愛が重めの年下ワンコに懐かれました

ミヅハ

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最後にするなら

 戸守とは存外仲良くやれてる⋯とは思ってる。
 あの階段の事故を目撃した人たちから話が広がって、イケメンからイケメン王子になって益々モテるようになった戸守だけど、変わらず俺に会いに来るし触れようとしてくるから、前にも増してスキンシップは増えてた。
 抱き着くとか手を繋ぐとか、不意の隙をつかれて頬にキスされるのも、何かもうどうでもいいやって思い始めてきてる。いや、良くはないんだけど、いちいち怒ったり文句言うのが面倒で⋯今は人前じゃなければって感じだ。
 そしてかく言う俺は⋯⋯たぶん、少なからず戸守を好きになってる⋯かもしれない。
 何でそんな曖昧なのかって言うと、今までの俺、どうやらちゃんと相手を好きになってなかったみたいで⋯だから元彼の行動にショックは受けてもすぐにブロックとか連絡先削除とか出来たんだと思う。
 今まで元彼たちをあーだこーだ言ってたけど、俺も相当ひどい奴だった。

「何してんだ、柚琉」
「自己嫌悪でヘコみ中~」
「何だそりゃ」

 教室で突っ伏してると、手洗いから戻った優里が訝しげに聞いてきた。
 せめて最後の奴だけでもちゃんと見てればあんな事にはならなかったのかもしれないって思うと、色んな意味で悲しくなる。

「⋯甘いもんでも食いに行くか?」
「ありがと。でも大丈夫」
「ならいいけど、あんま溜め込むなよ」
「うん」

 ぶっきらぼうだけど、ホントいい奴だな優里は。
 おかげで少し元気が出たし、今日はコンビニに寄って帰る事にした俺は顔を上げて気合いを入れる。
 終わった事をいつまでも考えたって仕方ない。
 俺の前には、まだ問題が残ってるんだから。


 今日の俺、ツイてないのかもしれない。

「最悪だ⋯」

 帰ろうとしたら世界史の先生に捕まり資料運びを任命されてしまった。おかげで両手いっぱいに地図やらファイルやらが乗ってて重い事この上ない。
 しかもあの先生、いつも変な目で俺を見てくるから苦手なんだよな。

「⋯⋯ん?」

 準備室へと向かう途中、校舎裏に背の高い知った後ろ姿が見えて足を止める。案の定戸守だったんだけど、その更に向こうにもう一人いるのが分かり俺はもしかしてと思った。
 大層おモテになる戸守の事だ。人気のない場所で向かい合ってるって事は十中八九告白だろう。聞こえないけど絶対そうだ。

(自分を好きだって言ってくれる子にごめんって言うの、キツいだろうな)

 応えられない以上仕方ないとはいえ、泣く子とかもいるだろうから精神的にキそうだ。
 何となく見てたら両腕が痺れてきて荷物を持ってた事を思い出し、このままじゃ腕どころか腰がやられるとさっさと準備室に行く事にした。
 片足を資料の支えにして鍵と扉を開け中に入り空いているところに下ろす。
 ここはいつ来ても埃臭い。
 散らかってる訳ではないけど、窓も開いてないし細かく掃除もされてないから奥にある古い資料なんかは真っ白だ。
 元の場所に戻すようにとも言われたから面倒だけど一つ一つ片付けてたら、積み上がってた物に手が当たって崩れてきた。同時に埃も舞って、咳き込むと同時に目にも入ったのか痛みが走る。

「⋯っ、やば⋯」

 目に異物が入った時は擦っちゃダメとはいえ、痛くて目が開けられないし涙が滲んで一歩も動けなくなる。このまま垂れ流していればいずれは流れてくれるはずと擦りたい衝動に耐えていたら、扉が開く音がして誰かが入ってきた。

「うわ、埃すご⋯⋯あ、やっぱり先輩だ」
「戸守⋯?」
「はい。どうし⋯⋯!?」

 聞き知った声に反応し、前後左右が分からないながらも音のした方を向いたら戸守の言葉が中途半端に途切れる。「あれ?」と思ってると慌ただしく足音が近付き、勢いよく肩が掴まれビクッとなった。

「先輩、誰に泣かされたんですか?」
「へ?」
「言って。誰に泣かされたの?」

 あれ、これ勘違いしてるな。
 そろそろ流れた頃かとゆっくり目を開けた俺は、痛みがなくなってる事にホッとして数回瞬きをする。袖で濡れた頬を拭いたら目元を撫でられ、視線を上げると心配そうに眉尻を下げている戸守と目が合った。

「先輩⋯」
「埃」
「え⋯?」
「埃に泣かされた」
「ほこ、り⋯?」
「そう、埃。あのファイルの山が崩れたせいで埃が舞って目に入った」

 ポカンとする戸守に指を差して説明してやれば、少しして飲み込めたのか深ーく息を吐いて額を俺の頭に乗せてきた。

「何だ⋯埃か⋯⋯びっくりした⋯」
「ごめんな、心配してくれてありがとう」
「心臓がキュッてなりました」
「もし誰かに泣かされたって言ってたらどうしてたんだ?」
「ソイツをぶん殴りに行きます」
「物騒だなぁ」

 普段は穏やかでのんびりしてるくせに、何でそこは一転して暴力的なんだ。
 それでも俺の目元を拭ってくれる手は優しくて、間近で見える顔がしょんぼりして見えたから思わず吹き出してしまった。

「何で笑うんですか⋯」
「むしろこっちが何でだよ。痛かったのは俺なのに、何でお前が落ち込んでんだ」
「先輩が泣いてたから」
「優しいな、お前」

 俺が泣いてる事に慌てて必死になって、泣かした相手を殴るとまで言ってくれるその優しさが嬉しい。莉央と優里も同じ事言ってくれるだろうけど、戸守から言われるのは何となく気持ち的に違う感じがするし。
 そう笑いながら言えば不意に抱き締められた。背中に回された腕の力が思ったよりも強くて、軽く押し返すけどビクともしない。

「苦しいって⋯」
「先輩、好きです」
「⋯⋯」
「本当に、本気で好きなんです」
「⋯戸守⋯」
「誰にも渡したくない。⋯俺、先輩と恋人になりたいです」

 一度目の告白よりも、普段の態度よりも、切実さを含んだ声に俺の胸がザワつく。
 今だに〝中学の入学式〟の話を思い出せないからどうしてそんなに俺の事を好いてくれてるのか分からないけど、この腕も想いも真っ直ぐ過ぎて俺にはとてもじゃないけど振り解けない。

(これが最後⋯)

 正直、また裏切られたらって気持ちがない訳じゃない。
 でもこれを最後の恋愛にするなら、いっそ賭けに出るのもいいんじゃないか。戸守を信じて、最終的に裏切られたとしたら俺はそれだけの男だったって事だし。
 やっぱり違ったって思われてもまだ傷は浅く済むだろうから。
 そう決めて下げたままだった腕を広い背中へと回す。戸守が小さく反応したけど、ここまできたらもう引っ込められないから強めに制服を握った。

「⋯⋯そうだな」
「え?」
「なるか、恋人」
「⋯へ?」

 自分で言ったくせにずいぶんおかしな反応をする。
 呆然と見下ろしてくる戸守にふっと笑うと、俺はまだ理解出来ていない〝恋人〟の肩へと頭を寄り掛からせた。
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