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【第1話 独走宣言】
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四月の光が、真白高校の窓ガラスに白く反射していた。潮の香りを帯びた風が、教室のカーテンをふわりと揺らす。瀬戸内海に面したこの町は、春の訪れとともに新年度の幕を開けていた。
「はい、それでは——今年も始まります、“地域連携インターン”」
担任の中山がホワイトボードの前に立ち、教卓の端に置いたタブレットを指で滑らせた。プロジェクターが唸りを上げ、壁に映し出されたのは『2年次地域連携インターン制度のご案内』と題されたスライド。生徒たちは誰もが聞いたことのある話だが、何人かは身を乗り出し、逆に半分以上はうっすらとした不安と退屈を顔に浮かべている。
「今年は昨年度までとは異なり、町と学校がより密接に協力して、インターン内容の質を高める取り組みを実施します。単なる“お手伝い”じゃなくて、“働くことの意味”を学ぶのが目的です」
話の区切りごとに「はい、そこメモね」と中山は念を押す。蒼馬は、手元のノートを取るふりだけして、視線を教室の端に泳がせていた。心の中では、すでに別のプランを練っている。
(インターンなんて、誰と一緒だろうが関係ない。俺には、俺のやり方がある)
蒼馬の背筋はまっすぐ伸びていた。周囲がどんな反応をしようとも、彼の目には「個人の成果」こそがすべてだった。他人に流されるつもりも、足を引っ張られるつもりもない。
「ということで、班編成を発表します」
その一言に、教室全体がざわりと揺れた。蒼馬の眉がぴくりと動く。隣の男子が「やべ、あの鈴木と一緒になったら最悪だわ」と呟いているのが聞こえる。蒼馬はそんな空気に取り込まれることなく、内心で自分だけの“逃げ道”を確認していた。
(班なんて関係ない。俺は単独でやる。提出用だけ一緒に合わせておけば、実質ソロ活動だ)
中山が、名簿を手に読み上げ始めた。
「第一班。相馬蒼馬、緒方菜央、森大成、日向麻衣子、桐谷勇介、朝比奈真奈美、星野悠太、村山裕香。以上、八名」
その瞬間、教室の空気が凍った。
蒼馬の目に、明らかにこちらを見ている数人の視線が刺さるのを感じた。そして、目の前の女子——
「よろしくね、蒼馬くん。緒方菜央です」
丁寧な姿勢でお辞儀をした彼女は、学年でも有名な“優等生”だった。学年順位は常に一桁台、体育もこなし、清楚な雰囲気に誰にでも腰が低い。だが、蒼馬はすぐに察した。
(こいつ……やっかいだ)
「僕は、単独でやります」
蒼馬は即座に声を上げた。中山がきょとんとした顔でこちらを見た。
「……蒼馬、今なんて?」
「このインターン、形式上は班編成されてますけど、個人作業でも可能なんですよね? 実際の作業内容を報告書にまとめられれば、グループで行動しなくても——」
「ちょ、ちょっと待って」
その声は、隣にいた菜央だった。だが、静かな口調は一切崩さず、むしろ“整った異議申し立て”として、教師に向けて届けられる。
「先生、確認ですが、今回の地域連携インターンは“班単位での報告”が必須、というのが町との協定に明記されていますよね? 個人作業では審査対象にならない、と」
「うん……うん、そうだ。緒方の言う通りだ。個人作業は、今回は認められない」
蒼馬は無言で教卓に詰め寄ると、タブレットのスライドの端に目を走らせた。確かに、小さく「原則として班単位での活動とすること」と書かれている。
「“原則”ってことは、例外もありうるってことでしょ?」
詰め寄るように蒼馬が問うと、中山は頭をかきながら口を濁した。
「たとえば体調や家庭の事情とか……でも、蒼馬にはそういう理由、ないよな?」
教室内の空気が張り詰める中、菜央がそっと言った。
「蒼馬くん、あなたの能力はよく知ってる。だからこそ、協働の中でこそ発揮してもらいたいの」
「お前に何が分かる」
蒼馬の言葉には、鋭い棘があった。だが、菜央は一歩も引かず、静かに言葉を返した。
「分からないよ。でも、成果を上げるっていうなら、チームで動く方が規模も精度も上げられる。それをあなたが知ってるのか、知ろうともしないのか——私はそこを見たい」
蒼馬の目がわずかに揺れた。しかし、表情には出さず、腕を組んでふてくされたように席に戻る。中山は小さく咳払いをしてから、結論を口にした。
「ということで——蒼馬も、緒方たちと同じ班。強制ね。文句は受け付けません」
ざわつく教室を背に、蒼馬は内心で歯を食いしばった。
(ふざけんな。協働? チーム? 俺は……俺だけの力で結果を出す)
だがその背中を、菜央がまっすぐに見つめていた。
放課後。春の陽が斜めに差し込む校舎の廊下。蒼馬は、すっかり静まりかけた教室を早足で抜け、無言で下駄箱へと向かっていた。誰かの視線が背中に突き刺さるように感じたが、振り返ることはなかった。
(なぜ、あいつらと組まなきゃならない……)
考えるだけで、胸の奥がざらついた。自分の中にある“計画”が乱される感覚が嫌だった。彼には明確な目標があった。この町の枠には収まりきらない未来への足掛かり。そのための素材として、インターンを利用するつもりだった。
だが、いまや八人チーム。全員で「一つの計画書」を作り、町と学校の合同審査を通過しなければならない。
(足を引っ張られるのは、ごめんだ)
靴箱の前で立ち止まり、ローファーに足を突っ込んだそのとき、背後から近づく足音があった。
「蒼馬くん」
菜央だった。制服のリボンを整えながら、息を切らすでもなく淡々と立っている。
「……なんだよ」
「さっきのこと、謝るつもりはない。でも、あなたと対等にやっていくつもり。私は、“妥協”してるわけじゃないから」
その言葉は、蒼馬の“勝手に仕切るやつ”という印象を一度揺るがせた。しかし彼は、ふっと鼻で笑うだけだった。
「で? これから“みんなで仲良く”ってか?」
「違う。“みんなで妥協して凡庸に”じゃなくて、“それぞれの強みを出して成果を最大化”する。そのためのチームだよ」
菜央の視線はぶれなかった。いつもの低姿勢のままで、芯のある強さがにじむ。蒼馬は気づかぬうちに、わずかに息を呑んでいた。
「……本気でそう言ってるなら、無駄にするなよ。俺の時間も、成果も」
「もちろん」
そう答えた菜央は、蒼馬の返答を待たずに歩き去った。
その背中は、思ったより小さく、だがどこか確かだった。
◆
翌日、2年B組の教室後方。壁際の掲示板に、正式なインターン班編成表と日程が貼り出された。蒼馬は遠巻きにそれを見ていた。
その隣で、男子生徒の一人がヒソヒソと話している。
「やっぱ緒方と一緒とか、蒼馬どうすんだろ」
「でもあれ、地雷だよな。超絶優等生タイプと、単独行動主義者とかさ……ぶつかるに決まってるじゃん」
(ほっとけ)
蒼馬は無言で掲示板を背にし、窓際の席に戻った。視線の先には、明日から始まる班内初会議の予定が、しっかり書き込まれていた。
図書館学習室、放課後、16時集合。
(早速、乗っ取ってやるさ。このプロジェクト自体)
蒼馬の心は、静かに燃えていた。
放課後の図書館は静かだった。窓際の席では、誰かが参考書を開いて黙々とシャープペンを走らせている。パーテーションで区切られた一角——そこに、8人の“第1班”が集まっていた。
「えーっと、じゃあ……簡単に自己紹介からにしよっか」
菜央が手帳を開き、司会進行のように声を出す。周囲を見渡すと、机を囲んで座った面々は、一様に緊張していた。初対面ではないが、こうして“チーム”として顔を合わせるのは初めてだ。
「じゃあ、私から。緒方菜央です。えっと……企画とか進行とか、計画を立てるのが得意なので、そういう部分を中心にやれたらと思ってます。よろしくお願いします」
控えめな口調でそう言いながら、周囲を見回す。続けて、大成が口を開いた。
「森大成。場の空気を壊すのが嫌なんで、なるべく調整役でやれたらいいかなって。ま、よろしく」
その横で、麻衣子がふっと視線を逸らしながら呟いた。
「日向麻衣子。……特に得意なことはない。人付き合いは、あんまり得意じゃない。でも、やることはやるよ」
どこか他人事のような声だったが、本人なりの誠意が感じられた。蒼馬は腕を組んだまま無言だった。
勇介がにこっと笑い、口を開く。
「桐谷勇介です。とりあえず現場とか見に行けるの楽しみにしてます。体力あるから、動くのは任せて!」
明るく飾らない声が、場をほんの少しほぐす。続いて、真奈美が静かに言った。
「朝比奈真奈美。私は……効率を重視したい。感情論は後回しでいいから、データ重視で動けたら助かる」
そのまま流れるように、悠太が声を出す。
「星野悠太。えっと……あんまり前に出るタイプじゃないけど、周りに任せるのは得意。裏方とか、調整とかやれると思う」
最後に、小柄な女子がそっと頭を下げた。
「村山裕香です。人前に出るのは苦手だけど、分析とか、文書作成とか、家でできることなら……がんばります」
全員の視線が自然と蒼馬に集まる。
蒼馬は、しばらく沈黙したまま視線を机に落とし、やがてゆっくりと顔を上げた。
「相馬蒼馬。……俺は、成果を出すことに集中したい。余計な手間とか、仲良しごっことか、時間の無駄だと思ってる。やるべきことをやる。それだけ」
言葉のあとに、微かな緊張が走る。だが菜央は微笑を崩さなかった。
「ありがとう。じゃあ、まずは計画書のたたき台を私から出すから、それをベースに意見をもらう形で進めたいんだけど……いいかな?」
蒼馬は何も言わず、頷きもしなかったが、明確な拒否もしなかった。
菜央が出したタブレットには、すでに「町ぐるみ職業探究ワークショップ」の基本設計がまとめられていた。
「……こうして、テーマ別に町の事業者さんを訪ねて、仕事の現場を取材。それをワークショップ形式で子どもや町の人に“伝える”イベントにできたら……って」
蒼馬が指を差した。
「“できたら”? 曖昧すぎる。“町の人”って誰? “子ども”って対象年齢は? 場所、予算、回数、許可取りの手順……なにも定義されてない」
菜央の口元がかすかに引き結ばれた。
「それは今、これから皆で——」
「皆で“これから”考えるってことは、まだなにも決まってないってことだろ。だったら、俺は自分でテーマも決めて、個人で現場に入る。造船所でも、診療所でもいい。取材さえすれば、個別成果は出せる」
その言葉に、空気が再び張りつめた。
しかし、大成がすかさず口を開いた。
「じゃあさ、一回、現場見てからでもいいんじゃない? どうせ“企画倒れ”かどうかって、紙の上だけじゃ分かんないし。な?」
蒼馬は、ちらと視線を向けた。
(調整屋……か。でも、利用できる)
「……見に行くだけなら、無駄じゃない」
「お、なら決まりだね。じゃあ、まずは造船所とか?」
勇介が前のめりに言う。蒼馬は、少しだけ口の端を上げた。
「俺が交渉する。技術主任に直接話を通す。既に一部情報は調べてある」
「は、早っ」
大成が苦笑し、菜央は小さく息をついた。
このチームは、確かに簡単ではなさそうだ——だが、どこかワクワクもしていた。
(蒼馬くんは、“壊し屋”じゃない。“尖った歯車”なんだ。うまく噛み合えば、大きな力になる)
菜央は、そう信じていた。
——第1話・了(End)
「はい、それでは——今年も始まります、“地域連携インターン”」
担任の中山がホワイトボードの前に立ち、教卓の端に置いたタブレットを指で滑らせた。プロジェクターが唸りを上げ、壁に映し出されたのは『2年次地域連携インターン制度のご案内』と題されたスライド。生徒たちは誰もが聞いたことのある話だが、何人かは身を乗り出し、逆に半分以上はうっすらとした不安と退屈を顔に浮かべている。
「今年は昨年度までとは異なり、町と学校がより密接に協力して、インターン内容の質を高める取り組みを実施します。単なる“お手伝い”じゃなくて、“働くことの意味”を学ぶのが目的です」
話の区切りごとに「はい、そこメモね」と中山は念を押す。蒼馬は、手元のノートを取るふりだけして、視線を教室の端に泳がせていた。心の中では、すでに別のプランを練っている。
(インターンなんて、誰と一緒だろうが関係ない。俺には、俺のやり方がある)
蒼馬の背筋はまっすぐ伸びていた。周囲がどんな反応をしようとも、彼の目には「個人の成果」こそがすべてだった。他人に流されるつもりも、足を引っ張られるつもりもない。
「ということで、班編成を発表します」
その一言に、教室全体がざわりと揺れた。蒼馬の眉がぴくりと動く。隣の男子が「やべ、あの鈴木と一緒になったら最悪だわ」と呟いているのが聞こえる。蒼馬はそんな空気に取り込まれることなく、内心で自分だけの“逃げ道”を確認していた。
(班なんて関係ない。俺は単独でやる。提出用だけ一緒に合わせておけば、実質ソロ活動だ)
中山が、名簿を手に読み上げ始めた。
「第一班。相馬蒼馬、緒方菜央、森大成、日向麻衣子、桐谷勇介、朝比奈真奈美、星野悠太、村山裕香。以上、八名」
その瞬間、教室の空気が凍った。
蒼馬の目に、明らかにこちらを見ている数人の視線が刺さるのを感じた。そして、目の前の女子——
「よろしくね、蒼馬くん。緒方菜央です」
丁寧な姿勢でお辞儀をした彼女は、学年でも有名な“優等生”だった。学年順位は常に一桁台、体育もこなし、清楚な雰囲気に誰にでも腰が低い。だが、蒼馬はすぐに察した。
(こいつ……やっかいだ)
「僕は、単独でやります」
蒼馬は即座に声を上げた。中山がきょとんとした顔でこちらを見た。
「……蒼馬、今なんて?」
「このインターン、形式上は班編成されてますけど、個人作業でも可能なんですよね? 実際の作業内容を報告書にまとめられれば、グループで行動しなくても——」
「ちょ、ちょっと待って」
その声は、隣にいた菜央だった。だが、静かな口調は一切崩さず、むしろ“整った異議申し立て”として、教師に向けて届けられる。
「先生、確認ですが、今回の地域連携インターンは“班単位での報告”が必須、というのが町との協定に明記されていますよね? 個人作業では審査対象にならない、と」
「うん……うん、そうだ。緒方の言う通りだ。個人作業は、今回は認められない」
蒼馬は無言で教卓に詰め寄ると、タブレットのスライドの端に目を走らせた。確かに、小さく「原則として班単位での活動とすること」と書かれている。
「“原則”ってことは、例外もありうるってことでしょ?」
詰め寄るように蒼馬が問うと、中山は頭をかきながら口を濁した。
「たとえば体調や家庭の事情とか……でも、蒼馬にはそういう理由、ないよな?」
教室内の空気が張り詰める中、菜央がそっと言った。
「蒼馬くん、あなたの能力はよく知ってる。だからこそ、協働の中でこそ発揮してもらいたいの」
「お前に何が分かる」
蒼馬の言葉には、鋭い棘があった。だが、菜央は一歩も引かず、静かに言葉を返した。
「分からないよ。でも、成果を上げるっていうなら、チームで動く方が規模も精度も上げられる。それをあなたが知ってるのか、知ろうともしないのか——私はそこを見たい」
蒼馬の目がわずかに揺れた。しかし、表情には出さず、腕を組んでふてくされたように席に戻る。中山は小さく咳払いをしてから、結論を口にした。
「ということで——蒼馬も、緒方たちと同じ班。強制ね。文句は受け付けません」
ざわつく教室を背に、蒼馬は内心で歯を食いしばった。
(ふざけんな。協働? チーム? 俺は……俺だけの力で結果を出す)
だがその背中を、菜央がまっすぐに見つめていた。
放課後。春の陽が斜めに差し込む校舎の廊下。蒼馬は、すっかり静まりかけた教室を早足で抜け、無言で下駄箱へと向かっていた。誰かの視線が背中に突き刺さるように感じたが、振り返ることはなかった。
(なぜ、あいつらと組まなきゃならない……)
考えるだけで、胸の奥がざらついた。自分の中にある“計画”が乱される感覚が嫌だった。彼には明確な目標があった。この町の枠には収まりきらない未来への足掛かり。そのための素材として、インターンを利用するつもりだった。
だが、いまや八人チーム。全員で「一つの計画書」を作り、町と学校の合同審査を通過しなければならない。
(足を引っ張られるのは、ごめんだ)
靴箱の前で立ち止まり、ローファーに足を突っ込んだそのとき、背後から近づく足音があった。
「蒼馬くん」
菜央だった。制服のリボンを整えながら、息を切らすでもなく淡々と立っている。
「……なんだよ」
「さっきのこと、謝るつもりはない。でも、あなたと対等にやっていくつもり。私は、“妥協”してるわけじゃないから」
その言葉は、蒼馬の“勝手に仕切るやつ”という印象を一度揺るがせた。しかし彼は、ふっと鼻で笑うだけだった。
「で? これから“みんなで仲良く”ってか?」
「違う。“みんなで妥協して凡庸に”じゃなくて、“それぞれの強みを出して成果を最大化”する。そのためのチームだよ」
菜央の視線はぶれなかった。いつもの低姿勢のままで、芯のある強さがにじむ。蒼馬は気づかぬうちに、わずかに息を呑んでいた。
「……本気でそう言ってるなら、無駄にするなよ。俺の時間も、成果も」
「もちろん」
そう答えた菜央は、蒼馬の返答を待たずに歩き去った。
その背中は、思ったより小さく、だがどこか確かだった。
◆
翌日、2年B組の教室後方。壁際の掲示板に、正式なインターン班編成表と日程が貼り出された。蒼馬は遠巻きにそれを見ていた。
その隣で、男子生徒の一人がヒソヒソと話している。
「やっぱ緒方と一緒とか、蒼馬どうすんだろ」
「でもあれ、地雷だよな。超絶優等生タイプと、単独行動主義者とかさ……ぶつかるに決まってるじゃん」
(ほっとけ)
蒼馬は無言で掲示板を背にし、窓際の席に戻った。視線の先には、明日から始まる班内初会議の予定が、しっかり書き込まれていた。
図書館学習室、放課後、16時集合。
(早速、乗っ取ってやるさ。このプロジェクト自体)
蒼馬の心は、静かに燃えていた。
放課後の図書館は静かだった。窓際の席では、誰かが参考書を開いて黙々とシャープペンを走らせている。パーテーションで区切られた一角——そこに、8人の“第1班”が集まっていた。
「えーっと、じゃあ……簡単に自己紹介からにしよっか」
菜央が手帳を開き、司会進行のように声を出す。周囲を見渡すと、机を囲んで座った面々は、一様に緊張していた。初対面ではないが、こうして“チーム”として顔を合わせるのは初めてだ。
「じゃあ、私から。緒方菜央です。えっと……企画とか進行とか、計画を立てるのが得意なので、そういう部分を中心にやれたらと思ってます。よろしくお願いします」
控えめな口調でそう言いながら、周囲を見回す。続けて、大成が口を開いた。
「森大成。場の空気を壊すのが嫌なんで、なるべく調整役でやれたらいいかなって。ま、よろしく」
その横で、麻衣子がふっと視線を逸らしながら呟いた。
「日向麻衣子。……特に得意なことはない。人付き合いは、あんまり得意じゃない。でも、やることはやるよ」
どこか他人事のような声だったが、本人なりの誠意が感じられた。蒼馬は腕を組んだまま無言だった。
勇介がにこっと笑い、口を開く。
「桐谷勇介です。とりあえず現場とか見に行けるの楽しみにしてます。体力あるから、動くのは任せて!」
明るく飾らない声が、場をほんの少しほぐす。続いて、真奈美が静かに言った。
「朝比奈真奈美。私は……効率を重視したい。感情論は後回しでいいから、データ重視で動けたら助かる」
そのまま流れるように、悠太が声を出す。
「星野悠太。えっと……あんまり前に出るタイプじゃないけど、周りに任せるのは得意。裏方とか、調整とかやれると思う」
最後に、小柄な女子がそっと頭を下げた。
「村山裕香です。人前に出るのは苦手だけど、分析とか、文書作成とか、家でできることなら……がんばります」
全員の視線が自然と蒼馬に集まる。
蒼馬は、しばらく沈黙したまま視線を机に落とし、やがてゆっくりと顔を上げた。
「相馬蒼馬。……俺は、成果を出すことに集中したい。余計な手間とか、仲良しごっことか、時間の無駄だと思ってる。やるべきことをやる。それだけ」
言葉のあとに、微かな緊張が走る。だが菜央は微笑を崩さなかった。
「ありがとう。じゃあ、まずは計画書のたたき台を私から出すから、それをベースに意見をもらう形で進めたいんだけど……いいかな?」
蒼馬は何も言わず、頷きもしなかったが、明確な拒否もしなかった。
菜央が出したタブレットには、すでに「町ぐるみ職業探究ワークショップ」の基本設計がまとめられていた。
「……こうして、テーマ別に町の事業者さんを訪ねて、仕事の現場を取材。それをワークショップ形式で子どもや町の人に“伝える”イベントにできたら……って」
蒼馬が指を差した。
「“できたら”? 曖昧すぎる。“町の人”って誰? “子ども”って対象年齢は? 場所、予算、回数、許可取りの手順……なにも定義されてない」
菜央の口元がかすかに引き結ばれた。
「それは今、これから皆で——」
「皆で“これから”考えるってことは、まだなにも決まってないってことだろ。だったら、俺は自分でテーマも決めて、個人で現場に入る。造船所でも、診療所でもいい。取材さえすれば、個別成果は出せる」
その言葉に、空気が再び張りつめた。
しかし、大成がすかさず口を開いた。
「じゃあさ、一回、現場見てからでもいいんじゃない? どうせ“企画倒れ”かどうかって、紙の上だけじゃ分かんないし。な?」
蒼馬は、ちらと視線を向けた。
(調整屋……か。でも、利用できる)
「……見に行くだけなら、無駄じゃない」
「お、なら決まりだね。じゃあ、まずは造船所とか?」
勇介が前のめりに言う。蒼馬は、少しだけ口の端を上げた。
「俺が交渉する。技術主任に直接話を通す。既に一部情報は調べてある」
「は、早っ」
大成が苦笑し、菜央は小さく息をついた。
このチームは、確かに簡単ではなさそうだ——だが、どこかワクワクもしていた。
(蒼馬くんは、“壊し屋”じゃない。“尖った歯車”なんだ。うまく噛み合えば、大きな力になる)
菜央は、そう信じていた。
——第1話・了(End)
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