強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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約束を果たして

 三学期にもなると、受験生は自由登校になり、教室も静かになりつつあった。俺は内部進学だし学校には来てるけど、ちょっとサボりたい気持ちも芽生えつつある。
 避けてるっても、廊下とかで会えば話はするし、そこまであからさまにはしてないけど、やっぱ本人分かるもんなんだろうな。俺の教室にまで様子を伺いに来るから。
 そのたびにちょっと話したら倖人が来て俺を連れてくんだけど……犬耳が垂れてる気がして申し訳なくなる。
 でも、最近の俺はもうそれどころじゃない。
 だってもう一月、条件終了まであと二ヶ月にまで迫ってて、俺は喜びと緊張とが綯い交ぜになった不安定な感情を抱いている。
「倖人、俺どうしたらいい?」
「とりあえず、深呼吸しようか」



 卒業式が近付くにつれ、俺はぼんやりする事が増えた。まるで二年前の、廉と離れ離れになる前みたいな。
 あの時と違うのは、会うことへの不安というか心配というか……どういう顔をすればいいか分からない。
 卒業式終了までって親父さんは言ってたけど、それって式が終わってすぐなのか、それとも日付が変わってなのかがイマイチ分からなくて。
 いつ会えるんだろう。
 そういえば、廉の奴、免許取れたのかな。アイツの事だからシレッと取れてそうだけど、約束、覚えてるかな。
 この二年、アイツはどうやって過ごしたんだろう。少しは俺の事思い出したりしてくれたんだろうか。
 二年の間は、一応後継者としての仕事をするっつってたから、もしかしたら忙しくしてたのかもしれねぇな。
 無理してねぇといいけど。
「ひーろくん」
「へ?」
 放課後の教室で頭の中をぐるぐるさせていたら、久しく聞いていなかった声と呼び方に驚いて顔を上げる。
 相変わらず綺麗なご尊顔をした暁先輩がにこやかに覗き込んでた。
「え? あ、暁先輩?」
「久しぶりだね。ひろくん、大人っぽくなって更に美人になってる」
「えっと……あ、ありがとうございます…?」
 事態が飲み込めずに首を傾げていると、暁先輩は近くの席から椅子を引っ張って俺の斜め前に置いて座った。というか、何で卒業生がここに?
 それよりも暁先輩一人なのか?
「倖人は?」
「今飲み物買いに行ってくれてるよ」
「そう、ですか……」
 倖人がいなくなってた事にも気付かなかったとは…よっぽど考え込んでたんだな、俺。
「元気のないひろくんに、一ついい事を教えてあげようと思って」
「いい事?」
「うん。……香ちゃんは一日もひろくんを想わなかった日はないし、指輪もネックレスも常に身に付けてるよ。どんだけ綺麗な人や可愛い子に告白されても、スッパリキッパリ断ってた」
「……………」
「だから、会えたら笑ってあげてね。香ちゃんが一番見たいのは、ひろくんの笑顔だから」
 いいって言ったのに、俺が変な感じになってんのを見かねた倖人が暁先輩にでもお願いしたのかな。ホントにもう……優しいな兄ちゃん。
 でも、そっか。確かにアイツ、俺が笑ってると微笑んでくれたりしてたもんな。
「分かりました。ありがとうございます」
「うん」
 頭を下げてお礼を言うと、暁先輩は立ち上がり椅子を戻した。教室の出入口を振り返るからつられて視線をやると、優しく笑う倖人が立っててちょっと驚く。いつからいたんだ?
「下で待ってるから、倖人も話が終わったらおいで」
「はい」
 倖人の手から水のペットボトルを抜いた暁先輩は、擦れ違う時に倖人の頭を撫でて額に口付け教室から出て行った。
 初めて幼馴染みのラブラブシーンを見てしまった……ってか、暁先輩、倖人の事は普通に呼んでるんだな。あれか、特別感。
 俺の傍まで来た倖人がいちごミルクを差し出してくる。
「はい」
「ありがと」
「ちょっとは落ち着いた?」
「ちょっとどころか、めちゃくちゃ落ち着いた。なんか、どうにでもなりそうだなって」
「それなら良かった」
 兄弟みたいに育った幼馴染み。俺にとっては兄貴みたいな存在で、いつも俺を助けてくれた。でももうそろそろ、手のかかる弟は卒業しなきゃいけないよな。
 倖人はもう、暁先輩のものだし。
「…倖人」
「ん?」
「色々ありがとうな。俺はもう大丈夫だし、いい加減兄離れするよ」
「真尋……」
「幸せになってな、お兄ちゃん」
「真尋もね」
 幼馴染みって関係も、兄弟みたいって関係も変わらねぇけど、今までみたいに倖人に頼るような事はしない。
 俺たちはお互いの幸せを願いながら笑い合った。




 桜満開、いい天気だし気温も春っぽくてちょうどいい。
 俺は胸元に造花のコサージュをつけ、しめやかに行われている卒業式に出ていた。
 滞りなく式は進み、無事卒業証書を受け取った俺は仲の良いクラスメイトたちと写真を撮ったり、話に花を咲かせたりして最後の思い出を作る。
 卒業式……本当に終わった。廉と会えなかった二年間も、今日で終わりなんだよな?
「あれ、綾瀬どこ行くんだ?」
「ちょっと校舎見て回ってくる」
「そっか。行ってら~」
「行ってきまーす」
 教室にいるのも落ち着かなくて俺は適当に歩く事にした。いつもよりも少しだけ浮ついた雰囲気の学校内には、名残惜しいのかまだほとんどの人が残ってる。
 昇降口で靴に履き替え、グラウンドからぐるりと校舎裏へ回ってみた。こっち側は来た事なかったよな。
 特に何かある訳でもないけど、木とか草とかちゃんと整えてある。
「綾瀬先輩」
「わ!」
 誰もいないと思ってたから声をかけられて驚いた。バクバクする心臓を押さえながら振り向くと、三隅が神妙な顔で立ってる。
 何でここに?
「先輩が入るのが見えたから、追いかけました」
「そ、そっか」
 わざわざ追いかけて来たのか。
 何となく気まずくて視線を逸らしていると、三隅が一歩近付いて来る。
 後退るのも失礼だよな……どうしよう。
「先輩」
 一歩半分くらい開けて止まった三隅が俺の右腕を掴む。咄嗟に振り解こうとして、反対の腕も掴まれた。
「ちょ…っ」
「綾瀬先輩。俺、先輩が好きです」
「……!」
 こ、このタイミングで告白? いや、それよりもこれは些か乱暴……逃げられないよう腕掴んどいて言う事じゃねぇ。
「はな……っ」
「先輩、俺と恋人になって下さい。俺本気です」
「待て待て! それ以上近付くな!」
「なってくれるなら離れます」
「無理! 俺には恋人が……っ」

「悪いけど、コイツ、俺のだから」

 身長が高い分三隅の方が力も強くて、上から押さえ付けられそうになりながら必死に抵抗していたら、後ろから肩に腕が回され抱き寄せられた。
 背中に熱を感じ、懐かしい匂いがふわりと香る。
 驚いた三隅の手から力が抜け腕が解放されたけど、俺の頭の中はそれどころじゃなかった。
(声、が……)
「あ、あんた誰だよ…!」
「コイツの恋人」
 節榑た指が俺の顎を優しく掴んで上向かせる。視界いっぱいに整った顔が映り唇が戦慄いた。
 ずっと、ずっと会いたかった人が目の前にいる。
「……廉……?」
「ああ」
「ほん、もの…?」
「逆に偽物がいるなら見てみてぇんだが?」
 この返し方は廉だ。間違いなく、俺の大好きな恋人だ。
 くしゃりと自分でも顔が歪んだのが分かった。俺は身体を反転させ廉の背中に腕を回してしがみつく。
「廉……廉っ…!」
「…真尋、会いたかった…」
「俺もずっと、ずっと会いたかった……!」
 二年間待ち望んでた腕の中にやっと戻る事が出来た俺は、三隅がいるのも忘れてわんわん泣いた。
 俺を呼ぶ廉の声も震えてて、抱き締める腕の力も強くて、これが現実だって教えてくれる。
 嬉しい、もう我慢しなくていいんだ。耐えなくていいんだ。
「真尋」
「…っ……?」
「ちゃんと言ってやれ」
 しばらくして落ち着いてきた頃、廉に呼ばれて顔を上げると顎で後ろの方を示された。そこで漸く三隅の事を思い出した俺は、手の甲で涙を拭いて振り返る。
 三隅はバツが悪そうな、泣きそうな顔をしてて……俺がハッキリ言ってれば良かったんだよな。聞かれないから言わなかったなんて、言い訳でしかない。倖人だって教えてくれてたんだから、早く言うべきだったんだ。
「三隅、ごめんな。俺、お前の気持ちには応えられない」
「恋人って…本当なんですか?」
「うん。訳あって離れてただけで、俺の恋人だよ」
「…………そうですか…分かりました。ちゃんと答えてくれてありがとうございます。……さよなら、綾瀬先輩」
「……さよなら、三隅」
 頭を下げて去って行く後ろ姿に少しだけ胸が痛んだけど、応えられない以上はもう俺に出来る事はない。人の好意を断るのって結構しんどいな。
 目を伏せて廉の服を掴むと、ヒョイっと抱き上げられた。顔の距離が近くなり目を瞬く。
「俺がいねぇとすぐこれか」
「何…」
「変な虫寄せ付けんなっつっただろ」
「ふ、不可抗力だ」
「ったく…」
 ヤキモチ妬きなところ、全然変わってねぇなコイツ。……でも、それが嬉しいんだから仕方ない。
 俺は廉の首に腕を回すと、ぎゅっと抱きついて頬を寄せた。
「迎えに来てくれてありがと、廉」
「待っててくれてありがとな、真尋」
 一緒に頑張ろうって約束、果たせて良かった。諦めなくて良かった。

 俺たちは二年分の隙間を埋めるように、しばらくそこで抱き合っていた。
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