TEAM【完結】

Lucas

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第180話【最終話】

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 ティトの後ろ姿を見つめながら、涙を拭う。炎天下で絵を描いていたからか、また昔を思い出してしまったからか、どっと押し寄せてきた疲れにため息をついた。
「……頑張らなきゃ」
 そう呟いた直後、誰かがおれの後ろに座った。狭いベンチ。おれを押し出すように、背中がぶつかる。
「久し振りー、カラスくん」
「……本当に久し振り」
 振り向かずに、その声に答える。背後の人物は、クックッと喉を鳴らして笑った。
「驚かないんですねー、カラスくん」
「生きてるって、思ってたから」
「へー」
「溶けて消えない限り、『見つからない』ってことに説明つかないからね」
「相変わらず冷静ー」
「……そっちこそ、相変わらず悪趣味だよね。『ジェイ』」
 お見事、と後ろで背中が揺れる振り向かない。おれも、ジェイも。
「『記念碑』かー。何でそんな大層なもんにお前が絵描いてんねん」
「クイナ先輩がおれを推薦してくれたんだって」
「お前が攻略した年上女か」
「おれに攻略された天パ男が何の用?」
「せっかく会いに来たったのにつれないなーカラスくん」
「それ、モズの物真似のつもり? せめて声変わりしてからやりなよ」
「そういやお前何か声変わった?」
「ジェイより先に大人になった」
「脚立も一人で降りられへん奴が大人?」
「そんなとこから見てたんだ」
「まあ、この国についたんはついさっきやけど」
「今までどこにいたの?」
「おとぎの国」
 後ろで、少しだけ振り返った気配がした。そして、甘い匂いも。
「……トラ達のところ?」
「そ。まあ、次行ったらもう帰ってこられへん。これで最後やねん。片道切符やな」
 コロン、と。飴玉が歯に当たる音がした。
「……何で?」
「何が?」
 分かってる癖に、聞き返してくる。
「…………」
「だから言ったやろ? 最後の一つやって。安心しろ。もう……俺も魔法使いじゃなくなる」
「もう帰ってこないの?」
「帰ってきて欲しいん?」
「だって友達じゃん」
「あ、もうそういうのはいいから。もう俺をたらしこむのは無理やで」
「前はたらしこまれたんだ?」
「腹立つところは変わらんな。ていうか、お前あの怪我でよう生き残れたな」
「ああ、うん。誰かさんに撃たれて死ぬかと思ったよ」
「とんだ腕利きスナイパーがおったもんやな」
「アフターケアも万全なスナイパーだったけどね」
「ん?」
「ドクターを、呼んでくれてありがとね。そのおかげで助かったよ」
「ほーん」
「おれ、たくさんの人に助けられて、今生きてるんだ」
 おれは、自分の胸に手を当てた。おれの傷を、命をかけて塞いでくれたコマちゃん。おれに、名前と血をくれた兄ちゃん。おれは、二人から貰った命で、生きて行くんだ。『カラス』として。
「へー……あの兄貴が血をくれたんか……」
「……ジェイこそ、どうやって助かったの?」
「種明かしはおいおい」
「もう、会えないんでしょ?」
「その花咲いた脳みそでじっくり考えれば?」
「でも、生きててくれて良かった」
「…………」
「ティトには会わないの?」
「あいつには、死んだって思われといた方がいい」
「どうして?」
「……人は、血でできていない」
 突然、モズの言葉を呟くジェイ。
「また話を飛ばす気?」
「いや、話は繋がってる。人は、確かに血だけで出来てるわけじゃない。だけど、血が繋がってるから、お前は助かったんやろ? 兄貴の……兄弟の血で」
「……そうだね」
「結局、一番縛られてたのは……俺かも」
「え?」
「『血』に」
「『魔法使い』の?」
 背中が、ほんの少しだけ離れる。でも、おれ達はまだ振り返らない。
「外国猫語はなかったでー」
「は?」
「いや、コネコ口説こうと思ってんやけど。まずはオカンの方に挨拶をーって。言葉通じて安心やわ」
「さすがに話飛びすぎ……」
「そろそろほんまに飛ぶわ」
 完全に、背中が離れる。
「またね」
「またはないって」
「いいじゃん」
「いくない」
「ジェイ」
「何やねん。俺に泣き落としはきかんぞ」
「知ってる。そうじゃなくて……まだ、答えを聞けてなかったから」
「答え?」
「ジェイって『何』?」
 ふっと、ジェイが息を吐き出すように笑ったのが聞こえた。そして。
「『ティトの兄貴』」
 ジェイは、いなくなった。振り返っても、もうそこには誰もいない。でも、確かにおれの友達はそこにいた。夢や幻なんかじゃない。背中が、ぬくもりを覚えてる。
 最後まで、翻弄して、種明かしは結局保留で、よく分からないまま。誰にも確かめることのできない『真実』を、ジェイはここに置いていった。おれの胸の中に。だから、おれはもう何も言わない。微かに残る飴玉の匂いも、振り払う。
「お待たせ! どうしたの? 後ろに何かある?」
「え? あ、ううん。何にもないよ」
 両手にジュースを持ったティトが、隣に戻って来た。
「でも、やけにじっと見てたよね?」
「えっと、猫がいたんだ」
「猫?」
「うん。訛りのある猫」
「ふふ、外国語じゃなかったんだね」
「うん……ちゃんと通じた」
 猫とお喋りしないでよーと、ティトが声を立てて笑う。
「本当におもしろいな、カラスは。はい、オレンジジュース」
「あ、ありがと……」
「メロンソーダなかったんだー」
 デジャブ。うん、ここに来てその思い出はいらんのだけども。
「オレンジジュースの方が好きだから。あ、ごめんね。今度はちゃんとおれが奢るから」
「じゃあ、フレンチのコース」
「食べられない癖にー」
「それまでに苦手な物克服しておくもん」
 ティトはそう言ってストローをくわえる。
「夏休みね、お小遣い貯めて遊びに行かない? わたしね、今おばあちゃんのお手伝いすんごく頑張ってるんだ」
「うん。じゃあおれも家の手伝いいっぱい頑張る。でも、どこに遊びに行くの?」
「……遠いかな?」
「ん?」
「海の向こうは、遠すぎるかな?」
 ティトが、どこに行きたがっているのか、すぐに分かった。
「……船に乗れば、きっと、あっという間だよ」
「おばあちゃんになる前に、キミを連れて会いに行ったら、怒られるかな?」
「明日からブレイクダンスの猛練習します」
「キミが踊ってる姿想像できない」
 そう言いながらも、想像してしまったのか、ティトはしばらくお腹を押さえて笑っていた。
「絶対マスターするし」
「無理だし」
 会いに行く予定の人物の真似をしながら、二人で笑い合う。
「じゃあ、約束。夏休みはおとぎの国へ」
「うん! 約束だよ、カラス」
 指切りをかわす。残念だったね、ジェイ。種明かしはおいおい。じゃなくて、もうすぐかも。
 でも、安心して。おれの胸にしまったことは、ちゃんと内緒のままにしておくから。
 だって、おれ達、『友達』だもんね。
「これ飲んだら、ロビン達探しに行こっか」
「そうだね。抜け駆けしたらヒバリ様の怒りを買っちゃう。四人で、会いに行こうね」
「うん」
 おれは頷いて、もう一度記念碑に目を向けた。
 みんな、届いてる?
 モズ、コマちゃん、兄ちゃん、三百、クロウ、それから、お父さん、スズメさん。
 おれ達は、ここで、この空の下で、生きていく。これからも、みんなの事は、絶対に忘れない。
「……ありがとね」

                                          了
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