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第15話_海底都市ダンバラ
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遥かな海霧が、青白い帷幕のように都市の輪郭を包んでいた。
海上に浮かぶ“宙港都市フレーネ”の浮上デッキから、巨大な昇降装置がゆっくりと降りていく。鉄と魔導線で構成された昇降籠には、暖大たち六人が乗っていた。
「……沈む都市ってのは、こうも静かなもんか」
誠が気圧されたように低くつぶやく。
重々しい鎧のような防振具が、彼の広い肩をきしませた。
「都市が“沈む”のではなく、“沈められた”のよ」
祐香の声が昇降籠の中で反響する。
「千年前の会計記録にある、“遺失構造体の沈降”。それがこのダンバラ。王国の海底会計区画の実験地だったとされてる」
「記録上は消えていたはずだが……なぜ君はその名を?」
暖大が尋ねると、祐香は懐から一枚の古びた帳票を出して見せた。
それは、渦廻図書艦の奥で見つかった“未分類領域予算報告書”の写しだった。
「帳簿は、嘘をつかないのよ」
言葉少なに答えたその横顔に、かすかに苛立ちと覚悟が交差していた。
やがて、籠が着底した。
海底都市ダンバラの入口──“機械神殿”の巨大門が、鈍い音を立てて開く。
都市の内側には、無数の歯車と魔導管が走り、上層階の構造体がゆっくりと回転していた。
「ここが……海底の都市……」
萌衣が思わず息を飲む。
青く光る天井と、沈黙のように冷たい床。それらをつなぐのは、数千の数式で飾られた柱だった。
「魔導式の都市設計……しかも、記録にある“回転式決算模型”だ。記録どおりだとしたら、この中央の回廊が財務中枢──」
暖大が足元の金属板を外し、基盤の中を覗く。
「やはり……“虚数精算”の理論基礎が、ここで試作されていた」
その瞬間、警報音が都市全域に響き渡った。
機械神殿の門が再び閉まり、六人の周囲に赤い光が奔る。
「侵入者──識別確認。証明を示せ──」
低く機械的な声が鳴り響くと同時に、神殿の奥から一人の男が姿を現す。
「この都市の“守人”……待っていた」
その男は、全身を銀の外套で包み、右手には古びた巻物を持っていた。
「待っていた、だと?」
誠が前に出ようとした瞬間、暖大が手を上げて制した。
「……あなたが、この都市の監守者か」
銀の外套の男は、首を小さく縦に動かすと、巻物をゆっくりと開いた。そこには、“帳簿紋章”と呼ばれる特殊な財印が浮かび上がった。
「我は、かつて“予算帳典第十三階級”に仕えし記録守・シール=クラード。この都市の最後の記録者にして、財務模型の管理者だ」
「予算帳典……!?」
祐香が瞠目した。
その名は、王国でも過去帳にすら記録が残らない、“古代勘定魔術”の高位職。それが本当に存在していたのか──。
「なぜ我々を“待っていた”と言った?」
暖大が尋ねると、クラードは静かに答えた。
「千年前、この都市は“王国収支の模擬演算場”として稼働していた。だが、“虚数精算”理論の暴走によって中枢は封鎖され、都市全体が海底に葬られた。我はただ一人、生き残り、この時を……正確には、“大帳簿が再び開かれる時”を待っていたのだ」
クラードの指が空をなぞると、天井が青白く光り、都市全体の立体図が浮かび上がった。
中心には、巨大な“決算塔”と呼ばれる財務演算装置が鎮座し、そこから放射状に各区画へと魔導線が広がっていた。
「だが今、外界の“計算秩序”は崩れている。おそらく“白帳派”の仕業だろう」
「ご明察」
暖大が頷いた。
「彼らはこの都市で封じられた“虚数精算”を再稼働させ、王国そのものを“財務構造ごと”食い潰そうとしている」
クラードは目を細めた。
「……ならば、我が力を貸そう。この都市の“決算塔”を再起動させよ。お前たちの意志が本物であれば、塔は応える」
そのとき、機械神殿の奥にある巨大な扉が軋んだ音を立てて開いた。
黄金と青銅で構成された内部。そこに、数百本の演算管が交差する巨大な“塔”がそびえていた。
「これが、“計算陣の核”か……」
暖大が呟いたとき、萌衣が声を上げた。
「でも、中枢部が──まだ、動いていない。どこかに“出力障害”が起きてるわ!」
祐香が即座に確認用の計算式を投げ、塔の一部が赤く点滅するのを示した。
「動力不足です。補助計算が必要──」
「なら、俺がやる」
暖大は膝をつき、帳算盤を取り出した。
かつて財務局に仕えていた頃、膨大な金と人を動かした経験。今、それを全身全霊で再現する。
「萌衣、回路調整頼む! 一成、冷却弁の固定を!」
「了解」
「任せろ」
怒涛のように流れる計算指示、伝令、補助演算。
かつての“帳簿係”が、その真価を発揮する。
計算陣が共鳴を始めた。
塔が再び光を放ち、海底都市のあらゆる装置が一斉に稼働を始めた。
「──再起動、完了です!」
萌衣の声が響いた。
暖大の顔に、汗と共に静かな達成感がにじんだ。
「この都市が……目を覚ました」
その言葉に、誰もが言葉を失った。
海上に浮かぶ“宙港都市フレーネ”の浮上デッキから、巨大な昇降装置がゆっくりと降りていく。鉄と魔導線で構成された昇降籠には、暖大たち六人が乗っていた。
「……沈む都市ってのは、こうも静かなもんか」
誠が気圧されたように低くつぶやく。
重々しい鎧のような防振具が、彼の広い肩をきしませた。
「都市が“沈む”のではなく、“沈められた”のよ」
祐香の声が昇降籠の中で反響する。
「千年前の会計記録にある、“遺失構造体の沈降”。それがこのダンバラ。王国の海底会計区画の実験地だったとされてる」
「記録上は消えていたはずだが……なぜ君はその名を?」
暖大が尋ねると、祐香は懐から一枚の古びた帳票を出して見せた。
それは、渦廻図書艦の奥で見つかった“未分類領域予算報告書”の写しだった。
「帳簿は、嘘をつかないのよ」
言葉少なに答えたその横顔に、かすかに苛立ちと覚悟が交差していた。
やがて、籠が着底した。
海底都市ダンバラの入口──“機械神殿”の巨大門が、鈍い音を立てて開く。
都市の内側には、無数の歯車と魔導管が走り、上層階の構造体がゆっくりと回転していた。
「ここが……海底の都市……」
萌衣が思わず息を飲む。
青く光る天井と、沈黙のように冷たい床。それらをつなぐのは、数千の数式で飾られた柱だった。
「魔導式の都市設計……しかも、記録にある“回転式決算模型”だ。記録どおりだとしたら、この中央の回廊が財務中枢──」
暖大が足元の金属板を外し、基盤の中を覗く。
「やはり……“虚数精算”の理論基礎が、ここで試作されていた」
その瞬間、警報音が都市全域に響き渡った。
機械神殿の門が再び閉まり、六人の周囲に赤い光が奔る。
「侵入者──識別確認。証明を示せ──」
低く機械的な声が鳴り響くと同時に、神殿の奥から一人の男が姿を現す。
「この都市の“守人”……待っていた」
その男は、全身を銀の外套で包み、右手には古びた巻物を持っていた。
「待っていた、だと?」
誠が前に出ようとした瞬間、暖大が手を上げて制した。
「……あなたが、この都市の監守者か」
銀の外套の男は、首を小さく縦に動かすと、巻物をゆっくりと開いた。そこには、“帳簿紋章”と呼ばれる特殊な財印が浮かび上がった。
「我は、かつて“予算帳典第十三階級”に仕えし記録守・シール=クラード。この都市の最後の記録者にして、財務模型の管理者だ」
「予算帳典……!?」
祐香が瞠目した。
その名は、王国でも過去帳にすら記録が残らない、“古代勘定魔術”の高位職。それが本当に存在していたのか──。
「なぜ我々を“待っていた”と言った?」
暖大が尋ねると、クラードは静かに答えた。
「千年前、この都市は“王国収支の模擬演算場”として稼働していた。だが、“虚数精算”理論の暴走によって中枢は封鎖され、都市全体が海底に葬られた。我はただ一人、生き残り、この時を……正確には、“大帳簿が再び開かれる時”を待っていたのだ」
クラードの指が空をなぞると、天井が青白く光り、都市全体の立体図が浮かび上がった。
中心には、巨大な“決算塔”と呼ばれる財務演算装置が鎮座し、そこから放射状に各区画へと魔導線が広がっていた。
「だが今、外界の“計算秩序”は崩れている。おそらく“白帳派”の仕業だろう」
「ご明察」
暖大が頷いた。
「彼らはこの都市で封じられた“虚数精算”を再稼働させ、王国そのものを“財務構造ごと”食い潰そうとしている」
クラードは目を細めた。
「……ならば、我が力を貸そう。この都市の“決算塔”を再起動させよ。お前たちの意志が本物であれば、塔は応える」
そのとき、機械神殿の奥にある巨大な扉が軋んだ音を立てて開いた。
黄金と青銅で構成された内部。そこに、数百本の演算管が交差する巨大な“塔”がそびえていた。
「これが、“計算陣の核”か……」
暖大が呟いたとき、萌衣が声を上げた。
「でも、中枢部が──まだ、動いていない。どこかに“出力障害”が起きてるわ!」
祐香が即座に確認用の計算式を投げ、塔の一部が赤く点滅するのを示した。
「動力不足です。補助計算が必要──」
「なら、俺がやる」
暖大は膝をつき、帳算盤を取り出した。
かつて財務局に仕えていた頃、膨大な金と人を動かした経験。今、それを全身全霊で再現する。
「萌衣、回路調整頼む! 一成、冷却弁の固定を!」
「了解」
「任せろ」
怒涛のように流れる計算指示、伝令、補助演算。
かつての“帳簿係”が、その真価を発揮する。
計算陣が共鳴を始めた。
塔が再び光を放ち、海底都市のあらゆる装置が一斉に稼働を始めた。
「──再起動、完了です!」
萌衣の声が響いた。
暖大の顔に、汗と共に静かな達成感がにじんだ。
「この都市が……目を覚ました」
その言葉に、誰もが言葉を失った。
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