竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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アイリスの目的

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 最近城の中が騒がしい。
 レイフォードからなるべく部屋から出ないように言われ、例えリックスを連れていても図書館にすら行けなくなった。
 ソフィアもいつも以上に傍にいて、お茶を出したりお菓子を出してくれたり事細かにいろいろしてくれる。おかげで寂しくはないからいいのだが、ルカはどうしてか不安を感じていた。

(レイにもみんなにも、何も起きないといいんだけど…)

 何も出来ない自分が物凄くもどかしいが、下手に動いて迷惑を掛けたくない為ルカは窓から見える綺麗な庭を眺めながら祈った。





 あるゆる手を駆使してルーヴェリエ侯爵家を調査していたのだが、調べれば調べるほど怪しい部分が浮き彫りになりレイフォードは額を押さえる。

「……まず間違いなく、〝黒呪法〟が使われているな」

 痕跡を辿るのは容易ではないが、歪な力というものはそう簡単に消せるものではない。ほんの僅かでも残っていれば、レイフォードだけでなく魔力値の高い〝影〟にも感じ取る事は出来る。
 遠目に見たルーヴェリエ侯爵家の屋敷はひどく空気が淀んでいて、腐った匂いに包まれ草木は原形さえ保ってはいるものの生気は感じられなかった。
 同族の気配もしたから、恐らくは何人かの竜族がアイリスに加担しているのだろう。

「愚かな事を……」
「陛下、謁見の間にてルーヴェリエ侯爵夫人がお待ちです」
「分かった、すぐに行く」

 諸々の手続きや手配を済ませ、正式な書簡を以てようやくアイリスを城へと召還出来た。ルカの為にも早く終わらせたいとは思っていても、王としての権力を傍若無人に振る舞う訳にもいかず少し時間がかかってしまったのだ。
 おかげでルカと触れ合える時間も減っていた。
 謁見の間に入ると、近衛兵に退路を塞がれたアイリスが姿勢良く立っていたのだが、微笑んでいてもその表情には感情がなく傍から見ると人形のようにも見える。
 レイフォードは玉座へと腰掛け、アイリスへと問い掛けた。

「呼ばれた理由は分かっているな?」
「……さぁ? 私には何の事だか…」
「しらばっくれても無駄だぞ。貴女が息子へしてきた事はもう調べがついているからな」
「………」

 腹の前で組まれた手がピクリと反応する。だが表情は崩す事なく、アイリスは数段高い場所にいるレイフォードを見上げて首を傾げた。

「そう仰られましても…。…陛下、私の息子を返して下さいまし」
「本人が否と言う以上それは出来ない」
「それは自分の役目を忘れているからですわ。思い出せば、きっと戻って来てくれるはず…」
「その役目とやらは道理に反している」

 いくら血が繋がっていようと、ルカで何をしようとしているか分かっているのだから渡す訳にはいかない。
 アイリスは淡々と話していたが、レイフォードが厳しい口調で言えばすっと真顔になった。

「道理? ……そんなもの、私には心底どうでもいい」
「何だと?」
「常識はあの子を救ってくれない。お医者様もお薬も何もかも、あの子には何の意味もなかった。…もうこれしか方法がないの。ジェリスしかいないのよ!」
「……ジェリスも貴女の子供だろうに、何故そのような事が出来る?」
「おかしな事をお聞きになるのね…ジェリスはその為に産んだ子ですもの。陛下は、ただの入れ物に愛着が湧くのですか?」

 ルカ─いや、ジェリスを次男として公的に届け出ておきながら何故そんな事が言えるのか、レイフォードにはまったく理解が出来ない。
 ふらりとアイリスが一歩足を踏み出す。すぐに近衛兵が反応しアイリスの前で槍を交差させそれ以上行けないようにしたのだが、彼女はそれを掴むと声高に叫んだ。

「クレイルが不治の病だと分かった時、私がどれほど絶望したか分かりますか!? 必死に文献を読み漁って治療方法を探したのに、何も見付からなかった焦燥感が分かりますか!?」
「………」
「だから、ようやく見付けた方法に縋るしかなかった…クレイルを救う為には健康な子供が必要だって…だからジェリスを産んだのです」

 その言葉に、アイリス以外のこの場にいた全員が眉を顰める。
 誰がどう聞いてもジェリスは捨て駒で、ただ病気からクレイルを救う為だけにこの世に生を受けた。そんなひどい話があってたまるか。
 レイフォードは厳しい顔をすると、アイリスを見据えて言い放つ。

「産まれて来た者には皆平等に生きる権利がある。貴女は自分勝手な理由で子供を産み、その命を奪おうとした。その罪は重い」
「兄を弟が救おうとして何が悪いのです? クレイルがいたからこそジェリスも存在出来るのに!」
「クレイルにはクレイルの、ジェリスにはジェリスの人生がある。我が子だからと命を天秤に掛ける事自体が間違っているのだ」
「……ジェリスの人生は、クレイルの魂が入ってこそ始まるのですよ。ジェリスはクレイルになり、たくさん食べて元気に走り回って天寿を全うするのです」

 あくまでアイリスにとって、ジェリスはクレイルの〝器〟にすぎないようだ。
 堂々巡りの会話に嫌気が差したレイフォードは、鈍く痛む頭を押さえ首を振った。

「埒が明かないな…。牢の準備は出来ているか?」
「はっ」
「!? 陛下、もうクレイルには時間がないのです! 牢だなんて…困ります!」
「貴女は、ジェリスだけでなくこの十年の間に産まれた我が子三人をクレイルの魂と入れ替えようとし、失敗しているな」
「…っ…な、何の話でしょう…?」

 ここに来て初めてアイリスの顔色が変わりレイフォードは目を細めた。バルドーへと手を出し資料を受け取ると、それを見下ろし淡々と答えてやる。

「八年前、産まれたばかりの娘へ儀式をしたが失敗し、そのまま亡くなったそうだな。それから四年経ち、一歳まで育てた息子も儀式の犠牲になっている。そして一年前、産まれて半年の息子をも貴女は儀式に使った。どの子も出生証明書は出されていないが……幼い娘と息子に対して、少しの罪悪感もないのか」
「……ありません。だって、クレイルの為だもの。私の息子はクレイルだけ。愛しいのはあの子だけです」
「…狂っているな」

 気が触れているとしか思えず、レイフォードはあからさまに顔を顰め近衛兵へと指示を出そうとした。だが、それを遮るようにアイリスの平坦な声が呼び空気がザワつく。

「陛下」
「何だ」
「儀式は、私がいなくとも可能なのですよ」
「!! バルドー、アルマ、今すぐルカの部屋に向かえ!」
「…っは!」
「はい!」

 その言葉が何を意味するのか、レイフォードは瞬時に察した。慌てて立ち上がり傍に控えていた二人にそう命じたあと、射殺さんばかりにアイリスを睨み付け低く言い放つ。

「ルカに傷一つでも付けたら、私が直々にその首を撥ねてやる。連れて行け」

 力なく笑ったアイリスは抵抗もなく近衛兵に縛り上げられ謁見の間から連れ出される。それを見送り歯噛みしたレイフォードはマントを翻して廊下に出ると、急ぎ足でルカの部屋へと向かった。
 ドロドロとした嫌な空気がゆっくりと蔓延していくようだ。
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