DEAREST【完結】

Lucas

文字の大きさ
上 下
25 / 221

第25話 TAKI

しおりを挟む
「はい、タキ! あーんして!」
「自分で食べられるってば」
「ダメ! 焼きたてで熱いから火傷しちゃうもん」
 フロルはそう言って焼いた魚を俺の口に近づける。俺は仕方なくそのまま頬張った。
「おいしい?」
「うん……おいしい」
 フロルの指が頬に触れる。
「何?」
「ほっぺについてた! タキ可愛い!」
 膨れる俺にフロルは「怒らないでー」と言ってさらに頬をつついてくる。
 川に落ちて数日経った。気がついたら俺はすでにフロルに助け出されていてナギとディーはいなかった。二人とも怪我はなかったものの、お決まりの頭痛と息苦しさに襲われ丸一日その場で過ごした。
「ここのお魚はおいしいねー。村にいた時は、お魚なんてごくたまにしか食べられなかったもんね!」
 フロルはというとこんな感じで変わらず元気で、どこに隠し持っていたのか果物ナイフを使ってこうやって魚を捕って来てくれる。
 ナイフで魚が捕れるほど浅い川なのか? でも、だったら落ちた時にもっと大怪我しているか、最悪死んでいただろうな。
「タキ、ほらあーん!」
「……フロル、ナギ達大丈夫かな?」
「うん! 大丈夫大丈夫!」
「何でそんな簡単に言えるんだよ?」
 フロルはクスクスと笑った。
「ふふーん。だって、ここに焚き火の跡があったんだもん!」
「焚き火?」
  俺のすぐ目の前からパチパチと音が聞こえる。フロルが火を起こしてくれたこの場所に?
「しかもごく最近のだよ! こーんな谷底に今いる人なんてフロル達かナギ達だけだもん!」
 フロルは明るく言ってみせるけど俺の不安は消えない。
 谷底? 俺は今どんな場所にいるんだ? 魔物はいないのか? フロルは真面目に答えてくれないし……。
「きっともうすぐ追いつけるよ。それに、ナギ達もフロル達の事ぜーったい探してくれてるし!」
「……フロル、ごめん」
「ん?」
「俺のせいで追いつけなくて」
  足場が悪く杖もない。フロルに手を引かれて一緒に歩くのが精一杯だ。さらにすぐに頭痛が起こり休んでしまう。
「タキのせいじゃないよ。心配しない心配しない!」
 フロルはそう言ってくれたけどこればっかりは見えなくても分かる事実。
「フロル、お前先に行けよ。お前一人ならナギ達に追いつけるはずだ」
 そんな事言って本当に置いて行かれたらどうしよう、なんて。震える手をぎゅっと握りしめて誤魔化した。
「ふふーん」
 すると、フロルはそう笑って俺の隣に座り擦り寄って来る。
「な、何だよ?」
「フロル達はのーんびりでも大丈夫。必ず合流出来るもん」
「は? 何でそう言えるんだよ?」
「ここで問題です! フロル達はどこへ行く途中だったでしょうか?」
「……『首都』?」
 だったよな、確か。フロルからの説明しか聞いてないから詳しくは分からないんだけど。
「正解! 次の問題です! 川はどこに向かって流れていますか?」
 俺は川のせせらぎに耳を澄ませた。どこに向かってって……。
「海?」
「正解!」
「海に着いちゃったナギは、フロル達が見つからなくてオロオロします!」
 何か目に浮かぶな、それ。
「そして、どこに行ったんだろうって考えます! ここで思い出すのが『リサ』です!」
 リサ。その名前に体がピクリと動く。フロルは気づかずに話を続けた。
「リサも探さなきゃ! リサは首都に向かってる! 港に行けばみんなと会えるし、フロル達もそこに向かうはず! そう考えるのです!」
 フロルは「ね?」と言って、俺の肩に頭を置いた。
「だから、海に出たら『南』を目指すの。そしたらナギに会えるよ」
「『南』?」
「そ! 港に向かうの。タキとフロルは首都に行くの」
「首都……か。まあ、確かにもう他に行く場所なんてないもんな」
 あんな村でも唯一の帰る場所だったんだ。村が襲われた時とは違う感情が押し寄せる。あー……俺、あの村好きだったのか。
「首都に行けば、痛いのや苦しいのをお医者さんに治してもらえるよ?」
 フロルの手が俺の胸に触れた。
「でも、これも魔物の呪いのせいなら医者が診たって意味ないんじゃ……」
「これは違うよ」
 やたらと自信たっぷりなフロルの声。
「何か知ってる?」
「んーん。知らなーい。ほら、それより食べて食べて!」
「…………」
「あーん。ほら、早く早くー」
「わ、分かったよ」
 それにしても『リサ』……あいつは、無事なのかな。まあ、救世主様だもんな。きっと自警団の特別警護がついてるしセナだっているんだ。それで俺達の事なんか構わず首都に向かってるはず。そういう奴だあいつは。
『フロルはどっちが正しいか分かってるんだよ。おかしいのはあいつらだ。フロルはおかしくないし、お前は何も悪くねえよ』
 意外といい奴なのかもって思ってたのに。ひどい裏切りだ。でも。
「あれ?」
「どうしたの?」
「なあ、ディーも俺達と同じ馬車に乗ってたんだよな? 今、ナギと一緒なんだよな?」
「そだよー。どうしたの? 急に」
「セナは?」
「セナさん?」
「セナなら、何がなんでもディーを助けに来るんじゃないか?」
 あれだけ派手に馬車が落ちたんだ。どんなに前列を進んでようが気づかないはずがない。
「なるほど! タキ頭いいー。じゃあ、セナさんも今頃ディー達を探してるね! 心強いー!」
 きっとそうだ。あいつなら迷わず川に飛び込むだろうな。
「さ、早く食べて出発出発ー」
 俺達は食事を済ませると再び歩き始めた。一刻も早くナギに会いたい。村を出た日からまともに喋っていなかった。俺は、あの日言った事を謝りたかった。
「タキ」
「ん?」
 ふと足を止めたフロル。俺も立ち止まった。
「首都に着いたら、またアップルパイ焼いて、みんなで食べたいね」
「どうしたんだよ、急に」
「ナギがフロルのパイは最高だよって褒めてくれて、リサがちょっと照れくさそうにパイを頬張るの。セナさんはディーに食べさせるのに夢中で、中々自分は食べてくれなくて。で、タキはフロルにあーんてされてまた照れるの」
 急にそんな事を話し出したフロル。でも、それは俺も体験した事実でいつもの法螺話じゃない。
「また、みんなで食べたいね」
「……みんなと合流すりゃ、できるじゃん」
「みんなで、全員揃って、あの時と同じみんなで食べたいね」
 しんとして、サラサラ流れる川の音が大きく聞こえた。
「もしかして、リサの事? もうあいつとはそんな風にできないって事か? 別にいいじゃねーか、あいつ……俺達を騙してたんだし」
 フロルはリサに会えないのが寂しいのか? よく分からないな。何でこんな事言い出したのか。
「そっか。……そだね。よし! じゃあ再び出発! タキと二人っきりでデートだね!」
 フロルはいつもの調子に戻ると、腕を絡ませてきた。
しおりを挟む

処理中です...