冷淡彼氏に別れを告げたら溺愛モードに突入しました

ミヅハ

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想定外の贈り物

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 あれから4人で他愛ない話を1時間くらいして、父さんと母さんは「そろそろお暇するか」と言って立ち上がった。
 てっきり夕飯まで食べて帰ると思ってたから、僕は目を瞬きながら腰を上げ玄関へ向かう2人を追いかける。

「もう帰るの?」
「陽依の顔を見に来ただけだもの」
「ついでに、観光でもして帰るつもりだ」
「案内とかいらない?」
「何言ってるの。自分で見つけるのが楽しいんだから」

 どこかウキウキしてる母さんの言葉にそれもそっかと納得した僕は、せめて下まで見送ろうとサンダルを引っ掛け先に扉から出る。斗希くんも2人の後ろからついて来てくれてて、全員出たあと扉を押さえていた僕の代わりに閉めてくれた。
 手、繋ぎたいけど今はやめとこうかな。
 このマンション4階建てだからエレベーターはなくて、僕と斗希くんが先をいく形で階段を下りマンション入り口で向かい合ったら母さんがおもむろに僕を抱き締めてきた。

「次は風峯くんと一緒に、うちに帰ってらっしゃい」
「うん」
「陽依の事、よろしくね」
「はい、任せて下さい」
「陽依」

 僕よりも小さな母さんが、いつものように柔らかく微笑みながらそう言ってくれる。
 それに頷きで返してたら、父さんに呼ばれて手招きされた。首を傾げつつ近付くと、耳元に唇が寄せられコソコソと話し始める。

「風峯くんは、お前の、穏やかで優しいのに、芯があってきちんと自分を持っているところが好きなんだそうだ」
「え?」
「あの子はいい男だな。しっかり捕まえておけ」
「う、うん。⋯?」

 どうして父さんがそんな事を知ってるのかとか、斗希くんがいい男なのは分かりきってるしとか、こんがらがって戸惑ったような返事しか出来なかったけど、2人が手を振り去って行ったあとじわじわと理解した僕はニヤけそうになるのを堪えながら斗希くんを見上げる。
 たぶん父さんに聞かれて答えてくれたんだろうな。言葉にするの苦手なのに。

「⋯何だよ」
「僕は、僕が呼んだらすぐに反応してくれるところとか、僕だけに見せてくれる表情とか、ちょっと意地悪なところとか⋯斗希くんの全部が大好きだよ」
「⋯⋯⋯⋯聞いたのか」
「うん。嬉しかった」

 眉根を寄せた斗希くんは僕から視線を逸らして舌打ちしたけど、それが照れ臭さからくる行動だってもう分かってるからクスリと笑って斗希くんの顔を覗き込む。
 目を合わせたくてじっと見てたら少し乱暴に頭が撫でられ腕が引かれた。
 無言のまま階段を上がり、玄関の内側に連れ込まれ扉が閉まった瞬間唇が塞がれ鼻から吐息が漏れる。

「⋯朝の続き、するか?」
「お腹空いてない?」
「空いててもお前優先」

 もうすぐお昼になるからそう聞いたんだけど逆に嬉しい言葉が返ってきて、僕は目を瞬いたあと斗希くんの首に腕を回して頷いた。
 それにしても、こういう事は言ってくれるの、何の違いなんだろう。




 見上げると視界がピンクで埋め尽くされ、風で揺れるたび陽の光が隙間から差し込む。
 今日は卒業式で、今はもう式も終わりみんなで最後の挨拶をしてた。写真を撮ったり卒業アルバムの余白にメッセージを書き込んだり⋯あ、大胆にもみんなの前で告白してる人もいる。
 斗希くんと出会ってからは、あっという間の学生生活だったなぁ。

「陽依」
「夏生くん」
「卒業しちゃったね。陽依とも会う回数減るの、寂しいよ」
「夏生くんは大学で僕は社会人だから、タイミングもなかなか合わなさそうだもんね」
「オレが合わせるから、絶対また遊ぼうね!」
「うん、約束」

 斗希くんがうちに泊まるようになってから遊ぶ機会も減ってたし、連絡さえも減りそうだなって落ち込んでたら、夏生くんの方からそう言ってくれてホッとする。
 これからも遊んでくれるの嬉しいな。

「た、小鳥遊⋯っ」
「?」

 夏生くんとこの先の事を話してたら不意に名前が呼ばれ、振り向くと妙にそわそわしている男子がいて僕は首を傾げた。
 確か、2年の時に同じクラスだったかな。

「どうしたの?」
「あの、さ⋯その⋯良かったら、SNSとか交換しない?」
「SNS?」
「うん、時間あったら遊びたいなって⋯」

 同じクラスの時だってたまにしか話してなかったのに、僕と遊びたいって思ってくれてたなんて意外だ。
 時間が合うかは分からないけど、連絡先を交換するくらいならいっか。
 ポケットからスマホを出し、SNSを開いてQRコードを表示させる。

「じゃあこのコードを⋯⋯」
「陽依」

 同じようにスマホを出したその子に読み込んで貰おうと足を踏み出す直前、不意に低い声が聞こえほぼ反射的に顔を向けたら私服姿の斗希くんが立ってた。しかも肩に乗せるように大きな花束を持ってるんだけど、それが凄く様になっててかっこいい。
 斗希くんはチラリと僕の向かいに立つ子を見たあと、ポカンとしてる僕にそれを差し出してきた。

「え⋯」
「卒業、おめでとう」

 斗希くんが花束を持ってるだけでも珍しいのに、まさかそれが僕への贈り物なんて思わなくて、戸惑いつつも受け取れば斗希くんはふっと笑って僕の頬へと口付けてきた。
 周りがザワついた気がしなくもないけど、僕は嬉し過ぎてそれどころじゃない。

「⋯⋯こんなのズルい⋯」
「泣き虫」
「誰のせいで⋯っ」

 卒業式では泣かないように頑張ってたのに、こんな事をされたら耐えられる訳もなくて、僕の目から溢れた涙がポタポタと花束に落ちる。
 どうしてこんなに、僕を嬉しい気持ちにさせてくれるんだろう。
 潰れない程度に花束を抱き締めた僕は、斗希くんを見上げて濡れた頬を緩め微笑んだ。

「ありがとう、斗希くん」

 何があっても、この日の事は一生忘れない。
 卒業式っていう特別な出来事が、もっと特別になった日だから。



 一方その頃。

「⋯だ、誰だよ⋯」
「陽依の彼氏」
「え」
「あんなイケメン、誰も勝てないから諦めた方がいいよ」
「⋯くそ⋯もっと早く行動しておけば良かった⋯」
「どんまい」

 すっかり斗希くんに意識が向いていた僕は、そうやって夏生くんがその子を慰めていた事には少しも気付けなかった。
 結局SNSは交換出来なかったけど⋯良かったのかな。
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