7 / 54
初めての感情(鷹臣視点)
遥斗くんに対する最初の印象は、小柄で少しドジな男の子だった。
ただの店員と客。それがいつ恋愛対象に変わったのか。きっかけが何だったかなんて、もう覚えていない。
その日はいろいろな事が重なり疲弊しきっていて、一人になりたいと大通りを外れて車を走らせていた俺は、閑散とした小道にある喫茶店を見付け近くにある時間制の駐車場に停めて立ち寄る事にした。
外観は洋風で、立地的にも近所の人が憩いの場として来ている事が伺えるほどこじんまりとしており、木で出来た扉を引くとドアベルが軽やかな音を立てる。
控えめなBGMの中、柔らかな声で「いらっしゃいませ」と出迎えてくれたのが遥斗くんだった。
遥斗くんは人と話したり目を合わせる事が苦手のようで、吃ったり俯いたりしがちだけど真面目で何事にも一生懸命に頑張る子だ。
ただ少し鈍臭くて、何回かに一回は何もないところで躓いたりカウンターや棚の隙間を見誤ってぶつかったりしているが、それはそれで和むのは彼に小動物みがあるからだろう。
コーヒーの味に惚れ、休息の為にと特定の時間を作って通うようになった俺は、いつからか遥斗くんを目で追うようになった。
この喫茶店に二人しかいない従業員は、エプロンの胸元に苗字の書かれた名札を着けている。遥斗くんが茅ヶ崎くんで、もう一人が岡野くんだという事は早いうちから分かっていたものの、名前だけは知る事が出来ず少しだけヤキモキしていた。
だが、よくよく周りの話を聞いていればマスターや岡野くんはもちろん、常連客も彼の事を〝はると〟と呼んでいて、それが名前なのだと知った時は年甲斐もなく喜んだものだ。
小柄で優しい雰囲気が故に岡野くんと同じ高校生かと思っていたら、実際は二十歳を迎えていて俺と五つしか変わらない事には驚いた。
彼の過去や私生活を調べる事は俺には容易い。
恋人がいるのかいないのか、はたまた好きな人はいるのか、本当は知りたくて堪らなかったけどそれは遥斗くんに対して不誠実であり、下手をすれば嫌われてしまう行為だからする気にもならなくて⋯そうして自分の気持ちに気付いたのは喫茶店に通い始めてから一月経った頃だった。
俺は遥斗くんに惚れている。それも、自分でも気付かないほど深く。
今までも人から口説かれる事はあっても惹かれるような相手はおらず、こんな気持ちになったのは初めてだった。
というよりも、自分にこんな感情があったのかとむしろ驚いたほどだ。
自覚してからは本人が気付くほど見てしまい、当然遥斗くんよりも察しのいい岡野くんに知られない訳もなく時折睨まれるようになってしまった。
素直で頑張り屋な遥斗くんは常連客からは可愛がられ、マスターや岡野くんに大切にされているから牽制されるのも分かる。でも、だからといって引くつもりも負けるつもりもない。
眺めるだけでも気持ちは膨らむばかりで、もしあの子が他の誰かのものになったら⋯そう考えるだけで怖くていてもたってもいられず、あの日、薔薇に意味を持たせて告白した。
断りきれない遥斗くんを押し切った感じではあるが、無事遥斗くんの恋人としての一歩を踏み出せた俺は、今度は距離を縮める為に今まで以上に仕事に取り組み彼との時間を作れるよう精を出した。
秘書からは冷めた目を向けられたが、おかげで目の前の光景が見られているのだからもうどうでもいい事だ。
「わぁ⋯」
入場ゲートを潜って進んだ先にある巨大水槽を食い入るように見ていた遥斗くんは、現在は二階にあるトンネル水槽に目を輝かせて小さく声を上げる。
一定の間隔を開けて床までもがガラスになっている場所があり、そこに立つと自分がまるで海の中にいる感覚になるようで遥斗くんはさっきからずっとそこに佇んでいた。
魚が通るたびに目で追い掛けて、足元にくるとしゃがみ込んで眺めている。
その様子を離れた場所で見ていた俺は、ふと思い付いてスマホを取り出すとトンネルを見上げる彼の横顔をカメラに収めた。前々から遥斗くんの写真が欲しいと思っていたから撮ってみたけど、この子写真写りがいいな。
カメラ越しに見ていたら不意に遥斗くんがこっちを向いて首を傾げてきたから、同じように傾げてスマホをしまうとこちらに歩み寄ってきた。
「もしかして、もう時間ですか?」
「ん? ⋯ああ、ショーの? そうだね、もうすぐだからそろそろ行こうか」
「はい」
遥斗くんはよほどシャチのショーが楽しみなのかふんわりとはにかんで頷く。
まだ視線は合わないけど、前よりは顔が見えるようになったし表情の変化も分かるようにはなったから、こうして笑顔を見られる回数も増えた。
(遥斗くん、笑い方がほわほわしてるから可愛いんだよね)
にこっとかくしゃっとかじゃなく、ほんとにほわんって感じの笑顔だから見ていると凄く和む。
手の平を上に向けて差し出すと、恥ずかしそうにしながらも握ってくれる遥斗くんが可愛くて仕方ない。いつか遥斗くんから繋いでくれるようになったら、俺は嬉しくて舞い上がってしまうだろうな。
ふとした事でつい抱き締めたくなるけど、まだそこまで距離は縮められていないから我慢だ。
俺の手よりも小さな手を握り返しショーの行われる会場に向かうべくトンネル水槽を通り抜けながら、終わる頃には昼も回っているし何か食べようかと遥斗くんへと提案して微笑んだ。
ただの店員と客。それがいつ恋愛対象に変わったのか。きっかけが何だったかなんて、もう覚えていない。
その日はいろいろな事が重なり疲弊しきっていて、一人になりたいと大通りを外れて車を走らせていた俺は、閑散とした小道にある喫茶店を見付け近くにある時間制の駐車場に停めて立ち寄る事にした。
外観は洋風で、立地的にも近所の人が憩いの場として来ている事が伺えるほどこじんまりとしており、木で出来た扉を引くとドアベルが軽やかな音を立てる。
控えめなBGMの中、柔らかな声で「いらっしゃいませ」と出迎えてくれたのが遥斗くんだった。
遥斗くんは人と話したり目を合わせる事が苦手のようで、吃ったり俯いたりしがちだけど真面目で何事にも一生懸命に頑張る子だ。
ただ少し鈍臭くて、何回かに一回は何もないところで躓いたりカウンターや棚の隙間を見誤ってぶつかったりしているが、それはそれで和むのは彼に小動物みがあるからだろう。
コーヒーの味に惚れ、休息の為にと特定の時間を作って通うようになった俺は、いつからか遥斗くんを目で追うようになった。
この喫茶店に二人しかいない従業員は、エプロンの胸元に苗字の書かれた名札を着けている。遥斗くんが茅ヶ崎くんで、もう一人が岡野くんだという事は早いうちから分かっていたものの、名前だけは知る事が出来ず少しだけヤキモキしていた。
だが、よくよく周りの話を聞いていればマスターや岡野くんはもちろん、常連客も彼の事を〝はると〟と呼んでいて、それが名前なのだと知った時は年甲斐もなく喜んだものだ。
小柄で優しい雰囲気が故に岡野くんと同じ高校生かと思っていたら、実際は二十歳を迎えていて俺と五つしか変わらない事には驚いた。
彼の過去や私生活を調べる事は俺には容易い。
恋人がいるのかいないのか、はたまた好きな人はいるのか、本当は知りたくて堪らなかったけどそれは遥斗くんに対して不誠実であり、下手をすれば嫌われてしまう行為だからする気にもならなくて⋯そうして自分の気持ちに気付いたのは喫茶店に通い始めてから一月経った頃だった。
俺は遥斗くんに惚れている。それも、自分でも気付かないほど深く。
今までも人から口説かれる事はあっても惹かれるような相手はおらず、こんな気持ちになったのは初めてだった。
というよりも、自分にこんな感情があったのかとむしろ驚いたほどだ。
自覚してからは本人が気付くほど見てしまい、当然遥斗くんよりも察しのいい岡野くんに知られない訳もなく時折睨まれるようになってしまった。
素直で頑張り屋な遥斗くんは常連客からは可愛がられ、マスターや岡野くんに大切にされているから牽制されるのも分かる。でも、だからといって引くつもりも負けるつもりもない。
眺めるだけでも気持ちは膨らむばかりで、もしあの子が他の誰かのものになったら⋯そう考えるだけで怖くていてもたってもいられず、あの日、薔薇に意味を持たせて告白した。
断りきれない遥斗くんを押し切った感じではあるが、無事遥斗くんの恋人としての一歩を踏み出せた俺は、今度は距離を縮める為に今まで以上に仕事に取り組み彼との時間を作れるよう精を出した。
秘書からは冷めた目を向けられたが、おかげで目の前の光景が見られているのだからもうどうでもいい事だ。
「わぁ⋯」
入場ゲートを潜って進んだ先にある巨大水槽を食い入るように見ていた遥斗くんは、現在は二階にあるトンネル水槽に目を輝かせて小さく声を上げる。
一定の間隔を開けて床までもがガラスになっている場所があり、そこに立つと自分がまるで海の中にいる感覚になるようで遥斗くんはさっきからずっとそこに佇んでいた。
魚が通るたびに目で追い掛けて、足元にくるとしゃがみ込んで眺めている。
その様子を離れた場所で見ていた俺は、ふと思い付いてスマホを取り出すとトンネルを見上げる彼の横顔をカメラに収めた。前々から遥斗くんの写真が欲しいと思っていたから撮ってみたけど、この子写真写りがいいな。
カメラ越しに見ていたら不意に遥斗くんがこっちを向いて首を傾げてきたから、同じように傾げてスマホをしまうとこちらに歩み寄ってきた。
「もしかして、もう時間ですか?」
「ん? ⋯ああ、ショーの? そうだね、もうすぐだからそろそろ行こうか」
「はい」
遥斗くんはよほどシャチのショーが楽しみなのかふんわりとはにかんで頷く。
まだ視線は合わないけど、前よりは顔が見えるようになったし表情の変化も分かるようにはなったから、こうして笑顔を見られる回数も増えた。
(遥斗くん、笑い方がほわほわしてるから可愛いんだよね)
にこっとかくしゃっとかじゃなく、ほんとにほわんって感じの笑顔だから見ていると凄く和む。
手の平を上に向けて差し出すと、恥ずかしそうにしながらも握ってくれる遥斗くんが可愛くて仕方ない。いつか遥斗くんから繋いでくれるようになったら、俺は嬉しくて舞い上がってしまうだろうな。
ふとした事でつい抱き締めたくなるけど、まだそこまで距離は縮められていないから我慢だ。
俺の手よりも小さな手を握り返しショーの行われる会場に向かうべくトンネル水槽を通り抜けながら、終わる頃には昼も回っているし何か食べようかと遥斗くんへと提案して微笑んだ。
あなたにおすすめの小説
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
魔性の男
makase
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。