怖がりな少年は時計塔の怪物に溺愛される

ミヅハ

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先輩の噂

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 あれから俺は一日一回は櫻川先輩のクラスに行き、内緒にしている事へのご褒美を貰っていた。

「櫻川せーんぱーい!」
「あ、深月くんだ」
「今日もチョコ貰いに来たのか?」
「これもいる?」
「いる!」
「よしよし、素直ないい子にはいっぱいあげような」

 おかげで先輩たちにお菓子好きだと認知されて、櫻川先輩以外からも貰えるようになった。俺の懐毎日ホクホクでハッピー。
 先輩たちに囲まれて小さなお菓子を渡されていると、俺の頭にポンっと櫻川先輩の手が置かれて上向かされる。

「あーん」
「あー」

 口を開ける先輩の真似をしてパカッと開けると口の中に何かが入れられた。コロンとしたそれを何の気なしに噛んだ瞬間トロッとした少し酸味のあるものが出てくる。これ、ホワイトチョコの中にブルーベリーのソースが入ってるんだ。

「うま~」
「美味いか、良かったなー」

 初めて食べたけど甘くて酸っぱくて美味しい。
 貰ったお菓子を持参したビニール袋に入れていると、両脇の下に手が入れられてヒョイっと持ち上げられた。
 椅子に座った櫻川先輩の足の間に立たされいつもの質問をされる。

「今日も約束は守れた?」
「もちバチです」
「じゃあ約束のチョコね」
「あざます」

 お高いチョコ、ゲットだぜ!
 ホクホク顔でそれも袋に入れていると、櫻川先輩がふふっと笑ってお菓子でパンパンのビニール袋を指差した。

「これだけ貰ってたら、俺からのチョコいらなくない?」
「え? でもご褒美だから」
「もしかして、チョコが貰えなくなったら話すつもり?」
「そんな事しないけど……でも先輩からのチョコ、もう当たり前みたいになってるから。貰えないと落ち着かないし寂しい」
「……うーん……素直なのも困りものだなぁ……」

 確かにご褒美だって貰ってたけど、もうこれがなくなっても言うつもりはない。ただやっぱり貰えないのは寂しいなって思うからそう答えたのに、先輩は何故か苦い顔してる。
 何だよ、何が言いたかったんだ?

「もう少しで予鈴鳴るから、教室戻りなね」
「? うん」
「櫻川ー、呼んでるー」
「分かった」

 入口に近い先輩が櫻川先輩を呼ぶ。それに俺まで反応するように視線を移すと、俺と同じ学年色のネクタイをしたふわふわした子が恥ずかしそうに立ってた。
 首を傾げて見てると、立ち上がった櫻川先輩は俺の頭を撫でてその子のところへ歩いて行く。ちょっと話をしたあと、一緒に教室から出て行った。

「櫻川はほんとモテるよなー」
「そりゃあのルックスだしなぁ」
「今の子もセフレにすんのかね」
「まぁなりたい子はいっぱいいるし、櫻川も特定の相手作んないからいいんじゃね?」
「せふれ?」

 櫻川先輩がモテるのは俺も見てて分かる。イケメン…ってか綺麗だし、優しいし。
 でも聞き慣れない単語が気になって聞き返すと、何人かの先輩がギョッとした顔をした。

「深月くんや。セフレってーのはな、セック…ぶ!」
「深月くんになんて事教えようとしてんだ!」
「こんな純粋な子にそんなもん教えんな!」
「櫻川に怒られるぞ!」

 ドヤ顔で教えてくれようとした先輩が他の先輩から慌てて止められてる。ますます訳が分からない俺は怪訝な顔をするが、先輩たちは絶対に教えてくれる気はないようで時計を指差された。

「ほら、深月くん。もう予鈴なるから」
「また明日おいでね」

 明らかに隠し事をされて納得は出来なかったけど、予鈴が鳴るのも本当だから頷いて教室を出る事にした。
 先輩たちにバイバイと手を振って自分のクラスに向かう。
 さっきの、翔吾に聞いたら教えてくれるかな?
 俺は聞いた言葉を忘れないように反芻しながら少しだけ急ぎ足で教室に向かった。





「なぁ、翔吾。せふれって何?」
「ぶっ」

 寮に戻ってそれぞれで勉強をしていた時、ふと思い出した俺は翔吾にそう問いかけた。
 あのあと、結局予鈴に急かされて教室に戻ったら本鈴も鳴って授業も始まったからすっかり忘れてたんだよな。
 今俺の机には先輩たちから貰ったお菓子が広がってるんだけど、気付いたらノートがお菓子に埋まってた。
 唐突な質問に驚いたのか、吹き出した翔吾は噎せながら隣の俺を見て眉根を寄せる。

「何、それ誰に聞いた?」
「えっと、今日櫻川先輩のとこ行ったら先輩が一年の子に呼ばれてどっか行って、そしたら他の先輩があの子もせふれにするとか言ってたから何だろうって」
「あー…………」
「先輩たちは教えてくんなかったし。翔吾は知ってるか?」

 いっぱい貰いすぎて余りそうなお菓子は翔吾の机に置いていきながらもう一度聞くと、翔吾は物凄く難しい顔をして腕を組みうんうん唸り始めた。
 そんなに答えにくい事なのか? この言葉。

「俺としては、深月は知らなくていいと思ってる。深月は櫻川先輩に懐いてるだろ? 聞いたら見る目変わるんじゃないか?」
「そんな悪い意味なのか?」
「まぁ、いい意味ではないな。ぶっちゃけ、俺は今でもお前が櫻川先輩と関わる事には反対してんだからな?」
「何でだよ」
「いい噂聞かないって、広瀬に言われたんだろ? その通りなんだって」

 翔吾は俺のあげたお菓子の封を切りながら溜め息をつく。でも俺にはどうしても先輩が悪い人だとは思えなくて、ムッとした俺は空になったビニール袋を膨らまして思いっきり叩き割った。

「うわ!!」
「おお、今までより大きな音が出た」
「お前な、そういう事いきなりすんのやめろ。心臓に悪いだろ」
「翔吾が櫻川先輩の事悪く言うからじゃんか」
「その、〝目を開けた瞬間に見えた人が親です〟みたいな懐き方すんじゃねぇよ。いいよ、そこまで言うなら教えてやる。いいか、セフレってのはセックスフレンドの略。つまりエロい事する関係の友達。櫻川先輩にはそういう人が多くいて、来る者拒まず去る者追わずでとっかえひっかえしてんの」
「…………」
「おまけに、櫻川先輩と関係を持った人の中で変に記憶失くしてる人もいて、ヤバい薬でもやってんじゃないかって言われてる」

 せふれの意味は分かった。まぁ先輩だって男なんだし、そういう事したい欲求だってあるんだろう。俺には良く分かんないけど。
 でもヤバい薬って、それはさすがにないんじゃないか? そんな事してたら先生たちだって黙ってないだろうし。
 先輩たちも全然普通だったから、俺はないって信じたい。

「今からでも遅くないって。先輩と距離置いたら?」
「やだね」
「深月」
「俺にとって先輩は、美味しいチョコをくれる優しい先輩だ。セフレの話が本当だとしても、薬の事は信じない」
「……何かあったらどうすんだよ」
「その時は噛み付いてでも逃げる」

 俺は逃げ足だけは早いんだ。
 胸を張って言い切った俺にたっぷり間を空けてふかーい溜め息を零した翔吾は、俺の頭を揺さぶる勢いで撫で回して苦笑した。

「仕方ねぇから、そん時は助けてやるよ」

 少しだけいつもと違う声音に目を瞬く俺の机から黒い雷を奪い取った翔吾は、ニヤリと口端を上げて取り返そうと喚く俺の目の前でそれを平らげやがった。

 翔吾め……食い物の恨みは恐ろしいんだからな。
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