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あの日の事

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 俺を守る為に、周防くんが殴られたり蹴られたりしてるのを見て、自分は何て無力なんだろうって思った。俺が弱くなければ周防くんがこんな目に遭わずに済んだのに、何も出来ないせいでボロボロになってく姿を見る事しか出来ない。
 でも、一人が鉄パイプを持って来た時全身がゾワッとした。そんなもので殴ったら周防くんは死んじゃう。もう二度と話せなくなる。そう思ったら身体が勝手に動いて、気付いたら周防くんに抱き締められてた。
 手首を縛っていた布を外され、赤くなったそこを撫でられる。

「ここ以外、怪我ないか?」
「…ん…」
「ごめんな、怖かったよな」

 少し離れた場所で怒鳴り声や鈍い音が聞こえるけど、傷だらけの周防くんにしか目がいかなくて気にする余裕もない。

「ど、して…周防くんが、謝、るの? つ、連れて行かれた俺が、悪い、のに」
「俺に恨み持ってる奴らに狙われたんだから、俺のせいだよ」
「…っ…」

 そんな事ないって言いたいのに、泣きすぎて言葉にならなくてブンブンと首を振る。俺のせいでこんなに怪我したのに。

「ほら、もう大丈夫だから落ち着けって。ゆっくり息吸って…吐いて」
「…ひっ…ぅ…ごめ、なさ…」
「だから湊のせいじゃ…」
「お、俺じゃ…ダメ…?」
「え?」

 こうして傍にいると離れたくない気持ちの方が強くなって、あのあと周防くんがどう考えたのかは分からないけど俺を選んで欲しいって思ってしまった。
 このまま恋人でいたいって。

「俺、周防くんと薫が、話してるの聞いて……周防くんの、本当の…お、恩人は薫だって…」
「薫が本当の恩人?」
「だって、俺覚えてない…のに、薫は、覚えてて…っ」

 ああ、ダメだ。あの会話を思い出したらまた涙が浮かんできた。
 ここで終わりかもしれないからちゃんと話さなきゃいけないのに、嗚咽で上手に話せなくなる。

「ああ、何となく理解して来たけど、お前勘違いしてる」
「…?」
「あれは……」
「よっしゃ、完全勝利!」
「俺ら最強!」

 眉尻を下げた周防くんが何かを言おうとして、途中で大きな声が被せられる。ビクっとして振り向くと、周防くんに暴力を振るっていた人たちも、金髪と緑髪の人も苦しそうに呻きながら地面に倒れてた。

「うわ…アイツらあんな強かったのかよ」
「……」

 二人で七人も相手にして勝つなんて…凄い。
 驚いて呆然としてるととツンツン男が俺の前にしゃがんでにこっと笑った。

「いろいろ怖がらせて悪かったな。もうお前には何もしねぇから」
「え…?」
「あとは俺らがどうにかするから、さっさと帰って手当てしろ」
「…気持ち悪ぃんだけど…」
「人がせっかく気ぃ利かせてやってんのに…」

 謝られて戸惑ってると更に優しい言葉がかけられ、周防くんが物凄く怪訝そうな顔で俺の頭を引き寄せ肩に押し当てる。この人たち、もしかして本当はいい人たち?
 頭の中いっぱいにハテナマークを浮かべていると、周防くんが俺を抱いたまま立ち上がり息を吐いた。

「まぁいっか。お言葉に甘えて帰らせて貰うわ」
「おー」
「あ、あの、ありがとう…ございます……あと、名前…」
「聞かなくていいよ、湊」
「で、でも……」

 子供みたいに抱っこしたまま歩き出そうとする周防くんにハッとして二人に問い掛けたんだけど、周防くんに遮られた上に二人も苦笑して首を振るから結局聞けなかった。
 次に会った時呼べなくて困るのに。
 というか周防くん、顔だけじゃなくお腹とかも蹴られてなかったっけ?

「周防くん、俺歩けるよ?」
「こっちのが安心する」
「怪我してるのに…」
「かすり傷だって」
「……」

 見るからに殴られた顔をして口の端も切れてるのに…周防くんのかすり傷の範囲広すぎると思う。




 人気のない道を選んでくれたおかげで周防くんに抱っこされてる状態を見られずに済んでホッとしたのも束の間、連れて来られたのは周防くんが住んでいるマンションで今度は違う緊張感を抱いた。
 部屋の中はテレビさえなくて、ソファとテーブルとベッド、あとはたぶん服がしまわれてるんだろう棚が置いてある。観葉植物も時計もないシンプルな部屋だけど、逆に物が少な過ぎて寂しいと思った。
 思ったよりも柔らかいソファに下ろされ頭を撫でられる。

「水しかないけどいい?」
「う、うん」

 キッチンに向かった周防くんが備え付けの棚の扉を開けてグラスを出してる。ソファにある唯一のクッションをぎゅってすると周防くんの匂いがした。いい匂い。
    ……あ、そうだ。こんな事してる場合じゃなかった。

「周防くん、救急箱ある?」
「絆創膏と消毒液くらいならあるけど…そこの一番上の引き出し」
「開けていい?」
「いいよ」

 立ち上がり一つだけある棚の示された引き出しを開けると、凄く乱雑に色んな物が突っ込まれてた。その中に絆創膏の箱と消毒液を見付けて振り向くと周防くんが戻ってきてソファに座る。
 やっぱり明るいところで見ると顔の傷がひどい。早く冷やさないと腫れちゃうよね。

「タオルは?」
「タオル? そこの二段目にない?」

 言われたからまた引き出しを開けてタオルを出したけど、初めて来たお家で普通に人様の棚を漁ってる光景ってどうなんだろ。本人の許可は得てるけど。
 とりあえずこれを水で濡らして来よう。

「ちょっと洗面所借りるね」
「ん。そこ右な」
「うん」

 このマンション、ワンルームだけどお風呂とトイレは別みたい。洗面所に入ってタオルを濡らして戻ると腕を引かれて膝の上に座らせられた。目を瞬いてる間にこめかみや額や頬に周防くんの唇が触れ更に困惑する。

「す、周防く……」
「さっきの話。あれ、薫が恩人なのは湊の勘違いだから」
「…?」

 そういえばあそこにいる時も勘違いって。何が勘違い?
 首を傾げつつ濡らしたタオルで変色してる頬に当てたら意図を察してくれたのかじっとしてくれる。

「助けてくれたのは、湊が先」
「え?」
「高台にある公園、知ってるよな? 悲しい事あったら行くって言ってたし」
「何でそれ…」

 高台の公園は街外れにある高い場所に作られた小さな公園で、長い階段を登った先にあるから人がほとんど寄らないところだけど、そこから眺める街並みが夕焼けで染まる時間が一番綺麗で、周防くんの言う通り悲しい事や辛い事があったらそこに足を運んでた。
 街全体がオレンジ色になって、何も考えずそれだけを見ていられたから。
 でもそれは薫にすら言った事ないのに、どうして周防くんが知ってるんだろう。

「泣いてた金髪男、覚えてないか?」
「泣いてた…金髪の男の人…………あ」

 そういえば、一回だけそんな話をした人がいた。大好きなおばあちゃんが亡くなって悲しいって。俺と同じで、自分の存在意義が分からないって言ってた。
 もしかしてあの人が、周防くん?

「俺、年上の人だと思ってた…」
「はは、確かに同い年には見えなかったかもな。……あの時湊に、俺を〝必要とします〟って言って貰えてすげぇ嬉しかったんだ。俺がいてくれて良かったって…救われたんだよ、その言葉で」
「でも俺、覚えてなかった…」
「今思い出してくれたろ?」

 必要だって言っておきながら忘れるなんて最低だ。なのに周防くんはふわりと微笑んで優しくそう言ってくれる。

「怒っていいのに…」
「何でだよ。俺が湊に怒るとか、出来る訳ないだろ」
「……」
「なぁ、湊。俺は湊がいいよ。どっちが先とか関係なく、湊じゃないと嫌だ」
「周防くん……」
「本気で好きだから。離れて行くな」

 タオルを押さえていた手が取られ口付けられる。ぎゅっと引き結んだ唇が舐められて背中がゾクッとした。そのまま何度かキスされて軽く息が上がった頃、今度は周防くんの指が下唇をなぞる。

「湊、口開けて」
「…口…?」

 何でと思いつつ周防くんに言われたように薄く口を開けると、もう一度唇が塞がれて今度はぬるっとしたものが口の中に入ってきた。俺の舌の裏に差し込まれスリスリするみたいに動く。

「ん、ンン…っ」

 これ、周防くんの舌だ。絡め取られて誘われるように周防くんの唇に挟まれて吸われると変なところがウズウズする。
 初めての感覚に戸惑いながら周防くんの服を握ったら体重をかけられて押し倒された。でも舌が触れ合うキスは終わらなくてだんだん頭がぼんやりしてくる。

「…ふぁ…ゃ、ん……ん……っ!?」

 息を吸うタイミングもどうしたらいいのかも分からなくてされるがままでいたら、周防くんの手が気付かないうちに膨らんでた場所に触れて身体が跳ねた。

「……嫌か?」
「…い、やって…言うか…な、何で触るの…?」
「勃ってるし、湊を気持ち良くしてやりたい」
「へ…え…?」

 それとそんなところを触る事に何の関係が?
 分からなくて混乱する俺に気付いた周防くんは俺よりも驚いた顔をして考えると、ふっと微笑んで人差し指でそこをなぞってきた。

「や…っ」
「教えてやるから、俺に任せてくんね?」
「……」

 何が何だか分からなくて頭の中はぐるぐるしてたけど、俺に楽しい事を沢山教えてくれた周防くんだから怖い事とか痛い事はしないはず。
 震える手で周防くんの手を握った俺は不安ながらもゆっくりと頷いた。
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