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伸ばせない手
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付き合ってからは毎日、朝には『おはよう』、夜には『おやすみ』って斗希くんへとメッセージを送ってたんだけど、斗希くんからは返ってきた事はなくて少し前から送るのも躊躇うようになってた。
何も言わないけど、何も言わないからこそ迷惑に思われてるかもって。
デートの約束だって、この間みたいにキャンセルにならなければ僕が待ち合わせ場所や時間を決めてるし、予めどこそこに行くって予定を立てるデートは今のところした事ない。
本当に、恋人って肩書きだけがあるみたい。
それでも嬉しい事ってあるもので、ある日の夜、珍しく斗希くんからメッセージが届いた。
『日曜空いてるか? こないだの埋め合わせする』
『空いてる! いつもと同じ場所と時間でいい?』
『ああ』
しかもまさかのデートのお誘い。
短いけどやり取り出来た嬉しさと、なくなったと思ってたデートの約束が再浮上した喜びで悩んでた事が吹っ飛んだ。
こうして誘ってくれるって事は、少なくとも嫌われてはないって事だよね?
きっといつもと同じように街をブラブラするだけだろうけど、斗希くんと一緒ならどこでもいいし何でもいいんだ。
早く週末にならないかな。日曜日が待ち遠しい。
デート当日の日曜日。
待ち合わせは11時に駅前が僕たちの定番で、僕はその15分前に駅構内の出入口近くに立ってた。さっきからスマホの時計を見てるけど、全然数字が変わらなくてヤキモキする。
楽しい時間はあっという間に過ぎるくせに、どうしてこういう時は進みが遅いのか。
道行く人をチラチラと見ながら待つ事しばらく、ずっと確認していたスマホには現在11時10分と表示されていた。斗希くんは来ていないし、連絡もない。
「何かあったのかな⋯⋯途中で事故に遭ったとかじゃなければいいんだけど⋯」
ただ遅れてるだけならいい。時間が過ぎるなんて付き合いたてはしょっちゅうだったし、怪我をしたとか病気になったとかでないならどれだけでも待つ。
でも、連絡だけは欲しいっていうのは我儘かな。
それからさらに5分経った頃、早歩きをしているような足音が近付いてきて不意に影がかかった。
顔を上げると斗希くんがいて、僕と目が合うと眉を顰める。
「⋯悪い、遅くなった」
「ううん、大丈夫だよ」
五体満足。どこか痛そうな様子もないし体調も悪くなさそうだから良かったって息を吐いたら、斗希くんはふいっと目を逸らして顎をしゃくった。
「行くぞ」
「うん」
どこに行くのかは分からないけど、先に歩き出した斗希くんを追う形で足を出した僕はいつものように半歩後ろをついて行く。
本当は隣を歩きたいし、手も繋ぎたいけど我慢だ。
僕たちのデートコースである駅周辺には色んなお店がある。飲食店やアパレルショップ、ゲームセンターその他もろもろ。
当然のように会話もなく、ただ斗希くんのあとを追ってたら不意に彼が1つのお店へと入った。
そこは斗希くんが好んで着てるブランドの服が売ってるお店で、デートの時は必ず立ち寄るところだ。
「おー、斗希。いらっしゃい」
「ん」
「新作入ってるよ」
「どれ?」
店長さんや店員さんとも顔馴染みで、常連って事もあって何かと高待遇を受けてる。
僕にはこういう系統の服は似合わないし、斗希くんに選んであげられるほどのセンスもないから、端に寄って斗希くんの買い物が終わるのを待つのが僕の役目。
「あ、斗希くんだ。いらっしゃーい」
「どうも」
「そうそう。斗希くんに似合いそうなコーデ見繕っておいたよ」
「ふーん。出してよ」
「ちょっと待ってねー」
女性の店員さんが奥から戻ってきてにこやかに斗希くんに声をかける。
近くの商品を見るともなしに見てたら、人好きのする笑顔を浮かべた店長さんが僕の傍まで来てロゴ入りのTシャツを指差した。
「君はこれなんかいいんじゃないかな」
「え⋯」
「最近はオーバーサイズが流行ってるし、ワンサイズ大きめでも可愛いよ」
「⋯似合うかな⋯」
「試着してみる?」
もしかして、気を遣ってくれてるんだろうか。
斗希くんが着るようなオシャレな服は似合わなくても、Tシャツならまだ着れるかも。そう思って店長さんが示したシャツを取ろうとしたら、それを遮るように手が出てきて目を瞬く。
顔を上げると眉根を寄せた斗希くんで、低い声で「やめとけ」って言われた。
そう、だよね。こんな素敵なお店の服は、僕には勿体ないよね。
手を引っ込めた僕はへらりと笑って頷いた。
「うん、やめておく」
「⋯⋯⋯」
「おい、斗希⋯」
「会計」
「⋯ったく」
くるりと背を向けてレジへと向かって行く斗希くんを、店長さんは溜め息混じりに呟いて追いかける。
きっと店長さんは、いつも僕が端っこで待ってる事に気付いてたんだろうな。斗希くんが懐くだけあって優しい人だ。
「斗希くん、お茶してく?」
「こら、待ってる子いるんだから誘わない」
「その子も一緒でいいよ?」
「あ、僕は⋯」
「いらねぇ」
さっきの女性店員さんがトルソーに服を着せながら問い掛ける。
それを店長さんが窘めて僕にも矛先が向かったから遠慮しようとしたら、煩わしそうに手を振った斗希くんがさっさとお店から出て行ってしまった。
慌てて頭を下げ追いかける僕の背中に、店長さんの「またおいで」が投げられ扉が締まり切る前にもう1度会釈する。
斗希くんは少し先を歩いてて、僕は見失わないうちにと急いで駆け出した。
はぐれたら、そこでデートはおしまいになっちゃうから。
何も言わないけど、何も言わないからこそ迷惑に思われてるかもって。
デートの約束だって、この間みたいにキャンセルにならなければ僕が待ち合わせ場所や時間を決めてるし、予めどこそこに行くって予定を立てるデートは今のところした事ない。
本当に、恋人って肩書きだけがあるみたい。
それでも嬉しい事ってあるもので、ある日の夜、珍しく斗希くんからメッセージが届いた。
『日曜空いてるか? こないだの埋め合わせする』
『空いてる! いつもと同じ場所と時間でいい?』
『ああ』
しかもまさかのデートのお誘い。
短いけどやり取り出来た嬉しさと、なくなったと思ってたデートの約束が再浮上した喜びで悩んでた事が吹っ飛んだ。
こうして誘ってくれるって事は、少なくとも嫌われてはないって事だよね?
きっといつもと同じように街をブラブラするだけだろうけど、斗希くんと一緒ならどこでもいいし何でもいいんだ。
早く週末にならないかな。日曜日が待ち遠しい。
デート当日の日曜日。
待ち合わせは11時に駅前が僕たちの定番で、僕はその15分前に駅構内の出入口近くに立ってた。さっきからスマホの時計を見てるけど、全然数字が変わらなくてヤキモキする。
楽しい時間はあっという間に過ぎるくせに、どうしてこういう時は進みが遅いのか。
道行く人をチラチラと見ながら待つ事しばらく、ずっと確認していたスマホには現在11時10分と表示されていた。斗希くんは来ていないし、連絡もない。
「何かあったのかな⋯⋯途中で事故に遭ったとかじゃなければいいんだけど⋯」
ただ遅れてるだけならいい。時間が過ぎるなんて付き合いたてはしょっちゅうだったし、怪我をしたとか病気になったとかでないならどれだけでも待つ。
でも、連絡だけは欲しいっていうのは我儘かな。
それからさらに5分経った頃、早歩きをしているような足音が近付いてきて不意に影がかかった。
顔を上げると斗希くんがいて、僕と目が合うと眉を顰める。
「⋯悪い、遅くなった」
「ううん、大丈夫だよ」
五体満足。どこか痛そうな様子もないし体調も悪くなさそうだから良かったって息を吐いたら、斗希くんはふいっと目を逸らして顎をしゃくった。
「行くぞ」
「うん」
どこに行くのかは分からないけど、先に歩き出した斗希くんを追う形で足を出した僕はいつものように半歩後ろをついて行く。
本当は隣を歩きたいし、手も繋ぎたいけど我慢だ。
僕たちのデートコースである駅周辺には色んなお店がある。飲食店やアパレルショップ、ゲームセンターその他もろもろ。
当然のように会話もなく、ただ斗希くんのあとを追ってたら不意に彼が1つのお店へと入った。
そこは斗希くんが好んで着てるブランドの服が売ってるお店で、デートの時は必ず立ち寄るところだ。
「おー、斗希。いらっしゃい」
「ん」
「新作入ってるよ」
「どれ?」
店長さんや店員さんとも顔馴染みで、常連って事もあって何かと高待遇を受けてる。
僕にはこういう系統の服は似合わないし、斗希くんに選んであげられるほどのセンスもないから、端に寄って斗希くんの買い物が終わるのを待つのが僕の役目。
「あ、斗希くんだ。いらっしゃーい」
「どうも」
「そうそう。斗希くんに似合いそうなコーデ見繕っておいたよ」
「ふーん。出してよ」
「ちょっと待ってねー」
女性の店員さんが奥から戻ってきてにこやかに斗希くんに声をかける。
近くの商品を見るともなしに見てたら、人好きのする笑顔を浮かべた店長さんが僕の傍まで来てロゴ入りのTシャツを指差した。
「君はこれなんかいいんじゃないかな」
「え⋯」
「最近はオーバーサイズが流行ってるし、ワンサイズ大きめでも可愛いよ」
「⋯似合うかな⋯」
「試着してみる?」
もしかして、気を遣ってくれてるんだろうか。
斗希くんが着るようなオシャレな服は似合わなくても、Tシャツならまだ着れるかも。そう思って店長さんが示したシャツを取ろうとしたら、それを遮るように手が出てきて目を瞬く。
顔を上げると眉根を寄せた斗希くんで、低い声で「やめとけ」って言われた。
そう、だよね。こんな素敵なお店の服は、僕には勿体ないよね。
手を引っ込めた僕はへらりと笑って頷いた。
「うん、やめておく」
「⋯⋯⋯」
「おい、斗希⋯」
「会計」
「⋯ったく」
くるりと背を向けてレジへと向かって行く斗希くんを、店長さんは溜め息混じりに呟いて追いかける。
きっと店長さんは、いつも僕が端っこで待ってる事に気付いてたんだろうな。斗希くんが懐くだけあって優しい人だ。
「斗希くん、お茶してく?」
「こら、待ってる子いるんだから誘わない」
「その子も一緒でいいよ?」
「あ、僕は⋯」
「いらねぇ」
さっきの女性店員さんがトルソーに服を着せながら問い掛ける。
それを店長さんが窘めて僕にも矛先が向かったから遠慮しようとしたら、煩わしそうに手を振った斗希くんがさっさとお店から出て行ってしまった。
慌てて頭を下げ追いかける僕の背中に、店長さんの「またおいで」が投げられ扉が締まり切る前にもう1度会釈する。
斗希くんは少し先を歩いてて、僕は見失わないうちにと急いで駆け出した。
はぐれたら、そこでデートはおしまいになっちゃうから。
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