魔王と結婚したい勇者の話

餅月

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世界を取り戻せ!

Morpho:クズラ&ボルカ

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クズラ、そしてボルカはマグノリアの従者です。

彼らの忠誠心は底なしで、マグノリアの為とあるならば、火の中だろうと水の中だろうと平気で飛び込んでいくことでしょう。

ですから、こんな事態は異例中の異例。

あたうべからざる事件と言うべきでしょう。

「う、うぅ...」

「まさか、彼らがここまで強いとは思わなかった...」

「完全にラスボスだろ...これ...」

勇者一行はいま、魔王城にやって来ています。

残った遺体を集めるために魔界へやってきた彼らは、クズラとボルカがいるであろう魔王城へと向かい、そして、彼らに敗北したのでした。

「どうした?勇者様よ。あんたの全力ってのはこの程度だったのか?」

ボルカが嘲笑うような笑みでもってイリヤ達一行を見下ろしています。

そんな彼の背後にはいつものザウバークゲルが浮かんでおりません。

ではいったいどこにあるのかと探すまもなくそれは見つかります。

「そんな体たらくで我らが〝王〟に適うと思っているのか?」

クハハハハハ!と大笑する彼の胸元にはなんとも歪でなんとも禍々しい血眼がギョロりとはえているではありませんか。

それこそがボルカ有するザウバークゲルに他なりません。

「まったく。〝王〟直々の命令があったから貴様らと遊んではやったが…。つまらぬ。実につまらぬ」

下卑た笑みを浮かべるボルカ。その傲慢に連動して胸元の眼がグジュリと歪みます。

「ああ、すまないな勇者よ。どうやらこの力は俺達には制御できんらしい」

クズラが頭を掻きながら申し訳なさそうにしています。

どうやら彼は正気を保っているようですが、依然殺気だったままです。

遺体の持つ力のせいでしようか。

ミラの遺体は人を狂わさずにはいられないようです。

彼らの瞳は虚ろなまま、殺意に汚れていました。

そんな遺体の魔力を意思の力でもって退けたイリヤの精神力は相当なものであると言っていいでしょう。

しかし、その精神力も守りたい人の為に使えないのであれば、微塵も役に立ちません。

イリヤ、マグノリア、ポラリスの三人は今、擦過傷だらけの体を力なく横たえていました。

無論、ボルカにつけられた傷です。

彼が戦っているあいだ、クズラは何もせずにただ見守っているだけでした。

そして、その姿勢は今も変わっていません。

彼の精神力も中々のものでした。

彼らは今、苦しそうに呻いていますが、おや? よくよく聞けばその呻き声には少しばかりの演技くささが混じっているではありませんか。

「なあ、イリヤ?僕達はこの茶番をいつまで続ければいいんだい?」

仰向けの姿勢で、無様にゴロリと寝そべっているポラリスが不満そうに尋ねます。

自分が本気を出せばあんな奴ら一捻りだと言いたそうな様子のポラリス。

彼はイリヤの作戦に不満があるようです。

「まあそう言うなって。もう少しすれば、カラルの奴も準備が終わるだろうから」

ひそひそ声でイリヤがなだめます。

その彼の顔色も、案外平気そうな生の色に満ちていました。

「あの大魔道士・・・いつまで時間をかけるつもりなんだ?」

ポラリスが忌々しそうに呟きます。

どうやら、ポラリスはカラルに対してあまり良い印象を持っていない様子。

放っておけば、とめどない彼女への悪態が溢れ出てきそうでした。

あくまで彼が協力しているのはイリヤとマグノリアだけなのでしょう。

ただの人の子であるカラルには興味の欠片も無さそうです。

そして、そんな人の子に、様々な副因があるとはいえ敗北してしまった自分が腹立たしいようです。

「凡百の取るに足らない人間のくせに、僕が万全だったら負けなかったのに」

苦虫を噛み潰したような顔でポラリスが言います。

「まぁまぁ、中々面白い戦いだったよ。フルパワーで戦うのは平和になった後にしてくれよな?」

イリヤは、ポラリスの隠された一面を垣間見たような気がして薄ら寒い心地です。

(実は、ミラなんかよりポラリスの方が危ない奴なのでは?)

そんな疑いを抱かずにはいられませんでした。

「・・・なんで、二人ともそんなに平気そうなの・・・?」

青い顔をしてうつ伏せになっているマグノリアは信じられないような面持ちで、ヒソヒソと密談を交わす二人を眺めています。

マグノリアは、傷こそあまり無いものの、三人の中では一番重症に見えます。

それは恐らく、彼女の中に残っている記憶の残滓ざんし

ミラが魔王として君臨していた世界の記憶と己が魔王となって世界を睥睨した世界の記憶が混濁し攪拌かくはんされ、信じるべきよすがを失ったマグノリアの数少ない拠り所。

片羽の青春を共に過した従者達と戦うことは、彼女にはとても辛い事だったのでしょう。

その従者が慈悲もなく剣を振るってくるというのであれば、辛さも一入ひとしおであるに違いありません。

事実、マグノリアは目に涙さえ浮かべておりました。

「可愛い私がこんなに傷ついてるのにイリヤは何の心配もしないのね・・・」

この言葉がマグノリアの本心であるとは思えませんが、ただの村娘に戻った彼女を理解し、受け入れてくれるのがイリヤだけなのは確かな事でありましょう。

「んっ? ああっと、そうだな。長年連れ添ったあいつらと戦うのは、確かにお前にとって辛い選択だよな」

顔は向けず、心配そうなイリヤの声音だけがマグノリアに届きます。

「ゴメンな。もう少しの辛抱だからさ」

そっと、誰かに手を握られます。

その暖かい感触。懐古。安らぎ・・・。

マグノリアの察するに余りある心情を汲み取ったイリヤが密かに手を伸ばし、彼女の手を取ったのです。

如何に世界が信じられずとも、如何にかつての従者ともだち蹴手繰けたぐられようと、この温もりだけは真実です。

村娘だった彼女・・・。魔王だった彼女・・・。

どちらの世界でも、いつだってイリヤは彼女の隣にいてくれました。

いつだって彼女の安らぎでありました。

イリヤが与えてくれたこの温もりは、常にマグノリアの心を明るく照らしていました。

その明るみにいれば、彼女は安らいだままでいられます。

マグノリアその人でいられたのです。

「うん、ありがとう・・・」

マグノリアは、ぎゅっと手を握り返しました。

「ありがとう・・・。イリヤ」

イリヤもまた、答えるように握る力を強めました。

「ふむ、こいつら、急に静かになったな。薄気味悪い」

ボルカが見下したまま言います。

「それに、あの大魔道士はいないのか? 今気づいたのだが」

広い謁見の間を一瞥し、彼は呟きました。

どうやら、今の今までカラルが居ないことに気づいてなかったようです。

「まあ、あんな子娘の一人や二人、物の数にもなりはせんがな」

そう嘯くボルカをクズラが小突きました。

「おい、相手はイリヤ達だぞ。油断は禁物だ」

初めから傍観を決め込んでいたクズラは気づいています。カラルが意図的に姿を隠していること。そして、何かとんでもない事をしでかそうとしている事。

それが分かっているからこそ、クズラは迂闊に手を出そうとしないのでした。

「ふん、その勇者もこのザマでは無いか。今更何を怖がる必要がある」

この小心者め。そう言いたそうな目でボルカは一瞥します。

「どうなっても俺ぁ知らねぇぞ」

クズラが最も懸念している事。それは、イリヤもポラリスも本気を出していない事でした。

恐らくこの事にボルカは気づいていません。根っからの戦闘狂ですし。

(あいつら、まったく真剣マジになっていない。ボルカが強い事は認める。本気になったあいつには俺だって苦戦する。だが、それを鑑みたとしても、この違和感。薄ら寒さは消えない。本気のイリヤならもっと様々な手練手管で妙な奇策も弄するだろうが、ポラリスだって圧倒的な力でもって攻めてくるだろう。なのに、それをしない。その上、姫様なら俺たちの手の内の全てを知っている。だと言うのに、何も知らないかのようなこの愚行。それが不気味でならねぇ。やつら、いったい何を企んでやがる?)

クズラの予感は的中します。

彼は突然身震いが止まらなくなりました。

これには、いくらなんでもボルカも気づいたようで、気持ち悪そうに顔をしかめています。

「おい、なんだこの寒気は。勇者はいったい何をしようとしている?」

しかし、クズラはそれに答えようとしません。えい、答えられないのかも知れません。

(なん・・・だ・・・?これは。この悪寒。怖気。この膨大な魔力量・・・まさか!)

バッと上を見上げたクズラには見えます。

素人にも見ることができるくらいの大量の魔力が渦巻くさまが。

そして、その魔力の中心に佇む少女の姿が。

「あれは!やはり・・・カラル!」

「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに、八重垣作るその八重垣を。知ってる? これって初めて詠まれた和歌だって言われてるんだって」

魔力の中心に在すカラルがクスリと笑います。

「此度の現界でお隠しになるのは奇稲田姫くしなだひめではありませんけれど、どうか、その威光でもって邪悪なる者共を閉じ込めたまえ。『素戔嗚尊すさのおのみこと』降臨!」

「何?!」

カラルが唱えたその瞬間、クズラとボルカの周囲に障壁が出現しました。

雷電の如き大音声とともに屹立きつりつするその障壁は、なるほど、神の威光と信ずるに十分な代物です。

「これは、この壁は・・・!てめぇ俺たちを閉じ込めて外から袋叩きにしようって腹だな!」

クズラが吠えます。その咆哮に呼応し彼の体からは白銀に輝く焔がほとばしりますが、神の障壁を焼き尽くすことは出来ませんでした。

「こんなもの!我がザウバークゲルで粉々にしてくれる!」

ボルカの体から無数の弾丸が射出されますが、それらも障壁に当たった瞬間に塵芥へと霧散してしまいます。

「残念だったね。あなた達程度の力じゃ素戔嗚尊の壁は壊せないよ」

小さな砂塵を巻き上げて、フワリとカラルが床の上に降りてきます。

そのカラルの背後には、猛々しくも雄々しい男が厳かにおりました。

これが素戔嗚尊なのでしょう。

彼は何を話すでもなく、ただ静かに佇んでいます。

「くそぉ!お前が戦わなかった理由はこういう事だったんだな!」

クズラは壁を殴りつけますが、ドンッ!という音が響くのみで微塵の衝撃も伝わってきません。

「上位の神格を呼び起こすにはそれなりの魔力を溜めないといけないからね。でも、イリヤ達がちゃんと時間を稼いでくれてよかったよ」

そう言ってカラルが振り向くと、ポラリスがひょいと立ち上がり、イリヤはマグノリアの手を引いている所でした。

「中々の演技だっただろ?俺たち」

イリヤが得意そうに言います。ポラリスはそんなイリヤを横目に見て、「そんな事はいいから早く倒してしまおうよ」と焦れったそうにしています。

「まあまあ、こうなってしまえばもうあいつらに抵抗するすべはないんだ」

未だに抵抗を続ける二人をイリヤは眺めています。

竜の業火と漆黒の魔弾の飛び交う障壁の中は、まるで地獄そのもののようでした。

「そんなに余裕かましちゃって、後で痛い目見ても知らないよ」

イリヤを諌めるようにマグノリアが言います。

「はいはい。ところでクズラ、ボルカ。お前達はマグノリアの・・・」

イリヤは言いかけて顔を伏せます。

そのイリヤの方を不思議そうに見つめるのはマグノリアとポラリスです。

「マグノリアの・・・なんだい?イリヤよ」

「私がどうしたの?イリヤ」

二人とも一様に首をひねっています。

こんなところで話すべき話題にも思われませんし、なんとも悲しそうな様子のイリヤ。

彼らが不思議に思うのも当然です。

何より、言いかけて止められると俄然その先を聞きたくなります。人というのはそういうものでしょう。

しかし、イリヤは力なく首を振っただけです。

「いや、いいや。やめておこう。お前達が知っていようが知っていまいが、関係の無い話だ」

そんなイリヤにカラルが呼びかけます。

「ちょっと!これ長く持たないんだから早くして!」

「ああ、そうだな。これで終わらせよう」

独り言のようにそう言ったイリヤ。

「ごめんな、***」

「えっ?」

彼の呟きはやがてくる衝撃波にかき消され、そして、勝負が決したのでした。

後は、ミラを倒すのみです。
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