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君は俺の……(理人視点)
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あの日、久しぶりに〝ハズレ〟を引いた俺は、胃の中で主張するものを消化するために月に一番近い場所で休んでいた。
この場所には、噂のおかげか基本的に人が近寄る事はないから安心しきってた俺も悪いんだけど……まさかよりにもよって生徒が入って来るとは思わなかった。
ふわりと漂った甘い香りにうっすらと目を開けると、階段を登り切ったところに小柄な少年が立ってて驚く。
その子も俺を見て固まったあとすぐに逃げ出してたし、もしかしたら夢とでも思ってくれるかもしれない。
でもこの残り香……いや、まさか。そんなハズはないと思いながらも、この香りのおかげで幾分かマシになった俺は小さく息を吐いた。
だけど、そのあとに再会した少年に俺は確信に近いものを得る。
たまたま用事があって一年生の教室近くを通った時、前日に嗅いだ甘い香りが漂って来たのだ。
惹かれるように香りが強くなる場所に向かい、ほぼ無意識に香りを放つその首筋へ鼻先を寄せていた。
(クラクラする……)
こんなにも甘くていい香りを放つ人間は初めてだった。
本人は匂いを嗅がれても汗臭さを心配していたくらいで平然としてたけど、これは逆にこっちが心配になるタイプだ。
それにしても、あの時目が合ったと思ったんだけど俺の顔を見ても何も言わないなこの子。しかも物凄く素直に受け入れる。
少しだけ悪戯心の湧いた俺はどうやらお菓子が好きらしいその子―深月にチョコを渡して囁いた。約束出来るならまたチョコをあげるよと。
嬉しそうな顔も、キラキラと輝く目も、口が滑りそうになって慌てて押さえる姿も純粋に可愛らしいと思った。
それが彼が全身から放つ香りによるものなのかは分からないけど、少なくとも俺はこの子に好意を持ち始めてる。
その後も一日一回はチョコを貰いに来る深月に、クラスメイトさえもお菓子をあげるようになり予想通り可愛がられ始めた。
深月は素直で純粋で真っ直ぐだ。恐らく、彼の友人にも同じように可愛がられているんだろう。
甘い香りに誘われるように、何度もその首筋に触れたくなるのを我慢した。
この子は警戒心がないから、俺自身が気を付けよう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なんて思っていたのに……時計塔や倉庫での一件を深月はどう思ったのだろう。
倉庫では正直焦った。扉を壊した瞬間濃厚な匂いが身体に纏わりつき、それに加えて血の匂いだ。良く理性を保てたと思う。
深月が怖がりだと言うのは何となく分かっていた。
けれど、風で揺れる木の葉の音にも、うっすら聞こえる犬の遠吠えにも、月明かりに照らされた木の影が風で揺れた事にも怯えていて、時計塔に向かう間ずっと俺の腕にしがみついてたから相当なものなんだろう。
そんなにも怖がりなら、俺の正体が分かった今、叫んで逃げ出したくなるほど怖いだろうに……深月は変わらず俺の傍にいる。
「先輩は、ケーキとクッキーとマドレーヌならどれが好き?」
「マドレーヌかな」
「俺は全部!」
「知ってた」
にこにこと笑いながら指を三本立てた深月は、普段と同じように脈絡のない話を始める。甘いもの、特にチョコが好きだからいつもチョコをあげてたけど、たまには違う物も食べたいのかな。
「じゃあ明日はクッキーでも持って来ようか」
「え、ほんと?」
「うん、本当」
「チョコのクッキーがいい!」
「分かった」
無邪気なおねだりに自然と笑顔になる。
こうして変わらず俺にキラキラとした笑顔を向けてくれる深月だけど、最近少しだけ可愛らしい反応をしてくれるようになった。
頭を撫でるのも、頬に触れるのも、首筋に触れるのもわりとしてしまうんだけど、今はどこを触っても一瞬ビクッとして気まずそうに視線を逸らす。目元をほんのりピンク色に染めて俺の様子を伺って……ああ、本当に可愛らしい。
少しずつ濃さを増す匂いの意味を知っている俺は嬉しくなった。
もちろん本人は理解していないし無自覚だけれど、その距離が僅かでも近付いている事が分かるから余計に。
このまま籠絡してしまうのは簡単だけど、それじゃあ意味がない。
深月がちゃんと自分で理解して、自分の気持ちだと分かった上でないと嬉しくない。
だから俺は、小さな事から深月に刻んで行く。
俺の家は、中世時代から続く吸血鬼一族の末裔ではあるが、血族としては分家にあたる。
直系のみが住んでいた本家はとうに滅びた。理由は、バンパイアハンターに狙われたからだの、分家の力が強くなりすぎたからだの、最後の直系が子孫を残さなかったからだのと言われているけど、正直俺にはどうでもいい話だった。
分家といえどそんなに力もない俺は、太陽の光も平気だし、十字架も平気、ニンニクは匂いが苦手で、聖水は浴びた事がないから分からない。ただ、銀製の刃物だけはダメらしい。これは、どれだけ薄い血筋でも吸血鬼である以上避けられない弱点のようだ。
それから、無条件で甘くていい匂いを感じたら、それは自分の唯一無二である番の血の匂いだとも教えられた。
あとは、血を分け与えて同族になんて事も不可能で、直系がやっていた、自分の番を同胞にして契りを結ぶという事も出来ない。
不死でもないし、普通に年を取る。
吸血行為もほぼ必要なかった。ただたまに喉が渇くのも確かで、そんな時は自分に好意を抱く人間を利用して頂いていたりもした。
舌に合えば吸血時の記憶だけ消して、合わなければ俺を好きだった記憶ごと消す。
セフレがいるとか薬がどうとかって言われてるけど、実際はそんな相手はいない。記憶は消してるけど。
我ながら、随分と酷い男だとは思う。
ただ、深月に対してだけはどうしても手が出せなかった。
彼が自分の〝番〟だと確信しても、どれほど甘い香りを放っていても、その匂いにあてられて喉が渇いたとしても、あの子を傷付ける事だけはしたくなかった。
早く遠ざけるべきだったんだ。
番だったとしても、俺の気持ちが育って手遅れになる前に、手放すべきだった。
けれどあの子は存外強かで、怖がりな癖に好奇心旺盛で、無邪気で、素直で、真っ直ぐで……とても可愛い子だったから。
もう無理だと思った。絶対手放せないって。
もっと意地が悪くて、生意気で、ひねくれてて、誰に対しても牙を剥くような子なら良かったのに。そんな子なら近付きもしなかったのに。
一緒に居られるだけで心が満たされるなんて初めてだ。
深月。俺が見付けた、俺だけの愛しい〝番〟。
願わくば、その笑顔がいつまでも傍にありますように。
この場所には、噂のおかげか基本的に人が近寄る事はないから安心しきってた俺も悪いんだけど……まさかよりにもよって生徒が入って来るとは思わなかった。
ふわりと漂った甘い香りにうっすらと目を開けると、階段を登り切ったところに小柄な少年が立ってて驚く。
その子も俺を見て固まったあとすぐに逃げ出してたし、もしかしたら夢とでも思ってくれるかもしれない。
でもこの残り香……いや、まさか。そんなハズはないと思いながらも、この香りのおかげで幾分かマシになった俺は小さく息を吐いた。
だけど、そのあとに再会した少年に俺は確信に近いものを得る。
たまたま用事があって一年生の教室近くを通った時、前日に嗅いだ甘い香りが漂って来たのだ。
惹かれるように香りが強くなる場所に向かい、ほぼ無意識に香りを放つその首筋へ鼻先を寄せていた。
(クラクラする……)
こんなにも甘くていい香りを放つ人間は初めてだった。
本人は匂いを嗅がれても汗臭さを心配していたくらいで平然としてたけど、これは逆にこっちが心配になるタイプだ。
それにしても、あの時目が合ったと思ったんだけど俺の顔を見ても何も言わないなこの子。しかも物凄く素直に受け入れる。
少しだけ悪戯心の湧いた俺はどうやらお菓子が好きらしいその子―深月にチョコを渡して囁いた。約束出来るならまたチョコをあげるよと。
嬉しそうな顔も、キラキラと輝く目も、口が滑りそうになって慌てて押さえる姿も純粋に可愛らしいと思った。
それが彼が全身から放つ香りによるものなのかは分からないけど、少なくとも俺はこの子に好意を持ち始めてる。
その後も一日一回はチョコを貰いに来る深月に、クラスメイトさえもお菓子をあげるようになり予想通り可愛がられ始めた。
深月は素直で純粋で真っ直ぐだ。恐らく、彼の友人にも同じように可愛がられているんだろう。
甘い香りに誘われるように、何度もその首筋に触れたくなるのを我慢した。
この子は警戒心がないから、俺自身が気を付けよう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なんて思っていたのに……時計塔や倉庫での一件を深月はどう思ったのだろう。
倉庫では正直焦った。扉を壊した瞬間濃厚な匂いが身体に纏わりつき、それに加えて血の匂いだ。良く理性を保てたと思う。
深月が怖がりだと言うのは何となく分かっていた。
けれど、風で揺れる木の葉の音にも、うっすら聞こえる犬の遠吠えにも、月明かりに照らされた木の影が風で揺れた事にも怯えていて、時計塔に向かう間ずっと俺の腕にしがみついてたから相当なものなんだろう。
そんなにも怖がりなら、俺の正体が分かった今、叫んで逃げ出したくなるほど怖いだろうに……深月は変わらず俺の傍にいる。
「先輩は、ケーキとクッキーとマドレーヌならどれが好き?」
「マドレーヌかな」
「俺は全部!」
「知ってた」
にこにこと笑いながら指を三本立てた深月は、普段と同じように脈絡のない話を始める。甘いもの、特にチョコが好きだからいつもチョコをあげてたけど、たまには違う物も食べたいのかな。
「じゃあ明日はクッキーでも持って来ようか」
「え、ほんと?」
「うん、本当」
「チョコのクッキーがいい!」
「分かった」
無邪気なおねだりに自然と笑顔になる。
こうして変わらず俺にキラキラとした笑顔を向けてくれる深月だけど、最近少しだけ可愛らしい反応をしてくれるようになった。
頭を撫でるのも、頬に触れるのも、首筋に触れるのもわりとしてしまうんだけど、今はどこを触っても一瞬ビクッとして気まずそうに視線を逸らす。目元をほんのりピンク色に染めて俺の様子を伺って……ああ、本当に可愛らしい。
少しずつ濃さを増す匂いの意味を知っている俺は嬉しくなった。
もちろん本人は理解していないし無自覚だけれど、その距離が僅かでも近付いている事が分かるから余計に。
このまま籠絡してしまうのは簡単だけど、それじゃあ意味がない。
深月がちゃんと自分で理解して、自分の気持ちだと分かった上でないと嬉しくない。
だから俺は、小さな事から深月に刻んで行く。
俺の家は、中世時代から続く吸血鬼一族の末裔ではあるが、血族としては分家にあたる。
直系のみが住んでいた本家はとうに滅びた。理由は、バンパイアハンターに狙われたからだの、分家の力が強くなりすぎたからだの、最後の直系が子孫を残さなかったからだのと言われているけど、正直俺にはどうでもいい話だった。
分家といえどそんなに力もない俺は、太陽の光も平気だし、十字架も平気、ニンニクは匂いが苦手で、聖水は浴びた事がないから分からない。ただ、銀製の刃物だけはダメらしい。これは、どれだけ薄い血筋でも吸血鬼である以上避けられない弱点のようだ。
それから、無条件で甘くていい匂いを感じたら、それは自分の唯一無二である番の血の匂いだとも教えられた。
あとは、血を分け与えて同族になんて事も不可能で、直系がやっていた、自分の番を同胞にして契りを結ぶという事も出来ない。
不死でもないし、普通に年を取る。
吸血行為もほぼ必要なかった。ただたまに喉が渇くのも確かで、そんな時は自分に好意を抱く人間を利用して頂いていたりもした。
舌に合えば吸血時の記憶だけ消して、合わなければ俺を好きだった記憶ごと消す。
セフレがいるとか薬がどうとかって言われてるけど、実際はそんな相手はいない。記憶は消してるけど。
我ながら、随分と酷い男だとは思う。
ただ、深月に対してだけはどうしても手が出せなかった。
彼が自分の〝番〟だと確信しても、どれほど甘い香りを放っていても、その匂いにあてられて喉が渇いたとしても、あの子を傷付ける事だけはしたくなかった。
早く遠ざけるべきだったんだ。
番だったとしても、俺の気持ちが育って手遅れになる前に、手放すべきだった。
けれどあの子は存外強かで、怖がりな癖に好奇心旺盛で、無邪気で、素直で、真っ直ぐで……とても可愛い子だったから。
もう無理だと思った。絶対手放せないって。
もっと意地が悪くて、生意気で、ひねくれてて、誰に対しても牙を剥くような子なら良かったのに。そんな子なら近付きもしなかったのに。
一緒に居られるだけで心が満たされるなんて初めてだ。
深月。俺が見付けた、俺だけの愛しい〝番〟。
願わくば、その笑顔がいつまでも傍にありますように。
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