その口吻(くちづけ)は毒より甘く

門音日月

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第2章 港湾都市

26話 血を吸うのだから

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 日が傾くまで、街のあちこちを見て回った。
 鐘楼のある広場やら、港のでかい船。見たこともない魚やらを並べる市場。
 歩き回って、あれこれ見ているのは頭を使う必要がないから、どこか気が楽だった。
 レーテが今いる屋敷の前に来た頃には、空が赤色に変わった頃だ。
「で、ここがあの猫野郎の屋敷だと」
「ああレオナルドの屋敷だ。無駄に広そうだろう」
 奴隷商の屋敷を思い出す。金持ちってのは、デカい屋敷を建てなきゃいけない決まりでもあんのか?
 オレが屋敷を見上げてい間に、レーテは鎧を着た番兵たちに自分のことを告げていた。
「ゴーヴァン、おいで。ここがしばらくの宿だ」
 開けられた門をくぐり進んでいくレーテの後を追う。
 門から屋敷の入口までに水瓶から水が出てる池があったり、なにかの形に刈り込まれた低い木が何本も植えられていて、何の必要があってこんなもの作る必要があるのか、オレにはわからなかった。
 屋敷の入口の前には数人の小綺麗な服を着た女たちがいた。
「部屋まで案内して欲しい。夕食はどうすれば良いかね」
「旦那さまより、夕食はご一緒する、と聞いております」
 そうかね、とだけ返事を返すと女に案内され、屋敷の中へと入っていく。
 もう日が暮れ始める頃あいだが、屋敷の中は明かりが灯され、昼間なのかというくらい明るかった。
 先頭を歩く女の後について屋敷の奥へと進んでいき、一つの部屋へと通される。
「レオナルド、ちゃんと普通の部屋を用意してくれだのだね。よかったよかった」
「部屋だ? 家くらいあるだろ、これ」
「私は一応客扱いだからね、相応の部屋を用意してくれたのだろうさ」
 レーテはフード付きマントを外すと椅子にかけ、部屋の中を見て回り始める。
 部屋の中を見回すと、日を炊く所がないくらいで、オレが村で暮らしてた家よりも広えぞ。
「風呂があるじゃないか。丁度いい、夕食前に使わせてもらおうじゃないかね」
 レーテが部屋の中の扉の一つに入っていく。
 部屋の中には人一人横たわれそうな桶と、握りこぶしくらいの先端が曲がった鉄筒が壁についていた。
 レーテは鉄筒についている取手を動かすと、水が煙をたてながら、勢いよく出てきた。
「オイこれ湯が出てるのか? どこで沸かしてんだよ」
「魔術師の開発した技術によるものだそうだよ。街には大きな公衆浴場、湯に浸かって体を洗う場所もあるそうだよ」
「わざわざ体洗うためだけに湯を沸かす? 何だそりゃ?!」
 湯を沸かしてって、なんかスゲェもったいないことしてんじゃねえのか?
「さあ、風呂桶にお湯が溜まったら、ゴーヴァンは体を洗っておくれね」
「オレが? なんでだよ」
「竜種は只人のように汗はかかないそうだけど、体は汚れているだろうからね。体を綺麗にして欲しいのさね」
「だったらテメエが体洗えよ」
「私は泥でもかぶらない限り、そうそう汚れることはないからね。これから血を吸うのに噛みつくのだから、体を綺麗にしてくれないと」
 思わず首筋を抑える。ゾワゾワした感覚が体の中心から全身に駆け回る。
 レーテが小さく笑いをこぼす。毒蛇の笑いだ。
「どうせなら、夕食前に綺麗にした体に噛みつきたいから、ね」
 夕食前、ね。



「あったけえ」
 なみなみと注がれた湯に肩まで入り、一息吐く。
 もったいねえことしやがるとは思ったが、実際湯に入ってみるってのはかなり心地良い。
 文句があるとしたら、桶が小さくて足が伸ばせねえことくらいだな。
「ゴーヴァン、体を拭く布をここに置いておくから、出たらお使い」
 初めてあったときよりもヒラヒラした服を着たレーテが、大きな布を持って入ってきた。
「まさか湯に入るのが、こんなに気持ちいいなんてな」
「気に入ってくれたようで、何よりさね」
「こういうのを贅沢、っていうんだろうな」
 レーテが出ていった後も、しばらく湯に入っていた。体の芯まで温まる感覚が、こんなにいいものだったとは知らなかった。あえて文句を言うなら、足が伸ばせないってことくらいだ。
 気持ちとしてはもう少し入っていたかったが、これ以上湯に入ってたらのぼせちまう。
 桶からでて、乾いた布で体を拭いていく。
 気分良く乾いた布で体を拭く間、血を吸われるためにやっているのかと思い、裸のままで逃げ出したい気分がしてくる。
 レーテのやつベッドの縁に座って、いい顔で笑ってやがる。
 いい気分の後にやな気分になるってのは、気が重くなるもんなんだな。
 ため息を一つ吐いて、レーテの腰掛けているベッドに寝転ぶ。
「クソっ、好きにしろ!」
「いい覚悟だ。別に痛い思いをするんじゃないんだから、そうやって受け入れてくれたほうが、私も嬉しいね」
 レーテの目が視界に入る。赤だ。緑とも金ともつかない色じゃなく、血のような赤色。
「この目かい? 血が飲みたくて仕方なくなるとね、色が変わっているらしいね」
 目元を数回撫でる。
「まあ、自分で見たことがないのだけどね。それよりもだ」
 寝転んだオレに覆いかぶさる。全身をヒルにでも這われてるような悪寒が走る。
 オレの首筋に手を這わせながら、口を開くのがみえる。二本の、獲物を狙う毒蛇の牙だ。
「はっ……んっふぅ」
 噛まれた瞬間の痛みが別の感覚に変わる。
 体の芯を焼かれるような、身体中の血の流れがめちゃくちゃになっているような感覚。
 コレは不快なものだと自分に言い聞かせながら、息を整えようとしているのに、荒くなってしまう呼吸を続ける。
「んっ、あ」
 牙が引き抜かれる。
 傷口から血を吸われているのが、レーテが喉を鳴らして飲んでいるのがわかる。
 血を吸われているのに体に血が集まるような、奇妙な感覚。
 ああ、不快だ。これはどうしようもなく、不快なんだ。
 自分で自分に強く言い聞かせないと、そのままこの感覚に飲み込まれそうになっちまう。
「ご馳走様」
 レーテの唇が首筋から離れる。その際に傷口に軽く口付けされ、ぞわりとした感覚が全身を走る。
 やったからと言って変わるわけじゃねえが、体を丸くして、噛まれた後を強く抑える。
「どうしたね、そんな格好をして。汚された生娘みたいじゃないかい」
「汚されただ? そうだな、テメェに血を吸われると、そんな気分だ」
 熱病にでもかかったみたいに息が熱い。
 呼吸を整えるため、ゆっくりと息を吸い、大きく息を吐く。
「それは酷い言われようだね。少し休むといいさね、レオナルドもそろそろ戻る頃だ。そうしたら、夕食にしようじゃないかね」
「オレぁたった今、テメェの晩飯にされたんだがな」
「それもそうだね」
 どこか楽しげに笑うレーテの声が、腹立たしかった。
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