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第126話 BELL
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たいして味の分からない料理を平らげた後、引き続き仕事があるフロルを残してレストランを出た。
「んじゃ、しばらくは海の調査続行っつー事でいいのか?」
「うん!」
どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしいディーを抱っこしたまま、隊長さんが笑顔で頷く。
そんなに適当に決めちゃっていいの? ぼく達だって行方不明になるかも知れないのに。
不満ありまくりだけど、ここまでついて来ちゃったし、ジュジュも隊長さんもリサちゃんもいない首都に帰ってもな。
と、いう事でぼく達は海の怪事件に挑む事になりました。
「今のところ、何が分かってるの?」
「今のところ、まだ何も分かっていない」
お兄さん、真顔で力が抜ける事言わないで。
船の中を案内してもらったり、話せば話す程止まらなくなり、あっという間に夜です。
「手掛かりとかは?」
「ないな」
お兄さん達が借りていた部屋はベッドが四つ。隊長さんはディーを抱っこしたまま寝ている。狭そうだなぁ。
「ただ、気になる事はいくつかあった」
ぼくとお兄さんは、寝室からバルコニーに出てお話し中。
ようやく落ち着ける時間。潮風は少し肌寒いけど、夜の海はすごく綺麗。
「気になる事って?」
ぼくが聞くと、お兄さんは後ろを見た。部屋の中を窺っているようだ。タキも、隊長さんも、ディーも爆睡中。
「大丈夫、みんな寝てるよ」
ちなみに、リサちゃんとフロルは隣の空き部屋を借りたらしい。
「……魔物の正体についてだ」
「魔物の正体? もしかして、人間かもってやつ?」
「知っていたのか?」
お兄さんの目が少しだけ大きく開かれる。
「ぼく近衛軍だよ? 『あの日』お城にいましたから」
両手を広げて、制服を見せびらかせて見る。まあ、あんまり様になってないのは自覚してますが。お兄さんは相も変わらず、白シャツに黒のズボン。シンプル。
「そうか。お前はあれを見てどう思った?」
「あれ……」
あの日。
王妃襲撃事件のあの日。
城に魔物が入り込んでいる事よりも、空を飛ぶ魔物が現れた事よりも、何よりも驚いた事がある。
死んでいた人間から、浮かび上がるようにして出てきた白い霧のような光のようなもの。それが徐々に魔物へと姿を変えていくのを、ぼくはこの目ではっきりと見た。そう、見たんだ。
「うん、見たよ」
あれは、確かに。
「憎しみの化身……かな?」
許せない、死にたくない。そんな気持ちの塊。
「怨念……って言った方がいい? ま、呼び方は何だっていいけど。あれは確かに人間の中から生み出されたものだった」
「ああ。だが、すべての人間が魔物に変わったわけではない。俺が見た限りでは、賊のうち何人かが死んでからそのような現象を起こした」
「賊って、確かリサちゃんを狙ってたんだよね。救世主を怨む気持ちが強すぎたのかな?」
「救世主を怨む……。だとしたらユ」
「ユ?」
「……いや、何でもない。とにかく、やはりお前も同じ事を思ったんだな」
まあ、信じたくない上に、何の根拠も証拠もない仮説だけどね。
それでも、感じたんだ。しっかりと。人が、人を憎む気持ちを。
「でも、それが海の調査と関係あるの?」
月明かりに白く照らされた黒い海面を見つめる。何だか吸い込まれそうで、ぼくは柵から身を引いた。
「たまにこの船で同じ物を感じる」
「怖い事言うね。魔物が入り込んでいるかもって事?」
「分からない。だが、人が魔物になるとしたら、『海』にだけ魔物が出なかった理由が分からない」
お兄さんは水平線を見つめた。随分大人になってしまった横顔に、ぼくはあの頃の面影を探す。
「憎しみが魔物になるのなら、海で死んだ人間が魔物になってもおかしくない」
「まあ、そうだね」
「…………」
あ、面影あった。真っ直ぐな視線。いつもどこ見てるんだろうってくらい真っ直ぐ前を向くんだよね。
「お兄さん、ぼくねお城で色々本を読んでたんだけどね」
「ああ」
お兄さんがこっちを向いた。お兄さんの独特の間を、いつもぼくは待てずに話し出す。だけど、お兄さんは嫌な顔をせずにこうやって聞く姿勢を見せてくれる。
ここは隊長さんとすごくよく似ている。話しやすいんだよね、この人達。
「今回の海の怪事件にしろ、魔物の正体にしろ、教団が関わってるっていうか、何か知ってるのは間違いないよ」
「教団が?」
「うん。世界が、動き始めてるんだって」
ぼくは、お城のおばあちゃんの事や、リサちゃんと見つけた本の事を、魔女狩りの所から全部話した。あまりに感心しながら、真剣に聞いてくれるもんだから、ついついぼくばかり喋ってしまった。
お兄さんや、隊長さんの『間』って、何か言いたい事があるんだなって。その為の『間』なんだなって分かってるのに。ちゃんと聞いてあげなきゃいけなかったのに、ぼくは話し続けた。
「もし、この船を自由に動かせそうなら救世主の軌跡を辿ってみない?」
「救世主の?」
「そう。名前や出身地は全てぼくの頭に入ってる。一つずつ、始めから順に追って、どうして世界はおかしくなってしまったのか調べるんだ。もしかしたら、リサちゃんが救世主に選ばれた理由も分かるかも知れない」
教団がリサちゃんに救世主として期待してなくても、人々にとって希望になっているとしても、今の状態は長くはもたない。いずれ、リサちゃんは糾弾の的になる。
「なるほど……。確かにただ海を漂っているだけでは一向に進まないな」
お兄さんは納得したようにうんうんと頷く。
「よし、船の進路を変えていいか明日船長に掛け合ってみよう」
「ありがと。そっちは任せていい?」
「ああ」
お兄さんの首もとには、あの時のペンダントが光っていた。
「綺麗だね」
「ん? ああ、これか……」
「もうちょうだいなんて言わないから安心してよ」
お兄さんはフッと微笑む。覚えててくれたんだ。嬉しい。
「にゃー」
その鳴き声と、窓をカリカリ引っ掻く音に振り返る。
「あれ? リサ隊長。リサちゃん達の部屋に行ったんじゃなかったんだ」
そう言って窓を開けると、リサ隊長はぼくを避けてお兄さんに飛びついた。
「猫にまでモテるんだ」
お兄さんはリサ隊長を抱き上げて首を傾げる。鈍感なのも変わらずか。お兄さん、もう十八歳だし恋人とかいてもおかしくなさそうなのにな。
そういえば、お兄さんが言うにはぼくは十七歳らしい。十七歳、実感ないな。ぼく達の世界じゃ、十七歳なんてもう立派な大人だ。
「そろそろ寝るか? 冷えるだろう?」
「そだね」
ぼく達は、暖かい部屋の中へと入る。
「ベル、明日なんだが……ディーがショーをするらしいんだ。見に行ってやってくれないか?」
ぼくは隊長さんにぎゅっとされて顔の見えない金髪をチラッと見た。
「興味ない」
「……そうか」
ぼくはまた何か言われる前にベッドに入って毛布を頭まで被った。興味ない……というか、ディーって子を見てるともやもやするんだ。頭も心も。……何だろう、何か、気持ち悪い。
「んじゃ、しばらくは海の調査続行っつー事でいいのか?」
「うん!」
どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしいディーを抱っこしたまま、隊長さんが笑顔で頷く。
そんなに適当に決めちゃっていいの? ぼく達だって行方不明になるかも知れないのに。
不満ありまくりだけど、ここまでついて来ちゃったし、ジュジュも隊長さんもリサちゃんもいない首都に帰ってもな。
と、いう事でぼく達は海の怪事件に挑む事になりました。
「今のところ、何が分かってるの?」
「今のところ、まだ何も分かっていない」
お兄さん、真顔で力が抜ける事言わないで。
船の中を案内してもらったり、話せば話す程止まらなくなり、あっという間に夜です。
「手掛かりとかは?」
「ないな」
お兄さん達が借りていた部屋はベッドが四つ。隊長さんはディーを抱っこしたまま寝ている。狭そうだなぁ。
「ただ、気になる事はいくつかあった」
ぼくとお兄さんは、寝室からバルコニーに出てお話し中。
ようやく落ち着ける時間。潮風は少し肌寒いけど、夜の海はすごく綺麗。
「気になる事って?」
ぼくが聞くと、お兄さんは後ろを見た。部屋の中を窺っているようだ。タキも、隊長さんも、ディーも爆睡中。
「大丈夫、みんな寝てるよ」
ちなみに、リサちゃんとフロルは隣の空き部屋を借りたらしい。
「……魔物の正体についてだ」
「魔物の正体? もしかして、人間かもってやつ?」
「知っていたのか?」
お兄さんの目が少しだけ大きく開かれる。
「ぼく近衛軍だよ? 『あの日』お城にいましたから」
両手を広げて、制服を見せびらかせて見る。まあ、あんまり様になってないのは自覚してますが。お兄さんは相も変わらず、白シャツに黒のズボン。シンプル。
「そうか。お前はあれを見てどう思った?」
「あれ……」
あの日。
王妃襲撃事件のあの日。
城に魔物が入り込んでいる事よりも、空を飛ぶ魔物が現れた事よりも、何よりも驚いた事がある。
死んでいた人間から、浮かび上がるようにして出てきた白い霧のような光のようなもの。それが徐々に魔物へと姿を変えていくのを、ぼくはこの目ではっきりと見た。そう、見たんだ。
「うん、見たよ」
あれは、確かに。
「憎しみの化身……かな?」
許せない、死にたくない。そんな気持ちの塊。
「怨念……って言った方がいい? ま、呼び方は何だっていいけど。あれは確かに人間の中から生み出されたものだった」
「ああ。だが、すべての人間が魔物に変わったわけではない。俺が見た限りでは、賊のうち何人かが死んでからそのような現象を起こした」
「賊って、確かリサちゃんを狙ってたんだよね。救世主を怨む気持ちが強すぎたのかな?」
「救世主を怨む……。だとしたらユ」
「ユ?」
「……いや、何でもない。とにかく、やはりお前も同じ事を思ったんだな」
まあ、信じたくない上に、何の根拠も証拠もない仮説だけどね。
それでも、感じたんだ。しっかりと。人が、人を憎む気持ちを。
「でも、それが海の調査と関係あるの?」
月明かりに白く照らされた黒い海面を見つめる。何だか吸い込まれそうで、ぼくは柵から身を引いた。
「たまにこの船で同じ物を感じる」
「怖い事言うね。魔物が入り込んでいるかもって事?」
「分からない。だが、人が魔物になるとしたら、『海』にだけ魔物が出なかった理由が分からない」
お兄さんは水平線を見つめた。随分大人になってしまった横顔に、ぼくはあの頃の面影を探す。
「憎しみが魔物になるのなら、海で死んだ人間が魔物になってもおかしくない」
「まあ、そうだね」
「…………」
あ、面影あった。真っ直ぐな視線。いつもどこ見てるんだろうってくらい真っ直ぐ前を向くんだよね。
「お兄さん、ぼくねお城で色々本を読んでたんだけどね」
「ああ」
お兄さんがこっちを向いた。お兄さんの独特の間を、いつもぼくは待てずに話し出す。だけど、お兄さんは嫌な顔をせずにこうやって聞く姿勢を見せてくれる。
ここは隊長さんとすごくよく似ている。話しやすいんだよね、この人達。
「今回の海の怪事件にしろ、魔物の正体にしろ、教団が関わってるっていうか、何か知ってるのは間違いないよ」
「教団が?」
「うん。世界が、動き始めてるんだって」
ぼくは、お城のおばあちゃんの事や、リサちゃんと見つけた本の事を、魔女狩りの所から全部話した。あまりに感心しながら、真剣に聞いてくれるもんだから、ついついぼくばかり喋ってしまった。
お兄さんや、隊長さんの『間』って、何か言いたい事があるんだなって。その為の『間』なんだなって分かってるのに。ちゃんと聞いてあげなきゃいけなかったのに、ぼくは話し続けた。
「もし、この船を自由に動かせそうなら救世主の軌跡を辿ってみない?」
「救世主の?」
「そう。名前や出身地は全てぼくの頭に入ってる。一つずつ、始めから順に追って、どうして世界はおかしくなってしまったのか調べるんだ。もしかしたら、リサちゃんが救世主に選ばれた理由も分かるかも知れない」
教団がリサちゃんに救世主として期待してなくても、人々にとって希望になっているとしても、今の状態は長くはもたない。いずれ、リサちゃんは糾弾の的になる。
「なるほど……。確かにただ海を漂っているだけでは一向に進まないな」
お兄さんは納得したようにうんうんと頷く。
「よし、船の進路を変えていいか明日船長に掛け合ってみよう」
「ありがと。そっちは任せていい?」
「ああ」
お兄さんの首もとには、あの時のペンダントが光っていた。
「綺麗だね」
「ん? ああ、これか……」
「もうちょうだいなんて言わないから安心してよ」
お兄さんはフッと微笑む。覚えててくれたんだ。嬉しい。
「にゃー」
その鳴き声と、窓をカリカリ引っ掻く音に振り返る。
「あれ? リサ隊長。リサちゃん達の部屋に行ったんじゃなかったんだ」
そう言って窓を開けると、リサ隊長はぼくを避けてお兄さんに飛びついた。
「猫にまでモテるんだ」
お兄さんはリサ隊長を抱き上げて首を傾げる。鈍感なのも変わらずか。お兄さん、もう十八歳だし恋人とかいてもおかしくなさそうなのにな。
そういえば、お兄さんが言うにはぼくは十七歳らしい。十七歳、実感ないな。ぼく達の世界じゃ、十七歳なんてもう立派な大人だ。
「そろそろ寝るか? 冷えるだろう?」
「そだね」
ぼく達は、暖かい部屋の中へと入る。
「ベル、明日なんだが……ディーがショーをするらしいんだ。見に行ってやってくれないか?」
ぼくは隊長さんにぎゅっとされて顔の見えない金髪をチラッと見た。
「興味ない」
「……そうか」
ぼくはまた何か言われる前にベッドに入って毛布を頭まで被った。興味ない……というか、ディーって子を見てるともやもやするんだ。頭も心も。……何だろう、何か、気持ち悪い。
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