噂の不良は甘やかし上手なイケメンくんでした

ミヅハ

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二年前と今(周防視点)

 俺が湊と出会ったのは二年前。
 幼い頃から親との折り合いが悪く、俺は母方のばあちゃん家に預けられ世話になってた。ばあちゃんは穏やかで優しくて、俺がクラスメイトと喧嘩をしても頭ごなしに叱ったりはしなかった。
 勉強も食事のマナーも常識も、俺にいろいろ教えてくれたのはばあちゃんで、俺はそんなばあちゃんが大好きだった。

 だけど中学に上がるくらいからばあちゃんは体調を崩し始め、俺が二年生に進級してから半年後に病気で亡くなった。俺にとってばあちゃんだけが救いで、心の拠り所だったからそれはもうショックで。
 おまけに、クソ親共はばあちゃんの葬式でばあちゃんよりも遺産の事を気にしやがったから、ブチ切れた俺は溜まってた鬱憤を晴らすかのようにアイツらを口汚く罵って家を飛び出した。
 どれくらい歩いたのか分からないけど、街並みを見下ろせる場所にある広場のような公園にベンチを見付けて座った俺の隣に、いつの間にかいたのが湊だった。
    いかにもイキった見た目してんのに、その時の湊は怖がったり逃げたりせずそこにいてくれた。

『どうして泣いてるんですか?』

 柔らかな声音が優しく問い掛けてくる。泣いていただろうかと頬に触れると僅かに濡れていて驚いた。
 見ず知らずの子に涙を見られた気恥ずかしさと、いつからいたのか分からない気まずさで顔を逸らして小さく返す。

『……ばあちゃんが…死んだから……』
『そっか…それは悲しい…。おばあちゃんの事、大好きだったんですね』
『…ん』

 すんなりと耳に入ってくるのは、この子の話し方が殊更にゆっくりで聞きやすいからだろう。加えて穏やかだから嫌味さえ感じない。
 チラリと横目で見ると、彼は前を向いてじっと景色を眺めてた。夕陽に照らされた横顔は幼いのに、その表情は大人っぽく見える。

『俺もね、悲しいとか辛いなって思ったらここに来て、夕陽を眺めてるんです。街が一面オレンジ色に染まって、綺麗だなって気持ちで胸がいっぱいになるから』
『……何が悲しいの?』
『…俺ってホントに必要な存在なのかなって……俺は、いてもいなくても誰にも影響しない。そこにいたって意識して貰えないし……だってみんな姉の方が好きで俺はいつもオマケだから…………あ…あはは、初対面の人に何言ってるんだろ』
『…………俺も、そう思う事ある』

 親に疎まれ、クラスメイトからは怖がられ、唯一ありのままの俺を見てくれたばあちゃんはもういない。本格的に俺はこの世にいらない存在なんじゃないか、そう思い始めてた。
 この子も身内の事でいろいろ悩んでるんだな。
 チラチラと見ながら話していると、突然その子が俺の方を向きベンチに手を付いて前のめりで顔を覗き込んできた。

『じゃあ、俺がお兄さんは必要な人だって言います』
『え?』
『ここでこうして話せたのも何かの縁だと思うし、いつも一人だったから今日はお兄さんがいてくれて嬉しかったんです。つまり、少なくとも俺にはお兄さんは必要な人だったんですよ。あ、俺にそう思われるの嫌かもしれないけど……でも出来ればお兄さんには笑ってて欲しい。おばあちゃんもきっとそう思ってるはずです』

 そう言ってふわりと笑った顔から目が離せなくなった。
 俺がいてくれて嬉しかったなんて、ばあちゃん以外に初めて言われたし。やべぇ、顔熱くねーかな。

『だから、またここに来て俺と話してくれると嬉しいです』
『…ん、ありがとう』
『お兄さん、不思議な人ですね。俺あんまり人と話すの得意じゃないんですけど、お兄さんは話しやすいっていうか……あ、俺、那岐原湊って言います。お兄さんは……』
『湊ー!』
『わ、薫!?』

 遠くの方から甲高い声が聞こえ、湊が慌てたように立ち上がる。俺に頭を下げ入口の方へ走って行く後ろ姿を見ていると、どこか湊に似た顔立ちの子が現れて彼の腕を掴んだ。
 引き摺られるようにして足を動かしながらも俺の方を振り返った湊は、大きく手を振りながら笑顔で階段を降りて行き、やがてその姿は見えなくなった。

『……湊』

 口の中で覚えたての名前を反芻する。ばあちゃんみたいに穏やかで優しい湊は、俺の心の中にあっという間に入り込み、それ以降決して忘れる事の出来ない存在になった。
 今思えば一目惚れに近いものがあったのかもしれない。ほんの数分話しただけの子を本気で欲しいと思うなんて、こんな事初めてだ。

 その後、結局親とは仲違いしたまま一人暮らしを始めた俺は何度かあの広場へ足を運んだもののどうしてか湊に会う事は出来なかった。でも珍しい苗字だし、この辺に住んでいるならと調べてみればまさかの同い年。
 ツテ(という名の脅し)で進学する高校も知った俺は迷いなくそこを受験して無事合格し、ばあちゃんが俺に残してくれたお金で制服や学用品を買って今に至っている。
 噂の事は知ってたけど、湊以外はどうでもいいから言わせておけばいいと思って放置してたら尾鰭着きまくってた。喧嘩は基本売られたのしか買わねーし、湊に害がないなら無視する。多少ヤンチャはしてるけど、俺、そこまで悪い奴じゃねーと思うんだけどな。

 ちなみに、入学してからまともに学校に行かなかったのは、まさかの湊と同じクラスだったから。噂が一人歩きしてるせいで湊に怖がられると思ったら話しかけられなかったんだよな。
 まぁ、結果として湊がきっかけをくれたから良かったんだけど。



「……神薙?」

 土産物屋でタオルを買い、陽の当たるベンチに座って当時の事を思い出していた俺は、隣からかけられた声にハッとして顔を向ける。
 今は恋人として傍にいる湊がタオルを頭に被せたまま首を傾げていて、その姿が可愛くて思わず口元が綻んだ俺はまだ濡れている頬を手で拭った。

「湊はさ、二年前にあった事って覚えてる?」
「二年前?」
「俺と湊、二年前に会ってんの」
「え?」

 まぁ最初に話した時には分かってたから今更だけど、やっぱり覚えてなかったか。あん時とは髪色も髪型も違うし、背も伸びたからな。仕方ないと言えば仕方ないけど、やっぱショックではある。

「え、二年前に会ってるの? 嘘、俺覚えてない…ごめん、どうしよう」
「会ったの一回だけだし、覚えてなくてもしょうがないよ。気にすんな」
「でも神薙は覚えてる」

 そりゃまぁ、好きな子の事だし? それに湊は、俺を救ってくれたも同然だからな。

「湊は俺の恩人だから」
「ええ? 俺絶対そんな風に思われるような事してない」
「俺にはしてくれたんだって。だからさ」

 湊が被ったままのタオルの両端を掴んで引き顔を近付けた俺は、目を瞬く湊の額に口付けにっこりと笑いかける。

「俺は俺なりに湊に好きになって貰えるよう頑張るから。浮気だけは勘弁な」
「う、浮気なんてしな…っ」
「好きだよ、湊。めちゃくちゃ好き」
「え…!? ちょ、やめ…っ」
「湊じゃないと駄目だから、俺」
「わ、分かった、分かったから…!」

 まずは俺がどれだけ湊に惚れてるかを知って貰う必要がある。これまで言わないでいた気持ちをぶつるように、唇が触れそうなくらい近くで伝えれば湊は真っ赤になって慌て始めた。
 周りが見ていようがヒソヒソしていようが、湊に自分はちゃんと愛されてるんだって実感して欲しいからどうでもいい。そもそも俺が周りを気を配るのは湊気にするからだ。

「ホントに分かってる?」
「分かってます…っ…でも俺、こういうの本当に慣れてないから…出来れば手加減して欲しい…です…」
「……なぁ、湊」
「…何…?」
「湊が可愛過ぎて、俺の頭おかしくなりそう」
「……!?」

 話せば話すほど、近付けば近付くほど、湊の可愛さや素直さに溺れていく。薫じゃねぇけど、マジで放っておけない。一人にするとか不安過ぎる。いや、だからこそ薫は守ってたんだろうけど、そのせいってのも一理あるよな。
 めちゃくちゃ純粋だし。

「なるべく俺の傍から離れんな」
「…う、うん…」
「何かあったら一番に連絡して」
「はい…」
「……湊」
「うん?」
「名前で呼んで欲しい」

 いつの間にか〝くん〟が外れてたのは嬉しいけど、やっぱり俺も名前で読んで欲しい。にだけは負けたくねぇ。
 膝に置かれていた湊の手を握り俯いた頭に自分の頭を寄りかからせてねだると、少しして湊の頭が動いた。そろっと俺を見上げ何度か口をパクパクさせたあと、手を握り返してくれる。

「…す、周防、くん…」

 うん、好きな子の名前呼び舐めてた。っつーか駄目だ、マジで可愛いが過ぎる。マイナスイオン出まくってる。癒されるってこういう事を言うんだな。
 恥ずかしそうに視線を彷徨わせる湊を堪らず抱き寄せた俺は、火照って熱を持つ頬にキスをしてから湊の首筋に顔を埋める。

 プールの水で濡れたはずの湊からは暖かな陽だまりのような香りがして、改めて手離したくないと思った。
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