、ロビン」
 でも、本当に嬉しい。またいつか、これで絵が描けたらいいな。
「あの絵もね、ちゃんとわたしの部屋にあるよ。それじゃあ……そろそろ行こっか。みんな待ってるよ」


 というわけで、無事に変装を終えたおれ達はとある教室へと向かっていた。『美術室』。そこに、すでにみんなが集まっているらしい。
 おれは、美術室に入ると、まずはメンバーを一人一人確認する。
 机はすべて教室の後ろへ寄せられて、椅子だけ持ってきてバラバラな位置に座っているみんな。
 顔にペイントが入ったままのモズ。
 相変わらずピッタリくっついた校長と教頭。
 バッチリメイクのドクター。
 そして、椅子ではなく机に座っているジェイ。それから。
「遅かったな、カラス」
 教壇に直接座っているサギ。いつもの棒つきの飴を食わえたままニッと笑う。
「うん、ごめんね」
 サギの隣には足を投げ出して座るトラと、トラの肩に顔を埋めて泣いている女の子。こちらからは顔が見えないが、きっとこの子が『コネコ』だ。金色の髪を、白いリボンで緩く結んで、ヒラヒラとしたフリルの白いワンピースを着ていた。ピンク色のサンダルだけがやけに子どもっぽい。
 ぐすぐすと泣くコネコの頭を、トラがあやすように撫でている。さっきはトラも子どものように泣いていたのに、今は目が力強く、すっかりお兄ちゃんの顔になっていた。だからなのか、おれと目が合うと照れくさそうにプイッと横を向いた。いや、おれは今日は一度も泣いてませんよ? みたいな感じだ。
「これで役者が揃ったな」
 ジェイがそう言うと、机の下からポロが飛び出した。何故そんなとこに。
「おいおい、俺も忘れるなよ」
 そのまま器用に床を滑ってトラの元へ行く。
「カラス、随分派手な頭になっちまったじゃねえか」
 おれ達もそれぞれ椅子を持ってきて適当に座ろうとした時。
「校長」
「こっち来いよ」
 今まで通り豪快に笑いながら校長がおれを呼んだ。自分達とモズの間にスペースを作る。よく見ると、緑のメンツは窓際に片寄っていた。ロビン達は当然廊下側に集まるようにして椅子を置き、ここに座れと腕を掴む。
 校長はどこかご機嫌で、別におれを試している様子もない。教頭は両手を広げておいでのポーズ。さらにロビンの力が強くなり、おれは強引に椅子に座らされてしまう。
「花いちもんめみてー。カラスくん人気者だー」
 その様子を見ていたモズが手を叩いて笑い、校長が「俺らの負けかよー」とふざけ合う。緑のなごやかモードとは裏腹に、蜂メンバーからはピリピリとした空気が伝わってきた。
「とりあえずさ、席なんかどこでもいいからさっさと話始めようぜ。ヒバリ、まずは報告ー」
 サギはそんな両サイドの空気を無視してヒバリにそう言った。……モズの事とかもう少し気にするかと思ったのに。冷静というか、相変わらずというか。どこか大人びているところがサギにはある。
「そうですね、まずD地区は昨日と変わらない様子でした。一般人が侵入した形跡もD地区の人間が隠れていることもありません。ただ」
「飴玉の製造に使われていた機械は修復不能だった。新たに作り直すにしろ、かなり時間はかかるらしい」
 ロビンが引き継ぐように話し、再びヒバリが口を開く。
「学校は元々大量に飴を保管していたわけではなく、うちの傘下にある他校も同じで、製造が再開されるまでの分としてはあまりに不足しています。よって、どの学校でも戦力の高いチームの魔力を優先して維持してもらうことになりました」
「あの爆破は明らかに宣戦布告だ。誰の仕業だとしても飴玉が切れて戦えなくなってしまったらまずい」
「なので、この学校ではもちろん私達チームDが選ばれたわけなんですが……」
 ヒバリとロビンの視線がサギへと向く。サギは立ち上がり、教壇の真ん中に立った。まるで先生みたいにみんなを順番に見る。
「知っての通り、あたしは『天然』だから飴玉がなくても魔力は尽きない。それに、トラも同じだ」
「サギ、僕は」
 トラが怒ったように言ってサギを見上げる。
「分かってる。トラは戦争には参加しない。でも」
「困ってたら助ける。友達だから」
「あ、ありがと」
 コホンと咳払いをして誤魔化すが、赤くなった顔は全然隠せてない。
「ヒバリ、学校は協定を結んだろ? 緑からも選抜されるんじゃねーの?」
 早口になってヒバリに話を振るサギ。
「そのようですね。校長先生にはお話が行ってませんか? 学校のトップの校長先生には」
 そして校長を煽り始めるヒバリ。
「蜂は仕事が遅いみたいでまだ報告はないな。まったく、使えないぜ」
 校長も負けじとそう返す。
「チームDだけで十分だ。緑の力は必要ない」
 ロビンは敵意を隠す気ゼロだ。しかも、視線は校長ではなくモズの方へ。そんな流れを無視して変顔で対応するモズはやはり大物だ。けど、ある意味一番の挑発になっている。
「あ、あのさ!」
 というわけで、ロビンがブチギレる前におれが割り込みます。勢いが余って立ち上がってしまったので、余計にみんなの視線が集中する。
「おれ、考えてることがあるんだけど、いいかな?」
 チームSの事を話すなら今しかない。ちょうどメンバーは揃ってる。
「何やねん、はよ言えや」
「うん……今、緑と協定が結べたからちょうどいいと思うんだけど、このまま一時的じゃなく永久に休戦する方向へ動かしたいんだ」
 これにはさすがに校長は顔をしかめる。
「あ? どういうことだ? 緑に負けを認めろってのかよ?」
「違う、そうじゃないよ。和解するんだ。休戦じゃなくて、このまま戦争を終わらせるんだ」
 息を吸う。落ち着け、ちゃんと分かるように説明しないと。
「また飴玉の製造が再開されて、戦争が始まって誰かが世界を管理するのを目的に、終わらない争いを続けて。その結果が、今で。流れを変えなきゃ。だって、きっとコマちゃんや三百のことは『なかったこと』にされるんじゃないかな?」
 しん、と静まる。話を、続けなきゃ。と口を開きかけた時。
「それは……僕も、考えた」
 聞こえてきたのはロビンの声。おれは隣を見下ろす。
「ロビン?」
「カラス、ほら、昨日僕が言いかけたこと」
『これも、一つの可能性の話なんだけどさ』
 ああ、確かD地区の人達がどうなるのか話していた時だ。
「『なかったこと』に。それは十分あり得るんだ……」
「ロビン、それって」
「今回D地区で起きたこと自体、それどころか『D地区』全体が『なかったこと』になるかもしれない」
「D地区全体が……?」
「つまり、捕まえた人間をすべて処分する。緑と協定を結んだ今、余計にその線が濃くなった。管理区を気にしなくてもよくなったからな」
「んなのさー、天才様が学校にお願いすりゃいいんじゃねーのか?」
「それでどうにかなると思うなら、お前がまずサギにお願いしてみたらどうだ?」
 校長を睨みつけるロビン。一触即発の空気に放りこまれたのは。
「これで決まりやな」
 ジェイの声。
「学校側はまた俺らをうまい事利用しようとしてる。やろ? カラス」
 ヘラヘラ笑いながら、おれを見て、それから自分の頭を指差す。……『頭を冷やせ』。分かっている。落ち着け。動揺するな。
「うん。一見もっとも効率のいい指示を出してるようには見えるけど、結局は飴玉製造を再開するまでの時間稼ぎだ」
「そうそう。今回の爆破の犯人が誰にしろ、目的は宣戦布告じゃなくて、兵糧攻めが狙いやって」
「だから、飴玉が尽きない為の選抜だ」
「俺らに犯人探しをさせて、その間に裏でお片付けーってとこやな」
「その後は、何食わぬ顔で、繰り返す。だから」
 おれは教壇の上へ上がると、そこへ膝をついた。それからみんなへ向かって頭を下げる。
「カラス? お前何やってんだよ」
 サギが腕を掴むが構わず続ける。
「だから、お願いします! 本当の意味で協力してください! おれは……変えたい。でも、一人じゃどうにもならない。おれは、コマちゃんや三百を、兄ちゃんやD地区の人達を処分させたくない。だから……お願いします」
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