不十分な世界の私―哲学断章―

ササキ・シゲロー

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〔26〕実現しうる可能性の中に先取りされた未来。

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 『私』が現実において実現しうる可能性として、私自身にすでに見出されているところのものである、「未来において何か意味があり価値のある何者かになる」という、私自身の可能性。その一点に賭けて現在を生きている私にとって、「私であることの価値=意味」は、未来において見出されるところの「何者かになった私」にしかない。それは、私において見出されるばかりでなく、誰においても見出しうるところの「何者か」であるからこそ、『意味=価値』がある。「誰もが所有できるような価値=意味を、私が所有している」からこそ、その所有している私の価値=意味が、「価値=意味として見出せる」ことになるのだ。
 そのように、「所有=獲得できるはずの未来」に私自身を賭けて、『私』は今を生きている。「そうではない私」であれば、たしかに今ここにいる。しかし、「それ」に一体何の意味=価値があるのか?今ここにない価値=意味を、「私の価値=意味」と言うことは、私自身としてできないのだ。つまり、「何者かである私にこそ価値=意味がある」のであれば、「その何者かにでなければ、私自身を見出すことなど、私自身にもできない」のである。「何者かであるところの者が、私自身である」からこそ、「私自身に価値=意味があると私自身として言いうる」のだから。「私自身に価値=意味があるから、私は何者かになりうる」のではなく、「何者かとなった私に、何者かとしての価値=意味があると見なされる」からこそ、「私は、何者かにならなければならない」のだ。「そうではない私」など、私自身にとっても他の誰にとっても、「何の意味=価値もない」のである。
 しかし一方、「むしろ現実とはそんなものではないのか?」という考えもあるかもしれない。「むしろ普通の人生なんて、そのようなものではないのか?」と。「誰もが、そのような不毛な人生を生きているにすぎないのではないか?」と。
 ところで「それ」は一体、「誰の人生」なのか?「誰にでもありうるような人生」であれば、「誰の人生でもない人生」ということになるのか?だから、「誰もが」ということが言えてしまうのではないのか?『期待』とは、そもそもそのような「誰でもない人生」を、もっと言えば「他人の人生」を、「私の人生として期待している」ということなのではないのだろうか?

 期待とは言うまでもなく欲望であり、なかんずく未来を欲望する、現在においての欲望である。それは、予測可能な結果すなわち「そうなることがわかりきった結果」を、「自分の権利として要求することができる」ものとすることへの欲望、ということである。そしてそれが、「予測可能な満足」として、現実として間違いなく訪れることを、人は、それがまだ訪れていない現在において当てにしているのだ。
 期待することにおいて、人はその結果を、それが実際に訪れる前にすでに先取りしている。つまり、「今この現実を生きている間」においても、実はすでに「来たるべき現実を部分的に先取り」して、今この現在を実際に生きているのであり、言い換えれば、将来的なその取り分を、部分的にすでに現実において消費しながら、今この現在を生きているのである。人が自らの期待することの、その来たるべき結果に頼るのは、そのような先取りされた消費分の、間違いのない埋め合わせが「期待されている」からだ。それはそれは、非常に切実な思いをもって。
 たとえばもし、「明日になれば何かいいことがあるかもしれない」と期待しているならば、それは「明日がまたやってくる」ということの自明性の上に成り立っている期待である。その自明性が、「まだやってきてもいない明日」を、「期待の回収として当てにできるもの」にしている。そのように「当てにされている明日」は、実はすでに「今日において前払いされている」のだ、と言える。それはたとえば、今まで積み立ててきたものを明日になったら受け取ることができるというような、「当てにしている」ということの通常の意味ばかりではなく、今日において前払いされた明日を、実際に明日になって受け取れることを先取りするようにして、人はその当て込み分を元手にして、今日の実際の支払いに当てている、ということでもある。実際に見積もられた分だけの明日がやってくるものなのかどうかは、本当のところは「実際に明日になってみないとわからない」のかもしれない。誰でも本当はそのことを、うすうす承知しているのかもしれない。しかし、「それでも明日はやってくる」というのならば、そこに何も期待しないというのは無理な話だろう。逆に、本当のところはわからないというのも、一つの「期待」なのではないか?
 しかし人はおそらく、「自分が期待していたものが実際に実現した」としても、それに対して別に取り立てて「満足する」ような、自分にとってそれが何かしらのプラスになるものというようには、実はあまり感じられないだろう。それは、期待の上では実現して当たり前なものであり、ただ単にそれで「期待が埋め合わせられる」という意味で、その実現によって現状としてようやくイーブンなものとして受け止められるだろう。逆にもしそれが訪れないとしたら、それは先取りして使い込んだ分が現状では回収できないということが、現実として明らかになるということであり、その収支として欠損が生じるということであり、つまり、自分自身においてはマイナスを抱える、ということになる。このようなマイナスは、ただ単に期待が無駄骨になるだけではなく、先取りして使い込んだ期待が、現実的な負債となって我が身にのしかかってくるということを意味するのでもある。期待において前払いされた未来は、その期待を使い果たしてしまう前に訪れてくれなければ、ただの負債として残るだけである。そして後は、その返済に追われる人生だけが残る、ということになる。

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