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第29話_愛弓の拡声
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夜の市場広場には、人だかりができていた。
いつもの喧噪ではない。屋台は半分ほどが店を畳み、露店の奥に控えたまま、誰もが中央の即席舞台を注視している。
その上に立つのは、愛弓だった。手には一冊の古帳簿。声はまだ発せられていない。ただ彼女が舞台に立った、それだけで場が静まっていく。
頭巾をかぶった老人がつぶやく。
「また、あの語りが始まるのか……」
子を抱えた母親がうなずく。
「この前の“水計詩”も、心に染みたわ……」
暖大は屋台の影から見守っていた。隣では萌衣が頷く。
「愛弓さん、完全に“聞かせる場”を掌握してますね」
「……この女、帳簿を“声”に変える。舞台に立つたびに、数字が語るんだ」
愛弓は、ゆっくりと口を開いた。
「……ひとつ、問いましょう。皆さんは今年、納めた税の行方を知っていますか?」
ざわめきが走る。
「帳簿が示す数字を、私は読みました。ここにあるのは、今朝未明に発見された“王宮外郭納税者記録写本”……つまり、民から吸い上げた金の行き先が記されている」
愛弓が手を掲げると、周囲の拡声石が光を放ち始めた。いくつもの魔導マイクが空中で連動するように振動し、彼女の声を何倍にも広げていく。
「市場の皆さん。私たちが日々、納めてきた銅貨、銀貨、金貨。それが、〈白帳派〉の邸宅装飾費に消えたことを、知っていますか?」
誰かが声を上げる。
「証拠はあるのか!」
「ええ、あります。帳簿第十九葉、赤枠の支出項目。『特別宮廷祝賀行事・間接事業費』――額面、三十二万六千五百金貨。使途、“緞帳の改織、および賓客迎宴”」
空気が凍った。
次の瞬間、老人が呻くように呟いた。
「……俺たちの冬の薪代が、……宴の絨毯に化けてたのか」
愛弓は止まらない。彼女の声は、痛みを伝えるナイフのように鋭く、かつ芯に響いた。
「これは単なる誤差ではありません。『帳簿の魔術』という禁忌が働いている可能性もあります」
誰かが叫ぶ。
「それをやってるのが、白帳派か!」
「断言はしません。ただ、皆さんが“搾取された”という事実は、ここにあります」
彼女は手元の帳簿を開いて、ページを観衆に向けた。
「もしあなたが、来月も同じ額の税を求められたら。あなたはどうしますか?」
誰もが黙り込む。沈黙の中に怒りと悲しみ、そして静かな決意が芽生えていた。
「……私は、皆さんが真実を知る権利があると信じます。そして、声を上げる義務があるとも」
愛弓は一歩前に出た。
「王都決算祭は、ただの祝祭ではありません。“帳簿が民のものである”と証明するための、数少ない機会です」
遠く、鐘楼の二刻鐘が鳴った。
愛弓は帳簿を閉じ、静かに言った。
「“拡声”とは、ただ声を大きくする術ではありません。“届くべき人に、届くべき言葉を、正確に伝える術”……私は、そう教わりました」
彼女の声は、夜空に溶け込むようにして消えていく。
だがその言葉は、人々の胸に、深く刻まれた。
いつもの喧噪ではない。屋台は半分ほどが店を畳み、露店の奥に控えたまま、誰もが中央の即席舞台を注視している。
その上に立つのは、愛弓だった。手には一冊の古帳簿。声はまだ発せられていない。ただ彼女が舞台に立った、それだけで場が静まっていく。
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愛弓が手を掲げると、周囲の拡声石が光を放ち始めた。いくつもの魔導マイクが空中で連動するように振動し、彼女の声を何倍にも広げていく。
「市場の皆さん。私たちが日々、納めてきた銅貨、銀貨、金貨。それが、〈白帳派〉の邸宅装飾費に消えたことを、知っていますか?」
誰かが声を上げる。
「証拠はあるのか!」
「ええ、あります。帳簿第十九葉、赤枠の支出項目。『特別宮廷祝賀行事・間接事業費』――額面、三十二万六千五百金貨。使途、“緞帳の改織、および賓客迎宴”」
空気が凍った。
次の瞬間、老人が呻くように呟いた。
「……俺たちの冬の薪代が、……宴の絨毯に化けてたのか」
愛弓は止まらない。彼女の声は、痛みを伝えるナイフのように鋭く、かつ芯に響いた。
「これは単なる誤差ではありません。『帳簿の魔術』という禁忌が働いている可能性もあります」
誰かが叫ぶ。
「それをやってるのが、白帳派か!」
「断言はしません。ただ、皆さんが“搾取された”という事実は、ここにあります」
彼女は手元の帳簿を開いて、ページを観衆に向けた。
「もしあなたが、来月も同じ額の税を求められたら。あなたはどうしますか?」
誰もが黙り込む。沈黙の中に怒りと悲しみ、そして静かな決意が芽生えていた。
「……私は、皆さんが真実を知る権利があると信じます。そして、声を上げる義務があるとも」
愛弓は一歩前に出た。
「王都決算祭は、ただの祝祭ではありません。“帳簿が民のものである”と証明するための、数少ない機会です」
遠く、鐘楼の二刻鐘が鳴った。
愛弓は帳簿を閉じ、静かに言った。
「“拡声”とは、ただ声を大きくする術ではありません。“届くべき人に、届くべき言葉を、正確に伝える術”……私は、そう教わりました」
彼女の声は、夜空に溶け込むようにして消えていく。
だがその言葉は、人々の胸に、深く刻まれた。
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