37 / 40
第37話「萌衣の再生庁」
しおりを挟む
朝霧が王都を包み込んでいた。昨日の決算祭の興奮が嘘のように、街の空気は冷たく、静かだった。だが、その霧の奥に、未来を変える言葉が育っていた。
中央医療院の講堂。石造りの建物の奥で、集まった議員、商会代表、市民代表たちがざわついていた。祭の翌朝に緊急会合とは何事かと皆が訝しむ中、壇上に立ったのは萌衣だった。
彼女は白衣の裾を正し、一礼した。背後の石壁には、暖大が徹夜で描いた「再生庁設立案」の計算図が魔光で浮かび上がっていた。
「皆さま。私は治癒術士、萌衣です。昨日、国家の帳簿が民へ返されるという歴史的な決断がなされました。しかし、それで全てが済んだわけではありません」
議員たちが目を伏せ、ざわめく。
「返されたのは“数字”です。けれど、私たちには“命”があります。飢え、病み、疲れ、傷ついた人々に必要なのは、数字ではなく、再生の“仕組み”です」
言葉を区切りながら、彼女はゆっくりと壇の前に歩み出た。
「私は提案します。新たな公的機関『再生庁』の設立を。医療と財務を連携させ、国民一人ひとりの生活回復を後押しする庁です」
会場がざわつく。治癒士が、財務を語るとは──。
そのとき、後方の席で暖大が立ち上がった。くたびれた旅装の男が、手に古びた帳簿を掲げた。
「彼女には資格がある。これは三年前、彼女が零落村で記した医療支出帳簿。治療対象、費用、経過、回復率──すべてが明記されている。民の命を守るにも、帳簿は必要なのだ」
市民代表の一人が立ち上がった。
「だが、予算の管理を治癒院が担うのか? 財務局が機能不全に陥った今、再建まで時間が要る。我々はその間、誰に命を委ねる?」
萌衣は一歩進み出た。
「私ではありません。再生庁には“医術の専門家”と“会計の目”の両輪が必要です。私たちが集めた資料と計算陣を使えば、支出の優先順位も透明にできます。回復に最も費用対効果が高い施策から着手する。それを“選ぶ責任”を、私たちは分かち合うべきです」
議員の一人が呟いた。
「つまり、帳簿を“生きたもの”にする……ということか」
「はい」萌衣は頷いた。「数字で人を救う。その手続きを、再生庁が担うのです」
沈黙が降りた。だが次第に、拍手が広がっていく。初めは数人、やがて議場の半数が賛同の意を込めた掌を打ち鳴らし始めた。
「再生庁、設立動議を!」と、財政監査役代行が声を上げた。
その瞬間、講堂の石壁に貼られた再生庁案の図が、魔力で発光した。暖大がそれをそっと見上げる。
彼の隣で、愛弓が小さく囁いた。「この国は、少しずつ癒されていくのですね」
「癒されるんじゃない。自分で治すんだ。俺たちがその手伝いをするだけだ」
暖大の声には、何かを手放す者の静けさがあった。
萌衣は、壇上からその言葉を聞き取っていた。そして静かに、肩の力を抜いた。
「再生は、今から始まります。数字では測れない価値を、帳簿に記せる国に──」
講堂の窓から、朝の陽光が差し込んだ。
中央医療院の講堂。石造りの建物の奥で、集まった議員、商会代表、市民代表たちがざわついていた。祭の翌朝に緊急会合とは何事かと皆が訝しむ中、壇上に立ったのは萌衣だった。
彼女は白衣の裾を正し、一礼した。背後の石壁には、暖大が徹夜で描いた「再生庁設立案」の計算図が魔光で浮かび上がっていた。
「皆さま。私は治癒術士、萌衣です。昨日、国家の帳簿が民へ返されるという歴史的な決断がなされました。しかし、それで全てが済んだわけではありません」
議員たちが目を伏せ、ざわめく。
「返されたのは“数字”です。けれど、私たちには“命”があります。飢え、病み、疲れ、傷ついた人々に必要なのは、数字ではなく、再生の“仕組み”です」
言葉を区切りながら、彼女はゆっくりと壇の前に歩み出た。
「私は提案します。新たな公的機関『再生庁』の設立を。医療と財務を連携させ、国民一人ひとりの生活回復を後押しする庁です」
会場がざわつく。治癒士が、財務を語るとは──。
そのとき、後方の席で暖大が立ち上がった。くたびれた旅装の男が、手に古びた帳簿を掲げた。
「彼女には資格がある。これは三年前、彼女が零落村で記した医療支出帳簿。治療対象、費用、経過、回復率──すべてが明記されている。民の命を守るにも、帳簿は必要なのだ」
市民代表の一人が立ち上がった。
「だが、予算の管理を治癒院が担うのか? 財務局が機能不全に陥った今、再建まで時間が要る。我々はその間、誰に命を委ねる?」
萌衣は一歩進み出た。
「私ではありません。再生庁には“医術の専門家”と“会計の目”の両輪が必要です。私たちが集めた資料と計算陣を使えば、支出の優先順位も透明にできます。回復に最も費用対効果が高い施策から着手する。それを“選ぶ責任”を、私たちは分かち合うべきです」
議員の一人が呟いた。
「つまり、帳簿を“生きたもの”にする……ということか」
「はい」萌衣は頷いた。「数字で人を救う。その手続きを、再生庁が担うのです」
沈黙が降りた。だが次第に、拍手が広がっていく。初めは数人、やがて議場の半数が賛同の意を込めた掌を打ち鳴らし始めた。
「再生庁、設立動議を!」と、財政監査役代行が声を上げた。
その瞬間、講堂の石壁に貼られた再生庁案の図が、魔力で発光した。暖大がそれをそっと見上げる。
彼の隣で、愛弓が小さく囁いた。「この国は、少しずつ癒されていくのですね」
「癒されるんじゃない。自分で治すんだ。俺たちがその手伝いをするだけだ」
暖大の声には、何かを手放す者の静けさがあった。
萌衣は、壇上からその言葉を聞き取っていた。そして静かに、肩の力を抜いた。
「再生は、今から始まります。数字では測れない価値を、帳簿に記せる国に──」
講堂の窓から、朝の陽光が差し込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます
内田ヨシキ
ファンタジー
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」
――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。
カクヨムにて先行連載中です!
(https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)
異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。
残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。
一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。
そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。
そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。
異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。
やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。
さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。
そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる