徒花無双 ~オネェだって冒険したいっ~

月岡雨音

文字の大きさ
27 / 47
第一章

16 獣人狩り

しおりを挟む
 獣人狩り。
 南海ロキシタリア大陸において、今は禁じられているはずの人身売買を行う密売組織が、ここ数年で主に『純血者ジェニュイン』の子供を標的に活動しているのだと、ランディは厳しい眼差しで語った。

「俺はそいつらを追っているんだ……拐われた子らを取り戻し、組織ごと潰すために」

 今あたしたちがいる海運都市カーテミ、その南端にあるオクトという漁村から程近い小島で、他大陸の密売人と人身取引をしているという情報を掴み、単身他国から渡ってきたのだそう。
 そして隣町であるここノットで更に詳しい情報を集めていたところ、ランディを排除しようと画策していた密売組織によって偽の情報を掴まされ、逆に追い詰められてしまった。

「……深手を負ったがなんとか撒いて、この姿のまま林の奥で身を潜めていたんだ。奴らは俺が『純血者ジェニュイン』だとは知らないはずだからな」
「そうだったの……」
「あの猫は囮に使われたんだ。『純血者ジェニュイン』を強制的に獣型へ変える呪いのリングを尾に嵌めて、同族の子だと偽って……俺を誘き出すために」

 あたしはそっと、ランディの背中を撫でた。
 さっき綺麗にしたから毛並みはふわふわ。たてがみみたいに立派な首回りも撫でてやると、喉を上げて目を細めた。
 ランタンの光に照らされたその姿は、とても美しかった。

 姿で人の言葉を話す、そんな『純血者ジェニュイン』を求める愛好家クズ共が、北のレジナステーラ大陸には未だ数多くいるという。
 こんなに気高く美しい種族に、自分の欲のためだけに呪いのリングを嵌めるだなんて。

「碌でもない奴らねぇ。それってどうせ権力持ったファッキン野郎共なんでしょう?」
「ファッ、きん?」
「欲の皮の突っ張ったクソ野郎ってことよ」
「あ……あぁ、そうだな」

 まったくとんでもない奴らね!
 ここの神様は何をしてるのかしら!? 平和なんじゃなかったの!?

 あたしが横でぷりぷりしていると、ランディはふっと笑みをこぼした。

「どうしてレイがそんなに怒る」
「だって! あたしそういうの大っ嫌いなのよ! 金があるんだか政治家だか有名人だか知らないけど、だからって何でもかんでも我儘が通って当然みたいな顔してふんぞり返ってるのが、んもぉ~許せないのよ!」

 ほんっと嫌い。特にお酒の席で図に乗って親の財産ひけらかすクソ小僧ボンボンなんか最悪もいいところよ。
 あんたが一体何を成したっていうのよ。親の地位に胡座かいて偉っそうにしちゃってさぁ!
 あぁもう嫌なこと色々思い出してきちゃったわ。ほらほらお酒、もっとお酒飲みましょ!
 ほんっとやってらんないわよ!

「そんなに飲んで大丈夫なのか?」
「だーいじょーぶよ。あたしお酒つよぉいのよぉ」
「ふはっ、そうは見えない」

 バッカねぇ。わざとに決まってるじゃないの。
 それくらい察しなさいな。イイ男になれないわよ? 

「……レイが俺のマントごとあいつを連れてきてくれて良かった」
「マントぉ?」
「今あいつが寝床にしてるやつだ。あれには気配を薄くする効果がある。よくあそこにいると気が付いたな」
「あぁー……ははは、えぇと、……オンナの勘? みたいな?」
「なんだそれ。……まぁいいや。言いたくないことは聞かないさ」
「あらぁ、真似しんぼさんねぇ」
「茶化すな」
「んふふ」

 ほっぺをぐりぐりしてやったら嫌そうに顔をしかめて、それから少し笑った。
 良かった。少し元気になってきたかしら。
 凛々しいお顔してるんだから、下向いてたんじゃもったいないわ。

「……奴らはあのリングで居場所を追えるんだ。あのマントで辛うじて隠せてはいるが、俺のせいで囮にされてしまったのに、あいつをこのまま放してやることも、リングを外してやることも、俺には出来ない」
「鍵でもかかってるの?」
「……呪いでな」
「えげつないわねぇ」

 んもう、また下を向いちゃったじゃない。
 厄介な呪い……、呪いねぇ?

 ふと頭に、ある文字の一節が浮かぶ。
 ……あぁんもう!
 わかったわよ! わかったからいちいち頭の中に出てこないでちょうだい性悪婆ぁ!!

「ランディ」
「ん?」
「ちょーっと目を瞑ってあっち向いてて」
「なんだ?」
「い・い・か・ら」
「お、おぅ……」

 渋々といった感じで背を向けるランディを尻目に、あたしはマントごと猫を抱き上げ【真眼まなこ】で尾に嵌められたリングを視てみる。
 隷属、緊縛、封印と形態固定の魔法が組み込まれた、意外と複雑な構造の物だったけれど、ランディが言うような『呪い』の魔道具ではなかった。
 なら余裕よね。今外してあげるから、オネェさんに任せときなさい。

「もういいわよ」
「……は? 外れ、て、え? ……何をした?」
「オンナの秘密を暴こうだなんて百年早いわよ?」

 うふんとウインクしてやると、ランディは面食らったようにぱちぱちと目を瞬かせ、ふはっと破顔したた。

「レイ!」
「なぁによ、っきゃあ!」
「あんた最高だ!」

 がばっとランディが抱きついてきて、その勢いのままあたし達は後ろへ倒れ込んでしまった。
 ちょっとぉ! 猫は嫌いじゃないけどあんた大きすぎるのよ!!

「おも、ったいわよランディ!」
「はははははっ!」
「ちょっと火! 火が近い! 危ないからもう笑ってないでどいてってばぁ~」

 お互い砂まみれになって、ごろごろと地面を転がり回った。
 竈にまだ火が残ってるっていうのに! 危うく自慢の髪が台無しになるところだったじゃない!!
 ちょっとあんたそこに直りなさい!!

「ランディ?」
「はい」
「何か言いたいことは?」
「……すみませんでした」
「よろしい」

 まったくもう、子供じゃないんだから!
 でもそれだけあのリングが気がかりだったのよね。優しい子なんだわ。

「それと、ありがとう。レイ」
「あら、どういたしまして」

 うふふ。お利口さんね。
 さて、このリングは海にポイしちゃいましょうかね。
  もう魔法は欠片も残ってないけれど、その存在が忌々しいもの。

「そーれっ!」
「あっ」
「えっ?」
「……いや、いい。もう不要なものだ」
「本当? なんなら拾ってくるわよ?」
「大丈夫だ。ありがとうレイ」

 ぱしゃん、と小さな音を立てて、リングは海の底へと沈んでいった。
 ……どうしてあんなに遠くまで飛んでいったのかしらねぇ。
 あまり深く追求しない方が良さそうね。あたしはそれを見なかったことにして、ランディに向き直った。

「で、この子はどうするの?」
「こいつがどこから連れてこられたのかはわからないんだ。この地に放してやっても生きていけるとは思うが……」

 確かにね。港町だし食べる物には困らないでしょうよ。
 だけどこのままバイバイするのも、なんだか後ろ髪引かれるわよね。

「……わかったわ。ひとつ当てがあるから、あたしが引き受けるわよ」
「いいのか?」
「乗り掛かった船よ。それよりあんたはこれからどうするの?」
「俺はまた奴らを追うさ」
「そのままで?」
「明日になれば魔力もきっと戻る。今夜だけこの場を貸してくれれば、すぐに消える。迷惑はかけない」

 なぁに言ってるのよ水臭いわねぇ。乗り掛かった船って言ったじゃない。
 まったくもう。いいわ、見てらっしゃい。

「……レイ?」
「いい子にしてて?」

 あたしはランディの頬に両手を添えて、足りない器を満たすように、そっと魔力を流し込んだ。
 どんどん魔力が満ちていくのが伝わってくる。
 もう少し、あと少し──。

「う、わ!?」

 むくむくと、猫から人の姿へと変わっていく。
 そして現れたのは褐色肌で黒い長髪、甘ぁいマスクの猫耳美形マッチョだった。
 ────しかも全裸で尻尾付き。

「うわぁお!」
「なっ、レイ!? 何したんだ!?」
「んー? ちょっぴり魔力のお裾分け?」
「いやちょっとじゃないだろう! ほとんど魔力尽きてたんだぞ!?」
「んふふ、いいじゃない戻れたんだから」

 あらあらまぁまぁ、なかなかイイ身体してるじゃないの。若いっていいわねぇ。お肌も筋肉もぴっちぴち! 尻尾ふっさふさ!
 お尻もキュッと引き締まってるし、褐色の肌も滑らかでまたイイわぁ~。あん、もう着ちゃうの?

「レイ、その目、怖い」
「報酬よ報酬。安いもんでしょ?」

 そんなあたしの言葉を無視してマントを纏ったランディは、さっさと荷物を漁って服を身に着けてしまったわ。残念。

「なぁによイイ男じゃない!」
「えぇと、その、ありがとう……?」
「残りの報酬はツケにしといてあげるわね」

 ひっ! と竦み上がるランディをけらけら笑い飛ばしながら、あたしは魔法の鞄からテントのセットを取り出した。

「じゃあこれ組み立てるの手伝ってくれない? それでツケはチャラにしてあげるわ」
「そ、そんなことでいいのか? 逆に怖いんだが……」
「なぁに? 添い寝したいんなら喜んでお迎えするわよぉ?」
「いや、その、俺は寝袋があるから、だな」
「あははバッカねぇ! 真に受けてんじゃないわよボ・ク」
「かっ、からかうなっ!」
「うふふふ」

 まぁ添い寝は冗談として、とりあえず今夜はそろそろ寝ましょうよ。
 その代わり明日はあたしに付き合ってもらいますからね。
 何しろあそこに再び行かなくちゃならないんだから……。

「魔女に黒猫だなんてお誂え向けよねぇ。なんならほうきも付けてあげようかしら」
「レイ、そこ押さえててくれ」
「はぁい」
「今度はこっちを引っ張って」
「はいはい」

 そうして組上がったテントに入って、あたしは寝袋を広げて軽く着替える。
 ランディは火の番をしながら外で寝ると言って、猫をあたしに寄越して毛布を被り、竈の前に陣取ってしまった。

「お酒とか、残ってるもの適当に食べちゃっていいからね」
「わかった」
「ちゃんと寝なさいよ?」
「一晩くらいは平気だ。レイこそいいのか? 宿があるんだろ?」
「やっぱり添い寝する?」
「ハハハハハ」

 なんだかんだ結局、今日も随分濃い一日だったわねぇ……。あ、お化粧落とさなきゃ。
 明日はどんな日になるのかしら。
 きっとまた、濃いんでしょうね……。

 ザザ……ン ザザ……ン
 パチパチ…… パキンッ パチッ……

 打ち寄せる波の音と薪の爆ぜる音に包まれながら、あたしは目を閉じた。
 テントに映りこむ影が躊躇いがちにこちらを向いていた気がするけれど、わ。目を瞑っているから。

 お互い少しの隠し事を残したまま、その影は闇に溶けていく。


「ありがとう、レイ。この恩は必ず返す」

 ……ほんと、バカな子ねぇ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~

カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。 気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。 だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう―― ――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

処理中です...