会計帳簿で悪を斬る!45歳元官吏、失われた大帳簿と虚数魔術を巡る逆転劇

乾為天女

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第37話「萌衣の再生庁」

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 朝霧が王都を包み込んでいた。昨日の決算祭の興奮が嘘のように、街の空気は冷たく、静かだった。だが、その霧の奥に、未来を変える言葉が育っていた。
  中央医療院の講堂。石造りの建物の奥で、集まった議員、商会代表、市民代表たちがざわついていた。祭の翌朝に緊急会合とは何事かと皆が訝しむ中、壇上に立ったのは萌衣だった。
  彼女は白衣の裾を正し、一礼した。背後の石壁には、暖大が徹夜で描いた「再生庁設立案」の計算図が魔光で浮かび上がっていた。
 「皆さま。私は治癒術士、萌衣です。昨日、国家の帳簿が民へ返されるという歴史的な決断がなされました。しかし、それで全てが済んだわけではありません」
  議員たちが目を伏せ、ざわめく。
 「返されたのは“数字”です。けれど、私たちには“命”があります。飢え、病み、疲れ、傷ついた人々に必要なのは、数字ではなく、再生の“仕組み”です」
  言葉を区切りながら、彼女はゆっくりと壇の前に歩み出た。
 「私は提案します。新たな公的機関『再生庁』の設立を。医療と財務を連携させ、国民一人ひとりの生活回復を後押しする庁です」
  会場がざわつく。治癒士が、財務を語るとは──。
  そのとき、後方の席で暖大が立ち上がった。くたびれた旅装の男が、手に古びた帳簿を掲げた。
 「彼女には資格がある。これは三年前、彼女が零落村で記した医療支出帳簿。治療対象、費用、経過、回復率──すべてが明記されている。民の命を守るにも、帳簿は必要なのだ」
  市民代表の一人が立ち上がった。
 「だが、予算の管理を治癒院が担うのか? 財務局が機能不全に陥った今、再建まで時間が要る。我々はその間、誰に命を委ねる?」
  萌衣は一歩進み出た。
 「私ではありません。再生庁には“医術の専門家”と“会計の目”の両輪が必要です。私たちが集めた資料と計算陣を使えば、支出の優先順位も透明にできます。回復に最も費用対効果が高い施策から着手する。それを“選ぶ責任”を、私たちは分かち合うべきです」
  議員の一人が呟いた。
 「つまり、帳簿を“生きたもの”にする……ということか」
 「はい」萌衣は頷いた。「数字で人を救う。その手続きを、再生庁が担うのです」
  沈黙が降りた。だが次第に、拍手が広がっていく。初めは数人、やがて議場の半数が賛同の意を込めた掌を打ち鳴らし始めた。
 「再生庁、設立動議を!」と、財政監査役代行が声を上げた。
  その瞬間、講堂の石壁に貼られた再生庁案の図が、魔力で発光した。暖大がそれをそっと見上げる。
  彼の隣で、愛弓が小さく囁いた。「この国は、少しずつ癒されていくのですね」
 「癒されるんじゃない。自分で治すんだ。俺たちがその手伝いをするだけだ」
  暖大の声には、何かを手放す者の静けさがあった。
  萌衣は、壇上からその言葉を聞き取っていた。そして静かに、肩の力を抜いた。
 「再生は、今から始まります。数字では測れない価値を、帳簿に記せる国に──」
  講堂の窓から、朝の陽光が差し込んだ。
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