強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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旅行

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 今年も去年と変わり映えのしない夏休みなんだろうなと思っていたらまさかの廉からのお誘いに、俺は帰宅して早々ネットサーフィンを始めた。
 悩んで悩んで、倖人にもちょっと相談しながら行きたい場所を決めた俺は廉に写真付きで連絡する。一応時期的な事も考えて第一希望から第三希望まで出したけど。
 当日まで細かく連絡し合って、待ち合わせ場所、時間、日程を決めた。
 夏休みだし、もしかしたら希望したところはどこも空いてないかもと思ってたけど、いつの間にか廉が第一希望の宿を予約していて驚いた。
 香月が経営してる宿だからって言ってたけど、それにしたって結局は名前を使ってる事に変わりない。これは釘刺しとかなきゃだな。
 今回はもう過ぎた事だし、俺は思いっきり楽しむことにしたけども。



 当日、待ち合わせた駅に行くと何か人だかり出来てる。有名人でも来てるのかと思って見てみると、めちゃくちゃ不機嫌そうな廉が腕を組んで立ってた。廉の目の前には3人女の子がいてどうやら逆ナンされてるらしい。
 無視を決め込んでいるのか何を言われても答えない廉に苦笑し、ボストンバッグを抱え直して近付いた。
「廉!」
「遅せぇよ」
「いやいや、遅刻はしてねぇし10分前じゃん」
 十分早いとは思うんだけど、コイツ何時に来たんだ?
「あの~…」
 ムスッとした顔で俺の荷物を受け取ろうとする廉を手で制していると、さっきの女の子たちが話しかけてきた。
「え?」
「お友達ですか? 良かったら私たちと…」
「俺ら急いでるから」
 おお、逆ナンは初めてだと少し感動する俺の肩を抱きそう言って女の子たちに背を向けた廉は、小さく舌打ちして駅構内へと向かう。こんなにあからさまに怒ってるのに、あの子たち良く声掛けたな。ある意味勇者。
「マジうぜぇ」
「こら、そんな事言うなって」
「あれで何人目だと思ってんだ」
「そんな早く来てたのか?」
「30分前にはいた」
「いや、そこは連絡しろよ」
 何で大人しく待ってんだコイツ。そりゃこんだけのイケメンが一人で立ってたらチャンスとばかりに声掛けるわな。
 暑い中20分も待ってくれていた廉に少しだけ嬉しくなった俺は、肩にある手を叩きながら反対の手を出す。
「暑いんだけど。……こっちならいいよ」
「……お前な……」
「何だよ」
「…後で言う。発券してくるから待ってろ」
「うん」
 後で言えるなら今でも良くね? とはいえ廉は自動券売機に向かってったから俺は大人しく待つ事にする。予約の仕方分かんねぇから任せたけど、後で新幹線の代金返さねぇとな。
「真尋」
 手団扇で顔を扇いでいると廉に呼ばれた。小走りで近付き、乗車券と特急券が一体になった切符を渡される。……ん?
「え、グリーン車って書いてあんだけど」
「ああ」
「〝ああ〟じゃなくて……え、これいくら?」
「知らね」
「…………」
 知らない訳ないだろ、お前が購入したんだから。
 もしあれだったら分割払いにさせて貰おう。高校生男子の小遣いなんてたかが知れてんだい。
「ほら、行くぞ」
 悶々としていた俺の手を取った廉は、まるで俺の考えなんてお見通しとばかりに苦笑してから歩き出した。


 グリーン車は想像以上に快適で、俺は初めての新幹線にテンションが上がっていた。今はもう出発してて外の景色が流れるように過ぎてくけど、普通の電車よりも速いからそれを見ているだけでも楽しい。
 廉はスマホで何かを調べてるっぽくて、邪魔しないように俺はずっと窓の外を眺めてた。
「真尋」
「ん?」
 暫くして調べ物が終わったのか廉に名前を呼ばれて振り向く。瞬間、廉の顔がドアップになり驚いている間に重ねられた唇が離れた。
「……は?」
「外ばっか見てんじゃねぇよ」
「いや、スマホ見てた奴がそれ言う……ってか、何してんだよ」
 他の人の迷惑になるから小声で言ってるけど本当は叫びたい。バカヤロー! って。
「ちょっと親父から課題出されたからそれやってただけだ。…クソが、こんな時に送ってくんじゃねぇよ」
「課題?」
「終わった事だし、気にすんな。それより駅弁、本当に買わなくて良かったのか?」
 父親って事は、香月グループで一番偉い人って事だよな。何か、勝手なイメージだけど怖そう。
 少し態勢を崩した廉が、乗車前にあった一悶着を口にしながら俺の肩に頭を乗せる。まぁ単純に駅弁いるいらない論争なんだけど。
「いらねぇって。だって俺、弁当作って来たし」
「え?」
「廉さ、新幹線のチケットもそうだったけど、宿代とかも俺から徴収する気ないんだろ?」
「頭にすらねぇよ。俺がしたくてしてんのに」
「今日の事も廉に任せっきりだったし、そのお礼のつもりで作って来たんだよ。……まぁ結果として雀の涙ほどのお礼にもなってねぇけどさ、俺が出来る事っつったらこれくらいしかないし」
 本当は新幹線の代金くらいは返したかったから、自分で調べてさっき渡そうとしたんだけど…コイツ、本当に受け取らねぇの。コンビニとかで勝手に買い物してみろ、逆に払わせろって怒ってくんだぞコイツ。
 自分で払える範囲なら俺は聞く耳持つ気はねぇけどな。
 俺はずっと膝の上に置いていた保冷バッグを開け、二つ分のプラスチック弁当箱を取り出すと、廉が出してくれたテーブルへ置いた。割り箸と除菌シートを廉へと差し出せば、弁当を見ていた顔が綻ぶ。
「…あー………何なのお前、可愛すぎんだろ」
「何言ってんだ。ほら、早く取れって」
「宿に着いたら覚えとけ」
「もう忘れた」
 大体何を覚えとくんだよ。
 ちなみに廉に手料理を振る舞うのは初めてじゃない。初めて泊まった日以降何度か行ってるし、その時に夕飯作った事もある。廉が作るようなオシャレなもんじゃなくてごく一般的な家庭料理だけど、美味いって食べてくれたから俺的には満足だ。
「美味い」
「そうか、良かった」
 ボソリと呟かれた言葉がちゃんと本心だって分かる。俺はホッとして一人はにかむと、廉のよりは少しだけ歪な弁当を食べ始めた。


 新幹線に揺られること3時間、タクシーに揺られること1時間。俺と廉は目的の宿に着いていた。大きくもないけど小さくもない、すごくいい雰囲気の旅館だ。
 キョロキョロする俺と違って、廉は真っ直ぐに受付に向かって名前を告げている。途端にザワ付き出す従業員さんに他の客も何だと視線を向けているけど…女将さんっぽい人が出てきて、本当にこの部屋でいいのかめちゃくちゃ確認してる。
 ぶっちゃけその部屋じゃないとここに来た意味がない。
 廉は何度もいいからと頷いて、絶対にプラン以上の事はしないようにと釘を刺してる。食事とか無理に豪華にされても困るもんな。
 部屋へと案内されながら窓から見える景色を眺める。この宿は料理と天然温泉が魅力らしく、特になんかは競争率が高い。
「真尋、置いてくぞ」
「ん」
 危ない危ない、綺麗な景色に夢中になってた。慌てて後を追いかけると、案内してくれた人がこちらですと扉を開けてくれる。廉に背中を押されて中に入れば一番に大きな窓が目に入った。
「うわ、すご。なぁ廉、ここから見えるんだよな?」
「ああ。今日の夜だろ? まだ時間あるし、後で外の露店でも見に行くか」
「温泉は?」
「戻ってきた時の時間次第だな」
 それもそうか。俺はボストンバッグを下ろして代わりにボディバッグを身に着ける。廉を見ると、財布をお尻のポケットに入れてるところだった。
 いつも思うんだけど、そこに入れて良く落とさないよな。
「真尋、スマホ入れといて」
「あ、うん。財布はいい?」
「いい」
 渡されたスマホをボディバッグに入れながら問い掛けるとあっさり首を振られる。まぁよくよく考えたら、廉が買いたい時に俺が持ってると面倒臭い事になるもんな。
 準備は出来たしもう出られるかなと廉を見ると窓の外を見てた。
 普段と違う場所って、気分も上がるしいつもの自分より感傷的になるっていうか大胆になるっていうか…まぁつまりは、そんな廉を見た俺は心臓がキュッてなって無意識に抱き着いてた。
 どことなく、廉の表情が不安そうだったから。
「どうした?」
「何となく……」
「何だそれ」
 笑い混じりの声にホッとしながらそのままでいると、髪を撫でた手が顎にかかって上向かされる。
 近付いてくる顔に素直に目を閉じれば薄い唇が重なった。
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