会計帳簿で悪を斬る!45歳元官吏、失われた大帳簿と虚数魔術を巡る逆転劇

乾為天女

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第15話_海底都市ダンバラ

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 遥かな海霧が、青白い帷幕のように都市の輪郭を包んでいた。
  海上に浮かぶ“宙港都市フレーネ”の浮上デッキから、巨大な昇降装置がゆっくりと降りていく。鉄と魔導線で構成された昇降籠には、暖大たち六人が乗っていた。
  「……沈む都市ってのは、こうも静かなもんか」
  誠が気圧されたように低くつぶやく。
  重々しい鎧のような防振具が、彼の広い肩をきしませた。
  「都市が“沈む”のではなく、“沈められた”のよ」
  祐香の声が昇降籠の中で反響する。
  「千年前の会計記録にある、“遺失構造体の沈降”。それがこのダンバラ。王国の海底会計区画の実験地だったとされてる」
  「記録上は消えていたはずだが……なぜ君はその名を?」
  暖大が尋ねると、祐香は懐から一枚の古びた帳票を出して見せた。
  それは、渦廻図書艦の奥で見つかった“未分類領域予算報告書”の写しだった。
  「帳簿は、嘘をつかないのよ」
  言葉少なに答えたその横顔に、かすかに苛立ちと覚悟が交差していた。
  やがて、籠が着底した。
  海底都市ダンバラの入口──“機械神殿”の巨大門が、鈍い音を立てて開く。
  都市の内側には、無数の歯車と魔導管が走り、上層階の構造体がゆっくりと回転していた。
  「ここが……海底の都市……」
  萌衣が思わず息を飲む。
  青く光る天井と、沈黙のように冷たい床。それらをつなぐのは、数千の数式で飾られた柱だった。
  「魔導式の都市設計……しかも、記録にある“回転式決算模型”だ。記録どおりだとしたら、この中央の回廊が財務中枢──」
  暖大が足元の金属板を外し、基盤の中を覗く。
  「やはり……“虚数精算”の理論基礎が、ここで試作されていた」
  その瞬間、警報音が都市全域に響き渡った。
  機械神殿の門が再び閉まり、六人の周囲に赤い光が奔る。
  「侵入者──識別確認。証明を示せ──」
  低く機械的な声が鳴り響くと同時に、神殿の奥から一人の男が姿を現す。
  「この都市の“守人”……待っていた」
  その男は、全身を銀の外套で包み、右手には古びた巻物を持っていた。


 「待っていた、だと?」
  誠が前に出ようとした瞬間、暖大が手を上げて制した。
  「……あなたが、この都市の監守者か」
  銀の外套の男は、首を小さく縦に動かすと、巻物をゆっくりと開いた。そこには、“帳簿紋章”と呼ばれる特殊な財印が浮かび上がった。
  「我は、かつて“予算帳典第十三階級”に仕えし記録守・シール=クラード。この都市の最後の記録者にして、財務模型の管理者だ」
  「予算帳典……!?」
  祐香が瞠目した。
  その名は、王国でも過去帳にすら記録が残らない、“古代勘定魔術”の高位職。それが本当に存在していたのか──。
  「なぜ我々を“待っていた”と言った?」
  暖大が尋ねると、クラードは静かに答えた。
  「千年前、この都市は“王国収支の模擬演算場”として稼働していた。だが、“虚数精算”理論の暴走によって中枢は封鎖され、都市全体が海底に葬られた。我はただ一人、生き残り、この時を……正確には、“大帳簿が再び開かれる時”を待っていたのだ」
  クラードの指が空をなぞると、天井が青白く光り、都市全体の立体図が浮かび上がった。
  中心には、巨大な“決算塔”と呼ばれる財務演算装置が鎮座し、そこから放射状に各区画へと魔導線が広がっていた。
  「だが今、外界の“計算秩序”は崩れている。おそらく“白帳派”の仕業だろう」
  「ご明察」
  暖大が頷いた。
  「彼らはこの都市で封じられた“虚数精算”を再稼働させ、王国そのものを“財務構造ごと”食い潰そうとしている」
  クラードは目を細めた。
  「……ならば、我が力を貸そう。この都市の“決算塔”を再起動させよ。お前たちの意志が本物であれば、塔は応える」
  そのとき、機械神殿の奥にある巨大な扉が軋んだ音を立てて開いた。
  黄金と青銅で構成された内部。そこに、数百本の演算管が交差する巨大な“塔”がそびえていた。
  「これが、“計算陣の核”か……」
  暖大が呟いたとき、萌衣が声を上げた。
  「でも、中枢部が──まだ、動いていない。どこかに“出力障害”が起きてるわ!」
  祐香が即座に確認用の計算式を投げ、塔の一部が赤く点滅するのを示した。
  「動力不足です。補助計算が必要──」
  「なら、俺がやる」
  暖大は膝をつき、帳算盤を取り出した。
  かつて財務局に仕えていた頃、膨大な金と人を動かした経験。今、それを全身全霊で再現する。
  「萌衣、回路調整頼む! 一成、冷却弁の固定を!」
  「了解」
  「任せろ」
  怒涛のように流れる計算指示、伝令、補助演算。
  かつての“帳簿係”が、その真価を発揮する。
  計算陣が共鳴を始めた。
  塔が再び光を放ち、海底都市のあらゆる装置が一斉に稼働を始めた。
  「──再起動、完了です!」
  萌衣の声が響いた。
  暖大の顔に、汗と共に静かな達成感がにじんだ。
  「この都市が……目を覚ました」
  その言葉に、誰もが言葉を失った。
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