竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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黒に魅入られし者

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 頬に柔らかな何かが触れ擽ったさに意識が浮上したルカは、ゆっくりと目を開けるとぼんやりとした視界で辺りを見回した。どうやら毛足の長いラグの上で寝ていたらしく、緩慢な動きで起き上がった視界に雑多に物が置かれている光景が入ってきてここがどこかの物置小屋だと知る。
 窓の外では村にいた時ですら見た事ない程の激しい雨が降っていて、稲光のあとすぐに地を揺らす程の雷鳴が轟きルカは思わず首を竦めた。

「こわー⋯」

 雷を見るのは記憶がある以降は初めてとはいえ、大きな音が鳴る事自体は平気なのだが鳴るタイミングが分からないから否が応にも驚きはする。そもそも、ここまでの悪天候はアッシェンベルグに来てからも初めてだ。

(もしかして⋯精霊が怒ってる?)

 以前にそういう話は聞いていたから、この嵐のような天気がもし自分の現状によって齎されているのだとしたら⋯ルカは町の人たちへの申し訳なさで目を伏せた。
 小さな子供たちは、雷を怖がっていないだろうか。

「⋯にしても、ここどこだ? それに、ばあちゃんは?」

 あの時確かに城にいるはずの祖母を見付けて追い掛けたのに、路地に入った瞬間忽然と消えて焦った。だが冷静になって考えてみれば走るルカが追い付けないはずはないし、祖母が勝手に城から抜け出す事も絶対に有り得ない。
 瞠目したアルマの顔を最後に記憶が途切れているから、あれからどれくらい時間が経っているかも分からなかった。

「心配、してるだろうなぁ⋯」

 優しい人たちの事だ、今頃血眼になって捜してくれているかもしれない。
 せめて居場所を伝える事が出来たらと周りを見ていると、突然扉が開いて誰かが入ってきた。

「!」
「おやおや、お目覚めですかな? ルカ様」

 小柄でずんぐりむっくりした体格の男が、起き上がっているルカを見てニヤニヤと声をかけてくる。
 全く知らない人だが、どうしてルカの名前を知っているのか。
 質の良い服がパツパツになっていて、少しでも変な動きをしたら破けてしまいそうだとルカは思った。
 男は後ろ手に扉を閉めると無遠慮にルカへと近付き細い頤を捉える。

「今代の竜妃が人間の男と聞いた時は笑ったが、これはなかなか⋯あの堅物陛下を堕としたその手練手管、気になりますねぇ」
「⋯っ⋯離せ!」

 舌舐めずりしながらねっとりと見てくる視線が気持ち悪い。
 ルカは男の腕を払い除け強めに掴まれて痛む顎を擦って睨み付けたが、再び開かれた扉から現れた人物には大きく目を見開いた。

「お久し振りですね、ルカ様。相変わらずお美しい」
「⋯⋯ウォルター、さん⋯?」

 城の中と庭で二度会って話した竜族の貴族、ウォルター・ジル・エルディアが柔和な笑みを浮かべて挨拶をしてきたのだ。
 何故ウォルターがここにいるのか分からないルカは顔中に戸惑いの色を浮かべているが、冷えた手が頬に触れるとビクリと肩が跳ねる。

「やっと私の元へ来て下さいましたね」
「え⋯?」
「貴方とお会いしてからずっとこの日を待ち望んでおりました。貴方の美しさは、陛下お一人のものにするには非常に惜しい。皆様にもぜひ見て頂かなければ勿体ないですからね」
「何言って⋯」

 触れる手もルカを見る目も紡がれる言葉も全てが不気味で、ウォルターが何を言いたいのかが分からない。
 振り払う事も出来なくてほんのりと緑ががった黒い瞳を見ていると、今度は髪が掬われ肩より前に流される。

「ルカ様はどこもかしこもお美しい。お顔も、瞳のお色も、唇も肌も⋯⋯そして何よりもこの御髪は至高です」

 髪を撫でる手は優しいのだがただただ嫌悪感しかなくて、ルカは反射的に後ずさりウォルターの手を引き離す。だがそれを見たウォルターはにっこりと笑うと更に距離を縮めて頭に触れてきた。

「私はね、美しい黒髪を持つ方が好きなんです。これまでにも幾人かの黒髪に触れてきましたが、ルカ様の御髪は全てが完璧でこの世に二つとないもの。何よりルカ様は劣ったところが何一つ御座いませんから、〝そのままのお姿〟で我が家に致します」
「い、行くわけないだろ⋯」
「残念ながらルカ様に拒否権は御座いませんよ。⋯⋯ああ、それにしても、本当に素晴らしい⋯」

 無遠慮な手が執拗に髪に触れ口付けてくる。
 黒髪にどれだけ執着しているのかは分からないが、言ってしまえばただの変態だ。どれだけ思いを込めて触れられてもレイフォードとは全然違う。
 彼の手はいつだって、何処に触れていたってルカの心を穏やかにしてくれるのだから。
 ルカは唇を噛むと、恍惚と髪を撫でる手を勢い良く振り払った。

「触るな!」
「!」

 まさか抵抗されるとは思っていなかったのか、ウォルターは驚いた顔をして固まる。ルカは自分の髪を一纏めにして握り込むと転がっていた麻袋を被って更に声を上げた。

「俺に触っていいのはレイだけだ! あんたじゃない!」
(レイじゃなきゃ嫌だ。レイ以外に触られるなんて冗談じゃない)

 もしもうレイフォード以外にしか触れて貰えないならこんな髪いらないし、他の人に触れられている自分なんて見たくない。
 埃を纏った麻袋に蒸せそうになるが、髪を隠すように蹲っていたら我に返ったウォルターにが取り上げようと引っ張ってきた。

「やめろ! 髪が汚れる!」
「⋯っ、やだ⋯!」
「そこまでだ、ウォルター・ジル・エルディア。ドニア・マール」

 意地でも負けるものかと必死に抵抗していると、突然扉が開いて雷鳴と共に低い声が聞こえてきた。
 その場にいた全員の動きが止まるが、ルカはその声に涙が出そうになり麻袋を握る手が震える。

「!?」
「ひぃ⋯っ。へ、陛下⋯!」
「捕らえろ!」
「は!」

 何人かの足音が慌ただしく物置小屋へと入って来てすぐにドニアと呼ばれた男の情けない声が響いた。
 蹲ったまま動けずにいると麻袋が捲られて一瞬身体を強張らせたルカだったが、綺麗な顔を痛々しげに歪めたレイフォードが見えるなりそれを捨てて飛び付いた。

「レイ!」
「ルカ⋯っ、無事で良かった⋯」

 全身で受け止め抱き締めてくれるレイフォードの温もりと香りにどうしようもなく安堵する。祖母でもなく、家族として慕う村人でもなく、他の誰でもないレイフォードだからこそこんなにも落ち着けるのだろう。
 それが何を意味するのか、奇しくもウォルターのおかげでルカはハッキリと自覚した。

(もういろいろ考えなくても分かる。俺にとってレイは一番特別で、ばあちゃんやみんなとは全然違う好きな気持ちがあるって)

 頭を包むように撫でる大きな手にもっと撫でて欲しくて首に回した腕に力を込めると、レイフォードは小さく笑ってこめかみのところに頬を寄せてくる。そんな触れ合いさえ嬉しい。

「⋯まさか、こんなにアッサリ特定されるとは思いませんでした」

 バルドーとアルマに取り押さえられたウォルターが自嘲気味に言葉を吐き出す。レイフォードの腕に抱かれているルカへと視線を向けた為睨み付ければふっと息を吐いた。

「ウォルター卿、何故このような事を」
「おかしな事をお聞きになる⋯もちろん、数多あるコレクターの内の一つにする為ですよ。ルカ様はさぞかしお美しい像となったでしょうね」
「⋯!」
「貴殿がそのように悪趣味な思考の持ち主だとは思わなかったな」
「貴方様がルカ様をお連れなさるから⋯」

 とんでもない発言にルカはゾッとする。もしレイフォードが助けに来てくれなければルカは命を奪われて見世物にされていたということか。

「この世にこんなにも美しい方がいらっしゃると知らなければ、私は今までのように〝そこら辺〟の黒髪で我慢していたのです。⋯陛下、ルカ様は大変素晴らしいお方ですよ。その黒に勝るものは何もないからこそ欲しくなる」
「⋯⋯救いようがないな」

 目が合っている訳でもないのにゾワゾワするのは、ウォルターの声が城で話した時とは違い理性も知性もないからだろう。
 さっきまで散々撫でられていた髪にまたウォルターの手が触れている気がして気持ち悪くなったルカは、厳しい顔をしているレイフォードを見上げて問い掛けた。

「レイ、ハサミかナイフかある?」
「…どうするつもりだ?」
「ちょっと貸して」

 危ないからと渋っていたレイフォードはそれでも小さなナイフをルカへと渡してくれる。それを握って後ろで髪を纏めて握ったルカは、うなじの辺りで刃を髪へと当てると押すように引いた。

「!!」
「ルカ様!」

 レイフォードが息を飲み、リックスの慌てたような声が聞こえたが、切れ味抜群のナイフによりさして時間も掛からずルカの髪が切り離された。
 一気に頭が軽くなり、握った毛束を見下ろしたあとウォルターに向かって投げ付けたルカは大きく目を見開いている彼を睨み付ける。

「そんなに欲しいならくれてやる! アンタがベタベタ触りまくった髪なんていらない!」
「な、何て事を⋯っ」
「この変態!」
「あ⋯ああ⋯⋯美しい黒髪が⋯」
「⋯⋯連れて行け」

 散りながら床へと落ちた髪を見て愕然と項垂れたウォルターを見て溜め息をついたレイフォードは、バルドーとアルマへ声を掛けリックスへも視線を送る。
 僅かに躊躇いを見せたリックスだったが、ルカの様子を見て頭を下げるとドニアを引き連れ近衛隊と共に小屋の外へと出て行った。
 いつの間にか雷雨は去り、晴れ間が見え始めたのは、精霊たちがルカが無事だと悟ったからだろう。ただ、髪の件をルカが嘆くならドニアもウォルターもどうなるか分からなかった。

「ルカ」

 あれだけ長かった髪を自分でとはいえバッサリと切ったのだ。ショックではないかとルカを見ると、大きく息を吐いてこちらを向いてきた。
 その表情がどこか晴れ晴れとしていて目を瞬く。

「あー、スッキリした」
「スッキリしたのか。⋯髪、良かったのか?」
「ん? うん。切って貰うのも面倒だから放ってただけだし」
「帰ったらソフィアに整えて貰え」
「⋯⋯ソフィア、泣くかもしれない」

 あれ程ルカのヘアケアとセットを楽しんでいたソフィアである、泣くはいかないまでも絶対落ち込むだろうし、そっちの方がルカ的には問題だった。レイフォードもそれを知っているからか苦笑で返すと、短くなったルカの髪を撫で額に口付ける。

「城へ帰ろうか」
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