隠した想いのその先に

ミヅハ

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見慣れない部屋

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 地図に記載されたマンションのエントランスをくぐり書いてあった部屋番号の前で待ってたら、およそ三十分くらいして兄さんがやって来た。
 カバンから鍵を出して解錠し、俺の荷物を持って中に入るから追いかけたらふわりとアクア系の爽やかな香りが広がる。玄関で止まってると「おいで」って言われて、戸惑いつつも靴を脱いで上がりリビングに向かった俺は目を瞬いた。
 白を基調にした家具とベッドがあり、細い棚の上には見た事あるものが大事そうに飾られてる。

「⋯⋯あれ⋯」
「ああ、これ? 千晃が幼稚園児の時に粘土で作った僕の顔。それからこっちは、小学生の時に図工で作った小物入れとペン立てだね」
「⋯なん、で⋯?」

 粘土で作ったものは確かに兄さんにあげたけど、小物入れもペン立てもとっくに捨てられたと思ってた。だって母さんはいらないって言ってたし。
 しかも使うとかじゃなく、ただ飾られてるだけなのに埃一つも被ってない。
 俺の荷物を端に置き、クローゼットを開けた兄さんは何かを探しながら話を続ける。

「ゴミ箱に入れられてるのを見て、僕がこっそり持って行ってたんだ。せっかく千晃が頑張って作ったのに、捨てるなんてもったいないって」
「⋯⋯⋯」
「だから、家を出る時は絶対持って行こうって思ってた」
「⋯⋯じゃあここ、兄さんの家、なのか?」

 薄々そんな気はしてたけど、まだ信じられなくて聞けば兄さんはにこっと笑って頷いた。家を出るって本気だったんだ⋯っていうか、もう部屋まで借りてる。
 呆ける俺に新品の歯ブラシと真っ白いタオルを持たせ、兄さんは廊下の方を指差した。

「詳しい事はあとで話すから、先にお風呂に入っておいで」
「⋯⋯うん⋯」
「その間に夕飯の準備しておくよ」
「え⋯兄さん、作れるの?」
「大したものじゃないけどね」

 父さんと母さんにこれでもかってくらい大事にされて、殊更に甘やかされてたから何も出来ないって嫉妬心で勝手に思ってたけど、俺の知らないところで兄さんは頑張ってたんだ。
 この部屋も、料理も、いろいろ。
 だとしたら、やっぱり俺は兄さんにひどい事を言って傷付けた事になる。
 でも謝るにしたって今は邪魔になるだけだから、先に風呂に入って頭をスッキリさせてこよう。啓介の事も心配だし、早めに連絡しないとな。


 風呂から上がると、小さな丸いテーブルの上には湯気の立つ親子丼が置いてあった。

「ナイスタイミングだね」
「⋯⋯兄さんは、いつからこうやって出来るようになったんだ⋯?」

 こんなの、一朝一夕で出来るものじゃない。
 この部屋だっていつから住んでるのか⋯父さんと母さんにはバレてないんだな。
 兄さんの向かいに座り親子丼を眺めながら問い掛けると、兄さんは頬杖をついてふっと笑った。

「千晃が高校に入ったくらいから、友達に頼んで少しずつ教えて貰ってたんだ。きっと千晃は高校を卒業したらこの家を出るんだろうなって思ってたから、それに合わせようって僕もそのつもりで動いてた」
「⋯どうして?」
「戸崎くんには聞かなかったんだ?」
「だって⋯あいつにだから話したのかもって⋯」

 少なからず、本当にそこに気持ちはなくても啓介の事は気に入ってそうだったから、俺には言えないような事もあいつになら言えたんじゃないかって思ってる。
 それに、人伝に話を聞くのはあまり好きじゃないし。
 そう言うと、兄さんは優しく笑って俺の頭を撫でてきた。

「千晃はいい子だね。⋯⋯僕のせいで、両親からあんな扱いを受けていたのに」
「⋯兄さんだけのせいじゃない。俺が⋯ちゃんと出来なかったから⋯」
「出来なくて当たり前の事まで要求されてたでしょ。僕が出来たからって、弟だからって、まったく同じ事が出来るなんて限らないんだよ」

 兄さんはいつだって誰よりも前にいて、俺が出来るようになる頃にはとっくに遙か先に進んでた。父さんも母さんもそれを望んでたけど、兄さんの言う通りほとんどがその年齢の子供には無理難題で、俺は何度涙を流した事か。
 兄さんはそれが分かってたんだな。

「僕が二人をあんな風にして、千晃が当たり前に貰えるはずったものを全部奪った。だから僕は、千晃から恨まれるべきだと思ったんだよ」
「え⋯」
「僕は千晃が大好きだけど、僕自身は千晃に好かれるべきじゃないって。⋯⋯でももうそうは言っていられなくなったから、千晃に嫌われてても動くって決めたんだ」

 まさか兄さんがそんな風に考えて動いていたなんて⋯俺の方こそ、兄さんには疎まれてると思ってたのに。
 出来損ないな弟なんて、ただ邪魔でしかないだろうって。

「千晃をあの家の奴隷になんてしない。やっと本心から千晃を愛してくれる人が現れたんだから、絶対邪魔なんてさせないからね」
「兄さん⋯」
「しばらくはここにいて。あ、でも戸崎くんのところに行くなら言ってね」

 そこまで言って一つ息を吐いた兄さんは、親子丼を指差し「食べよう」と促した。
 頷いてスプーンを持ち、少し冷めた肉を掬って口へと運ぶ。

「⋯美味しい」
「ほんと? 良かった」

 啓介の家以外で温かいものを食べられる日がくるなんて⋯しかも、家族の手作り。
 本当に美味しい。
 俺の言葉にホッとしたのか、穏やかな顔で親子丼を食べる兄さんをチラリと見てさっき聞いた話を思い返す。俺への罪悪感から俺に恨まれる為にわざとあんな言動を取ってたって言うけど、そんなの悲しすぎるだろ。
 俺なんかの為にそんな事しなくて良かったのに。

(でもさ、兄さん⋯⋯俺はそんな行動より、兄さんだけでも傍にいてくれたらって思うよ⋯)

 嫌われるような行動じゃなく、寄り添って味方でいてくれるだけでも良かった。
 そうしたらあの家の窮屈さも、少しは緩和されたかもしれないのに。
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