隠した想いのその先に

ミヅハ

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千紘の本心

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 兄さんの家に寝泊まりするようになって二週間が経った。その間、少しずつ兄さんと話す時間を増やし、ここ最近は俺のぎこちなさもほとんどなくなって普通に接する事も出来てる。
 兄さんを知れば知るほど年相応なしっかりした部分が見えてきて、戸惑いも多いけどようやくちゃんと兄弟になれた気がして俺は内心嬉しく思ってた。
 ただ、父さんと母さんの事を思うと少しだけ胸が痛む。
 あの二人にとって兄さんは全てだったはずだから相当参ってるだろう。現に兄さんに何度も電話がかかってきてるし。
 でもいつまでもこのままではいられないよなって思ってたある日、必要な物を取りに兄さんと家へと帰ったら仕事に行ってるはずの二人がいて、その姿に俺は息を飲んだ。
 ほんの数日離れただけなのにやつれて生気の薄れた顔。髪はボサボサで、家の中もひどく荒れてた。
 兄さんはそれを一瞥しただけで階段を上がり始めたけど、俺は信じられなくて足を止めてしまい不意にこっちを見た父さんと目が合う。
 瞬間、父さんの顔が怒りで真っ赤になった。

「⋯っ、お前⋯!」
「!」

 大声を上げ、床に散らばった物を踏み荒らしながら俺へと近付き腕を掴む。その遠慮のない強さに眉を顰めたものの、引っ張られてよろけたところで今度は顎が掴まれた。

「ぅ⋯っ」
「お前⋯お前が千紘を唆したんだろう! どこまで俺たちに迷惑をかければ気が済むんだ! 謝れ! 今すぐ跪いて謝れ!」
「⋯っ⋯と、さ⋯」
「お前に父などと呼ばれる筋合いはない!」
「何してるの!」

 腕も顎もどんどん力が強くなって、痛みに涙を滲ませたら兄さんが間に入って父さんの手を払ってくれた。
 恐怖で手どころか全身震えて呼吸が荒くなる。

「何でそうやって千晃にひどい事するの? 千晃は何も悪くないでしょ?」
「いいや、こいつが諸悪の根源だ! 千紘、お前が父さんたちを見捨てるなんて、そんな事あるはずないだろう? お前はずっと、父さんたちの為に頑張ってくれたじゃないか」
「そうだね。父さんたちが千晃に必要以上の干渉をしなければ、あと一年はそうするつもりだったよ」
「一年⋯?」

 俺は話を聞いてたから知ってるし、あの部屋を見ればいずれは兄さんが家を出ようとしてたのは分かる。それが少し早まったのは、父さんたちが俺を家に縛りつける気でいたのを聞いたからだ。
 俺も驚いたけど、兄さんもそこまでだとは思ってなかったらしい。
 父さんは呆然と兄さんを見て、意味が分からないといった様子で首を傾げる。

「ど、どういう事だ? あと一年?」
「言葉の通りだよ。僕は、千晃の卒業に合わせてここを出る予定だった。もちろん、千晃も連れてね」
「な、何故だ? お前が出て行く必要がどこにある? ここにいれば、何不自由なく暮らせてやれるぞ? どうせそいつは卒業すればお前の為に働くんだ。お前は大学で好きな事に没頭出来るだろう?」
「それが間違ってるってどうして気付かないの? 千晃にだって好きなものややりたい事あるんだよ?」
「今まで役に立つどころか迷惑しかかけてなかったこいつにそんな自由があるとでも?    選ぶ権利すら最初からない。むしろ、面倒を見てやるんだから感謝するべきだろう」

 兄さんが俺を守るように間に立ってくれてるから父さんの顔は見えないけど、声だけでどれだけ苛立ってるかが分かる。
 震える手を握り合わせてたら大きな溜め息が聞こえ、兄さんがゆるゆると首を振った。

「将来を選ぶ権利は誰にだってある。それに、父さんたちは僕の功績にしか興味ないでしょう? 僕が何をしてるかなんて、こうならなきゃ気付きもしなかったくせに」
「そんな事あるはずないだろう? お前は父さんたちにとって誇りなんだ。誰よりも大切に思って⋯」
「嘘つき。⋯ねぇ、本当に、僕がずっと、一番であり続けたと思ってるの?」
「⋯どういう意味だ?」

 怒ってるような、悲しんでるような、複雑な感情を含んだ声で話す兄さんに、父さんは困惑した様子で問い返す。

「僕は人より記憶力がいいから、教えられた事はすぐに覚えた。勉強だって、予習復習さえ欠かさなければ一夜漬けでだって好成績は残せた。でも、何かあるたびにトップを獲るなんて⋯そんなの、普通に考えて無理なんだよ」
「⋯⋯⋯」
「証拠を見せなくても、父さんたちは僕の言葉なら信じてくれたもんね。誤魔化したり、嘘ついたり、そういうのしてた事すら気付いてないでしょ」
「ど、どうして⋯そんな事を⋯」
「千晃の為だよ。もし僕の成績が落ちたって知ったら、父さんたちは千晃に矛先を向けるでしょう? それも、悪い方に。下手をすれば千晃はもっと傷付く。そうならない為に、僕は真実と嘘を混ぜ続けたんだ」

 兄さんは頭が良くて、愛嬌があって、人当たりも良く誰からも好かれる存在。誰も兄さんには敵わない。⋯⋯俺もそう思ってた。
 でも、本当は失敗だってするし、出来ない事だってある。
 それを周りに知られないようにしてたのは、ずっと俺を守る為だった。

「そんな役立たずの為に⋯?    なぜお前がそこまで気にかける必要がある?」
「弟だからだよ。僕にとって唯一の、大切で可愛い弟だから」
「生んだ事を母親に後悔させるような奴だぞ? それにお前の弟なら、もっと出来て当たり前⋯」
「僕と千晃は違う。出来ても出来なくても、そこに向ける愛情は本当なら同じじゃなくちゃいけなかったんだよ。⋯⋯何も出来なかった自分にも腹は立ってるけど、正直、二人を親として選んで生まれてきた事の方が後悔してる」
「⋯⋯!」
「千紘! 何でそんなにひどい事を言うの!?」
「この何倍も、千晃にひどい事をしてきたのは二人でしょ」

 こんな事、本当は兄さんだって言いたくないはずなのに⋯俺が何も言えないから矢面に立ってくれている。
 兄さんだって、誰も知らないところで辛い思いをしてるのに。
 孤独だったのは兄さんだって一緒だ。

「さっき言った通り、あと一年はこのままでいるつもりだった。でも、僕はもう千晃に嘘はつきたくないから⋯千晃と一緒にこの家から出て行く」
「千紘⋯!」
「あんた達にはウンザリだ」
「⋯!?」

 諦めと悲しみ。
 兄さんが最後に零した声は震えていて、俺は自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。
 ごめんなさいなんて、そんな言葉じゃ到底足りないよ。
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