その口吻(くちづけ)は毒より甘く

門音日月

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第2章 港湾都市

32話 菓子と駄賃と

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「~~~~~~~っ! なんだコレ!」
 美味い! 甘いんだけど甘い以外の味があって、中に入ってる干した果物と口の中で味が混ざると違う味に変わって……すっげぇ、こんな食い物あるんだな。
「もっと食っていいか」
「好きなだけ食べればいいさね。けど、ここ以外にも菓子を売ってる露天はあるはずだからね、他のを食べ比べながら回ってみようじゃないかね」
「他にもまだあるのか? 行こうぜ行こうぜ」
 なんか楽しいな、美味いもの食いながら見て回るっての。
 当たりに満ちた匂いを嗅ぐ。甘い匂い以外にも、肉や魚を焼く匂いが混ざっている。今は口の中が甘くなってるから、肉か魚食って口の中の味を変えた後でまた菓子を食う、ってのもいいな。
「随分とご機嫌じゃないかい」
「そりゃあそうだろ、食ったことのない美味いもん食うんだ。楽しいに決まってるだろ」
「何だろうね、子や孫がいるとこういう気分になるのだろうかね」
「じゃあバアちゃん、腹いっぱい食ってこうぜ」
「ああ、ああ。好きなだけお食べね」
 自然と笑いが出る。
 なんだろうな、オレ美味いもの食ってるときが幸せなのかな。
「太らない程度に程々にしておくれね」
 思わず自分の腹を触る。そんな一日二日で一気に太るもんでもない、よな?
「とりあえず今食ったのと同じヤツ買おうぜ。それ食いながら、次に食うもん探す」
 片手に持てるだけ菓子を買って、周りを見ながら食べ歩く。
 種族も年も性別も色々な人間が広場を歩き、露天の店先を除いている。
 市場や大きな通りを歩いたときもそうだったが、この街の人の多さには驚く。とは言え、オレと同じ竜種は殆ど見かけなかった。たまに居ても緑の鱗で、オレと同じ青の鱗はいなかった。
「やっぱ緑ばっかりだな」
「何の話だね?」
「竜種だよ、たまに緑の鱗のやつがいただろ。ほら、アイツとか。根無しの緑ってのは本当なんだなってな」
「根無し? 何だねそれは」
「オレら青の氏族が他の氏族のことを言う時に使う、まあ悪口みたいなもんだ。弱い白、臆病の黒、偉ぶるだけの赤、根無しの緑ってな」
「じゃあ、ゴーヴァンの青もなにかあるのかい?」
「あー、まあ、乱暴者の青なんて言われてるらしいな。他の色の鱗のヤツと話したことなんざ無いから、本当かどうか知らねえけど」
 レーテが周りを見回し始まる。他の竜種がいないか探してるんだろう。
「本当だ、緑の鱗の竜種しかいないね。けどどうして根無しなんだね?」
「ガキの頃に聞いた話だから適当だけどよ、緑は決まった場所に村を作らねえんだと。家畜を連れてあちこち回ったり、こういうデカい街で暮らしたりしてるらしいぜ」
「一般的な竜種がどういうものか知らないけれど、竜種というのは、鱗の色であれこれ言われるものなのだね」
 フードで隠れて見えないが、オレの鱗の色を見ているんだろう。
「私が昔襲った竜種は黒い鱗だったけれど、特別臆病には見えなかったけどね」
「黒の奴らとやったことがあんのか? 聞かせてくれよ」
 菓子を一つ頬張る。ん~、美味い。
「あれは面倒だったよ。狩りの最中なのか何なのかわからないけど、三人くらいいたかね。全員弓を射ってくるせいで近づきにくいうえに、その中の一人が魔術士でね。その魔術士が目潰しやら拘束やらしてくるから、血も飲めずに逃げられてしまったのさね」
「ハッ、襲われといて逃げるなんざ、やっぱ黒の奴ら臆病なんじゃねえか」
「どうなのだろうね。頭や心臓に矢を受けても襲ってくるのだよ、気味悪くなって逃げるのが普通だと思っていたのだけれど、そういうものじゃないのかね?」
「襲われたんだったら、相手の首くらい取るもんだろ。首取られる覚悟もねえヤツは大人しくしてろってんだ」
 襲うってことは、相手と戦うつもりがあるってことだ。戦いを挑まれたなら自分が倒されるか、相手を倒すまで戦うのが当たり前だろ。
「ところが首を切られても死ねなくてね」
 マジか?
「元に戻すのには手間がかかるのだがね。ゴーヴァン以外の青い鱗の竜種にも会ってみたかったものだね。どういう風にされるのか、少し興味が湧くね」
「オメェが馬鹿力振るう前にたたっ斬られて終わりだろ」
「昔の暴れていた頃ならともかく、今は話くらいはさせて欲しいね。誰か血を飲ませてくれないか、くらいはね」
「オメェ話し合う気ねえだろ」
 血が飲みたいなんていきなり言われたら、誰だって怪しがるぞ。
 いや、それ以前にこんな小さな娘一人が狩り場にしてるような森や山にいる時点で、おかしく思うな。
 なんか、とんでもないやつと一緒にいるんだなオレ。
「いってえ、どこ見て歩いてんだ……げっ」
 軽い衝撃を受け、声のした方を見る。
「ああ、わる……あっ」
 見たことのある犬種の子供。カルロだ。
「テメェまた人様の財布狙ってんじゃねえだろうな」
「ちげぇよ。今日は仕事探しにきてんだ。食ってるだけのオッサンと一緒にすんな」
 仕事、ねえ。
「足、大丈夫なのか」
「歩けりゃもんだいないだろ。オッサンが心配することかよ」
 可愛くねえガキだな。礼を言って欲しいわけじゃないが、流石にイラッとするぞ。
 このガキは放って置いてさっさ他のもの食いにでも行くかと思っていたら、腹のなる音が聞こえた。音の主の前にしゃがんで、視線を合わせる
「なんだよ、腹減ってんのか?」
「別に、そういうのじゃねえし」
「じゃあ今の腹の音は何なんだよ」
 カルロは口を曲げ、目をそらす。
「ほら、食えよ」
「いらねえよ」
 食っていた菓子の一つを渡そうとするが、叩き落とされてしまった。
「もったいねえな、何すんだよ!」
 落ちた菓子を急いで拾って口に放り込む。
「ゴーヴァン、落ちたものを食べるのはどうかと思うがね」
「床にぶちまけられたスープ食うよかマシだ。床舐めたって腹になんにも入らねえんだぞ」
「オッサン、どこでどういう生活してたんだよ」
 レーテと顔を見合わせる。
「まあ、色々あったんだよ」
「本人が話さないなら、私は口を閉じておくさね」
 胸の印のことをふと考える。もしコレを見れば、コイツでもオレが何だったのかわかるのか。
 わかったからって、どうという訳でもねえか。
「ガキの頃に碌でもないことがあっただけだ。ほら」
 もう一度菓子を差し出す。
「食えるんなら、食える時に食っとけ……金なんざ取らねえよ」
 おずおずとオレの手から菓子を受け取ると、口へ運ぶ。
 カルロの尾が揺れているのを見て、思わず笑みが出る。
「何だよオッサン、人のこと睨みつけて」
「睨んでねえ、笑ってんだ」
「怖えんだよオッサンの顔」
 やっぱ怖いのか、オレの顔?
「ところでカルロ、気になっているから聞くのだけどね。仕事言っても何をするつもりなのだね?」
「何だってやるよ。荷運びから言伝、露天の手伝い、何だってだ。教導会からの援助金じゃ弟と妹たちに腹いっぱい食わせてやれないから、オレが少しでも稼いで金入れてんだ」
「だからってスリなんざ、すんじゃねえっつうの」
「うっせーな。オッサンは金に困ってないから、そんなこと言えんだ」
 たしかに金にゃこまってねえから返す言葉がない。
「ゴーヴァンが金に困っていないのは私といるからさね。一応側仕えという名目でね、身の回りの手伝いをしてもらっているのさね」
 身の回りの手伝い、な。血を吸うだけの間違いだろ。
「なあネエちゃん、それっておれでも出来るのか?」
「どういう意味さね」
「ネエちゃんの身の回りの世話ってやつ、おれがやるよ。オッサンより働くよ」
 そういやコイツ、身なりだけはいいからいいトコのお嬢ちゃんには見えるのか。
 待て、レーテのやつ何考えてやがる。
「レーテ、オメェまさか」
 流石に子供の血まで吸おうとしたら、殴ってでも止めるぞ。
「そんな怖い顔で見ないでおくれね。すまないけどねカルロ、私の側仕えをするには力も必要でね」
 レーテの指がオレの腰に下げた剣を指す。
 そうか腕っぷしが足りねえんなら、諦めるしかねえか。
「すまないね。私の側に居てもらうには、強くある必要があるのだよ。それにはまだカルロは幼すぎるね」
 カルロが小さな拳を握りしめている。
「あのな、コイツと一緒にいると本当に碌な目に合わねえぞ」
「それで腹いっぱい飯、食えるんだろ」
 ああ、コイツそこだけで判断してんのか。
 実際オレがやってることなんて、血を飲まれるだけだ。血を飲まれるとか聞きたくもないだろうし、噛まれたときのあの感じは正直イヤなもんだ。こんなガキがされるもんじゃねえ。
 もっとも腕っぷし買われてって方が、オレとしちゃありがたいんだがな。
「そうだね、だったらこの街の案内でもしてくれないかね。私達はこの街の者じゃないから不案内でね」
 カルロがレーテの顔を見る。
「今日の夕方頃まで、案内を頼めるかね。支払う額は……カルロに任せるよ。私はそういうのに詳しくないのでね」
「いいよ、やる! ネエちゃんどこか行きたいところとかあるのか」
 カルトが尾をおおきく振りながら、レーテを見上げる。
 さっきまでのショゲっぷりが嘘みたいだ。
「じゃあ私の横にいる腹を減らした男を、満足させてやってくれないかね。駄賃代りにカルロも好きなものを食べて構わないよ」
 オレを見て、カルロが一瞬嫌そうな顔をするのがわかった。が、次の瞬間笑顔でレーテを見ていた。
「わかった。じゃあついて来てくれよ。美味い店知ってるから」
 金くれる相手にゃ愛想が良いってか? 本当に腹立つガキだな。
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