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お迎え
鷹臣さんと約束した日曜日。
緊張と不安で眠れなくて、寝不足のまま真新しい服を身に着け無理やり朝ご飯を流し込んだ僕は、今の時間を確認して小さく息を吐いた。
あと一時間もすればお迎えが来る。
(楽しんで貰えるかな⋯)
僕の部屋にはテレビはなく、雑誌も買わないから初めての水族館はどんなものかさえ想像もつかなくて本当に不安でしかない。そういう情報って必要としなければ気にもしないし耳にも入って来ないから。
僕を誘ってくれた鷹臣さんには、誘って良かったって思って貰いたいし楽しんで欲しいんだけど、楽しませ方も分からないなんてダメダメだ。
だってまさか僕を恋人にしたいって人が現れて、更に遊びに行こうって誘われるなんて僕の人生の中でないって思ってたから、そういう遊びに関しての事なんて特に意識した事もなかった。
公園や広場で遊ぶのとは全然違うし、しかも今日は恋人として行くんだからなおさら心配になる。仲良しなカップルを見てもラブラブだなって思うくらいで、羨ましいとかも感じなかったもんなぁ。
ちなみに言っちゃえば、自分の生活でいっぱいいっぱいでそんな余裕ないから、ハナから恋人なんて出来ないって思ってた。
そもそも僕を恋愛対象として見る人なんているはずなかったんだから。
(そんな僕に、あんなに素敵な人が⋯なんて)
鷹臣さんの優しい笑顔と手を思い出すとドキドキする。
準備を終えてからは落ち着かなくてずっと立ったままでいたんだけど、ぼんやりと考え事をしてる途中で手に持っていたスマホが唐突に震えて肩を跳ね上げた。
反射的に見ると鷹臣さんで、まだ三十分も前なのに『着いたよ』ってメッセージが表示されてる。
(え、もう?)
五分前集合とはよく聞くけど、三十分前は初めてだ。誰かと待ち合わせて遊びに行った事がほとんどない僕でも早いと思うんだから、たぶん他の人が聞いても同じ気持ちだと思う。
数秒スマホを見て固まっていた僕はハッと我に返ると、急いで玄関に向かい家を飛び出した。エレベーターを待つのももどかしくて、三階だしと階段を駆け下りてエントランスを抜ければ、すっかり見慣れた白い車が少し先で停まっているのが見える。
というか、例え車を知らなくてもあれが鷹臣さんのなんだなっていうのは分かったと思う。だって、本人がその車に寄り掛かるようにして立ってるから。
それに僕なんて、もうナンバーまで覚えちゃったし。
「鷹臣さん」
「おはよう、遥斗くん」
「おはようございます。お待たせしてすみません」
「五分も待ってないよ。ほら、乗って」
「は、はい」
この一ヶ月の間に、僕は鷹臣さんと話す時にあまり吃らないようになった。
焦ったり恥ずかしかったりするとなる時もあるけど、マスターに話すみたいに自然と会話が出来るようになったっていうか⋯まぁ、鷹臣さんが聞き上手っていうのもあるんだろうけど、今はこの人とは話していて楽しいって思える。
あとは目を見るだけなんだけど、それが一番の難関だ。
「朝ご飯は食べた?」
「はい、食べました」
「そっか。水族館の中にフードコートがあるから、お腹が空いたらそこで食べよう」
「フードコートも初めてです」
「じゃあ今日は、遥斗くんにとって初めての経験だらけだね」
「楽しみです」
助手席に乗り込み、シートベルトを掛けた僕に鷹臣さんがそう聞いてくる。同じように運転席に座ってシートベルトを引っ張る鷹臣さんの手を見ながら答えてたら、その手がこっちに伸ばされて頬を撫でられた。
擽ったくて首を竦めるとクスリと笑われる。
「可愛いね。猫みたいだ」
「⋯⋯」
「真っ赤」
自分の顔が凄く火照ってるっていうのは熱さで分かるんだけど、それを指摘しながら頬を撫でるのはやめて欲しい。
というか、こういう時ってどう反応するのが正解なんだろう。世の彼氏彼女さんたちはどうしてるのかな。
僕は恥ずかしくて堪らないんだけど。
「⋯⋯こんなに純粋だと、心配になるな」
「⋯?」
「君に触れていいのは俺だけだから、他の人に触られそうになったら思いっ切り暴れて振り払うんだよ」
「え⋯は、はい」
そもそも僕に触りたい人なんていないと思う⋯けど、何となく有無を言わさない感があって頷いたら、今度は褒めるように頭を撫でられた。
それから「行こうか」と言ってエンジンをかけた鷹臣さんが車を発進させ、僕はドキドキする心臓を落ち着かせるよう小さく深呼吸をする。
鷹臣さんといるといつもこうだ。
(僕だって成人してるんだし、もっと大人にならないと)
むしろ僕が鷹臣さんをドキドキさせられるくらいじゃないと、いつまで経っても成長出来ない。でも、大人な鷹臣さんをドキドキさせるって一体どうすれば⋯⋯そうだ、同じく大人なマスターに聞いてみるっていうのはどうだろう。
マスター、いつも相談に乗ってくれるし、鷹臣さんよりも年上だからきっとこうしたらいいよって教えてくれるはず。
いい案が浮かんだと気分が浮上した僕は、その様子を鷹臣さんが横目で見ている事も知らないで窓の外に視線を移すと、水族館に着くまで流れる景色をずっと見ていた。
緊張と不安で眠れなくて、寝不足のまま真新しい服を身に着け無理やり朝ご飯を流し込んだ僕は、今の時間を確認して小さく息を吐いた。
あと一時間もすればお迎えが来る。
(楽しんで貰えるかな⋯)
僕の部屋にはテレビはなく、雑誌も買わないから初めての水族館はどんなものかさえ想像もつかなくて本当に不安でしかない。そういう情報って必要としなければ気にもしないし耳にも入って来ないから。
僕を誘ってくれた鷹臣さんには、誘って良かったって思って貰いたいし楽しんで欲しいんだけど、楽しませ方も分からないなんてダメダメだ。
だってまさか僕を恋人にしたいって人が現れて、更に遊びに行こうって誘われるなんて僕の人生の中でないって思ってたから、そういう遊びに関しての事なんて特に意識した事もなかった。
公園や広場で遊ぶのとは全然違うし、しかも今日は恋人として行くんだからなおさら心配になる。仲良しなカップルを見てもラブラブだなって思うくらいで、羨ましいとかも感じなかったもんなぁ。
ちなみに言っちゃえば、自分の生活でいっぱいいっぱいでそんな余裕ないから、ハナから恋人なんて出来ないって思ってた。
そもそも僕を恋愛対象として見る人なんているはずなかったんだから。
(そんな僕に、あんなに素敵な人が⋯なんて)
鷹臣さんの優しい笑顔と手を思い出すとドキドキする。
準備を終えてからは落ち着かなくてずっと立ったままでいたんだけど、ぼんやりと考え事をしてる途中で手に持っていたスマホが唐突に震えて肩を跳ね上げた。
反射的に見ると鷹臣さんで、まだ三十分も前なのに『着いたよ』ってメッセージが表示されてる。
(え、もう?)
五分前集合とはよく聞くけど、三十分前は初めてだ。誰かと待ち合わせて遊びに行った事がほとんどない僕でも早いと思うんだから、たぶん他の人が聞いても同じ気持ちだと思う。
数秒スマホを見て固まっていた僕はハッと我に返ると、急いで玄関に向かい家を飛び出した。エレベーターを待つのももどかしくて、三階だしと階段を駆け下りてエントランスを抜ければ、すっかり見慣れた白い車が少し先で停まっているのが見える。
というか、例え車を知らなくてもあれが鷹臣さんのなんだなっていうのは分かったと思う。だって、本人がその車に寄り掛かるようにして立ってるから。
それに僕なんて、もうナンバーまで覚えちゃったし。
「鷹臣さん」
「おはよう、遥斗くん」
「おはようございます。お待たせしてすみません」
「五分も待ってないよ。ほら、乗って」
「は、はい」
この一ヶ月の間に、僕は鷹臣さんと話す時にあまり吃らないようになった。
焦ったり恥ずかしかったりするとなる時もあるけど、マスターに話すみたいに自然と会話が出来るようになったっていうか⋯まぁ、鷹臣さんが聞き上手っていうのもあるんだろうけど、今はこの人とは話していて楽しいって思える。
あとは目を見るだけなんだけど、それが一番の難関だ。
「朝ご飯は食べた?」
「はい、食べました」
「そっか。水族館の中にフードコートがあるから、お腹が空いたらそこで食べよう」
「フードコートも初めてです」
「じゃあ今日は、遥斗くんにとって初めての経験だらけだね」
「楽しみです」
助手席に乗り込み、シートベルトを掛けた僕に鷹臣さんがそう聞いてくる。同じように運転席に座ってシートベルトを引っ張る鷹臣さんの手を見ながら答えてたら、その手がこっちに伸ばされて頬を撫でられた。
擽ったくて首を竦めるとクスリと笑われる。
「可愛いね。猫みたいだ」
「⋯⋯」
「真っ赤」
自分の顔が凄く火照ってるっていうのは熱さで分かるんだけど、それを指摘しながら頬を撫でるのはやめて欲しい。
というか、こういう時ってどう反応するのが正解なんだろう。世の彼氏彼女さんたちはどうしてるのかな。
僕は恥ずかしくて堪らないんだけど。
「⋯⋯こんなに純粋だと、心配になるな」
「⋯?」
「君に触れていいのは俺だけだから、他の人に触られそうになったら思いっ切り暴れて振り払うんだよ」
「え⋯は、はい」
そもそも僕に触りたい人なんていないと思う⋯けど、何となく有無を言わさない感があって頷いたら、今度は褒めるように頭を撫でられた。
それから「行こうか」と言ってエンジンをかけた鷹臣さんが車を発進させ、僕はドキドキする心臓を落ち着かせるよう小さく深呼吸をする。
鷹臣さんといるといつもこうだ。
(僕だって成人してるんだし、もっと大人にならないと)
むしろ僕が鷹臣さんをドキドキさせられるくらいじゃないと、いつまで経っても成長出来ない。でも、大人な鷹臣さんをドキドキさせるって一体どうすれば⋯⋯そうだ、同じく大人なマスターに聞いてみるっていうのはどうだろう。
マスター、いつも相談に乗ってくれるし、鷹臣さんよりも年上だからきっとこうしたらいいよって教えてくれるはず。
いい案が浮かんだと気分が浮上した僕は、その様子を鷹臣さんが横目で見ている事も知らないで窓の外に視線を移すと、水族館に着くまで流れる景色をずっと見ていた。
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