銀河商人アシュレー

karmacoma

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第十五話 プールサイド

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 その翌日、アシュレーとミカは起床して皆で朝食を取った。その席で180階に室内プールがあるという話題になり、皆で行ってみる事になった。事前に調べたソフィーの話によると、水着やその他のアメニティも全て貸し出してくれるらしい。

 食堂のある100階から180階へと上がり、エレベーターのドアが開くとすぐ目の前にプールの受付があった。スイートのカードキーを見せると、受付の女性二人は深々と頭を下げてきた。

「いらっしゃいませ。六名様のご利用でよろしいですね?」

「ああ。水着の貸出があると聞いたんだが」

「はい、フィッティングルームがございますので、そちらで好みのものをご着用ください。ご案内申し上げます」

「ありがとう」

 係員に案内され、ロッカーやシャワールームとは別枠にあるフィッティングルーム入口へと着いた。当然男女別となっているため、アシュレーはミカの手を引きながら後ろに声をかけた。

「ソフィー、ミカの水着を頼む」

「分かりました。ミカちゃん、行こっか!」

「うん!パパ~後でね~」

「おう、可愛いのを選んでもらえ」

 女性陣と別れ、アシュレーはフィッティングルームのドアを開けた。するとそこには、まるでデパートの水着売り場のような光景が広がっていた。色や形など各種様々な水着がハンガーにかけて陳列されている。アシュレーはただでさえゴツい体を見せつける気もなかったので、グリーンのノーマルな短パンタイプの水着を手に取った。

 フィッティングルームにはロッカーも併設されていたため、水着に着替えた後に服をロッカーにしまい、鍵をかけた。畳まれたバスタオルを手に取り、アシュレーは念の為鏡で自分の姿を見た。全身の筋肉が異常に発達した、逆三角形のマッチョな男が映っている。それこそ現役の兵士だと言われても差し支えない程の鍛えようだ。

 不備のないことを確認してフィッティングルームを出た。ソフィー達はまだ出てきていない様子だったので、一足先にプールへの扉を開ける。するとそこには1フロアを丸ごと使用した、縦横100メートル程の広大なプールが広がっていた。中央を堺にネットで区分けされており、右がフリーエリア、左が競泳用エリアとなっている。

 アシュレーはプールサイドにしゃがみ水温を確認したが、熱くも冷たくもなく、ぬるい温度となっていた。そしてそのまま足からプールに浸かってみた。水深は1メートル20センチ程で大して深くもなかったが、まだ背の低いミカの事を考え、注意が必要だと判断した。

 アシュレーはプールから上がると、プールサイドにズラリと並ぶリクライニングチェアで横になり、女性陣を待つ事にした。足元を通り過ぎていく女性客達がアシュレーの精悍な体つきを見て、ヒソヒソと話す小声が聞こえてくる。

「やだちょっと見てあの人の体...」
「すっごい筋肉!」
「はぁ~素敵...」
「軍人さんかしら?」
「かっこいい~」
 
 それを聞いて恥ずかしくなったアシュレーは目を閉じ、寝てるふりをして無視した。そこから10分程待った後に、今度は明確に自分を呼ぶ声がした。

「艦長、お待たせして申し訳ありません」

「遅いぞ、一体何をやってたん━━━」

 アシュレーはそう言いかけて言葉を失った。そこに立っていたのは、他を圧倒する絶世の美女たち。ソフィーは白色の際どいマイクロビキニを付け、ミアとクロエは淡いグラディエーションのかかった青と赤のハイレグ、カティーはこれも際どい黒のローライズビキニを着用していた。その全員の完璧なプロポーションに見とれていると、ミアが腰に手を当てて笑顔でポーズを取った。

「どうしたんすか艦長?あたし達のナイスバディな魅力にメロメロっすか?」

「い、いや、まあな。見違えたから驚いたよ」

「パパ~、あたしのは~?」

 ソフィーの足元に立つミカは、ピンク色にスカートのようなフリルが付いた可愛らしい水着を着用していた。腰には浮き輪を巻いている。

「ああ、ミカも似合ってるよ」

「やったー!ソフィーに選んでもらったんだ」

「ミカちゃんの浮き輪とビーチボールを借りるために遅くなりました」

「ああ、気が利くなソフィー。よし、じゃあみんなでプールに入るか」

 プールサイドに移動し、アシュレーは先に足から飛び込むと、プールの縁に座るミカを抱きかかえてゆっくりと水面に浸からせた。続いてソフィー、ミア、クロエ、カティーも水に浸かる。六人はしばらく自由に泳いで体をほぐした後、円形に輪を作ってビーチバレーを楽しんだ。

「行きますよ艦長、そーれ!」

「ほい来た、そら、ミカ!」

「えいっ!」

「上手っすよミカっち、それ!」

「はい、カティー!」

「よいしょ!」

 そうしてひとしきり遊んだあと、六人はプールから一旦上がり、パラソルの付いた円卓テーブルで休憩した。するとウェイターが歩み寄り、アシュレー達に話しかけてきた。

「お客様、お飲み物などはいかがでしょうか?」

「ああ、ブルーハワイのビーチカクテルを頼む。この子にはコーラフロートだ」

「じゃあ私はハバナ・ビーチを頂くわ」

「あたしはキューバンリバーを頼むっす」

「私にはマイタイを」

「フローズンダイキリをいただきますわ」

「畏まりました、すぐにお持ち致します」

 深々と頭を下げてウェイターが遠ざかると、ソフィーが突然アシュレーの右腕上腕を鷲掴みにしてきた。

「な、何だ?」

「...ほんっとにムキムキですね、艦長」

「ん?まあな。この仕事は体力勝負な所もあるし、鍛えておかないといざって時に踏ん張りが効かないからな」

「その点は私も見習わないといけませんね」

「お前も十分に引き締まってるから、いいんじゃねえか?それ以上絞ったら、ガリガリになっちまうぞ」

「その点は私も考えています、お気になさらず」

「お、おう、そうか」

 ミカやカティーと並んでも遜色ないほどの真っ白な肌が、高い天井に設置された照明を反射して眩く輝いている。近くを通り過ぎる男性客達の注目の的になっていたが、隣に座るゴツいアシュレーがいるせいで声をかけて来ない。それを知ってか知らずか、露出の多いソフィーは堂々としていた。

 そんな話をしている内に、ウェイターが色とりどりの鮮やかなカクテルを運んできた。皆はそれを手に取り、各々が飲み始める。するとソフィーが何かに気づいたようにアシュレーに話しかけてきた。

「そう言えば艦長、ウートガルザ号の整備はどうなっていますか?」

「それもクァンさんの業者に頼んである。明日は夕方にここを立ち、最終点検の後に出発予定だ」

「了解しました」

 それを聞いてミアはキューバンリバーをストローで吸い込み、呆れたような表情でソフィーを見た。

「ソフィーっちは仕事熱心っすねえ。は~あ、明日にはもう帰っちゃうのかー。あと三日くらいは居たかったなー」

 カクテルを手にミアが椅子に寄りかかると、ソフィーはテーブルに頬杖をついてハバナ・ビーチをストローで吸い込んだ。

「フフ、無理言わないの。次の仕事も山積みなんだから」

 それを聞いてカティーが笑顔でアシュレーに問いかけた。

「艦長はどうです?名残惜しいんじゃありませんか?」

「ん?まあな。だがスケジュール通りに帰らないと、カミさんに怒られちまうからな。それに惑星フォレスタルの空気も懐かしくなってきたし、そろそろ帰るにはいい頃合いかもしれんな」

「そうですよね、私も同じことを考えていました。やっぱりフォレスタルの方が落ち着きます」

 クロエはカクテルを一口飲み、プールを見つめながら吐息を吐いた。

「しかしこんな浮世離れした世界もあるんだな。今回の休暇は役得だった。艦長の昔話も聞けた事だしな」

「え?昔話って、まさか艦長の軍属時代の?」

「そうだよソフィー。ミアと私にだけ話してくれたんだ」

「も~!何で私も誘ってくれないのよ、クロエの意地悪!!」

「フフ、寝てるだろうと思って連絡しなかったんだ、済まないな」

「艦長、今度私にも聞かせてください!」

 ソフィーはアシュレーの右腕を掴み、自分の体を押し付けた。柔らかい胸の感触がアシュレーを包み込むが、アシュレーは赤面しながら(コホン)と咳払いを一つしてそれに答えた。

「ま、まあ気が向いたらな」

「ぶ~、ソフィーっち色じかけ反対~」

 ミアがそれを見て立ち上がり、アシュレーの背後に付くと後ろからアシュレーの首に手を回し、そのまま抱きしめた。

 「あたし昨日の話を聞いて、艦長の事ますます好きになったっす。簡単には渡さないっすよソフィーっち」

「なっ!わ、私は別にそんなんじゃ...」

「じゃあ私も参戦しようかな」

 クロエも椅子から立ち上がり、アシュレーの左腕に絡みついて胸を押し付ける。

「そ、それじゃあ私も...」

 カティーまで立ち上がり、アシュレーの膝の上に乗っかってきた。四方を女性クルーたちに囲まれてまさにハーレム状態だった事を受けて、アシュレーは降参の意を示した。

「わ、分かった!俺が悪かった!悪かったから離れてくれ!」

 それを聞いてミアは小悪魔のように微笑んだ。

「心配しないでも大丈夫っすよ~艦長、イオさんには言わないっすから」

「いやいや、ミカも見てるんだぞ!いい加減にしないかお前たち!」

「ミカちゃーん、パパの事好きだよね?」

「だーいすき!」

「じゃあこっちにいらっしゃい」

 アシュレーの膝に乗るカティーがミカを抱えあげて、アシュレーの懐に乗せた。そしてミアが問い詰める。

「さあ艦長、この中で一番魅力的なのは誰っすか?」

「私もそれが聞きたいですね艦長。この際ハッキリさせましょう」

「ソフィー、お前まで!!」

「聞くまでは離しませんよ」

「クロエ!」

「え、えと、私の事どう思いますか?」

「カティー!!」

「パパ~、誰が一番好きなの~?」

「分かった、みんな可愛い!みんな同じくらい可愛いから、勘弁してくれ!!」

「しょうがないなあ。どうするソフィーっち、クロエ姉さん、カティーっち、ミカちゃん?」

「ここらへんで許してあげるとしますか」

「まあいいでしょう」

「少し納得が行きませんが...」

「パパはあたしのものだよ~カティー」

「フフ、そうねミカちゃん。さあ、みんな離してあげましょう」

 ようやく開放されたアシュレーは深いため息を付き、テーブルに突っ伏してぐったりと上半身を預けた。通りゆく男性客達がアシュレーに羨望の眼差しを送っている。

「はぁ、はぁ...何かお前らといると、自分を試されている気がするな...」

「まあ艦長にはイオ副社長っていう美人な奥さんがいますからね。あの人に敵うとは思っていませんけど」

「そうっすねー、艦長を落とすならイオさんを超えないといけないのかー。正直厳しいっす」

「私もああいう大人の女性になってみたいものだ」

「その点ミカちゃんは、イオさんに目鼻立ちが似ていますよね。大人になったらきっと美人になるわよミカちゃん?」

「へへ~、ありがとカティー」

 ソフィーが腕時計を確認して、皆の顔を見た。

「さあ、そろそろランチの時間よ。みんなもう泳がなくても大丈夫?」

「意義なーし!運動して腹が減ったっす」

「そうだな、丁度いい頃合いだ」

「ええ、行きましょう」

 そして六人はシャワールームで体を洗い流し、私服に着替えて100階へと向かった。ビュッフェ形式のランチを堪能し、夕方までは自由行動となったことで、皆各自の部屋で昼寝をする事になった。

 アシュレーとミカも同じベッドに寝て熟睡していたが、そこへ(コンコン)と扉がノックされた。それに気づき、アシュレーはミカを起こさないようにそっとベッドを出てドアの除き穴をチェックし、扉を開けた。そこに立っていたのは、カティーだった。

「艦長、お休み中のところ申し訳ありません」

「いや、大丈夫だ。どうした?」

「先程プールに入ったせいか、左腕の調子が悪くなりまして...見ていただけませんか?」

「いいぞ、分かった中に入れ。ミカが寝てるから静かにな」

「ありがとうございます」

 部屋に招き入れ、アシュレーはミカが寝ている部屋とは別の寝室にカティーを案内すると、明かりをつけてベッドに腰を下ろさせた。

「今道具を取ってくるから、服を脱いでベッドに横になっておけ」

「分かりました」

 アシュレーはリビングに戻り、クローゼットに収めたスーツケースの中から小型の道具箱を取り出すと、再び寝室に戻っていった。カティーは上下の服を脱ぎ、下着姿のまま艶めかしい体をベッドに横たえている。アシュレーは化粧台の椅子を手繰り寄せると、ベッドの脇に腰掛けた。そしてカティーの左腕を手に取る。

「痛覚センサーは切ったか?」

「はい、大丈夫です」

「よし、じゃあ診てみよう」

 左下腕を握ると、カティーのきめ細やかな人工皮膚の感触と体温が伝わってくる。そこに極めて細い精密ドライバーを差し込むと、アクセスパネルが開いた。その下にはカティーのチタン製の金属骨格が並んでいる。道具箱からペンライトを取り出し、骨の一本一本をつぶさに確認していった。

「手首と中指の調子が悪い?」

「はい、その通りです」

「グリースを差して調整する、少し待て」

 アシュレーは尺骨と有頭骨の間にグリース液を注入し、極めて細いラジオペンチで骨格をつまんで上下に動かし、全体を馴染ませていった。

「これでどうだ?動かしてみろ」

「...はい、大分良くなりました」

「よし、後はグリースが馴染んでくれば調子は良くなるはずだ。他におかしいところはあるか?」

「はい、まだあります」

「どこだ?」

「そ、その...強いて言えば、心、でしょうか」

「心だと?AIの調子でも悪いのか?」

「いえ、そうではなく...艦長もご存知ですよね?私が作られた本来の目的を」

「......」

 アシュレーは黙ったまま左腕のアクセスパネルを閉じ、カティーを見つめた。

「...私では、魅力が足りませんか?」

 カティーの頬に一筋の涙が伝った。その美しい顔を見ていたたまれなくなり、アシュレーは人差し指で涙を拭った。

「バカを言うな。お前は十分に可愛いさ」

「それなら...」

 アシュレーは大きくため息をつき、横になるカティーの頭を撫でた。

「いいかカティー。俺はお前を人間として大切に見ている。お前と出会ったのは偶然だが、ここまで成長してくれるとは思っても見なかった。その事に対して俺は嬉しいし、これからもウートガルザ号のパイロットとして働いてもらいたい。それに俺には家庭がある。お前が俺に好意を抱いてくれるのは嬉しいが、ここでお前を抱いちまえば、それは家族に対する裏切りにもなる。分かるな?」

「はい...」

「俺が今してやれるのは、このくらいだ」

 アシュレーは身を寄せて、カティーの左頬にそっとキスをした。それを受けてカティーも笑顔になる。

「さ、ベッドから起きろ。服を着せてやる」

「艦長、私を救ってくれた御恩は、一生忘れません」

「ああ。これからも頼むぞカティー」

「お任せください」

 カティーを見送り、アシュレーは再びミカの眠るベッドに入った。スヤスヤと眠るミカの横顔を見て微笑み、アシュレーも深い眠りへといざなわれた。
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