噂の不良は甘やかし上手なイケメンくんでした

ミヅハ

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好きじゃない

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 今までで一番楽しくて幸せだった冬休みが終わって三学期が始まった。
 いつもみたいに昇降口で待ち合わせて、上履きに履き替えて教室に行く。入学したばかりの頃には想像出来なかった日常が、いつの間にか俺の当たり前になってるのが嬉しい。

「おはよう、二人とも」
「おはよー」
「んー」
「おはよう」

 教室に入るなりみんなが挨拶してくれる。今までだってもちろん言ってくれてたけど、俺はいつも俯いて返してたからこうして顔を上げて笑顔で「おはよう」って言える自分が今は凄く好き。
 全部全部、周防くんのおかげ。

 そういえば冬休みの終わりに駅前でデートをしてる時、周防くんのお母さんとまた会ったんだけど、前とは違って少しぎくしゃくしつつも二人とも柔らかい雰囲気で話してた。お母さんも嬉しそうだったし、本当に本当に良かった。
 少しずつ、親子として話せるようになるといいな。




「湊くん、バレンタインどうするの?」
「え? バレンタイン?」

 日直の仕事である日誌を書いていると、佐々木さんが俺の前の席に座って聞いてきた。唐突な質問に目を瞬いてると、今はトイレに行ってていない周防くんの席を指差してにっこり笑う。

「うん。もうすぐ来るじゃない? 作らないの?」
「えっと、毎年薫が作ってるから、それに便乗しようかなとは思ってる」

 周防くん、甘いもの好きだから頑張って作りたい気持ちはあるんだけど…お菓子作りはまったくした事ないからちょっと不安ではある。

「そうなんだ。いいね、楽しそう」
「佐々木さんは?」
「私はお父さんに作ってる。好きな人いないし、義理でも気のない人にあげてもねって感じだし」
「あ、そっか、お父さんにも作った方がいいんだ」
「湊くんは神薙くんだけでいいと思うよ。初めてならたぶんいっぱいいっぱいになっちゃうだろうし」

 言われてみれば確かに薫もお父さんにあげてた。本当は作るなら俺もあげた方がいいんだろうけど、佐々木さんの言う通り周防くんのだけでいっぱいいっぱいになるかもしれないし、今年はやめとこうかな。

「じゃあ周防くんだけにする」
「うんうん。その方が神薙くんも嬉しいと思うし。あー、こういう時は彼氏欲しいって本当に思うよー」

 机にだらーんとしてそんな事を言う佐々木さんにキョトンとしたけど、「頑張ってね」って笑う姿に釣られて頬を緩めて頷いたら、頭をぎゅって抱き締められて驚いた。
 む、胸が目の前に…っ。

「可愛い!」
「さ、佐々木さん、あの…」
「あ! てめ、何やってんだ!」

 見てはいけないと目をぎゅっと瞑ってたら、トイレから戻って来たらしい周防くんの声が聞こえて引き剥がされ、甘い匂いから落ち着く匂いに変わる。

「油断も隙もねぇな!」
「可愛くてつい。それにしても湊くんいい匂いするね」
「嗅・ぐ・な」

 俺を挟んで周防くんと佐々木さんがじゃれ合ってる。佐々木さんはケロッとして笑ってるけど、周防くんはほんのちょっとだけ怒ってて俺の頭と肩に回された腕の力が強めだ。

「ったく」
「嫉妬深い彼氏ですねー」
「うるせぇ。気安く湊に触んな」
「湊くん、こんなすぐヤキモチ妬かれて嫌にならない?」
「え? ううん、嬉しいよ」

 俺だってヤキモチ妬きだし、好きでいて貰えてるって分かるから嫌なんて思った事ない。
 すぐに首を振った俺に「あらまぁ」と零した佐々木さんは、椅子から立ち上がると周防くんを見て肩を竦めた。

「ほんっとお似合いだよ、君たち」
「そいつはどーも」
「ありがとう」
「……うん、どういたしまして…」
「?」

 お似合いって言われて嬉しくて笑顔でお礼を言ったら、佐々木さんは気が抜けた様子で返事をくれてあれ? ってなる。俺の頭を撫でてくれる周防くんも苦笑してるし…俺、なんか変な事言ったかな?

「湊くんはそのままでいてね」
「だな」

 良く分からないけど、二人の意見が一致して落ち着いたみたい。
 予鈴が鳴ったから佐々木さんは自分の席に戻ったけど、周防くんは本鈴が鳴るまで動くつもりはないのか、横にしゃがむと俺の手を握って膝に顎を乗せ優しく微笑んだ。
 俺がドキドキしたのは言うまでもない。



「湊、チョコ作るわよ」

 バレンタイン前日の十三日の夜。夜ご飯を食べ終わったあと、キッチンに立った薫にそう呼ばれて驚いた。
 タイミングが掴めなくてまだ言えてなかったのに、何で教えて貰おうと思ってた事が分かったんだろ。

「湊でも簡単に作れるものにしたから。まずは、このコーンフレークを半分ジッパー付きの袋に入れてこれで手で潰して。そんなに細かくしなくていいわ」
「う、うん。……ちなみにこれは何?」
「チョコクランチ」

 隣に行くなりコーンフレークと袋が渡される。言われた通り半分入れてジッパー部分を閉め指先で割るように押さえてある程度細かくしたら、今度は丸い小さなチョコが入ったボウルを渡された。

「このボウルを、こっちのお湯が入ったボウルに浸けてチョコを溶かすの。ちなみにこれ、湯煎っていうから覚えときなさい」
「湯煎」
「溶けたらさっき潰したコーンフレークを一掴み入れて混ぜてね」
「はい」

 湯気の立つボウルにチョコが入ったボウルを重ねるようにして渡されたヘラで混ぜる。凄い、チョコが溶けてきた。
 レンジでチンするのかなとか思ってたけど、溶かすならこっちの方がいいんだ。湯煎だって。また一つ勉強になった。
 少しして完全に溶けきったチョコの中に袋の中のコーンフレークを一掴み入れる。

「あ、湊。お湯からは外して」
「お湯? あ、これか…」

 そっか、湯煎したままはダメなんだ。ボウルを持ち上げて濡れたところを拭いて調理台に置きさっきのヘラで混ぜる。トロトロだったチョコがコーンフレークと混ざっていい感じに纏まってきた。

「ん、いいわね。じゃあ見本見せるから、同じようにやってみて」

 そう言って薫はハートの型抜きの中にチョコクランチを詰めると、軽く押さえながらクッキングシートが敷かれたバットに抜き出す。あっという間にハートで出来たチョコクランチが出来た。
 薫に型を渡されて同じようにしてみたら、初めてなのに綺麗なハートの形になって嬉しくなる。一気にやる気が出た俺はボウルの中にあったもの全部をバットに並べて息を吐いた。

「出来た? それで終わりだから、そのまま冷蔵庫に入れておいて。箱詰めは明日の朝しよ」
「ありがとう、薫」
「どういたしまして。神薙くん、喜んでくれるといいわね」
「うん」

 いつの間にか薫は、俺に対してあれダメこれダメって言わなくなった。制限されなくなるのは嬉しい事なんだけど、何だか寂しく感じるのは俺がまだまだ子供だからかな。
 俺もきっと、それなりにはシスコンなんだと思う。



 翌朝、薫と一緒にラッピングしてお弁当が入った保冷バッグに入れてリュックにしまい学校に向かった俺は、昇降口で繰り広げられてる攻防戦にポカンとしていた。

「神薙くん、これ貰ってー」
「私のも」
「だから、いらねぇっつってんだろ。恋人持ちに持ってくんな」
「受け取ってくれるだけでもいいから」
「頑張って作ったんだよ」
「知るか」

 す、凄い。いつも以上に女の子たちに囲まれてる。どうしよう、あの人数の中に入って行くのはさすがに怖い。

「神薙くんって甘いもの好きなんでしょ?」
「甘いもんは好きだけど、チョコは好きじゃねぇんだよ」
「…!」

 え、チョコ好きじゃないの? ど、どうしよう、甘いもの好きな人はてっきりチョコも好きだと思い込んでた。
 好きじゃないならあげられない。でも今更他のものなんて用意出来ないし…ちゃんと聞いておけばよかった。

「とにかくいらねぇから。…湊、行くぞ」
「…う、うん」

 女の子たちをあしらい間を抜けた周防くんが俺を呼ぶ。ハッとして駆け寄ったけど、俺の頭の中は周防くんの好きじゃないって言葉がぐるぐるしてた。

 それからお昼休みまで周防くんのところにチョコを持って来る子が後を絶たなくて、でも周防くんは誰のものも受け取らずに全部断ってた。そのたびにチョコは好きじゃないって言われるから胸が痛くて痛くて。
 佐々木さんはそんな俺の様子に気付いてくれてたみたいだけど応える余裕がなかった。…申し訳ない事しちゃったな。

「湊? どうした?」

 お昼休み、いつもの屋上前の踊り場。
 俺は保冷バッグを膝の上に置いたままの状態で、まだお弁当を渡せていなかった。
 だってこの中には周防くんに渡すはずだったチョコクランチが入ってて、開けたらすぐ見えちゃうから出したくても出せない。

「みーなーと?」
「…ちょっと、待ってね」

 こうなったら見えないように開けて出せばいいんだ。
 俺は周防くんに背中を向けて保冷バッグを開けると、一回チョコを取り出そうと箱に手を掛ける。でもそれより先に後ろから周防くんの手が俺の両手を掴んで、肩越しに覗き込んできた。

「それ、何?」
「…あ、えっと…」
「俺にじゃないの?」
「そ、そうだけど…でも…」
「くれないの?」
「……だって、チョコだから…」

 断るたびに言ってた事を思い出し涙が出そうになる。好きな人の好みもちゃんと知らないなんて最低だ。
 周防くんは少し黙ったあと、手を離して歪なリボンがついた箱を持ち上げて自分の膝に置くと、それを解いて包装を剥がし蓋を開ける。あっと思ってる間にハート型のチョコクランチを一つ取って口に放り込んだ。

「周防く…っ」
「……ん、美味い」
「え…?」
「……俺は湊が作ってくれたもんなら、苦手だろうが嫌いだろうが完食するよ。チョコだって好きじゃないけど、湊のなら食いたいし欲しい」
「…周防くん…」
「俺の為に作ってくれたもんを隠さなくていいよ。失敗しても、味が濃くても薄くても、苦くても辛くても、湊が一生懸命作ってくれたもんは美味いから」

 そんな事ないのは作る俺が一番分かってる。でも周防くんは、俺がどんなに見た目や味付けを失敗してたとしても、本当に笑顔で美味しいって言って食べてくれるんだよね。
 だからこそ俺は、もっともっと上達して美味しいものを食べて貰いたいって思ったんだから。

「ありがとな」
「…っ、周防くん…!」

 嬉しくて、嬉しすぎて感極まった俺は勢い良く周防くんに抱き着いた。
 周防くんの言葉はいつでもあっという間に俺を幸せにしてくれる。

「周防くん、大好き…っ」
「俺も大好きだよ。ホワイトデー、期待しててな」
「うん」

 来年はチョコじゃなくて違うものにしよう。周防くんの好きなものをたくさん聞いて、それを作れるようになりたい。

「湊」
「?」

 周防くんの肩に顔を埋めて目を瞑ってたら、不意に名前を呼ばれて顔を上げる。ちょうどチョコクランチを口に入れたところで、じっと見てたら顔が近付いて唇が重なって、隙間から溶け始めたチョコクランチが押し込まれた。
 そのまま舌が入ってきて、俺の口の中で溶かされてほぼコーンフレークだけになったくらいに唇が離れると、チョコがついてたのか周防くんの親指に口端を拭われる。
 チョコ味のキスにドキドキしすぎて、口の中に残ったコーンフレークは味も食感も感じなかった。
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