GANTLET-ガントレット-

荒木春彦

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第三章:森の老人

第10話「老人と森」

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「森が騒がしいと思っとったら、異星人が二匹も紛れ込んどったとはな」

 老人に案内され、二人は彼のあとをついていく。
 もう空腹で動けないと思ったが、『食い物ぐらいくれてやる』の一言に、簡単について行ってしまう。

「おじいさんは、異星人をしっているんですか?」

 リズが当然気になる質問を道中で問う。

「当然じゃい。わしも異星人じゃからのう」

「え? いつ頃ここに? 何星人さんなんですか!?」

「話してもええが、まずは腰を降ろさせんか。話より先に飯が食いたいじゃないんか?」

「是非頼む! 昨日まる一日何も食ってないんだ! 頼む……!」

「エエ若いモンが空腹で泣き言なんぞみっともない! あ、そうそう、お前らが殺したそのオオカミな、毛皮を傷つけず仕留めとる良い状態じゃ! 全部ワシの家まで持ってこい。そうしたら飯を用意したるぞ」

「え?」

 レイがリズを見ると、リズはレイに指を指した。
 当然レイがやるものだと言っているのだ。

「……え?」

 老人の住んでいる場所は森の奥にぽっかりと開けた場所にあった。地面は草より土が多く、開墾した形跡が見られる。幾つかの木が切り倒されて古い切り株として残っており、開墾してから長い年月が経っているのがわかる。土地のいくつかには、耕して栽培してある畑があり、その反対側には質素ながらも頑丈な木造のバンガロー住居が建てられてあり、古いながらも立派にこの土地の主として不動のままそびえ立っている。そのバンガローの横には壊れた馬車が置いてあった。その馬車に、リズが激しく反応を示した。

「あ! これ! これ『幌馬車(ほろばしゃ)』ですよね!? 『図書館(ライブラリー)』の映画で見たことあります!」

「おぉ、お前さんコレ知っとるのか!」

「はい! 西部劇の映画で観てから、憧れてて! 今の地球の文明には早すぎると思いますけど、どうしたんですか?」

「なに、わしが旅をしてた時にな。捨ててあった馬車を改良しての、自分で作ったんじゃい!」

「すごいです!」

 何の知識もないレイにはこの二人が何の話をしてるのか、さっぱり理解出来なかった。
 この目の前の老人がリズと同じく異星人である事しか、分からない。

「ま、まぁ、そんなもんより、まずは飯じゃな」

 老人は照れながら、リズをバンガローに招いていった。
 レイは老人に言われるがまま、何往復も掛けて、オオカミの死骸を家の前のこの広場に並べ置いた。
 さすがに超人の能力を持っているとはいえ、これは疲れる。

「な~にボサっとしとんじゃ! 飯やらんぞぉ~!」

「へいへい……」

 古びた木のテーブルの上の白いセラミックの皿に乗せられた白パンやコーンポタージュ、野菜のサラダ等々、穀物や野菜中心ではあるがボリュームのある食事に、二人は勢いよく飛びついた。
 普段はテーブルマナーを守るリズですら夢中で貪り、レイに至っては蛮族のそれである。

「いやしいのぉ~。そんなに腹が減っておったか」

「はい、ありがとうございます! 久々の食事とあまりの美味しさに胃がビックリしてます!」

「今のここの地球人の文明ではな、ロクなモンは食えんからのぅ」

 老人が出した食事は明らかに現地の地球人の文明レベルを越えたものだった。
 まず手に入る事すら出来ない食材ばかりで、しかも調理もこんな人里離れた森の中で行われるものとは思えないレベルのものばかりである。
 そもそもセラミックの皿など現地の地球人が用意出来るものではない。
 まさに文明が進んだ異星人だからこそできる技である。

「さて、腹も膨れたらなら、お前さんら何しにこの森に入った?」

「あの、私達の正体は……」

「あ~、そういうのはいらん! お前さんらが何者か大体の検討はついとる。ん~、お嬢さんは地球人の匂いが強い、だが地球人ではない……という事は、月星人じゃな?」

「あ、当たりです!」

 リズは自分の正体が当てられ驚き、老人は自慢げな顔をしている。
 すると、今度はレイの方を向いた。

「お前さんなんか、もうわかりやすいわい! 巨人族じゃろ?」

「あ、あぁ、巨人族だ……」

「フンッ! 人間に擬態しとっても、巨人族は匂いでハッキリとわかるわい!」

「え……? そんな、匂いで判別出来ます……?」

 リズは自分の匂いが気になるのか、手を己の鼻に近づけ、匂いを確かめていた。
 だが、よく分からない。

「わしゃな、トップン星人。この地球の生態系やら自然環境やら調査する為にココに来た。……もう千年前の話じゃわい」

「千年前って事は、『第一次入植計画』の時の!? お幾つなんですか!?」

 リズが驚くのも無理はなく、異なる異星人ではあっても千年もの長寿を迎えられる異星人は滅多にいない。他にいるとすれば、思い当たるのは同じ千年前にいた、レイと同じ巨人族のギアスだろう。巨人族も同じく長命だ。

「わしもそれは不思議でなァ~……。よっぽど地球の環境がわしの身体に合っとったんかの~? ……とはいえ、こんなに長居するつもりはなかったんじゃい。わしはさっさと調べてさっさと帰るつもりじゃった」

「なんで帰らなかったんだよ、ジィさん」

 レイの無神経な一言に、老人――トップン星人はむかっ腹が立った。

「お前のせいじゃ、お前ぇ! 帰ろうとした時に悪質な異星人に船を乗っ取られて、そこに巨人のお前が船ごとソイツらを拳で撃ち落としたんじゃい!」

「え、あ……そ、そうだったのか……すまん……」

 まさかトップン星人が千年も地球に取り残された理由が千年前の自分――先代・クロムだったとは思ってもいなかった。
 おそらく、クロム当人も悪気はなかったはずだ。

「フンッ! ……船から機材を下ろしておったのが不幸中の幸いでの、地球で生存するだけの環境は揃っておった。それ以来、ここを根城に人間の姿で生きてきたんじゃ」

「今の地球文明とは違う食材や道具もありました! あれはどうやって……?」

「わしらトップン星人はな、研究する事に喜びを見出す、変わった種族でな。地球の旧文明も漏らさずワシらの母星にデータが残っとる。当然、地球にもそのデータを見る端末を持ってきたおかげで、母星から遠く離れても見る事が出来たし、実際持ってきた道具で過去の地球の道具を開発する事も出来た。このバンガローはただの生活するためだけの場所での、地下にワシが『再発明』した道具やら植物やらが作られとる!」

「それが……今さっき頂いたお食事なんですね!? すごいです!」

「だーはっはっは! トップン星人の頭脳は宇宙一じゃい! ……なぁ~んて、作ってる時は思っておったがの、こんな未開拓の星で過ごすのはあまりにも退屈じゃったわい。目立たんように、幌馬車を作って土地が続くかぎり旅もしたが……。地球人はよそよそしいし、あっちこっちでつらまん戦はするし……。特にわしが降りた頃のこの土地はもう、文明がピタッと止まったかのように、何の発展もせんかった、わしゃビックリじゃい。食い物はロクなモンを食わん! 農民はパンか麦の粥か、チーズかエールか、雑な野菜! 良くもまぁ飽きずに食えたもんじゃわい! 浄水設備が無いから飲水も無い! 飲むのはアルコールじゃぞ? わしゃ自前の浄水器持ってて助かったわぃ~。冬を越すために、事前に豚にドングリを食わせた後解体して、血の一滴も残さんように塩漬けやソーセージにするわ、その執念がまたすごいのぉ~。食事はほとんどナイフで何でも切り取って手掴みじゃぞ? 貴族ですら肉を手掴みと聞いてわしぁドン引きしたわい! ……まだまだ言い足りないが、ま、わしは千年の時を生きたがほとんど文明や時代というのは大して変わらんかった。国が変わったり、新大陸を発見したとか、そのぐらいかの?」

 実にお喋りな老人だ。
 レイにとっては退屈な話を、リズは目を輝かせて聞いている。

「すごいです! 歴史の生き証人! 千年の時を地球と共に生きてきたんですね!」

「そんな良いもんじゃないぞい。退屈なだけじゃった! 確かに生まれ変わった地球を千年見る事が出来た。分かったのは、旧人類と同じ足跡を今の地球人が歩いておる、という事じゃな。まったく同じ道を歩んどる。ありゃ地球人が己の頭で考えたわけではないな。ありゃ環境で選んどる。環境が一定の条件を満たせれば、そっくりそのまま同じ行動を取るようになっとる。この千年とそれ以前の歴史をわしが知る限り、旧人類の歴史と同じ出来事がこの新人類でも起きとった。知れば知る程、地球人が愚かだと知ったわい。……それ以来、わしはこの森でずっと隠棲しとる。この森に人間は入って来ん。危険じゃと知っておるからの。森には危険な生き物がおる、と吹聴したお陰じゃな」

 最後はキャッキャと笑うトップン星人だったが、終始話す様子は虚しそうであった。
 本当に寂しい人生を千年も送ればこうなるのか。
 リズはそんな虚しさを感じた。

「お前さん、千年前の騒動を『第一次~』とか言うておったの? 最近騒がしいのはアレか、また入植計画が始まったんか?」

「はい、『第二次入植計画』。以前とは違って、強硬派の入植希望者達が、強引な手を使っています。今はもう、世界各地で魔獣が解き放たれています」

「首謀者は?」

「巨人族のギアス委員長です」

「ケッ! あの……胡散臭い偽善者か! 千年前も勝手な理屈で異星人共を殺しまくっておったが、その次は突然場所も考えず巨人同士でドンパチやりおった! 全く、デカブツ共は迷惑千万じゃい!」

「ジイさん、俺はそのギアスを倒したい! 地球人が異星人に襲われているのなら、助けたい! 彼女の両親もギアスのせいで囚われている! 奴を倒して、地球の平和を守りたい!」

 レイの力の込もった熱弁に、トップン星人はわざとらしく驚いた。

「ワーオ! 偽善者の巨人が同じ偽善者の巨人を倒すだってさー。千年前とおんなじでこっちも進歩しとらんのー。地球の平和~とか、大雑把な事まで言いおった~。さすが偽善者巨人族ぅ~」

「ジイさん! 俺は真面目に言ってんだぞ!?」

「わしだって真面目にフザケとるよ~? なんでまた愚かな地球人なんか助けたいんじゃ?放っとけ放っとけ! 彼女のご両親? 放っとけ放っとけ! ギアスとの因縁? 無視して好き勝手に生きろ~。なんだってそんな面倒臭い生き方するんじゃ? それは本当にお前自身の意思か?」

 トップン星人をおちょくりながらも、最後の核心を突く問いに、レイは思わず言葉を失った。
 本当に自分の意思なのか、と問われると確信は持てない。だが、

「だが……目の前で人が苦しんだり、泣いたりしてるところを見て……俺はそれを放っておけない! たぶん俺は馬鹿だ! だが、馬鹿には馬鹿なりの貫きたい気持ちがある! 目の前で苦しんでいる人がいるなら、俺は絶対に助けたい! それを見過ごす事が俺に出来ない! うまく説明できないけど、俺が我慢できないからやるんだ!」

 口から飛び出した唾が人間の老人に姿を変えたトップン星人の頬に飛ぶと、それを拭い取って、拍手をした。

「……や~っぱり……巨人族じゃなぁ、お前……。『うまく説明できないけど、俺が我慢できないからやるんだ』、独善的で自分勝手なところ、本当に巨人族じゃわ、お前ぇ~。こりゃ万年経っても進歩せんのぅ、巨人族は。……そういえば、なんじゃった? お前らなんでこの森に来ちゃったんじゃ?」

「え、あ、その……ギアス委員長の船を目指して進んで、この森に入ったんですけど、食べ物が無くて……」

「あぁ、それで行き倒れとったんか。アホじゃのう~。少し食料とか分けてやるから、はよ出ていけ! ここはワシの森じゃ!」

「あぁ、はい……。もっと色々話しを聞きたかったんですけど、これ以上お世話になるわけには……」

 リズ達が席をたった瞬間、上空から大きな声とキーンと鳴る共鳴音が聞こえてきた。

『あ~、あ~、マイクのテスト中~! これちゃんと聞こえてるのか~?』

 リズが声の方を見ると、黒鉄色の回転する円盤船からスピーカーが飛び出し、そこから声を出している。
 音声の中に『ちゃんと聞こえてまーす』の声が小さく聞こえていた。

『よーし……。オイ、コラァ! 巨人ぃン! そこにいんだろ、出て来いやぁ!』

 トップン星人は突然の来訪者に苛立ちを隠せなかった。

「あー、もう、今日はなんじゃい! 煩いやつらばっかり来とる! しかも異星人ばっかりじゃ! わしゃ出しとらんぞ、看板! 『異星人千客万来』とはの!」

 バンガローを出すと、彼の星謹製の拡声器を掴んで、大声で返事した。

『なんじゃい! 貴様ら! ワシの森に何しに来よった!?』

『な、なんだよ、ジジイ! テメェには関係ねぇだろ!? 俺は巨人に用があるんだよ!』

『ここはワシの森じゃバカタレ! ワシの許可なく、そんなモンを森の中で飛ばすんじゃないわい!』

『う、うるせぇ! 巨人が出てきたら、大人しく引っ込んでやるよ!』

 円盤の主は若干トップン星人の威圧にビビって腰を引いてしまったが、本来の要求までは引っ込めなかった。

「まったく……! おい、巨人! 飯おごってやったじゃろ!? さっさとアイツのところに行かんかい!」

「あ、痛って!? なにすんだよ!?」

 トップン星人は無理矢理にでも引き摺りながら、レイを表に出す。

『おい! 円盤の小僧! こいつが巨人じゃ! 迷惑じゃからさっさと連れて立ち去れ!』

「お、おじいさんだめです!」

「やかましい! 千年前も今も、巨人族はわしにとっては迷惑なんじゃい!」

 トップン星人がリズの静止を振り切り、レイをバンガローの前の広間に放り出すと、円盤の主は満足そうな声を上げた。

『見つけたぞぉ~、巨人! 貴様には、ギアス委員長直々の抹殺命令が下っておるのだ! 貴様を仕留めれば、我が種族が優先的に広い土地を獲得する事ができるのだ! 覚悟しろ!』

「…………は?」

 レイは円盤の前で、呆れ返った。
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