2 / 5
2・たとえ世界を壊しても
世界の安定のために何かを召喚する、という儀式に自分は全く興味がなかった。
ただ、ぼんやりと、自分の世界のためだけにするそれを、ひどく身勝手なものだと思ってはいた。
だけど、自分が生きている間に、それが行われる可能性はひどく低くて、真剣にその儀式について考えたことなど一度もありはしなかった。
あんなことになってから、死ぬほど後悔したけれど。
偉い神官さまが、世界が揺らぎ、不安定であると告げたことがきっかけとなり、制定されている法に基づき召喚の儀式が行なわれた。
数十年単位で行なわれるその儀式は、そのたびに役に立つ何かが招かれ、どういうわけか世界は安定に保たれたのだと聞かされている。
生まれながらの武官の家で、剣ばかりを握っていた自分に、そういう細かいことがわかるわけはない。
ただこの儀式に参加することになったのは、家柄と自惚れだけではないが、剣の腕のおかげなのだろう。
記述通り、全てを仕切るのは王族である。
王の代理である王子と、聖女として参加する王女が、徳が高いとされる神官たちが輪となっている様子を少し離れた位置から眺めている。そして自分たちのような腕の立つ武官たちが、王子と王女を守るようにして取り囲んでいる。具体的に記されてはいないが、以前の召喚時に、武官がいないがための惨事とやらが起こったおかげで、このような格好となったようだ。
神官たちは、自分たちのことなど集中を邪魔する筋肉の塊だと、見下してはいるのだが。
幾時間もの長い祈りのあとに、いかにもひ弱そうな神官たちが何やら唱えると、腰ぐらいの高さの祭壇を中心に空の輝きよりも明るい光が溢れた。目が開けられない程の光の洪水は、やがて小さくなっていき、徐々に一点に収束していく。
さすがの自分も光には逆らえず、片手でさえぎりながら、開いた方の手は剣を握り締める。
元の明るさに目が慣れたころ、祭壇の上には小さな少女が自分の体を抱きしめるようにして座りこんでいた。
まず目を奪われたのはその幼さだ。
すぐに泣き叫んでもおかしくないほど小さい少女は、唇をかみ締めながらこちらをずっと伺っていた。
極度に警戒しているさまは痛々しくもあり、真っ先に駆け寄って保護したい気分にかられる。
周囲が停滞している中、まず王女が彼女に近寄った。
王女は聖女として名高く、その微笑みはすべてのものを癒すと言われている。
自分のようなむさくるしい男がいくよりも安心するだろう、と、王女の行動を見守る。
白く細い手を少女に差し出す。だが、意に反して少女は後ずさり、祭壇から落下した。
呆然としたままの神官を尻目に、王女を守るという名目で彼女を後ろへと下げる。そして、最も近くにいる自分が自然な形で、気を失った彼女を抱き上げ、あわてて用意した部屋へと連れていった。
召喚されるのが「人」だとは思わなかった神官たちは途方にくれ、前例のない事態に王は頭を抱えた。
やがて彼女は軟禁状態となり、日々表情がなくなっていく少女を、俺はただ見守るしかなかった。
ーーけれども、世界の揺らぎは徐々に消えていき、少女が神から使わされた神子だと認定される。
周囲の歓喜とは反対に、言葉も話せず、泣き言すら言えない少女は徐々に衰弱していった。
その王女とは異なる白い手に、無骨な俺の手が触れる。あまりの細さに、身勝手なことをした自分たちに呪いの言葉を吐いた。
誰も本心では接しないこの世界の中で、自分ひとりだけでも彼女に誠実であろうとした。
やがて微かだが、心が通い合ったころには、俺は彼女を連れ出したい衝動に駆られていた。
俺にしか見せない笑顔に、心がとらわれていく。
やせ細った体を傷つけないように抱き寄せるたび、彼女が笑って過ごせないこの世界こそ間違っているのだと強く思う。
たとえ世界が滅んでも、俺は彼女に笑っていてほしいのだと、そう願った。
----------------------------------
タイトルはcapriccio様(http://noir.sub.jp/cpr/)のいろはにほへとより。
ただ、ぼんやりと、自分の世界のためだけにするそれを、ひどく身勝手なものだと思ってはいた。
だけど、自分が生きている間に、それが行われる可能性はひどく低くて、真剣にその儀式について考えたことなど一度もありはしなかった。
あんなことになってから、死ぬほど後悔したけれど。
偉い神官さまが、世界が揺らぎ、不安定であると告げたことがきっかけとなり、制定されている法に基づき召喚の儀式が行なわれた。
数十年単位で行なわれるその儀式は、そのたびに役に立つ何かが招かれ、どういうわけか世界は安定に保たれたのだと聞かされている。
生まれながらの武官の家で、剣ばかりを握っていた自分に、そういう細かいことがわかるわけはない。
ただこの儀式に参加することになったのは、家柄と自惚れだけではないが、剣の腕のおかげなのだろう。
記述通り、全てを仕切るのは王族である。
王の代理である王子と、聖女として参加する王女が、徳が高いとされる神官たちが輪となっている様子を少し離れた位置から眺めている。そして自分たちのような腕の立つ武官たちが、王子と王女を守るようにして取り囲んでいる。具体的に記されてはいないが、以前の召喚時に、武官がいないがための惨事とやらが起こったおかげで、このような格好となったようだ。
神官たちは、自分たちのことなど集中を邪魔する筋肉の塊だと、見下してはいるのだが。
幾時間もの長い祈りのあとに、いかにもひ弱そうな神官たちが何やら唱えると、腰ぐらいの高さの祭壇を中心に空の輝きよりも明るい光が溢れた。目が開けられない程の光の洪水は、やがて小さくなっていき、徐々に一点に収束していく。
さすがの自分も光には逆らえず、片手でさえぎりながら、開いた方の手は剣を握り締める。
元の明るさに目が慣れたころ、祭壇の上には小さな少女が自分の体を抱きしめるようにして座りこんでいた。
まず目を奪われたのはその幼さだ。
すぐに泣き叫んでもおかしくないほど小さい少女は、唇をかみ締めながらこちらをずっと伺っていた。
極度に警戒しているさまは痛々しくもあり、真っ先に駆け寄って保護したい気分にかられる。
周囲が停滞している中、まず王女が彼女に近寄った。
王女は聖女として名高く、その微笑みはすべてのものを癒すと言われている。
自分のようなむさくるしい男がいくよりも安心するだろう、と、王女の行動を見守る。
白く細い手を少女に差し出す。だが、意に反して少女は後ずさり、祭壇から落下した。
呆然としたままの神官を尻目に、王女を守るという名目で彼女を後ろへと下げる。そして、最も近くにいる自分が自然な形で、気を失った彼女を抱き上げ、あわてて用意した部屋へと連れていった。
召喚されるのが「人」だとは思わなかった神官たちは途方にくれ、前例のない事態に王は頭を抱えた。
やがて彼女は軟禁状態となり、日々表情がなくなっていく少女を、俺はただ見守るしかなかった。
ーーけれども、世界の揺らぎは徐々に消えていき、少女が神から使わされた神子だと認定される。
周囲の歓喜とは反対に、言葉も話せず、泣き言すら言えない少女は徐々に衰弱していった。
その王女とは異なる白い手に、無骨な俺の手が触れる。あまりの細さに、身勝手なことをした自分たちに呪いの言葉を吐いた。
誰も本心では接しないこの世界の中で、自分ひとりだけでも彼女に誠実であろうとした。
やがて微かだが、心が通い合ったころには、俺は彼女を連れ出したい衝動に駆られていた。
俺にしか見せない笑顔に、心がとらわれていく。
やせ細った体を傷つけないように抱き寄せるたび、彼女が笑って過ごせないこの世界こそ間違っているのだと強く思う。
たとえ世界が滅んでも、俺は彼女に笑っていてほしいのだと、そう願った。
----------------------------------
タイトルはcapriccio様(http://noir.sub.jp/cpr/)のいろはにほへとより。
あなたにおすすめの小説
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
『お前を愛する事はない』旦那様、それではごきげんよう
あんど もあ
ファンタジー
結婚初夜に「お前を愛する事はない」と言われたアレクシア。成金男爵令嬢が名門旧家の伯爵家の令息との恋を実らせたはずが、彼は贅沢を享受したいだけで、愛する女性は別にいた。それから三年。アレクシアは夫から家を追い出される事になるが……。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」