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第一章
18 悪い魔女
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それからあたし達は、婆さんに部屋の中へ通されてソファーに並ぶ。ランディはあたしの横で、未だ黙ったまま身を縮めて目を彷徨わせているわ。
そうよね。怖いわよねこんなところ。
蜘蛛の巣はさすがに張ってないけれど、そこらじゅう呪いに使うんじゃなかろうかと疑いたくなるようなおどろおどろしい意味のわからない物だらけ。
書架にはびっしりと怪しげな本、薬棚にはやたらカラフルな液体の入ったガラス瓶に不気味な壺、壁には乾燥させた植物や干乾びた爬虫類、おまけに何かの骨まで吊るされているし、暖炉の上には鹿かトナカイみたいな、立派に枝分かれした角が四本生えている動物の首の剥製。
その角にもあれこれと、まるでアクセサリーハンガーみたいに色々引っ掛けてあるんだけど、それってそういう使い方するもんじゃないわよねぇ?
「やれやれ面倒なことだね」
そう言いながらもちゃんとお茶を出してくれるあたり、この婆さんも素直じゃないわよね。猫ちゃんにまでお水の入ったお皿を用意してくれてるもの。
それにしてもこの婆さん、本当にちんまりしてるわねぇ。ランディと比べると余計に小ささ際立つわ。
あ、兎の脚のやつ、首からぶら下げてる……? どんだけ気に入ったのよ!?
「で、その坊やはお前さんの旅芸人仲間かい」
「旅芸人ってなによ!? 失礼しちゃうわねぇ」
「違うんならなんだい」
「色々あったのよ。この子はランディ、大猫族の獣人さん」
「ほぉ?」
「ランディ、この婆さんはメルネ。とんでもない魔法使いの婆さんよ」
「……ランディーニといいます。はじめまして」
キャスケットを外してぺこりと自己紹介。あらやだお利口さん。
もしかして育ちがいいのかしらね?
「それで今日は何の用だい、大方そっちの坊やのナリにも関係あるんだろうが」
「さすが婆さん、話が早いわねぇ。ひょっとして覗いてたんじゃなぁい?」
「なハぁにを根拠に」
昨日一日、あまりにも婆さんが脳内をチラつくからちょっと懸念に思っていたことを尋ねてみると、婆さんは鼻で笑いやがった。
くっそ憎ったらしいわねその顔!!
「しらばっくれんじゃないわよ。あたしにも視えるのをお忘れ?」
「忘れちゃいないさ。だがそうさね、視誤ってはいたかもしれんな」
「やっぱり!! たまーにちょろちょろ頭に浮かぶのそのせいよね!? やめてちょうだいよ!!」
「ヒッヒッヒ」
どうやってかは知らないけれど、昨日一日あたしをずっと視ていたらしいわ。
ガン見したら気付かれるって自分で言ってたくせに、面白そうな場面でついつい前のめりになってしまったと悪びれずに白状した。
ったくショタ神様といいこの婆さんといい、あたしのまわり出歯亀だらけじゃない!?
「しかし気配を察するたぁなかなかだね。まぁバレちまったもんはしょうがない」
「開き直ってんじゃないわよ」
「ヒッヒッヒ、なかなか面白かったよ。お前さんも随分お楽しみだったじゃないかい?」
「……まぁね?」
「えっ、え?」
あたし達は揃ってランディに目を向ける。
彼はきょときょと二人の顔に視線を走らせて困惑顔を浮かべ、あたしに助けを求めるように腕をつついてきた。
「お前さんもすっかり魔女さねぇ」
「んふ、かわいいでしょ?」
「ヒヒッ可哀想に。いいように遊ばれちまってまぁ」
「な、なぁレイ、何のことだ?」
ランディは話についていけずにおろおろするばかり。
なまじ美形なものだから、女装姿も美しくて猫耳も映えて、涙目でうるうるしちゃってたまんないのよねぇ。
「坊や、こいつは悪ぅい魔女だ。お前さんすっかり騙されちまっとるんだよ」
「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでちょうだい!」
「ならその派手な羽織り物はなんだい」
「これはあたしの私物よ」
「はン、間抜けだね。そんな柄の布はこの世界にゃないんだよ」
「え、そうなの?」
「確かに、見たことないな」
あっちゃあ……。知らなかったわ。
でもまだ滞在三日目なのよ? リサーチ不足は仕方ないじゃない。
「よくそれでここまで何事もなく辿り着けたと思わんかい?」
「そういえば……人目を気にしてはいたが、騒がれるどころか何もなかった。レイと歩いていたのに」
「そ、そうだったかしら?」
「ヒヒッ、ほれ、いい加減言っておやりよ。そいつにゃ常人には見破れん程の隠蔽魔法が」
「あーっ、もう!」
「隠蔽……?」
あーあ、もうちょっと黙っていたかったのに。
せっかく腕によりをかけてこんな素敵に仕上げたのに無粋な婆さんねぇ!
「どういうことだ?」
「どうもこうもそのまんまさ。例え外を叫んで歩いたって、誰も坊やに気付きゃしないよ」
「は……?」
ランディがゆーっくりあたしを振り返る。
なによその目は。結果オーライでしょ? 何もなかったんだからいいじゃない。
「……レイ?」
「なぁに?」
「また騙したのか?」
「や、やぁねぇ騙したわけじゃないわよ……言わなかっただけで」
「ヒヒッ、それを騙すって言うんじゃないのかい」
「そうだよ! だったらわざわざこんな格好することなかったんじゃないか!」
「それはあんたが逃げようとするから」
「こんな凄い物があるって知ってたら逃げたりなんかするもんか!」
「ヒーッヒッヒッヒッヒ!」
転げるように大爆笑する婆さんと、尻尾をびたんびたんソファーに叩きつけて激おこのランディ。
ふんだ。黙っていなくなろうとするからいけないのよ。
それから結局、ここへ来る前に商店街で仕入れたお肉をたっぷり使って少し早めのランチ作り上げ、なんとかランディは機嫌を直してくれた。
婆さんは魚がいいと言って別メニュー。昨日の残りを大放出よ。猫ちゃんにもあげたかったからちょうどいいわ。
さて、そろそろお話しましょうか?
「……と言うわけで、この猫の飼い主を探せないかしらと思って」
「なるほどねぇ、だがお前さんにもできるだろう」
「範囲が広すぎて無理よ。それにこっちの地理にも明るくないし」
「お前さんの【真眼】の方が精密なはずなんだがねぇ」
「そうなの? あたしよりメルネ婆さんの方が上なんだと思ってたわ」
「恐らくお前さんのは神の持つ【神眼】の次点だろうさ」
えぇ!? そ、そうなんだ……知らなかったわ。
でもどうやったらいいかよくわからないもの。慣れも経験も足りないし、やっぱり婆さんにお願いしたいわ。
「……レイ、あんたそんな凄い『ギフト』持ちだったのか」
「え、……えぇ。まぁね、成り行きで」
「成り行き?」
「おや、話してないのかい」
「タイミングがなかったのよ。昨日は飲んじゃってたし」
「まぁそれは後でそっちで勝手にやりな。ひとまずこの猫はあたしが預かっておいてやるよ」
「本当? よかったぁ、お願いするわね」
「ヒヒッ、よしんば元の居場所がわからなくてもここに置いてやるさね」
……それはそれでどうなのよ。それって単にあんたがこの子をモフりたいだけなんじゃないの?
兎の脚めっちゃモフってたじゃない。
まぁこれでとりあえず心配事のひとつはなんとかなりそうね。
でも本命はこれからなのよ。聞いてくれるといいんだけど。
「ねぇメルネ婆さん、実はもうひとつ頼みたいことがあるんだけど」
「老人を扱き使うたぁいい度胸だねぇ」
「満更でもないくせに」
「ヒヒッ、言ってみな」
「ランディのことなのよ」
「俺?」
飼い主探しの話のときには端折っていたけれど、あたしが昨日ランディと出会ったことやその経緯、ランディの追っている連中のことを話して聞かせた。
婆さんはきっと視ていて知ってると思うけれど、まだランディから聞いていないこともあるもの。
「密売人ねぇ」
「そいつらや北の大陸の買い手を全てどうこうしたいだなんて言わないわ。そんなのすぐには無理だもの」
「はン、坊やはどうなんだい?」
「俺は、……俺も、全てを叩くのが難しいことだというのはわかってる」
ランディはそう言うと膝の上できつく手を握りしめ、辛そうに下を向いてしまった。
もう、そんなに思い詰めた顔しないでちょうだい。
あたしね、あなたにもうそんな顔をしてほしくないのよ。
「だからね、せめて彼が探している子だけでも見つけてあげたいのよ。ねぇランディ、……もしかしてなんだけど、拐われたのは身内の子なんでしょう?」
「……っ、どうしてそれを」
「やっぱり。そんな顔してたらわかるわよ」
「なんだい、坊やの子かい?」
「いや、……親友と妹の子だ」
最初は戸惑っていたランディにも細かく説明させて話しを終えると、婆さんは面倒くさそうに爪を弄くっていやがった……。
こんのくそ婆ぁ。
「見返りは?」
「はぁ……なにがいいのよ」
「レイ、俺が出す」
「いいのよ。お金じゃないから」
「だが」
「坊やのその尾はなかなか魅力的だがねぇ」
「ダメって言ってるでしょ!?」
「ヒッヒッヒ!」
また碌でもないこと言いやがってこの婆ぁ!!
その兎の脚だけで満足してなさいよ!
「おぉそうだ、こいつをもうひとつ寄越しな」
「兎の脚? もうないわよ」
「また持ってこれるだろう?」
「……まぁ、何とかならないこともないかもしれないわね」
地球の神様にお願いして、それからもう一度ここへ来る必要はあるけれど、確かに不可能ではないわ。
だけどそんなに気に入ったの? 何があんたをそこまで駆り立てるの?
「こいつは魔女と関わりの深いものだ。恐らく使い魔だったんだろうさ」
「へぇ?」
「魔力もよく馴染む。もうひとつ持ってきたときにゃ面白いもんを見せてやるよ」
「まぁ……次はいつになるかわからないけどね」
そうそう行ったり来たりできないわよ。
仕事だってあるし、どっかの万年床みたく遊んでばかりいられないもの。
「しかし何の手掛かりもなしで奴らを追ったりできるのか?」
「その輪とやらがあれば早かったがね」
「そうか……」
「これのことかしらぁ?」
あたしは鞄から、昨日海に放り投げたはずの輪をちゃらんと指に引っ掻けて出してみせた。
実は今朝ランディを拾いに行く前に、これも拾っておいたのよね。
なんとなくだけど、持ってた方がいいんじゃないかしらと思って。うふふ、正解だったわね。
「は!? なんであるんだ!? 昨日あんな遠くまで投げ捨てただろ!?」
「うふふ、ヒ・ミ・ツ・よ」
「ヒッヒッヒ、やるじゃないかレイ」
「なによ。視てたんじゃないの?」
「あたしゃ朝は苦手なんだよ」
「年寄りのくせに……」
じゃ、これで何とかしてちょうだい婆さん。
せめてあたしが帰る日までには見つけてくれると嬉しいわ。
その間にランディにも、色々話しておかないとね。
そうよね。怖いわよねこんなところ。
蜘蛛の巣はさすがに張ってないけれど、そこらじゅう呪いに使うんじゃなかろうかと疑いたくなるようなおどろおどろしい意味のわからない物だらけ。
書架にはびっしりと怪しげな本、薬棚にはやたらカラフルな液体の入ったガラス瓶に不気味な壺、壁には乾燥させた植物や干乾びた爬虫類、おまけに何かの骨まで吊るされているし、暖炉の上には鹿かトナカイみたいな、立派に枝分かれした角が四本生えている動物の首の剥製。
その角にもあれこれと、まるでアクセサリーハンガーみたいに色々引っ掛けてあるんだけど、それってそういう使い方するもんじゃないわよねぇ?
「やれやれ面倒なことだね」
そう言いながらもちゃんとお茶を出してくれるあたり、この婆さんも素直じゃないわよね。猫ちゃんにまでお水の入ったお皿を用意してくれてるもの。
それにしてもこの婆さん、本当にちんまりしてるわねぇ。ランディと比べると余計に小ささ際立つわ。
あ、兎の脚のやつ、首からぶら下げてる……? どんだけ気に入ったのよ!?
「で、その坊やはお前さんの旅芸人仲間かい」
「旅芸人ってなによ!? 失礼しちゃうわねぇ」
「違うんならなんだい」
「色々あったのよ。この子はランディ、大猫族の獣人さん」
「ほぉ?」
「ランディ、この婆さんはメルネ。とんでもない魔法使いの婆さんよ」
「……ランディーニといいます。はじめまして」
キャスケットを外してぺこりと自己紹介。あらやだお利口さん。
もしかして育ちがいいのかしらね?
「それで今日は何の用だい、大方そっちの坊やのナリにも関係あるんだろうが」
「さすが婆さん、話が早いわねぇ。ひょっとして覗いてたんじゃなぁい?」
「なハぁにを根拠に」
昨日一日、あまりにも婆さんが脳内をチラつくからちょっと懸念に思っていたことを尋ねてみると、婆さんは鼻で笑いやがった。
くっそ憎ったらしいわねその顔!!
「しらばっくれんじゃないわよ。あたしにも視えるのをお忘れ?」
「忘れちゃいないさ。だがそうさね、視誤ってはいたかもしれんな」
「やっぱり!! たまーにちょろちょろ頭に浮かぶのそのせいよね!? やめてちょうだいよ!!」
「ヒッヒッヒ」
どうやってかは知らないけれど、昨日一日あたしをずっと視ていたらしいわ。
ガン見したら気付かれるって自分で言ってたくせに、面白そうな場面でついつい前のめりになってしまったと悪びれずに白状した。
ったくショタ神様といいこの婆さんといい、あたしのまわり出歯亀だらけじゃない!?
「しかし気配を察するたぁなかなかだね。まぁバレちまったもんはしょうがない」
「開き直ってんじゃないわよ」
「ヒッヒッヒ、なかなか面白かったよ。お前さんも随分お楽しみだったじゃないかい?」
「……まぁね?」
「えっ、え?」
あたし達は揃ってランディに目を向ける。
彼はきょときょと二人の顔に視線を走らせて困惑顔を浮かべ、あたしに助けを求めるように腕をつついてきた。
「お前さんもすっかり魔女さねぇ」
「んふ、かわいいでしょ?」
「ヒヒッ可哀想に。いいように遊ばれちまってまぁ」
「な、なぁレイ、何のことだ?」
ランディは話についていけずにおろおろするばかり。
なまじ美形なものだから、女装姿も美しくて猫耳も映えて、涙目でうるうるしちゃってたまんないのよねぇ。
「坊や、こいつは悪ぅい魔女だ。お前さんすっかり騙されちまっとるんだよ」
「ちょっと! 人聞きの悪いこと言わないでちょうだい!」
「ならその派手な羽織り物はなんだい」
「これはあたしの私物よ」
「はン、間抜けだね。そんな柄の布はこの世界にゃないんだよ」
「え、そうなの?」
「確かに、見たことないな」
あっちゃあ……。知らなかったわ。
でもまだ滞在三日目なのよ? リサーチ不足は仕方ないじゃない。
「よくそれでここまで何事もなく辿り着けたと思わんかい?」
「そういえば……人目を気にしてはいたが、騒がれるどころか何もなかった。レイと歩いていたのに」
「そ、そうだったかしら?」
「ヒヒッ、ほれ、いい加減言っておやりよ。そいつにゃ常人には見破れん程の隠蔽魔法が」
「あーっ、もう!」
「隠蔽……?」
あーあ、もうちょっと黙っていたかったのに。
せっかく腕によりをかけてこんな素敵に仕上げたのに無粋な婆さんねぇ!
「どういうことだ?」
「どうもこうもそのまんまさ。例え外を叫んで歩いたって、誰も坊やに気付きゃしないよ」
「は……?」
ランディがゆーっくりあたしを振り返る。
なによその目は。結果オーライでしょ? 何もなかったんだからいいじゃない。
「……レイ?」
「なぁに?」
「また騙したのか?」
「や、やぁねぇ騙したわけじゃないわよ……言わなかっただけで」
「ヒヒッ、それを騙すって言うんじゃないのかい」
「そうだよ! だったらわざわざこんな格好することなかったんじゃないか!」
「それはあんたが逃げようとするから」
「こんな凄い物があるって知ってたら逃げたりなんかするもんか!」
「ヒーッヒッヒッヒッヒ!」
転げるように大爆笑する婆さんと、尻尾をびたんびたんソファーに叩きつけて激おこのランディ。
ふんだ。黙っていなくなろうとするからいけないのよ。
それから結局、ここへ来る前に商店街で仕入れたお肉をたっぷり使って少し早めのランチ作り上げ、なんとかランディは機嫌を直してくれた。
婆さんは魚がいいと言って別メニュー。昨日の残りを大放出よ。猫ちゃんにもあげたかったからちょうどいいわ。
さて、そろそろお話しましょうか?
「……と言うわけで、この猫の飼い主を探せないかしらと思って」
「なるほどねぇ、だがお前さんにもできるだろう」
「範囲が広すぎて無理よ。それにこっちの地理にも明るくないし」
「お前さんの【真眼】の方が精密なはずなんだがねぇ」
「そうなの? あたしよりメルネ婆さんの方が上なんだと思ってたわ」
「恐らくお前さんのは神の持つ【神眼】の次点だろうさ」
えぇ!? そ、そうなんだ……知らなかったわ。
でもどうやったらいいかよくわからないもの。慣れも経験も足りないし、やっぱり婆さんにお願いしたいわ。
「……レイ、あんたそんな凄い『ギフト』持ちだったのか」
「え、……えぇ。まぁね、成り行きで」
「成り行き?」
「おや、話してないのかい」
「タイミングがなかったのよ。昨日は飲んじゃってたし」
「まぁそれは後でそっちで勝手にやりな。ひとまずこの猫はあたしが預かっておいてやるよ」
「本当? よかったぁ、お願いするわね」
「ヒヒッ、よしんば元の居場所がわからなくてもここに置いてやるさね」
……それはそれでどうなのよ。それって単にあんたがこの子をモフりたいだけなんじゃないの?
兎の脚めっちゃモフってたじゃない。
まぁこれでとりあえず心配事のひとつはなんとかなりそうね。
でも本命はこれからなのよ。聞いてくれるといいんだけど。
「ねぇメルネ婆さん、実はもうひとつ頼みたいことがあるんだけど」
「老人を扱き使うたぁいい度胸だねぇ」
「満更でもないくせに」
「ヒヒッ、言ってみな」
「ランディのことなのよ」
「俺?」
飼い主探しの話のときには端折っていたけれど、あたしが昨日ランディと出会ったことやその経緯、ランディの追っている連中のことを話して聞かせた。
婆さんはきっと視ていて知ってると思うけれど、まだランディから聞いていないこともあるもの。
「密売人ねぇ」
「そいつらや北の大陸の買い手を全てどうこうしたいだなんて言わないわ。そんなのすぐには無理だもの」
「はン、坊やはどうなんだい?」
「俺は、……俺も、全てを叩くのが難しいことだというのはわかってる」
ランディはそう言うと膝の上できつく手を握りしめ、辛そうに下を向いてしまった。
もう、そんなに思い詰めた顔しないでちょうだい。
あたしね、あなたにもうそんな顔をしてほしくないのよ。
「だからね、せめて彼が探している子だけでも見つけてあげたいのよ。ねぇランディ、……もしかしてなんだけど、拐われたのは身内の子なんでしょう?」
「……っ、どうしてそれを」
「やっぱり。そんな顔してたらわかるわよ」
「なんだい、坊やの子かい?」
「いや、……親友と妹の子だ」
最初は戸惑っていたランディにも細かく説明させて話しを終えると、婆さんは面倒くさそうに爪を弄くっていやがった……。
こんのくそ婆ぁ。
「見返りは?」
「はぁ……なにがいいのよ」
「レイ、俺が出す」
「いいのよ。お金じゃないから」
「だが」
「坊やのその尾はなかなか魅力的だがねぇ」
「ダメって言ってるでしょ!?」
「ヒッヒッヒ!」
また碌でもないこと言いやがってこの婆ぁ!!
その兎の脚だけで満足してなさいよ!
「おぉそうだ、こいつをもうひとつ寄越しな」
「兎の脚? もうないわよ」
「また持ってこれるだろう?」
「……まぁ、何とかならないこともないかもしれないわね」
地球の神様にお願いして、それからもう一度ここへ来る必要はあるけれど、確かに不可能ではないわ。
だけどそんなに気に入ったの? 何があんたをそこまで駆り立てるの?
「こいつは魔女と関わりの深いものだ。恐らく使い魔だったんだろうさ」
「へぇ?」
「魔力もよく馴染む。もうひとつ持ってきたときにゃ面白いもんを見せてやるよ」
「まぁ……次はいつになるかわからないけどね」
そうそう行ったり来たりできないわよ。
仕事だってあるし、どっかの万年床みたく遊んでばかりいられないもの。
「しかし何の手掛かりもなしで奴らを追ったりできるのか?」
「その輪とやらがあれば早かったがね」
「そうか……」
「これのことかしらぁ?」
あたしは鞄から、昨日海に放り投げたはずの輪をちゃらんと指に引っ掻けて出してみせた。
実は今朝ランディを拾いに行く前に、これも拾っておいたのよね。
なんとなくだけど、持ってた方がいいんじゃないかしらと思って。うふふ、正解だったわね。
「は!? なんであるんだ!? 昨日あんな遠くまで投げ捨てただろ!?」
「うふふ、ヒ・ミ・ツ・よ」
「ヒッヒッヒ、やるじゃないかレイ」
「なによ。視てたんじゃないの?」
「あたしゃ朝は苦手なんだよ」
「年寄りのくせに……」
じゃ、これで何とかしてちょうだい婆さん。
せめてあたしが帰る日までには見つけてくれると嬉しいわ。
その間にランディにも、色々話しておかないとね。
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